第484話 虎渓三笑
万和5(1580)年2月22日。
猫の日。
大河は、朝顔、誾千代、ラナ、ヨハンナ、謙信、お市、三姉妹と共に京都新城近くの猫カフェに訪れていた。
ここは、保護された野良猫が居り、来店客を癒してくれる世界初の猫カフェだ。
言わずもがな、大河が経営する企業の系列店である。
尤も、売上の一部は、野良猫の保護活動や、生活費、医療費等に充てられ、残りは、獣医や職員の収入源となっている。
その為、1銭も大河の懐には、入らない。
メンバーには、伊達政宗と愛姫の夫婦も居る。
「猫~♡」
愛姫は、三毛猫にメロメロだ。
「きゃわわ♡」
お江は、キャットタワーに突撃。
突然の闖入者に猫達は、驚き、逃げていく。
「お江、相手は猫だよ。驚かせちゃ駄目だよ」
「御免、兄者。つい可愛くて」
「気持ちは分かるけどな。負担をかけちゃ駄目だ」
「御免」
「俺じゃなくて、猫に謝るんだ」
「うん」
猫の目線に立って、お江は、改めて謝る。
「御免ね。驚かして」
警戒していた猫達は、そんな真摯な想いが通じたのか、椅子や机の下から出て来る。
お初は、猫じゃらしを振り回していた。
「「「!」」」
猫達は、興奮した様子で猫じゃらしに夢中だ。
茶々も猫に癒されているようで、
「……♡」
メロメロな状態でペルシャ猫を触っている。
「真田って愛猫家なの?」
尋ねる朝顔も、膝に猫を乗せて、顎を安〇先生のようにタプタプ。
「好きだよ」
頷く大河。
大河の方からは、余り猫に触りに行かない。
愛猫家だが、受け手のようだ。
一部の猫が、大河に近付いて匂いを嗅ぐ。
敵意が無いことを分かると、足に体を擦り付けた。
「よっと」
大河が抱き替えると、猫は、興味津々に顔を見る。
そして、頬擦り。
「懐いてるね」
お市は、嫉妬を込めて猫を睨んだ。
「市―――」
「分かってるって。それで猫とは知り合いなの?」
「知り合い、というか子猫の時から会っているからな。そういう意味では、知り合いだろうな」
他の猫達も集まって来ては、大河の肩や膝に飛び乗る。
あっという間に、囲まれた。
101匹猫ちゃんだ。
よくよく見ると、全て雌。
雄は、大河に一切、興味を示していない。
「真田は、種族を越えるのね」
ラナは、驚愕するばかりであった。
「……」
ヨハンナの心は、癒されていく。
所謂、『アニマルセラピー』というものによって。
宗教活動に追われていた時には、感じることが出来なかった癒しだ。
朝顔、ラナも戯れている。
「真田、この子猫、飼いたい」
「飼おうよ」
沢山の子猫を抱き抱えて、懇願する。
「良いけど、公務と飼育、両立出来るのか? ただでさえ忙しいし、休日は、疲れているのに?」
「「う……」」
飼育を決意するのは、簡単だが、実際問題、飼育は、難しい。
仕事が忙しい時には、飼育放棄になる可能性もある。
かけがえの無い命を、自分の都合で、適当に扱うのは、到底、許されるものではない。
「俺も飼いたいけど、既に城で飼ってるから、賛成はし辛いな」
「……」
朝顔は、子猫の頭を撫でる。
「にゃーん」
無邪気に鳴く子猫。
この命を責任持って飼えるだろうか。
今になって、不安になる。
「……やめとく」
一方、ラナは、
「……」
未だに考え中のようだ。
3人の遣り取りに、ヨハンナは、感心する。
(良い関係ね)
朝顔の忠臣である大河は、彼女の意見を採用する可能性は高い。
然し、見た所、やはり、この場でもはっきりと自分の意見を述べている。
勿論、敬意を払った上で。
立憲君主制のあるべき姿だろう。
独裁国家ならば、大河は、粛清されるが、日ノ本は、民主主義国家だ。
国家が殺人を行うのは、
・国防
・刑法上の死刑
のみに限られている。
欧州では、1789年の風刺画『重税に苦しむ第3身分』の様に、聖職者と貴族が、重税で平民に圧力を加えている。
一方、日ノ本は、身分制度は、事実上廃止され、以前は力のあった聖職者(特に僧侶)は、大河が弾圧した為、今は、政治的な力は殆ど無い。
貴族も居るには居るが、平安時代が最盛期で、安土桃山時代には、もう見る影も無い。
家柄至上主義から能力至上主義になった日ノ本には、欧州の様な腐敗した社会は、存在しないのだ。
「聖下、如何しました?」
誾千代が鮪を与えつつ、尋ねた。
子猫は、獅子の様に食らいついているが、可愛さは変わらない。
「真田って、妻に反抗する事はあるの?」
「基本的に無いですね。あったとしても、仕事とかの時だけかと」
「暴力も無い?」
「ありませんよ」
笑う誾千代。
「夜も同意の上ですし、束縛はありますが、気にする程ではありません」
余りにも放任主義だと、愛されていないのでは? と不安になる場合があるだろうが、大河
余りにも酷い場合は、別れれば良いだけの話。
幸い、この国は、旧教=法律では無い為、離婚が合法だ。
然も、
『離別状。
この度、双方協議の上、離縁致します。
従って、今後、貴方が誰と縁組みしようとも、私に異議はなく、翻意することもありません。
以上、本状を以て離別状と致します。
〇年〇月〇日。
〇〇(夫の名前)。
〇〇(妻の名前)殿』(*1)
と言った、所謂、
「あの人は……」
「うん」
「優し過ぎるんです」
誾千代の夫を自慢する横顔は、ヨハンナには、太陽光の様に眩しく見えた。
