第593話 随処為主

 アプトの様子を見つつ、大河は、早川殿も積極的に抱く。

 そして、アプトに遅れて数日後、彼女の妊娠も発覚した。

「……遂に我が子が……」

 澄存ちょうぞん(? ~1652 天台宗・若王子にゃくおうじ乗々院院主)以来の妊娠だ。

 妊娠ラッシュに山城真田家は、大いに沸く。

 一時は、無精子症説も流れる程、大河の精力は疑問視されていたが、累以降、続々と子をしている為、今では、それは過去の話だ。

「……ん~?」

 不快臭に気付き、大河は、キョロキョロ。

 そして、乳母車の心愛を見た。

「……?」

 キラキラとした目で、見上げる。

「……あー。分かったよ」

 苦笑いを浮かべ、大河は、心愛の着物を優しく剥がし、排泄物を確認した。

「だ?」

「何でもないよ。思いっきり甘えなさい」

 心愛の頭を撫でつつ、片手で御襁褓おしめを代える。

 その手つきは、非常に手慣れている。

 育児=女性の義務、という意識が強い日ノ本では、非常に珍しい存在だ。

 洗濯物を畳んでいた珠が気付く。

「若殿、そういうのは、私が―――」

「良いよ。この位」

 汚れた御襁褓は、感染症対策の為に無暗に障らない。

 触れた場合、徹底的に洗うのが、大河のやり方だ。

「だ! だ!」

「綺麗になったな」

 下腹部の違和感が無くなった事で、心愛は、上機嫌だ。

 キャッキャッと大笑いし、大河に手を伸ばす。

「だっこ!」

「おお! 抱っこを御所望か! 天才児だ!」

 大河は小躍りし、心愛を天高く掲げる。

「若殿……」

 親馬鹿振りに珠は、若干引き気味だが、大河は物ともせず、心愛を抱っこし、くるくると回る。

 飛ぶ様な感覚に、心愛は、更に上機嫌だ。

「ぱ、ぱ♡」

「おお! パパだよ~」

 その日、大河は、珍しく仕事を手付かずにし、心愛との交流に努めるのであった。


 通常、産休に入った妊婦は、安静に入るのだが、山城真田家では、異なった部分がある。

 それは、講習会だ。

「良い? 2人共」

「「……」」

 講習者は、アプト、早川殿だ。

 2人は、真剣な眼差しで、お市を見つめている。

 5回もの出産歴がある早川殿には、『釈迦に説法』であるが、復習は大事だ。

 お市は、山城真田家で産む意味を告げる。

「これから、2人の子供は、陛下と御親族になります。御当主の配慮で皇族としての地位は得られませんが、御親族になった以上、子供の醜聞は、陛下にも御迷惑がかかります。その辺は、重々、御承知下さい」

