第534話 泣血漣如

 ヤンデレな橋姫の魔力で不安と不眠は、軽減される。

 不安障害を魔力で緩和させるのは、どうかとは思わなくもないが、橋姫の想いは、本物だ。

 漸く眠れた大河は、明け方、違和感を覚えて、目覚める。

「……ん?」

 腹部を見ると、お江が丸太に行う様に、しがみついていた。

 寝惚けているらしく、しがみついた状態で寝言をのたまう。

「兄者……」

 それが良いのだが、問題は、

「……」

 冷たさと臭いで察する。

(まじかよ)

 大河は、天を仰いだ。

 その理由は、お江の濡れた夜着に当たる。

・寝小便

夜尿やにょう

 等、様々な表現があるが、世間一般には、分かり易いのは―――

(おねしょかぁ……)

 悪夢を見て漏らしてしまったのかもしれない。

 抱き着きは許すが、流石にこれは、仏の大河でも受け入れ難い。

 周りを見ると、皆は、まだ寝ている。

 補佐官の井伊直虎や侍女のアプト達も。

 流石に起こすのは、忍びない。

 布団に迄、浸透していない事を確認した大河は、お江を起こさない様に慎重に抱っこ。

 そして、足の踏み場が無い寝室を慎重に通り抜けて、更衣室に向かうのであった。


「……兄者?」

 着替えさせている時にお江が起きた。

 新しい下着と夜着を用意し、両手を挙げた万歳の状態で着させているのだから、これで起きない方が難しいだろう。

「お早う」

「……」

 寝惚け眼のお江は、下着姿のまま大河に抱き着く。

「好き♡」

「俺もだよ」

 お江の頭と露わになった背中を擦りつつ、夜着を羽織らせる。

「夜這い?」

「そうだよ」

 おねしょ、とは伝えるのは、はばかりがあった為、大河は、嘘を突き通す。

「……もう、好事家だね♡」

 睡眠中に抱かれた、と思ったのだろう。

 お江は嬉しそうに微笑む。

 勘違いが勘違いを起こしているが、お江がショックを受けない様、配慮に配慮を重ねた結果論でもある。

「……夢でね」

「うん」

「兄者が、お葬式になるのを見たの」

「……そいつは物騒だな」

「うん。凄い泣いた。一緒に火葬してもらおうと思って、かまどに入ろうとしたの」

「……」

 昭和の歌姫・美空ひばり(1937~1989)も昭和56(1981)年、母親の火葬の際、大きな叫び声を上げて、かまどの中に入ろうした所、参列者に制止されたという(*1)。

