第595話 露往霜来

 アプト、早川殿に会えない分、大河は、

・松姫

・阿国

・お初

・お江

・小少将

・甲斐姫

・綾御前

・井伊直虎

 と愉しむ。

 霜月しもつきと言う様に。

 外は、霜一色だ。

 明け方、誾千代の下に行き、そこで愛を育む。

「今日は8人?」

「誾を含めて9人だよ」

「野球が出来るね?」

「そうだな」

 毛布に包まいつつ、2人は、睦言むつごとを楽しむ。

 最近、誾千代に心境の変化が訪れていた。

 妊娠ラッシュに誾千代は、我が事の様に喜び、それと同時に、義理の息子、娘達にも実子の様な慈しみの感情が出て来たのだ。

 その対象は、連れ子である愛王丸や今川範以等にも拡大している。

「聞いたよ。範以もここに住むんだって?」

「彼が望んでいるからな」

「どんどん家族が増えるね?」

「そうだな」

 首肯後、大河は、誾千代を抱き締める。

 沢山の女性と関係を持ちながら、結局は、正妻の所に戻って来る為、誾千代も気分が良い。

「ヨハンナ、ラナ、マリアは?」

「誘ったけど、断られた。だから、今晩の予定」

「楠と幸、稲も寂しがっているから定期的に誘いなよ?」

「分かってるよ。でもその前にもう1回」

「まだするの?」

「誾が可愛いから悪いんだ」

「もう……」

 大河に接吻され、誾千代は、仕方なく受け入れるのであった。


 摩阿姫、豪姫、与免、お初、お江は、実家が冷戦状態にある為に、両者も緊張感にあった。

 尤も、天真爛漫な豪姫と、純粋無垢な与免は、お初達にそれ程悪感情は無い。

 どちらかというと、異母姉の様な感じだ。

「はつさま~。このもじ、なんてよむ?」

「与免、漢字の御勉強? 偉いね~」

「うん! さなださまにおてがみかくの~」

「手紙? どんなの?」

「こいぶみ♡」

 えっへん、と与免は何故か胸を張る。

「……書くの?」

「うん♡」

 そこに伊万が与祢と共にやって来た。

 2人共、沢山の書物を抱えている。

「あら、それは?」

「はい。お初様、若殿が御購入された物です」

 与祢が机上に置いた。

 古典や仏典等が数十冊。

 大河の私室の本棚か、国立校の図書室に搬入される筈だ。

「今、兄者、部屋に居るの?」

「はい。先程、皇居からお戻りになられ―――」

「!」

 最後迄聞かずに、お江は走り出す。

 遅れて摩阿姫。

 2人は、デッドヒートを繰り広げつつ、大河の部屋の前迄来た。

 鶫、珠、ナチュラが立ち話をしながら立哨している。

 3人は、2人を視認後、扉を開けた。

「兄者♡」

「真田様♡」

 室内では、大河が本棚を整理している所であった。

「おおっと」

 本の角で負傷しない様に、床に置いた後、大河は、2人を抱きとめる。

「朝から元気だな?」

「うん。兄者と会いたかったから♡」

「昨晩、あれだけ愛し合った仲なのに?」

「一夜限りの愛は、夫婦じゃないよ」

 正論で返され、大河は、首肯するしかない。

 お江を抱っこし、その頬に接吻後、摩阿姫を見た。

 お江とは違い、清楚さで攻める摩阿姫は、大河の膝の上で正座していた。

「摩阿、芳春院様から中間考査、全教科満点と聞いたよ。凄いな?」

「当然です。才媛ですから」

 才媛を自認するのは、余り聞いた事が無いのだが、それでも凄いのは、確かだ。

 その自信満々な態度は、やはり自信家の芳春院を彷彿とさせる。

「ただ、体育の方は余り苦手らしいな?」

「まぁ……はい」

 赤くなりつつ、摩阿姫は、認める。

「やはり、文武両道ですか?」

「理想はな。でも、強要はしていないよ。十人十色、得手不得手があるんだから」

「……では何故?」

「心配だったんだよ」

 摩阿姫の頭を撫でる。

「どれか一つでも弱点が無いかな、と」

「!」

 怒った顔になるものの、大河は、それでも続ける。

「一つでも弱点がある方が、人間味があるからね。そっちの方が親しみがある」

