第593話 随処為主
アプトの様子を見つつ、大河は、早川殿も積極的に抱く。
そして、アプトに遅れて数日後、彼女の妊娠も発覚した。
「……遂に我が子が……」
妊娠ラッシュに山城真田家は、大いに沸く。
一時は、無精子症説も流れる程、大河の精力は疑問視されていたが、累以降、続々と子を
「……ん~?」
不快臭に気付き、大河は、キョロキョロ。
そして、乳母車の心愛を見た。
「……?」
キラキラとした目で、見上げる。
「……あー。分かったよ」
苦笑いを浮かべ、大河は、心愛の着物を優しく剥がし、排泄物を確認した。
「だ?」
「何でもないよ。思いっきり甘えなさい」
心愛の頭を撫でつつ、片手で
その手つきは、非常に手慣れている。
育児=女性の義務、という意識が強い日ノ本では、非常に珍しい存在だ。
洗濯物を畳んでいた珠が気付く。
「若殿、そういうのは、私が―――」
「良いよ。この位」
汚れた御襁褓は、感染症対策の為に無暗に障らない。
触れた場合、徹底的に洗うのが、大河のやり方だ。
「だ! だ!」
「綺麗になったな」
下腹部の違和感が無くなった事で、心愛は、上機嫌だ。
キャッキャッと大笑いし、大河に手を伸ばす。
「だっこ!」
「おお! 抱っこを御所望か! 天才児だ!」
大河は小躍りし、心愛を天高く掲げる。
「若殿……」
親馬鹿振りに珠は、若干引き気味だが、大河は物ともせず、心愛を抱っこし、くるくると回る。
飛ぶ様な感覚に、心愛は、更に上機嫌だ。
「ぱ、ぱ♡」
「おお! パパだよ~」
その日、大河は、珍しく仕事を手付かずにし、心愛との交流に努めるのであった。
通常、産休に入った妊婦は、安静に入るのだが、山城真田家では、異なった部分がある。
それは、講習会だ。
「良い? 2人共」
「「……」」
講習者は、アプト、早川殿だ。
2人は、真剣な眼差しで、お市を見つめている。
5回もの出産歴がある早川殿には、『釈迦に説法』であるが、復習は大事だ。
お市は、山城真田家で産む意味を告げる。
「これから、2人の子供は、陛下と御親族になります。御当主の配慮で皇族としての地位は得られませんが、御親族になった以上、子供の醜聞は、陛下にも御迷惑がかかります。その辺は、重々、御承知下さい」
「「……は」」
気にはしていたが、直接言われると耳が痛い。
「貴女方も失言等には、十分に御注意して頂きたいのです」
「「……」」
必死に2人は、メモを取る。
自分の不祥事も子供の命取り。
ひいては、朝顔に迷惑がかかる可能性があるのだ。
必要以上に気にするのは、当然の話だろう。
「又、御二人は、分かっているでしょうが、産休に入った以上、御当主との接触は、極力、控えて頂きます」
「!」
「何故です?」
アプトは目を剥き、早川殿は反射的に反応する。
「御当主は、御二人も御存知の通り、非常に性欲の御強い方です。妊娠したまま、同衾するのは、非常に危険な事です」
厳密に言えば、お市のこの考え方は、一部、誤りがある。
禁忌なのは、妊娠初期の11周以前と妊娠後期の32周以降の事だ(*1)。
・流産
・早産
の危険性が考えられている(*1)。
又、体位次第では、妊婦のお腹を圧迫しない様に気を付ける必要もある(*1)。
大河もその辺は、理解しているのだが、如何せん、性欲が強い以上、万が一の事は避けたい。
「御二人には、悪いですが、御当主様と接触するのは、食事時等、公的な場合のみ、とさせて頂きます」
「……分かりました」
信長の妹でもある為、お市の山城真田家内での権力は絶大だ。
大河が居る手前、普段は猫を被っているが、本気を出せば、簡単にママ友カーストの頂点であるボス・ママに君臨出来るだろう。
「アプト、貴女は、復帰後、侍従長の職、どうするの?」
「……子育てしながら―――」
「甘いわよ」
お市は、首を振った。
「周りの援助がある分、平民の母親とは比べ物にはならない位、楽な育児だけど、それでも最低3年間は、寝れないと思いなさい」
「! 3年間?」
産後、不眠に悩む母親は数多い。
その場合は、産後鬱かもしれない。
産後鬱の症状は、以下の通り(*2)。
・鬱状態
・涙脆くなる
・夜の不眠
・食欲不振
・強い不安
等
その発症時期は、出産後1か月以内が目安(*2)とされ、
・ストレス緩和の為の環境調整
・必要に応じた薬
が、治療方法とされている(*2)。
お市や早川殿等、山城真田家の経産婦は、皆、その経験者だ。
大河の支えで何とか耐えぬいたが、初心者のアプトも同じ様に耐えきれるかは分からない。
3年間不眠、というのは、お市が三姉妹を育てた経験則が根拠であった。
当時は、戦国時代だった為、夫・浅井長政も付きっ切りは出来ず、お市は相当、苦労した。
心愛を産んだ時は、平和な世の中だった為、大河が必要に応じて付きっ切りで看てくれた為、三姉妹の時と比べると、心情的には、楽な部分が多かったが。
それでも、何もかもが初めてなアプトには、荷が重いだろう。
「若し不安で押し潰されそうな時は、御当主様に頼りなさい。ただ、抱かれない様に注意してね?」
「は!」
アプトの元気な返事が部屋に響いた。
「最近、感心よ」
背後から抱擁している朝顔が、大河の頭を撫でる。
アプトに続いて早川殿と久々に吉報が続いているのだ。
これは、夫を褒めないといけないだろう。
「私も誇らしいです」
誾千代も笑顔だ。
1番の正妻として嫉妬は不可避だろうが、それを
「おと~と? いも~と?」
「まだ分からないわ。詳しい検査が必要だから」
謙信の膝の累は、性別を盛んに気にしていた。
弟は、デイビッド等沢山要るが、妹は心愛のみの為、気になる点なのだろう。
「どっちが良い?」
「いも~と」
「そっかぁ。妹かぁ」
回答を聞いた大河は、苦笑いだ。
こればかりは、運次第である。
親が男の子を望んでも女の子が産まれたり、その逆も当然ある。
そういう願望のある親は、残念かもしれないが、大河としては、生まれて来た時点で奇跡なので、性別はそこまで重視していない。
「真田様は、どちらが御所望で?」
元康を寝かしつけた千姫が尋ねた。
「天からの授かり物だからね。どっちでも良いよ」
「そうですか」
千姫は、大河の膝の上に座った。
育児の後は、夫婦の時間だ。
千姫に乗じてか、稲姫も隣に座る。
直後、デイビッドを
「あら、皆居たの?」
続いて、ヨハンナ、ラナ、マリアも。
「貴方、探したのよ」
「サナダ、ここに居たんだ?」
「聖下、殿下、御静かに。元康様が御就寝中です」
騒ごうとする2人を牽制すると、マリアが大河の前に座った。
「若殿、この度、奥方様2人の御懐妊の件、おめでとうございます」
「ん? ……ああ」
公的な場での物言いに大河は察した。
「贈り物?」
「はい。
「有難い話だな」
珠に目配せし、彼女が受け取る。
アプト達が妊娠してら、この様な贈り物で忙しくなるのは、当然の話だ。
(返礼品の時期だなぁ)
累を抱っこし、抱き締めつつ、思う父親であった。
[参考文献・出典]
*1:moony HP 2018年1月31日
*2:森ノ宮メンタルクリニック HP
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