 大切な人の死、というのは、葬儀の場であっても受け入れ難い場合があるのは、当然の事だろう。

 お江の様に、実父・浅井長政を目の前で亡くしているのだから、その分、過敏な可能性は、十分にある。

「だから、起きたら兄者が居て安心したの」

「……俺もだよ」

 お江を抱き締める。

 お江は、再び泣き出す。

 感情の決壊だ。

 情緒不安定、と言えるだろう。

「兄者、大好きだよぉ……」

「ああ、俺もだよ」

 泣きじゃくる愛妻の背中を優しく撫でつつ、大河は、決意する。

 と。 


 落着きを取り戻した後、お江をおんぶして、大河は、城内を散策する。

 明け方なので、寒いが、早朝なので、人は少なく逢引には便利だ。

 噴水を前にした東屋に入る。

「兄者を独り占め~♡」

 先程は、頭痛がする位、泣いていた癖に今は笑顔が絶えない。

 全員が全員、多妻に本心から納得している訳ではない為、本当に1対1で交流出来るのは、滅多に無い事だ。

 大河の葬儀、という悪夢の直後、という事もあって、想いが溢れているのもあるのだろう。

 お江は、大河の膝に乗り、後頭部を胸板に擦り付ける。

「おいおい、寝癖、折角直したのに」

「良いの♡ 又、兄者が直すから♡」

「決定事項なのね」

 呆れつつも大河は、受け入れる。

 お江の頭に顎を乗せ、あすなろ抱き。

「兄者、顎痛いよ」

「気にするな」

「もう……♡」

 寒い為、密着する大河の体温が、直にお江に伝わっている為、彼女も又、そういう意味では、離れる事が出来ない。

「兄者、兄者?」

「うん?」

「もうさ。唸る程、お金あるんでしょ? 収入にも困っていないんでしょ?」

「まぁ……そうだな」

 事実なので否定はしない。

 ただ、大河としては誇っているものでは無い為、微妙な反応だ。

「隠居して欲しいなぁ、なんて」

「隠居?」

「うん。大好きだから、ずーっと一緒に居たい」

「……そうだな」

 大河の反応に、お江は寂し気だ。

「難しい?」

「出来なくはないけどさ。引継ぎ等の問題もあるし、第一、教育上、反対だな」

「教育?」

「ああ。隠居後にお江との間に子供が出来た時、無職だろ?」

「うん」

「子供は、親が働かず、。常に家に居る……どう思うかな?」

「あー……」

 子供は親の背中を見て育つのだが、親が働いていないと、子供の精神衛生上、良くない、と思われる。

 下手したら「自分も無職で良いんだ」とする可能性も否めない。

「もう一つ、憲法を推し進めた俺が、国民の三大義務に違反したら、国民に示しがつかないぞ?」

「あー……」

 ―――

『第26条 2項

 全て日ノ本国民は、法律の定める所により、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。

 義務教育は、これを無償とする。


 第27条

 全て日ノ本国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。


 第30条

 日ノ本国民は、法律の定める所により、納税の義務を負ふ』

 ―――

 これが、国民の三大義務だ。

 平均寿命からして、隠居は40代が一般的、とされたこの時代において、流石に20代では、早過ぎる。

 ましてや、大河は、日ノ本の要職ポストを歴任するVIP要人なので、この歳での隠居は、間違いなく国政や外交にも悪い方で影響が出てしまう。

 国民感情と現実論として、隠居は、不可能、と言っても良いだろう。

「……分かった」

 流石に浅井家出身だけあって、まつりごとには一定の理解があるお江は、理解を示した。

 大河が下位の役人だったら、すぐにでも引退は可能なのだが、その分、貯蓄は溜まっていない。

 今の高級官僚だからこそ、莫大な富があり、安心して隠居が可能なのである。

「……御免。無理なお願いをして」

「全然」

 お江を更に強く抱き締め、大河はその想いに答える。

しがらみさえ無ければ、早期退職もありだよ」

「! そう?」

 途端、にへらと、お江は微笑む。

 意外にも大河の反応が好感触だったからだ。

 仕事一辺倒に見える大河だが、その実は、愛妻に溺れたい怠け者だ。

 紂王ちゅうおう等、例え国王であっても、悪女に溺れ、結果、国を滅ぼしてしまった例があるが、国を再建した大河は、仕事を果たした、と解釈してそのまま愛欲の日々を過ごしたいのが、本音である。

