第503話 外巧内嫉

「♪」

 鼻歌混じりに私は、夕食を作っていた。

 公務で疲れた時は、料理で気分転換を図る。

 味噌汁を味見。

(……ちょっと濃いかな?)

 関東では、赤味噌。

 関西では、白味噌と地域性があるとされるが、山城真田家では、当主・大河が、そこまで味に煩く無い為、不味くなければ、薄味でも濃くても大丈夫だ。

 それでも、作るのだから、極力、あの人の嗜好に合ったものにしたい。

 葱を切っていたエリーゼが声を掛ける。

「陛下は、本当に御好きなんですね? 真田が」

「……何、急に?」

 突然、言われ、私は恥ずかしがる。

「上皇陛下御自身が直接お作りになるのは、珍しい事かと」

 未だにエリーゼの言う様に、調理を疑問視する者も多い。

 調理専門の女官に任せて、御自分は休養なされた方が良いのでは?―――という意見なのだろう。

「まぁまぁ、私がやりたい事だけだから」

 扉が開き、夫が帰って来る。

「只今~―――お、良い匂い」

「あ、帰って来た」

 鍋の火を止め、玄関に向かう。

「御帰―――」

 そこで、私の足が止まる。

 夫の両肩には2人、頭に1人、女児がしがみついている。

 3人は、私の顔を見ると、

「あ、へいかだ」

「へいか~」

「えら~い」

 3人は、夫から私に飛び移る。

 3人の和装には、加賀梅鉢かがうめばちが入っている。

 本姓が菅原氏の加賀前田家の物だ。

 私は、3人を可愛がりつつ、夫に威圧感を向ける。

「これは?」

「……話せば長くなる」

 夫は、見るからに肩を竦めるのであった。


 お江、与祢も入室を許され、それぞれ、豪姫、与免の遊び相手になった。

 大河は、味噌汁を啜りつつ、摩阿姫に付き合う。

「さなだ様、ちょーしん?」

「そうだね」

「なんで?」

「牛乳飲んでるからだよ」

 鶫がコップに牛乳を注ぐ。

「うぇ……」

 匂いが嫌らしく、摩阿姫は、顔を背けた。

 国立校でも牛乳を採用しているのだが、余り受けが悪い。

 お茶の文化が根強い為、抵抗があるのだ。

 又、乳糖不耐症も理由だろう。

 牛乳を飲めば体質が多くの日本人にある以上、幾ら健康とはいえども、受け入れられるのは、相当な時間がかかると思われる。

 豪姫は、与祢のしていた化粧に興味津々だ。

「うすげしょー?」

「そうです。若殿が御購入して下さりました」

 山城真田家の女官には、制服(和装or洋装の選択制)の他、

・洗顔料

・化粧水

・美容液

・乳液

・ファンデーション

・コンシーラー

・眉墨

頬紅チーク

口紅ルージュ

・グロス

・アイライン

・アイシャドー

・マスカラ

白粉おしろい

美爪術マニキュア

・ペディキュア

 がされる。

 消費すれば、追加支給、或いは、手当が出され、限度額以内であれば、自分で購入する事も可能だ。

 こんな事が可能なのは、山城真田家が都内にある美容製造業者メーカーと取引している為である。

 資金力が豊富な分、家臣にも還元する方針であるからこそ、これ程手厚いのであった。

 育児休暇も簡単に取得する事が出来、出産祝いも凄まじい額が送られる為、毎年、新卒、或いは中途採用の倍率は宝塚並に激しい。

 鶫や与祢の様に見初められる縁故採用も無くは無いが、仕事をしなければ、人事課に目を付けられる為、縁故主義で出来たとしても、能力に見合った仕事をしないと、後は窓際族だ。

