第565話 妻子眷族
外は大雨の為、この時期、外出は厳しい。
なので、逢引は、自然と城内に限られていく。
「にぃにぃ、ここは?」
「
この鐘は、本来、時報を告げる為に
然し、時計が浸透した今、使用機会は、極端に減っている。
「ぜんぜん、つかってない?」」
「そうだね。無用の長物だよ」
与免は、鐘の中に入って内部から鐘を眺めている。
「ほぇ~」
「与免様、楽しい?」
帯同しているのは、与祢。
夏休みを満喫中だが、夏休みの宿題を終えた今、遊びに行けない以上、仕事に徹しているのだ。
「う~ん。詰まんない」
唇を尖らせた後、鐘から出て、大河の下へ。
「ねえねぇ」
「う~ん?」
「だっこ♡」
「はいよ。御姫様」
「えへへへ♡」
与免は、大河を実父・前田利家の代わりとして見ている様な節もある様で、その行動は、婚約者というより父娘感が強い。
尤も、前田氏の当主として、厳しく接している利家に比べて、大河は、滅茶苦茶甘い。
与免がどれ程、粗相をしようが、全然、怒らない。
無論、人間である以上、怒る時はあるのだが、その頻度はハレー彗星並で、まさに子供達には、”仏の大河”と言えるだろう。
御姫様抱っこされた与免は、目を閉じて、安心する。
「うふふふふ♡」
「上機嫌だな?」
「う~ん♡」
2人の仲睦まじい様子に、他の女性陣は、冷たい視線を送る。
「「「「……」」」」
じーっと、与祢、摩阿姫、豪姫、伊万は能面の様な表情だ。
それに気付いた与免は、先輩達を文字通り見下ろす。
「えへへへへ♡ 1番♡」
悪意無き純粋な発言だが、完全に感情を逆撫でさせた事は言う迄も無い。
(これは、地獄を見させた方が良いかも?)
(母上からは「姉妹仲良く」と厳命されていたけれど無理かも?)
(にぃにぃが骨抜きに遭う前に、教育的指導が必要かも?)
(真田様に媚薬を盛ろうかな?)
4人の邪悪な思考を橋姫は、読み取る。
(この子達、幼い癖に嫉妬深いわね? 真田に取り付く女性は、嫉妬深いの多くない?)
と、自分の事を棚に上げて震えるのであった。
雨が一旦、止んだ時機で、大河は、摩阿姫達と共に東屋に向かう。
そこでは、アプトクーラーボックスで氷菓を用意していた。
「若殿、皆様、どうぞ」
アプトが氷菓を配っていく。
珠、鶫、ナチュラの3人は、かき氷を作っていた。
東屋には、朝顔やヨハンナ、ラナ、誾千代、謙信等、山城真田家を代表とする女性陣が勢揃いしている。
「ここ」
朝顔が隣の席を示す。
「はいよ」
着席すると、朝顔が膝に乗った。
そして、左隣には、謙信。
右隣には、お市を座らせる。
「何これ?」
「良いから良いから」
朝顔は、かき氷を食べつつ、大河に深く重心を傾ける。
「ここが避暑地よ」
「……外に出れないから?」
「そう言う事」
異常気象な分、地方に行く許可が気象庁から出ない為、今日はこの東屋で夏を乗り越えよう、という事らしい。
お市に抱っこされていた心愛が、大河の肩を叩く。
この浮気者、と言いたげに。
「ほら、心愛も怒ってるわよ? 『身を固めなさい』って」
「固めているけど?」
又、叩かれた。
相当、心愛は、御立腹な様子だ。
大河は、心愛の頭を撫で、御機嫌を取る。
すると、謙信の膝の上に居た累が不機嫌になった。
「ちちうえ、きらい」
「はう!?」
心臓を抉られた様な痛みに大河は、苦しむ。
「……累~」
黒幕もこうなっては、涙目だ。
累に良い顔をすれば、心愛が怒る。
二兎追う者は一頭も得ず。
意気消沈する大河に女性陣は、大笑いするのであった。
愛娘達の機嫌を直すには、2人に必要以上に愛を注ぐ他無い。
そこで大河が採ったのは、外出である。
2人を抱っこしつつ、アプトに傘を差してもらいながら、周辺を歩いていく。
氾濫の危険性のある川の近辺には、近付かない。
「ちちうえ、とり~」
「あれは?」
「
「「ほえ~」」
2人の子供は、灰色の鳥に注目する。
鵯は、雨中を飛び、目の前に降り立つ。
「ヒーヨ! ヒーヨ!」
「「かわいい♡」」
2人は、メロメロだ。
「若殿、鵯って一の谷の?」
「そうだよ。よく勉強しているな」
アプトが言及したのは、一の谷(現・兵庫県神戸市須磨浦の西)の北の山の手の事だ(*1)。
歴史的には、この地で一の谷の合戦が行われた。
「一の谷と鵯にどの様な御関係が?」
「鵯が春秋に一の谷のその山を越すのが、由来なんだと」(*1)
「若殿も御詳しいですね?」
「勉強家だからな」
近くのベンチに座る。
「失礼します」
アプトも倣い、隣に着席。
「失礼します」
そして、寄りかかる。
「何?」
「疲れました。甘えさせて下さい」
侍女達には、天守は、高収入な職場だ。
一方で、朝顔等、高位な人々とも接する機会が多い為、その分、心労が貯まり易い。
離職率が高い、という訳では無いが、心労は避けられない事だ。
アプトもその類に漏れず、結構、疲れが溜まっている。
「あいよ」
何も考えずに大河は答え、その肩を抱き寄せる。
雨がヴェールになっている為、2人の逢瀬に都民は気付き難い。