「「……は」」

 気にはしていたが、直接言われると耳が痛い。

「貴女方も失言等には、十分に御注意して頂きたいのです」

「「……」」

 必死に2人は、メモを取る。

 自分の不祥事も子供の命取り。

 ひいては、朝顔に迷惑がかかる可能性があるのだ。

 必要以上に気にするのは、当然の話だろう。

「又、御二人は、分かっているでしょうが、産休に入った以上、御当主との接触は、極力、控えて頂きます」

「!」

「何故です?」

 アプトは目を剥き、早川殿は反射的に反応する。

「御当主は、御二人も御存知の通り、非常に性欲の御強い方です。妊娠したまま、同衾するのは、非常に危険な事です」

 厳密に言えば、お市のこの考え方は、一部、誤りがある。

 禁忌なのは、妊娠初期の11周以前と妊娠後期の32周以降の事だ(*1)。

・流産

・早産

 の危険性が考えられている(*1)。

 又、体位次第では、妊婦のお腹を圧迫しない様に気を付ける必要もある(*1)。

 大河もその辺は、理解しているのだが、如何せん、性欲が強い以上、万が一の事は避けたい。

「御二人には、悪いですが、御当主様と接触するのは、食事時等、公的な場合のみ、とさせて頂きます」

「……分かりました」

 信長の妹でもある為、お市の山城真田家内での権力は絶大だ。

 大河が居る手前、普段は猫を被っているが、本気を出せば、簡単にママ友カーストの頂点であるボス・ママに君臨出来るだろう。

「アプト、貴女は、復帰後、侍従長の職、どうするの?」

「……子育てしながら―――」

「甘いわよ」

 お市は、首を振った。

「周りの援助がある分、平民の母親とは比べ物にはならない位、楽な育児だけど、それでも最低3年間は、寝れないと思いなさい」

「! 3年間?」

 産後、不眠に悩む母親は数多い。

 その場合は、産後鬱かもしれない。

 産後鬱の症状は、以下の通り(*2)。

・鬱状態

・涙脆くなる

・夜の不眠

・食欲不振

・強い不安

 等

 その発症時期は、出産後1か月以内が目安(*2)とされ、

・ストレス緩和の為の環境調整

・必要に応じた薬

 が、治療方法とされている(*2)。

 お市や早川殿等、山城真田家の経産婦は、皆、その経験者だ。

 大河の支えで何とか耐えぬいたが、初心者のアプトも同じ様に耐えきれるかは分からない。

 3年間不眠、というのは、お市が三姉妹を育てた経験則が根拠であった。

 当時は、戦国時代だった為、夫・浅井長政も付きっ切りは出来ず、お市は相当、苦労した。

 心愛を産んだ時は、平和な世の中だった為、大河が必要に応じて付きっ切りで看てくれた為、三姉妹の時と比べると、心情的には、楽な部分が多かったが。

 それでも、何もかもが初めてなアプトには、荷が重いだろう。

「若し不安で押し潰されそうな時は、御当主様に頼りなさい。ただ、抱かれない様に注意してね?」

「は!」

 アプトの元気な返事が部屋に響いた。


「最近、感心よ」

 背後から抱擁している朝顔が、大河の頭を撫でる。

 アプトに続いて早川殿と久々に吉報が続いているのだ。

 これは、夫を褒めないといけないだろう。

「私も誇らしいです」

 誾千代も笑顔だ。

 1番の正妻として嫉妬は不可避だろうが、それをおくびにも出さないのは、もう既に達観した領域である、と言えるだろう。

「おと~と? いも~と?」

「まだ分からないわ。詳しい検査が必要だから」

 謙信の膝の累は、性別を盛んに気にしていた。

 弟は、デイビッド等沢山要るが、妹は心愛のみの為、気になる点なのだろう。

「どっちが良い?」

「いも~と」

「そっかぁ。妹かぁ」

 回答を聞いた大河は、苦笑いだ。

 こればかりは、運次第である。

 親が男の子を望んでも女の子が産まれたり、その逆も当然ある。

 そういう願望のある親は、残念かもしれないが、大河としては、生まれて来た時点で奇跡なので、性別はそこまで重視していない。

「真田様は、どちらが御所望で?」

 元康を寝かしつけた千姫が尋ねた。

「天からの授かり物だからね。どっちでも良いよ」

「そうですか」

 千姫は、大河の膝の上に座った。

 育児の後は、夫婦の時間だ。

 千姫に乗じてか、稲姫も隣に座る。

 直後、デイビッドをんぶしたエリーゼがやって来た。

「あら、皆居たの?」

 続いて、ヨハンナ、ラナ、マリアも。

「貴方、探したのよ」

「サナダ、ここに居たんだ?」

「聖下、殿下、御静かに。元康様が御就寝中です」

 騒ごうとする2人を牽制すると、マリアが大河の前に座った。

「若殿、この度、奥方様2人の御懐妊の件、おめでとうございます」

「ん? ……ああ」

 に大河は察した。

「贈り物?」

「はい。和地関バチカン布哇ハワイから、手巾が其々、届いています」

「有難い話だな」

 珠に目配せし、彼女が受け取る。

 アプト達が妊娠してら、この様な贈り物で忙しくなるのは、当然の話だ。

(返礼品の時期だなぁ)

 累を抱っこし、抱き締めつつ、思う父親であった。

 

[参考文献・出典]

*1:moony HP 2018年1月31日

*2:森ノ宮メンタルクリニック HP 

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