第477話 白ゐ恋人

 万和5(1580)年2月14日。

 蝦夷地・札幌。

 その由来は、アイヌ語の、

乾いた大きいサッ・ポロ

その葦原がサリ広大なポロペッ

 等がある(*1)。

 和人とアイヌ人の争いが鎮静化した事により、蝦夷には、沢山の企業が入り、経済発展目覚ましい。

 そのどれもが、日ノ本の企業なので、アイヌ人の強硬派からは、嫌われているものの、穏健派からは、評判が良い。

 雇用が生まれ、生活出来るのだ。

 本土からの観光客も増えて来ており、アイヌの文化の宣伝にもなっている。

「これが、蝦夷なのね」

 初めて見る蝦夷の地形を模した氷像に、朝顔は、大きく見上げた。

「何だか星みたい」

 例えたエリーゼの胸には、デイビッドが居る。

「……」

 見ようによっては、星にも見えなくはない。

 お市も心愛に雪を触れさす。

「これが雪よ」

「……ちゃ」

 冷たい、という顔をする。

「冷たかったね」

 雪に抵抗感が生まれたのか、心愛は、首を横に振って、ある人物を探す。

「父上?」

 お市が尋ねると、心愛は頷いた。

「忙しいからね。会いに行く?」

 すると、破顔一笑。

 心愛は、笑顔になった。

 お市の娘だけあって、彼女の遺伝が強いのか、大河が不在だと、不安になる様だ。

「陛下、心愛が夫に会いたがっているので、私はこれで失礼します」

「あ、私も会いたい。一緒に行こう」

「はい」

 朝顔、お市、エリーゼは、氷像鑑賞を済ませて旅館に移動する。


 旅館では、大河が簀巻きにされていた。

 天井から吊るされている為。蓑虫感が否めない。

 犯人は、千姫、ラナ、松姫、幸姫、稲姫、阿国の6人。

「そんなに俺、信用無い?」

「厠に行くついでに外出するかもしれませんからね。念には念を入れよ、ですわ」

 元康に母乳を与えつつ、千姫は笑顔を見せる。

 元康は、大河の額をぺしぺし。

 扇子で叩いている。

 大河は、旅館に着き次第、彼女達に捕まり、この状態だ。

 6人―――アプト、与祢、珠、鶫、小太郎、ナチュラは、助けたいのも山々だが、彼女地の圧力に負けて、委縮していた。

「外出位させてくれよ―――」

「駄目ですわ」

 ラナが、頬に接吻。

の御命令ですので」

?」

 ヴォル〇モートを連想するが、生憎、この世界に彼は居ない。

 いや、橋姫の様なデーモンが居るのだから、彼でなくても彼の様な、魔法使いウィザードは、何処かに居るかもしれない。

 6人が左右に分かれる。

 すると、

「えへへへへ♡」

 夜着を纏ったヨハンナが、マリアを連れて登場。

 そして、大河に頬擦り。

「鬼さん、捕まえた♡」

「……俺、鬼だったの?」

「うん。そうだよ♡」

 無邪気な笑顔だと、怒り難い。

「ラナ、外して」

「は」

 ラナは、鋏を取り出して、糸を切る。

「ぐえ」

 大河は、落下するも、毛布の御蔭で強打は避けられた。

 阿国、稲姫、幸姫がすぐさま介抱に入る。

「大丈夫?」

「顎打った?」

「痛いの痛いの飛んでいけ~」

 阿国と稲姫は、心配するが、幸姫は、完全に舐め腐っている。

 イラっとした大河は、簀巻きから這い出ると、

「幸」

「きゃ♡」

 幸姫を押し倒す。

「もう少し敬意を払うべきだよ」

「払ってるけど?」

「じゃあ、俺もそうするよ」

 幸姫を御姫様抱っこする。

 そして、唇を重ねた。

「……♡」

 久々な事なので、幸姫のテンションが上がる。

 大河の首に腕を回し、2人は、熱々だ。

 近場に氷があれば、瞬時に溶けていくだろう。

