第478話 遠ゐ雪解

 万和5(1580)年2月14日。

 夜。

 大河は、入浴していた。

・朝顔

・ラナ

・誾千代

・謙信&累

・お市&心愛

・三姉妹&猿夜叉丸

・エリーゼ&デイビッド

・千姫&元康

・稲姫

・松姫

・幸姫

・橋姫

・楠

・阿国

・アプト

・珠

・与祢

・鶫

・小太郎

・ナチュラ

・伊達政宗&愛姫

・伊万

・ヨハンナ

・マリア

 の総勢32人と共に。

 今回の混浴は、大河の方針だ。

 一門総出で仲良くする為に、

・人種

・年齢

・性別

・宗教

 と、兎角、山城真田家に属する者は、多種多様だ。

 桶に乗った酒と御猪口を、アプト、珠、与祢の3人が酒好きの人々に配膳していく。

 入浴しながら、酒を飲めるのは、禁酒を方針とする山城真田家では、珍しい事だ。

 ただ、本来は、飲酒と入浴は、セットで行う事ではない。

 専門家曰く、

『温泉もアルコールも、共に血行を良くする効果があります。

 但し、入浴と飲酒を同時にするのは、体に大きな負担をかける恐れがあり、体調が悪化しかねません。

 又、温泉成分により浴室は滑り易い状態になっている事が多く、酔った状態で入浴をすると、転倒等の事故に繋がる可能性も。

 体調・安全面から考えて、飲酒は入浴後にしましょう。

 但し、入浴直後は、思った以上に体に負担がかかった状態なので、30分~1時間程休憩してから、飲酒するのが理想的です』(*1)

 と、提唱している。

 なので、体調不良になった場合に薬等の医療体制は、万全だ。

 又、転倒防止対策に橋姫が大浴場のタイルに魔法をかけている為、それが切れない限り、滑る可能性は無い。

 大河達が入っているのは、御湯がチョコレートになった特殊な風呂であった。

 粘々ねばねばするが、手触りが良い為、女性陣は、好評だ。

 泥パックの様に、全身に塗りたくるお江。

 死海の様に浮くエリーゼ&デイビッドの母子。

 伊万に至っては、チョコレートを雪玉の様に丸めて、楠と雪合戦ならぬチョコレート合戦を行っている。

 稲姫と幸姫は、やはり、伊万達同様、丸めて、ハンドボールを行っている。

「兄上、塗って」

「はいよ」

 お初に強請られ、大河は、チョコレートを手に取り、彼女の背中に塗る。

「へへへ♡」

 気持ち良いのか、お初は、笑顔だ。

「お初は、最近、素直になったね?」

「立花様?」

「ちょっと嫉妬しちゃうな」

 誾千代は、大河に寄り掛かる。

「私は、無理だったけれど、お初には、ちゃんと産んで欲しいの」

「!」

「あ、圧力をかけている訳じゃないからね」

 誾千代は、優しくお初を抱き締める。

 2人は立場上、同じ妻だが、年代が違う為、歳の離れた姉妹の様にも見えなくはない。

「……私も産みたいです」

「うん。頑張るのよ?」

「はい」

 叱咤激励され、お初は、緊張してしまう。

 大河は、そんな2人を膝に乗せた。

 そして、2人の首筋に口付け。

「あん♡」

「もう♡」

 2人は、身をよじる。

「これが本当の両手に花だな―――ぐは!」

 桶が飛んできて、大河の側頭部に被弾。

 狙撃手は、ヨハンナだった。

「駄目だよ。私を無視しちゃ」

 その目には、涙が溜まっている。

 たん瘤を触りつつ、大河は、睨んだ。

「無視してないよ」

「じゃあ、私にも構ってよ」

「分かってる。御出で」

 苛々を隠しつつ、大河が手招きすると、ヨハンナは、

「えへへへへ♡」

 無邪気に笑って、大河の隣に入浴する。

 一緒に来たマリアが、囁いた。

「(申し訳御座いません。聖下に振り回らせて)」

「大丈夫だから」

 もう少し、誾千代達とイチャイチャしたかったが、ヨハンナの体調が心配なのも事実だ。

 騒ぎを聞きつけて、洗い場に居た朝顔が、阿国、松姫を連れてやって来た。

「真田、大丈夫?」

「全然、掠り傷だよ」

「でも、真田様、少し出血が見られます」

「マジ?」

「はい。治療しますね」

 松姫が、微温湯ぬるまゆで、傷口を洗い流す。

 沁みるが、頭なので、黴菌ばいきんが入る前に素早い処置が必要だろう。

「もう洗髪させていますよね?」

「ああ」

「では、包帯を巻きます。良いですか?」

「有難う」

 松姫が冷静に巻いていく。

 山城真田家の当主に桶を投げ、負傷させたヨハンナに対し、

「「「……」」」

 女性陣は、冷たい視線を向ける。

 女性関係が派手で、時々、女性陣から制裁を加えられる大河だが、それは、だからであって、ヨハンナは、それに含まれない。

 退行以降、大河が付きっ切りなのも、不満なのだが、それでも我慢していた。

 然し、今のは流石に見過ごす事は出来ない。

 大河は、正妻と夫婦生活を楽しんでいたのを邪魔し、剰え、怪我までさせたのだから。

 シーン。

 大浴場は、水を打ったかの様に静まり返る。

 異変に気付いた大河は、思う。

(ヤバいな)