2人の会話に、子供達は、じっと耳を傾ける。
アプトは、普段、自分達の世話をしてくれる乳母の様な人だ。
実父と仲が良い事に嫉妬よりも嬉しさが勝る。
「「……」」
2人は、目配せすると、累は、アプトの下へ移動する。
心愛は、大河の所のままだ。
見事な連係プレーである。
累が大河を見て、
「ちちうえ」
「ん?」
「あぷと、と、ふーふに」
「なってるよ」
アプトの額に接吻し、その仲の良さをアピールする。
「ちがうの」
「違うの?」
「うん。もっとなかよくね。あぷと、かわいそーだから」
「可哀想?」
「うん」
累は、手を伸ばして、アプトの頭を撫でる。
「あぷとね。いつもさびしくしているんだよ?」
「そうなのか?」
「全然、寂しくないですよ」
アプトが苦笑いで返すも、累は止めない。
「でも、いっつも、ないているから」
「泣いてる?」
「うん。ちちうえがいっつもほかをゆーせんするから」
「……」
はっきりとした物言いだ。
アプトを見ると、俯くばかりで何も言わない。
(沈黙が答えか……)
心愛の頬をぷにぷにしつつ、大河は、アプトの頬に接吻する。
その味は、しょっぱい。
汗か涙か。
その訳は、彼女にしか分からない。
「……アプト」
「……は」
「今のは本当か?」
「……事実です。若殿と余り交流出来なかったので」
「……一緒に居るのに?」
「仕事と私的は、別ですから」
「……そうだな」
雨が強まっていく。
アプトの不安を表す様に。
「……アプト、今晩の予定は?」
「夕食迄、何も入っていません」
「分かった。じゃあ、それ迄は一緒だな」
そして、その手を握り、子供達が居る前で、アプトと濃厚な接吻を交わすのであった。
大雨の中、2人は愛し合う。
その様子を橋姫は、ベンチで見ていた。
「本当、獣」
流石に接吻から先の事は、子供達に見せれる様な内容ではない為、魔法を使って眠らせている。
1刻程の戦いは、やはり大河の勝利で終わった。
「……♡」
倒れているアプトであるが、その顔は幸せそうだ。
「本当、好色家ね? 今日10戦目?」
「そうなるなかな?」
アプトが風邪を引かない様に、大河は自分の合羽を着せていく。
「この調子だと、来年辺り、ベビーブーム?」
「だと良いな」
アプトを抱っこし、大河は、その背中を擦る。
「……もし、アプトが妊娠したら、その子供はどうなるの?」
「そりゃあ育てるよ」
「そうじゃなくて、何処の家を継がすのよ?」
「あー……そう言う事ね」
名家の集合体である山城真田家の子供は、その実家の継承者でもある為、当然、元服後には、実家に帰る事も考えられる。
現状、内定しているのは、
元康 →徳川家
猿夜叉丸→浅井家
累 →上杉家
心愛 →織田家
の4名である。
この他、大河には、3人の子供が居るのだが、いずれも、
デイビッド →
愛王丸 →僧侶候補兼朝倉家?
華姫(現・愛姫)→伊達家に嫁入り
無論、決定事項ではない為、華姫以外は覆る可能性もあるのだが、どちらにしろ、本体である山城真田家の後継ぎは居ない。
その為、婚約者と雖も、アプトにも好機はある訳だ。
「アプトは候補者?」
「かもな」
大河は、後継ぎについて、基本的に明言はしない姿勢だ。
嘗ては、華姫を後継ぎに指名したが、それ以降は、殆ど明言されていない。
然し、華姫がそうであった様に、後継者の性別は問わない事だけが分かっている。
「私は?」
「良いけど、子供が鬼との
「それって不正行為?」
「言いたくは無いが、暴走したら誰が止める事が出来る?」
「あー……」
鬼と天狗の混血児である橋姫と、恐らく史上最高の軍人である大河のDNAが掛け合わさった子供は、まさに「
果たしてその子供は、人間と言えるのだろうか。
倫理的に如何なのだろうか。
公になれば、体細胞クローンである羊のドリー(1996~2003)を彷彿とさせる議論の的になるかもしれない。
「……じゃあ、これまで通り、避妊って事?」
途端、橋姫は、悲しげに問うた。
愛する人との結晶である子供が作れないのは、身が裂かれる位、嫌な事だから。
「いや、『後継者にするのは、難しい』って話だけで、子供は作らない、という事では無いよ」
「! 良いの?」
途端、両目を爛々と輝かせる。
「良いよ。後は、俺達の教育にかかるがな。成長してその人格次第では、十分に候補者にも出来る」
「……本当?」
橋姫は忘れていた。
大河が、色眼鏡で見ない人間である事を。
「……じゃあ、推薦しても良い?」
「全然」
今まで自分の力を考え、配慮していたのだが、大河が寛容な以上、乗っかるのが筋だろう。
「ただ、さっき言った様に、人格次第では、手討ちも有り得るからな? そこは、理解してくれよ?」
「うん♡」
大河の鼻先数mmまで顔を近づけると、橋姫は、彼の唇に吸い付くのであった。
[参考文献・出典]
*1:世界大百科事典 第2版
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