第500話 前田ノ陰謀

 明智光秀の支持層である、福知山や亀岡では、桔梗紋ののぼりが立つ。

 本格的な選挙戦の開始だ。

 下馬評では、光秀が圧倒的な不利ではあったが、参謀に大河が就任した、という噂が広まると一転、信孝陣営に動揺が走った。

「(信孝様は勝てるのか?)」

「(分からん。でも、勝たせなければ)」

「(どうする? 汚職は死刑だぞ?)」

 現代日本では、贈収賄罪は、それほど重罪とされていないが、日ノ本では、重罪と定められている。

 古くは、17条の憲法の第5条にて、

『饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁めよ』

 とあるように、少なくとも飛鳥時代からは、汚職は非難されていた。

 その後、贈収賄は、大宝律令にて、『枉法罪』として登場し、この時、正式に刑罰が科された。

 それによれば、

『布一尺相当=杖80→杖で背中を80回打ち据える

 布30反相当=絞(死刑)

 不枉法臓(賄賂を受け取りながら便宜を図らなかった場合)最高刑→流罪』(*1)

 と、体に傷がつくか死刑か流罪の3択となっている。

 大河も汚職が嫌いな事で有名だ。

 以前、商人・山城屋が賄賂を贈った所、逆鱗に触れ、無残な死を遂げた。

 無投票当選、と踏んでいた信孝陣営は、後手に回り、焦っていた。


「真田殿、選挙協力有難う御座います」

 光秀は、土下座する。

「御顔を上げて下さい。自分は、何もしていませんから」

 あくまでも公式な姿勢を貫く大河。

 今日は、阿国、松姫、珠を侍らせている。

 父親の前では恥ずかしそうだが、折角得た好機なので珠も、消極的ながら甘えていた。

「「「……♡」」」

 松姫の頭の上に顎を置き、大河は問う。

「それで明智殿、どんな日ノ本を目指される?」

「それは平和な国です」

「明智殿」

 肩を竦めて大河は言った。

「残念ながら理想論だけでは、国は統治出来ませんよ」

「え?」

「平和を掲げても、相手が侵略者であれば、国を守る為には、戦争しかありません。原始人の時代からこの星が平和であった時代がありましたか?」

「それは……」

 答えは、NOだ。

 人間は、常に資源等を理由に生きる為に争ってきた。

 戦後の日本もアメリカの傘で生き長らえているが、その傘から外れた国々は、戦争で被害を受けている。

 その一つが韓国だ。

 NATOの結成に尽力したアメリカの国務長官、ディーン・アッチソン(1893~1971)は、1950年、アメリカの防衛線の地域を発表した。

・日本

・沖縄(当時は、返還前)

・フィリピン

・アリューシャン列島

 所謂、『不後退防衛線アッチソン・ライン』である。

 この時、台湾と共に漏れた韓国は漏れたのだが、これが朝鮮戦争(1950~1953)の誘因になったとされる。

 日本は、地政学上、捨て難い場所にあった為、アメリカは、手放す気は無かったが、若し、放棄していたら、直ぐに共産主義勢力が侵攻していただろう。

 実際にソ連は、北海道を狙っていた事実がある。

 戦後の日本は、アメリカが居なければ、違った体制であった可能性が高い。

 大河は続ける。

「平和主義は、自分も同意します。ですが、行き過ぎた場合ですと、賛同しかねます」

 それから、鶫に目配せ。

 彼女が文房四宝を持って来た。

「有難う」

 鶫に接吻後、大河は、三つの言葉をしたためる。

『Si vis pacem para bellum.

 Pax paritur bello.