 恐らく、一瞬、イラついた感情を見せたのが、女性陣の反ヨハンナ感情を煽ったのかもしれない。

 滅多に怒った事を見せない大河が、少し不機嫌になったのだ。

 彼を慕う女性陣は、我が事の様にそれを感情移入させ、今の状態をより悪質化させていた。

 ヨハンナには、その空気が分からない。

 退行して子供だからこそ、自分以外に見えないのかもしれない。

 大河は、スッと、息を大きく吸った後、

「ちょっと逆上のぼせたな。愛」

「なあに父上?」

 いきなり呼ばれた愛姫は、政宗とイチャイチャを中断する。

 親の前で熱愛出来るのは、大河の影響かもしれない。

 政宗は、しょぼん顔だ。

「後で、指圧してくれよ」

「え? 私で良いの?」

 中々無い指名に愛姫のテンションが上がる。

 一方、政宗はというと、

「……」

 分かり易い程の無表情。

 愛妻を義父に寝取られたら、あんな顔にもなるだろう。

 これだと、名門・伊達氏の顔が立たない為、政宗の為にもフォローする。

「俺の次は政宗な?」

「え? 自分ですか?」

 途端、笑顔に。

 この独眼竜、分かり易い。

「愛妻に癒されてもらえ」

 そう言って、大河は、朝顔の手を取り、左横に座らせた。

「……分かってるじゃない」

 朝顔は、満足し、寄り掛かる。

 父娘の和やかな遣り取りと、上皇の笑顔に、それまで静まり返っていた大浴場の氷は溶けていく。

 雪解けデタントではあるものの、米蘇のそれの様に一時的なものかもしれない。

(内部抗争は、避けたいな)

 相変わらず、ヨハンナは、能天気な様子で、大河の頭を撫でては頬擦り。

 若しかしたら、大型の愛玩動物ペットと勘違いしているのかもしれない。

 大河は、胃の痛みを感じつつ、それを甘んじて受け入れるのであった。


 2mものある札幌の雪だが、それでも降雪は続く。

 夜になると、昼間の晴れが嘘だったかの様に吹雪になった。

「今日は、出れんな」

「賛成。出たくない」

 大河は、朝顔と一緒に炬燵に籠っていた。

 大河の右膝には、ヨハンナが枕にして寝ている。

「zzz」

「……それで、如何するの?」

 背後から抱き締めていた誾千代が、怒った口調で尋ねる。

 それもその筈、未だに大河に傷を負わせた事が激怒の原因だからだ。

「無策だよ。何にも手が浮かばない」

「貴方にしては、珍しいね?」

「医者じゃないからな。国は救えても、人は救えん」

 橋姫が炬燵の中から顔を出す。

「魔力、使う?」

「副作用と成功率、分かるか?」

「……御免」

「いや、良いよ」

 橋姫を撫でる。

 猫の様にゴロゴロと喉を鳴らした。

 器用な妻だ。

 謙信が右横からしな垂れかかる。

「景勝、怒っていたわよ」

「ほう? あいつ激情家だったのか?」

「私のを受け継ぐ者だからね。私も貴方が制止していなければ今頃は……」

 謙信の目が怖い。

 一応、大河の顔を立てる為に暴れない様にしているが、元々は、”軍神”であり、日ノ本一、を重んじる武将だ。

 大河が何かアクションを起こせば、柿崎景家の様に処断に動くだろう。

「謙信、気持ちは有難いが、国際問題は避けたい。又、宗教戦争を起こすのは、嫌だ」

 仏教徒の過激派にあれ程手を焼いたのに、今度は、切支丹だ。

 然も、今回は、場合によっては、世界中を敵に回す恐れがある。

 軍事力が世界一の為、その辺は問題無いのだが、どれだけ保つ事が出来るか。

 WWII当時、世界屈指の軍事大国であった大日本帝国も、最後はスタミナ負けし、惨敗した。

 としては、世界との戦争は、何としても避けたい大河だ。

 左横に座っていた朝顔が顔を近づける。

「ちゃんと日ノ本の事も考えてるのね?」

「一時の感情で国を滅ぼしたくないからな」

 軍人であり、殺人を好むSサディストである大河だが、亡国までは、望んでいない。

 朝顔を抱き抱えて、左膝に乗せる。

「何?」

「いや、可愛いな、と」

「分かってるじゃない?」

 朝顔は、微笑んで口付け。

 大河との絆は、段々、強くなっている。

 多くの時間帯を一緒に過ごしている為だろう。

 上皇と近衛大将―――まさに『最強のふたり』だ。

 大河を抱き締めつつ、朝顔は、確認する。

「謙信」

「は」

「私は、2年後、子供を産むわ」

「「!」」

 誾千代と謙信は、息を飲んだ。

「忠臣であり、友人でもある貴女に頼りたい。妊活の仕方をね」

「……有難き幸せです」

 謙信は、涙を流す。

 出逢った当初、朝顔は、妊娠に対し、言い知れぬ恐怖心を抱いていた。

 体験していない事に恐怖心を抱くのは、危機管理の観点からすると、当然の事だろう。

 そんな朝顔が遂に妊活を決意したのだ。

 忠臣として近場で見守っていた謙信には、畏れ多いものの、娘の成長を見ている様で、これ程嬉しい事は無い。

 誾千代も遅れて落涙する。

「陛下、おめでとうございます」

「まだ、決意しただけだよ?」

「それでも、です……!」

 2人に祝福され、朝顔は、困り顔だ。

 然し、その顔は赤い。

「真田。助けて」

「喜ばしい事じゃないか」

「いけず」

 怒った顔で、大河の頬を引っ張る朝顔。

 この宣言は、後に朝廷にも伝えられ、一気に祝福ムードが高まった事は言う迄も無い。

 

[参考文献・出典]

 *1:CHINTAI情報局 2014年8月18日

   入浴しながらの飲酒はNG? 正しい温泉の入り方をマスターしよう

   温泉ビューティー&ダイエットソムリエの加藤貴也氏の見解 一部改定

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