 世界最強のS級狙撃手であっても、GBSギラン・バレー症候群の様な症状に苦しんでいる。

 尤も、彼の場合は、それでも任務を遂行し、危機を脱している為、その時点で人間味を払拭しているのだが。

 遅れて入って来た豪姫が、無邪気に尋ねる。

「にぃにぃの弱点は?」

「う~ん……秘密」

「あ、ずるい」

 怒って大河の頭を掻き毟る。

「あはははは。自分で弱点を教える訳無いだろ?」

「にぃにぃのけち~」

 珍しく豪姫に叩かれるも、大河は、上機嫌であった。


 お昼は、珠が作った饂飩を姉妹達と啜る。

「さなださま~。あちゅい」

「よく冷ましてからな?」

 累と同い年の為、大河は与免には、婚約者というよりも娘の様な接し方だ。

 ふーふーしてから麺を口に運ぶ。

「美味しい?」

「うん。おいちい♡」

 幼いからこその特権だ。

 因みに大河は、楠から食事介助を受けている。

 高校1年生にあ~んされる、20代男性。

 字面にすると、犯罪臭がするが、2人は、立派な夫婦なので問題無い。

「兄者、この饂飩うどん美味しいね♡」

「そうだな」

 ズルズル、と啜る。

 豪姫が首を傾げた。

「にぃにぃ。油揚げって何できつねって言うの?」

 史実では、安土桃山時代に狐饂飩きつねうどんは存在しない。

 その発祥は、

・江戸時代説(*1)

・明治10(1877)年代説(*2)

・明治26(1893)年説(*3)

 とあり、少なくとも江戸時代以前の人々は、その存在を知らない事になっている。

 その為、豪姫が知らないのも無理は無かった。

「油揚げが狐の好物らしいよ」(*4)

「そんな理由?」

「そんな理由だよ」

「……」

 余り納得出来ない表情だ。

 ただ、実際そうなので仕方がない。

「貴方、食べ難い。黙って」

「ああ、済まない」

 楠に言論封殺され、大河は、素直に謝った。

 仕事上では、部下と上司の関係だが、私的時間プライベート・タイムでは、鴛鴦夫婦おしどりふうふである。

 楠は、最近、幸姫同様、学業に忙しく、大河との接触が減っていた。

 その分、今の様な時間帯は、非常に貴重だ。

「……御馳走様」

「美味しかった?」

「ああ。楠の味がしたよ」

「変態」

 後頭部に軽い手刀を入れるも、楠は微笑む。

「夫婦してるね?」

 妹達の様子を見に来た幸姫が、笑った。

「夫婦だからね」

愚妹ぐまい達は、皆、良い子にしてた?」

「姉上―――」

賢妹けんまいだよ。全員な」

 怒る摩阿姫の頭を撫で、大河は、姉妹喧嘩を未然に防ぐ。

「……」

 与免が船を漕ぎだす。

「珠。済まんが下げてくれ」

「は」

 珠が与免の食器を下げる。

 そのままの状態だと、汁に突っ伏し、怪我をする可能性がある。

 人間は、水深7㎝でも溺死する(*5)生物だ。

 流石にこの程度で溺死するとは考え難いが、前田家の御令嬢を預かっている以上、大河は、神経質にならざるを得ない。

「……うん」

 与免は、身動みじろぎし、大河の膝で寝始める。

「あ―――」

「(良いよ。ただ、静かにな?)」

 大声を浴びそうなお江を制止し、大河は、与免の涎を掌で受け止める。

「(真田様、申し訳御座いません。愚妹が―――)」

「(摩阿、良いよ。この位)」

 寛大な心で許す大河を知らずに、与免は膨大な量の涎を垂れ流すのであった。

「さなださま、しゅき♡」

 婚約者ならではの寝言を添えて。


[参考文献・出典]

*1:『そば・うどん技術教本 うどんの技術』

*2:『図説 大阪府の歴史』

*3:宇佐美辰一『きつねうどん口伝』筑摩書房 1991年

*4:『衣食住語源辞典』東京堂出版 1996年

*5:朝日新聞 2018年11月6日

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