猫カフェを満喫した一行は、帰り道、待機組の為にスイーツを買って帰る。
全員で来ても良かったが、その分、店側に迷惑がかかる可能性があった為、籤引きで行く人と待機者に分かれたのである。
「貴方♡」
「はいはい」
大河は、お市に羊羹をあ~ん。
普段、子育てで頑張っている分、今回のお菓子は、御褒美の意味合いもある。
食べているのは、試食品だ。
菓子業界は、流行と下火の時機が目まぐるしい為、新商品の販売も多い。
「うん。この羊羹は、良いね」
「心愛も食べれるかな?」
「あら、逢引なのに子供のこと、考えるんだ?」
「当たり前だよ。忘れるのは、鬼畜のやることだ」
浅井長政並に子煩悩な大河は、逢引していても、子供用に御土産を買う事を忘れない。
自分が子供で、親同士が買物に行って、自分だけ何も無かったら悲しい事を想定した上での行動だ。
当然、購入する物は、子供の目線に立ったもので、
未だ妊娠していない女性陣も、この様な夫ならば、安心して妊活に励み易い。
「誾も」
「有難う」
誾千代もあ~んされ、羊羹を頬張る。
「……良いね」
「じゃあ、買おう―――」
「あ、でも、大量に買っちゃ駄目だよ。品不足になるし、子供達も大の甘党になっちゃうから」
「分かってるって」
成功者にも関わらず、他人を思いやるのが、山城真田家の方針だ。
アプトがカゴに羊羹を入れていく。
「アプト達も試食していいからな―――って、もうしてるな」
「「「ふぁい」」」
アプト、与祢、珠は、既にハムスターのように羊羹を口一杯に詰め込んでいた。
大河は、苦笑いしつつ、財布をアプトに渡す。
「若殿?」
「ちょっと疲れた。先に馬車に戻っておくよ」
「鶫達は?」
「馬車に控えています」
「分かった」
その足は、ふらついている。
与祢が支えに行こうとすると、
「私が行くから、休んどき」
謙信が支えて、大河を連れて行く。
馬車に戻った大河を謙信は、寝台に誘う。
「……結構、引っかかれたな?」
「そのようだな」
誾千代が大河の衣服を脱がす。
その体中は、引っ掻き傷で一杯だった。
「子猫にやられたね?」
「全くだよ」
子猫は力の加減が分からない為、爪で引っ掻き、大河を傷付けていた。
大河が発症したのは、『猫ひっかき病』。
―――
『【猫ひっかき病(バルトネラ症)】
その名の通り猫や犬に人が咬まれたり、引っかかれて感染する
バルトネラ菌を持った
バルトネラ菌は猫や犬では常在菌の為、無症状ですが、人では、
・傷口の化膿
・発熱
・リンパ節の腫脹
を引き起こす。
猫ひっかき病は、蚤が発生・増殖する7~12月にかけての発生が多く(特に寒くなって猫と一緒に居る時間が増える秋口から冬にかけての感染が多いという)、地域的には都市部や西日本が多いという報告もある
<犬・猫へ感染した場合>
バルトネラ菌は感染した猫や犬の赤血球の表面で増殖するが、特別な症状は示さない。
[治療法]
保菌状態でも無症状である為、治療対象にならない。
[予防法]
蚤の定期的な駆虫・予防によって、動物間における病原体の循環サイクルを断ち切る。
〈人へ感染した場合〉
通常はバルトネラ菌が不顕性感染した猫や犬から人に感染するが、菌を保有する蚤から直接感染したと疑われる症例もある。
又、人が菌を媒介して他の人へ感染させた例も報告されている。
これは猫とスキンシップを取った幼児が、そのままの手で別の幼児を触ったことが原因と考えられている。
[症状]
・左脇窩リンパ節の腫大
数日~2週間程の潜伏期間後、受傷した部分の丘疹や膿疱、発熱、疼痛や数週間から数ヶ月続くリンパ節の腫脹がある。
又、リンパ節腫脹の1~3週間後に、突然の痙攣発作や意識障害で脳症を併発する事もある(発症した人の内の約0・25%)。
〈感染経路〉
[経皮感染]
感染した猫や犬による咬傷や引っ掻き傷からバルトネラ菌が体内に侵入し感染する。
感染蚤の刺咬による伝播も否定出来ない。
〈病原体を媒介する動物〉
蚤(主に猫蚤)
猫と猫の間、猫と犬の間を媒介するのは蚤。
[治療法]
・軽症の場合は自然治癒することが多い。
・リンパ節の腫大、疼痛が明らかな場合は、抗菌薬を投与する。
然し、各種の抗菌薬による明確な治療効果は認められない。
[予防法]
・猫や犬の保菌状況は不明なので、飼育しているペットの検査までする必要はない
が、猫や犬の爪は常に短く切り、猫や犬を過剰に興奮させ、引っ掻かれたり咬まれ
たりしないようにする。
・蚤の定期的な駆除・予防を行う
・感染が考えられる場合は、猫や犬との接触状況を医師に伝える』(*2)
―――
この子猫達は、そのワクチンを接種しているのだが、命の恩人である大河には、嬉しさの余り加減が出来ず、引っ掻いたようだ。
「……愛されるのは良いが、辛いな」
「本当、そうね」
謙信は笑いかけて、大河に膝枕。
「鶫、氷枕を」
「は」
「ナチュラ、毛布を」
「は」
「小太郎、水を」
「は」
謙信と3人の介護により、大河は、幸せを感じるのであった。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア 一部改定
*2:エランコ・ジャパン HP 一部改定
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