 Vivere est militare.』

「……これは?」

「上から、

『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』

『平和は戦争から生まれる』

『生きることは戦うことだ』

 全て異国の格言です」

「……」

 最初の言葉は、山城真田家の家訓にもなっている為、光秀も知っている。

 然し、残り二つは、初耳だった。

「……近衛大将は、博識ですね?」

「海外生活が長いですから」

 大河は、阿国、珠も抱き寄せる。

「明智殿の弱点は、優し過ぎる所です。そこを突かれれば、一気に攻め込まれますぞ?」

「……耳が痛い話です」

「若し、本気でこの国を統治したいのであれば、非情になる事も必要です。御理解頂きたい」

「……は」

 娘の前で苦言を呈され、光秀の自尊心はズタズタだ。

 それでも自覚がある為、反論は出来ない。

「明智殿、賽は投げられた、ですぞ?」

「……は」

 大河の言葉に光秀は、深々と頷くのであった。


 山城真田家には、現在、男児が居ない。

 元康、デイビッドが居るものの、彼等は、他家に嫁ぐ、又は、家を継ぐ予定には無い為、事実上、後継ぎ候補からは、外されている形だ。

 その為、婿養子を狙う家々は多い。

 アプトが段ボール箱を抱えて来る。

「若殿、今日は、100通来ました」

「多いなぁ」

 ぐでん、と大河は、机に突っ伏す。

 与祢がその肩を揉む。

「若殿、発想の転換かと。0よりマシかと」

「物は言いようだな。アプト、珠、開封の儀、宜しく」

「「は」」

 2人は、鋏を用意し、封筒を1通ずつ開けていく。

 中身は、全て縁談の申し込みだ。

 愛姫は、既に伊達家に嫁いだが、累や心愛は、未定である。

 その為、他家は、彼女達と結婚し、婿養子になる事を考えているのだ。

「名家ばかりですね。若殿、見ます?」

「一生見ないよ。誰が愛娘をあの歳で嫁がせるか。愛だって泣く泣く送り出したんだぞ」

「もう、若殿、泣かないで下さい。御冗談ですから」

 涙目になる大河の目元を与祢が、手巾で拭う。

 外では、滅多に泣かない軍人だが、愛娘の事になると、極端に弱い。

 それだけ愛してる証拠だ。

 これほど、子煩悩の為、女性陣も安心して妊活出来るだろう。

「若殿、全部、見ました」

「有難う、アプト。ナチュラ」

「は」

「全部、お断りの返事を頼む」

「は」

 一般の家庭だと自分で書かなければならないが、高位者になればなるほど、右筆ゆうひつなる文官が付く。

 現在も天皇・皇后の親書を代筆する宮内庁の文書専門員は、『祐筆』と呼ばれることがある(*2)。

 山城真田家にも右筆は存在し、大河専属の侍女である、

・アプト

・珠

・与祢

・ナチュラ

・鶫

・小太郎

 の5人が担当している。

 複数居るのは、腱鞘炎対策だ。

 又、大量な分、手分けして行った方が、時間短縮にもなる。

 右筆だけが、侍女の仕事ではないから。

 彼女達がそれを行っている間、大河は育児に勤しむ。

「や!」

 心愛のぶつかり稽古だ。

 体当たりし、大河は、それを受け止める。

「元気だな?」

「だ!」

 累も加わる。

「ちちうえ」

「おお、どうした?」

「にぎ、った」

 べちょべちょの御握りを手渡された。

「おお、上手だな」

 毒見もせずに頬張る。

「おいしぃ?」

「うん。有難う」

 累を抱っこすると、心愛が睨む。

「だ!」

「分かった分かった。そう怒るな」

 心愛も抱っこして、大河は2人を抱き締める。

 愛姫と違い、2人は、大河の血を引く子供達だ。

 無意識的にではあるが、愛姫以上に愛情を注ぐ。

「累、心愛、結婚したい?」

「うん!」

「だ!」

 笑顔で良い返事だ。

「好きな人居る?」

「ちちうえ」

「ぱ、ぱ」

 大河は、昇天するかのような柔和な笑みを浮かべる。

「じゃあ、結婚だね」

「やった!」

「ひゃはははは♡」

 娘2人は大笑い。

 現実的には困難な話だが、2人は、真剣に感じた。

 その時、廊下が慌ただしくなる。

『大殿、孫六です。今、御時間宜しいでしょうか?』

「良いよ」

 アプトが内側から扉を開ける。

 入って来た孫六は、直ぐにその場に跪いた。

芳春院ほうしゅういん様、第6女を出産しました!」

「おお、まじか」

 大河も喜ぶ。

 前田利家の妻・芳春院は、史実で、

『永禄2(1559)年 長女・幸姫(前田長種室) ※満11歳11か月で出産

 永禄5(1562)年 長男・利長(初代加賀藩主)

 永禄6(1563)年 次女・蕭姫(中川光重室)

 元亀3(1573)年 三女・摩阿姫(豊臣秀吉側室、後万里小路充房室)

 天正2(1574)年 四女・豪姫(秀吉養女、宇喜多秀家室)

 天正5(1577)年 五女・与免(浅野幸長婚約者、夭折)

 天正6(1578)年  次男・利政

 天正8(1580) 年 六女・千世(細川忠隆室、後、村井長次室)

 ……』(*3)

 と、産み続け、11~32歳までの21年間もの間に2男9女を産んだ。

 これは、伊達晴宗の正室・久保姫(1521~1594)が持つ6男5女の合わせて11人に並ぶ、当時最多記録であろう。

 35歳以降は、妊娠出来る可能性が低くなっていく為、芳春院は、利家に嫁いだ後は、必死に家の為に妊活した結果だろう。

(6番目となると、千世だな……確か、俺が名付け親になった気がするが)

 孫六の後、利家が赤ちゃんを抱いてきた。

「真田殿、千世です。どうぞ見て下さい」

「有難う御座います」

 人の子供の為、見るだけで極力、触らない。

 それでも抱き締めたい衝動に駆られる程、可愛い新生児だ。

「……」

 目が明かない状態で、大河に手を伸ばす。

「……前田殿?」

「そう御賢慮されるな。やって下さい」

「は、はぁ……」

 千世を抱っこすると、彼女は笑顔で頬擦り。

「随分と自分に懐きますね? 何かしましたか?」

「まつが妊娠中にまつが、よく近衛大将様の御話を聞かせていたのですよ。それで、千世は生まれた後から近衛大将様を探していました」

「は、はぁ……」

 寝耳に水な話だ。

 大河は、苦笑いしつつ、千世を御姫様抱っこ。

 その光景に、利家は、未来を視た。

(これで、安泰だな。我が家は)


[参考文献・出典]

 *1:マネー現代 2020年12月3日

 *2:SUNSTAR HP 第73回日書展受賞者・荒井智敬氏のインタビューより

 *3:ウィキペディア

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