「兄者って意外に不真面目だね?」

「隠居を促した癖に?」

「乗る方が悪い」

 段々と、笑顔が戻って来た。

 くちゅん、とお江は可愛くくしゃみ

「寒い?」

「うん」

「外套取って来るよ」

「いや、大丈夫」

 大河の夜着を引っ張り、お江は、その中に入る。

「んしょんしょ」

 すぽんと、お江は、首だけ器用に出し、向かい合わせになった。

「これで良し」

「……そうだな」

 密着している為、温かいのは、事実だ。

「……兄者♡」

「ああ」

 朝日が昇っているが、それでも無関係に2人は愛し合う。

 悪夢を払拭する様に。

 瑞夢ずいむ吉夢きちむ)が見れる様に。

 瑞夢が正夢になる様に、祈って。


「♡ ♡ ♡」

 鼻水を垂らしつつ、お江は、大河に抱き着いていた。

 早朝、東屋で愛し合ったのが、悪かったのか、2人は仲良く風邪を引いた。

 その為、2人は、夏なのにも関わらず、炬燵こたつに入り、体を温めている。

「もう、馬鹿ね。朝から外でするなんて」

 お市は呆れ顔だ。

「だって兄者が求めて来たもの」

「それを操作するのが、貴女の仕事でしょ? この性欲大魔神は、所構わず欲情する大馬鹿者なんだから」

 泣きそうな位の辛辣ぶりだ。

「……」

 酷い言われようだが、事実である為、大河は反論せず、ただただ、炬燵で温まっている。

 流石に暑い為、多くの女性陣は、遠巻きに見詰めるのみ。

 近場に居るのは、

・楠

・井伊直虎

・アプト

・鶫

・与祢

・ナチュラ

・珠

・小太郎

 の8人だけだ。

 8人は、汗を掻いた時用に2人分の着替えと手巾を用意している。

 恐る恐る鶫が忠言する。

「……若殿、体調管理の面と倫理的な観点から、余り早朝、外での行為は、御控えなさった方が宜しいかと」

「……そうだな」

 ぐうの音も出ない正論だ。

「ばーか」

 嗤ったお初が足蹴り。

 イラっとした大河は、その足を掴むと引き摺り込む。

「きゃ!」

 その力の強さにお初は抵抗する間も無く、大河に抱き締められる。

 炬燵に入っている為、大河の体温は、非常に熱い。

 それでいて、炬燵の熱もある事から、お初は地獄を見た。

「暑い! 暑いって馬鹿!」

「まぁまぁ、良いではないか。良いではないか」

 悪代官の様な邪悪な笑顔で、大河は、離さない。

 それ所か、逃げ様とするお江に汗を擦り付けるのであった。

「いやああああああああああああああああああああああああああああ!」

 汚されていくお初の断末魔が、早朝の城内に響き渡るのであった。


 その後、お初にボコボコにされた大河は、汗を流す為に朝風呂に入る。

 汚されたお初と、同じく発汗していたお江も一緒だ。

 その他、入浴しているのは、先の8人と姉妹の母親であるお市。

 合わせて12人である。

「お初も大概だけど、貴方も悪いね。あんな事するなんて」

 大きなたん瘤を作った大河に憐憫の視線を向ける。

「正当防衛だ」

 そう主張する大河は、楠と小太郎を膝の上、左側にアプト、珠。

 右側に鶫、ナチュラを座らせていた。

 与祢はお初、直虎はお江の体を其々、洗い場で洗っている。

「子供」

 お市は、苦笑い。

 先に喧嘩を売ったのはお初で、迎撃方法は問題あったにせよ、大河の気持ちも分からないではない。

 大河は、楠、小太郎を抱擁しつつ、アプトと鶫を抱き寄せる。

 早朝、お江を抱いた癖に、ここでも始めそうな雰囲気だ。

 なんだかんだで、これ程、好色なのだから、1人や2人だけだと、恐らく、その正室と側室は耐え切れず、逃げ出すか、過労死していた事だろう。

 大人数が故に、分散させる事が出来、大河を操作コントロール出来ている節もある。

 アプトと接吻後、

「市、心愛は、元気か?」

「ええ。すくすく育っているわ」

 育児に熱心な大河だが、暗殺未遂事件以降、余り、関われていない。

 なので、子供の事は基本的に妻、或いは乳母又は侍女を通してか聞いていない。

「会いに行っても良い?」

「良いけど、その目だと泣いちゃうかもよ?」

「あー……」

 父親がいきなり眼帯を着けているのだ。

 幼子には、直ぐには受け入れ難いだろう。

「若殿」

 ナチュラが、桶に入った軟膏を見せる。

「後程、塗りますので、先に御体を洗わせて下さい」

「分かった」

 大河と6人―――楠、アプト、鶫、ナチュラ、珠、小太郎は、一斉に立ち上がる。

「あ、半分で良いからな。楠、アプト、珠は休みだ」

「「「は」」」

 指名された3人は、唇を尖らせつつ、座り直す。

「済まんな。休みも重要だから」

 フォローしつつ、大河は、3人の額に順番に接吻していく。

 本音では、自分で出来るのだが、高位者な以上、助手アシスタントというのは、付いてくるものだ。

 鶫、ナチュラ、小太郎は、逆に勝ち誇った顔である。

 信頼されている、とでも言いたげに。

 大河としては、差を作る訳ではないのだが、6人で洗われると、確実に色んな意味で危うい。

 というか、まず、抑えきれない事は間違いない。

 ただでさえ、自制しているのだから、恐らく6人だと、もう無理だろう。

 その点、3人ならまだ人数的に何とかなる感がある。

 大河の微妙な拘りであった。

 愛人達を連れて、大河は、洗い場に行く。

 鶫が尋ねた。

「御希望、ありますか?」

「鶫は頭を頼む。小太郎は背中、ナチュラは前を宜しく」

「「「は♡」」」

 この中で最も重要なのは、頭だろう。

 前も出来なくは無いが、胸より範囲が広い為、、と言える。

(信頼されてるなぁ♡)

 頭部担当になった鶫は、もうデレデレだ。

 微温湯ぬるまゆで、頭を濡らし、シャンプーとリンスの混合していく。

 そして、大河の頭をわしゃわしゃ。

 前のナチュラ、背中の小太郎も、糸瓜へちま束子たわしを使って綺麗に洗っていくのであった。


[参考文献・出典]

 *1:『ザ・スター リバイバル』 第4回(BSフジ 2013年11月9日)放送分

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