 昇給も無く、最悪、に配置され、余りの忙しさから、心身共に疲れ果て辞職を余儀なくされる場合も少ない。

 ホワイト企業である一方、無能力な人間には、容赦が無いのが、山城真田家のだ。

「わたしもなれる?」

「中等部を御卒業された際に応募資格が得られる為、まだなれませんね」

 以前、大河が伊万にした通りに説明する。

「けしょー、したい」

「若殿―――」

「協力してあげて」

「は。陛下、化粧室を借りても宜しいでしょうか?」

「良いよ。綺麗に御化粧してあげてね?」

「は。有難う御座います」

 与祢が豪姫を化粧室に連れて行く。

「にゃぱ~」

 与免も興味津々らしく、その後を這い這い。

「私も~」

 摩阿姫もその後を追う。

 珠は、疲れた顔だ。

「若殿、養女が3人増えた感じですね?」

「そうだな。辛かったから言ってくれ」

「有難う御座います。休ませて頂きます」

「ああ、御疲れ」

 朝顔に御辞儀した後、退室する。

「鶫、一応、看てくれ」

「は」

 鶫も休ませる。

 考え過ぎだろうが、疲労困憊で倒れた時、通報するには、もう1人居た方が良い、という配慮だ。

 朝顔の部屋には、

・朝顔

・大河 

・エリーゼ

・小太郎

 のみになった。

「……」

 怒った顔で朝顔が擦り寄る。

 先程、話をした為、理解はしたのだが、納得出来ていない様子だ。

「子守りが貴方の仕事なの?」

「教育だよ」

「前田家が自分でやればいいのでは?」

の教育方針がお気に入りだよ。一応、3人は親族だし」

 幸姫と結婚している為、3人は、妻の妹。

 義妹に当たる。

 随分、歳は離れているが。

「……分かったわ。私も義妹だからね。可愛がるよ」

「真田」

 エリーゼが会話に加わる。

 因みにデイビッドは、アプトとナチュラが子守りしている為、この場には居ない。

 育児は輪番制なので、母親達は、安心して休憩出来るのだ。

「あの子達は、病弱?」

「分かるか?」

「分かるよ。母親だもの。前田もそれを心配して我が家に任せたんじゃない?」

「……かもな」

 医療技術は世界一だが、病弱な子供が居ない訳ではない。

「主、御調べしましょうか?」

「いや、良い。私的な事だ」

 調べられる事は出来るが、公文書として後世に残る可能性がある。

 子供達の私的な事は、極力、残したくないのが、大河の考え方だ。

 朝顔を膝に乗せ、エリーゼ、小太郎を両脇に侍らす。

「済まんな。いきなり同居人が増えて」

「……良いわ。でも、私が最優先だからね」

「陛下……」

 朝顔の可愛さにエリーゼは、感動する。

「分かってる」

 大河も頷き、その額に接吻するのであった。


「えいやっさ」

「えいや」

「えいや~」

 摩阿姫、豪姫、与免の前田家三姉妹は、元気良く暴れ回る。

 3人で用意された部屋で取っ組み合いし、じゃれ合う。

 その為、障子は破れ、畳は引っ繰り返り、網戸は外れていた。

 前田家では、芳春院の下、厳しい空気だった為、こんな事は出来なかった。

 所変われば、自由だ。

「……」

 3人の様子を見に来たお初は、眉間を痙攣させている。

 幸姫も恥ずかしさで、頭を抱えていた。

 伊万も見て良いものだろうか、戸惑っている。

 数分後、遂に堪忍袋の緒が切れる。

 お初は大きく、息を吸い込むと、

「好い加減にしなさい! 貴女達!」

 大きな雷が落ちた。

「おいおい、大丈夫か?」

 その大声に大河が駆け付けた。

 心愛とお江と遊んでいた様で、2人を肩に乗せている。

「あ、しゃなな様」

「伊万、こりゃあなんだ?」

 部屋はぐちゃぐちゃ。

 前田家三姉妹は、正座で涙目。

 その前に居るのは、仁王立ちのお初。

 お初が、振り返らずに言う。

「御説教です」

 と。

「……分かった」

 極力、子供には、怒れない大河には、お初の様な𠮟り役は、必要不可欠だ。

「御免。修繕費は―――」

「良いよ、幸。必要経費だ」

「必要経費?」

「元気なのは、今の内だろうからさ。必要経費だと思えば」

 穴だらけの障子を横にした。

「だ?」

「遊びたい?」

「だ!」

「じゃあ、はい」

 心愛を障子に乗せると、

「♡」

 笑顔でまだ無傷だった場所に穴を開けて良く。

「兄者、良いの?」

 お江は、若干、引き気味だ。

「良いよ。一つ穴が開いた時点で張り替えなきゃならんから」

 無論、改善策はあるのだろうが、一々、直すのも面倒だし、障子で遊べるのは、こういった機会にしかない。

「兄上……」

 怒っていたお初は、嫌そうな表情だ。

 説教が無駄になる、と思っているらしい。

「私の立場が―――」

「分かってるよ。でも、悪い事を叱ってくれて有難う」

 お初を抱き寄せて、その頭を撫でる。

「もう、子供じゃないですが?」

「嫌ならやめるが?」

「いえ。続けて下さい」

 笑顔で受け入れる。

「「「……」」」

 その様子を三姉妹は、興味津々に見詰めていた。

 先程まで怒っていたお初を一瞬にして上機嫌にさせる男。

 部屋を滅茶苦茶にしても、一切、怒らないのは、有難い。

 気付かれない様に、3人は目配せし合う。

 それに与祢は、気付いた。

’(ヤバい)

 3人の年齢からすると、初恋になるかの高い。

 摩阿姫が擦り寄る。

「さなだ様」

「うん?」

「ごめんなさい。へや、よごして」

「ああ、構わんよ。それよりも、お初に謝り」

「ごめんなさい」

 姉として、豪姫、与免の頭を無理矢理、下げさせる。

 これ以上、怒るのは、難しい。

 一旦、謝罪が成されたのだから。

「幸、修繕費用は後で算出してくれ。俺が払うから」

「有難う」

「じゃあ、与祢、皆を頼む」

「は」

 お初、お江を連れて、大河は出て行く。

 多妻なので、忙しいのだろう。

 心愛を残したのは、それ程、与祢を信用している証拠だ。

 幸姫は、被害に遭った襖等を確認して、メモって行く。

「1枚、2枚……」

 この様な事は、侍女が行うのだが、態々わざわざ幸姫を指名したのだから、それなりに責任を負わせたのだろう。

 幸姫も何も無いと、釈然としない為、指名されたのは、有難かった。

 こういう臨機応変な対応が、大河が家長として信頼させている証拠でもあろう。

「……」

 与祢は、心愛を抱っこしつつ、3人をチラ見。

(あーあ、また監視対象が増えちゃった)

 と。

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