「だーめ」

「ぶほ!」

 ヨハンナから扇子で後頭部を激しく、叩かれた。

 脳震盪を起こしかける程の衝撃だ。

 大炎上したパ〇プロの投手ピッチャーの様に、クラクラしている大河を、ヨハンナは、背後から抱き締める。

「うふふふ♡ つ~かまえた」

 抱き枕の様に、ヨハンナは、大河の背中に顔を埋める。

 高貴な人である為、激しく抵抗して、怪我でもさせたら問題だ。

 然も、退行しているので、虐待感も否めない。

「……えっと、聖下?」

「せーかって何? 名前で呼んでよ」

「……ヨハンナ?」

「うん♡」

 大河にしがみついて、甲羅の様になる。

 重いが、口が裂けても言えない。

「聖下……」

 マリアは涙ぐみ、

「「ぐぬぬぬ」」

 松姫とラナは、悔しそうだ。

 見上げると、天井裏から、楠がニヤニヤ。

 艶福家の夫の困り顔が、相当御好みの様だ。

「ねぇねぇ」

「はい?」

「遊ぼ♡」

「何を?」

「う~ん……」

 自分で提案しておきながら、具体案は無いらしい。

「皆としているのがしたい」

「というと?」

「あいびき」

「合挽? ハンバーグ?」

「馬鹿」

 マリアが突っ込む。

逢引デートよ」

「マジ?」

「本気よ。ほら、御望みなんだから」

 マリアが、大河の背中を押す。

「じゃ、じゃあ、ちょっと雪降ってるけど、周ろうか?」

「本当?」

 ヨハンナは、目を爛々と輝かせる。

 その輝き用は、まるでダイヤモンドの様だ。

「ああ」

 逢引なら誾千代達としたいが、今は、ヨハンナが心配だ。

 余りストレスをかけさせたくない。

 望むものがあれば、極力、付き合うのが筋だろう。

「与祢、皆を呼んで。雪祭り、行こう」

「は」

「祭りだ! 祭りだ! わっしょい! わっしょい!」

 部屋中を犬の様に走り回るヨハンナ。

 つい、数年前迄、旧教の頂点に居た御仁が、この様子だ。

 山城真田家以外の敬虔な信者が見たら、同一人物とは到底思わないだろう。

 又、事実が分かっても、心情的に認めたくないかもしれない。

 大河は、溜息を吐いた。

(こりゃ困ったな)


 朝顔は帰宅するなり、大河の下へ行く。

「真田、表の氷像、良かったよ。あれ、誰が作ったの?」

「地元の兵士だよ」

「軍人なの? 荒らしい心象だけど、手先器用なのね?」

「軍人ってのは、結構、手先の器用さも求められるよ。解体された銃器を短い時間で素早く正確に組み立てたりとかするからね」

「貴方も出来るの?」

「最近していないから自信が無いけど、体に染みついていると思うから、多分、大丈夫」

「慎重なのね?」

「その辺は、俺は、兎並に臆病なのさ」

 世界最強の狙撃手も同じ様な事を述べている。

 遭遇した少年が、「貴方は、何故僕に驚いたのですか?」と問われた時、彼は、

『俺が、兎の様に臆病だからだ…(中略)だが…臆病の所為でこうして生きている…虎の様な男は、その勇猛さの御蔭で、早死する事になりかねない…強過ぎるのは、弱過ぎるのと同様に自分の命を縮めるものだ…』(*2)

 と。

 女性関係は、臆病とは言い難い大河だが、実際、シリアで長生き出来たのも、この兎の様な臆病さが理由の一つだろう。

「あ、ここに居た~!」

 どたどたとヨハンナが走って来た。

 そして、元気よく飛び、大河の背中に抱き着いた。

「鬼さん、捕まえた♡」

「……ああ、そうだな」

 大河は、嫌がらず、おんぶする。

「えへへへ♡ 香水の匂い♡」

「……」

 朝顔は、ドン引き顔だ。

 普段知るヨハンナは、もっと厳格で慎ましかったのだが、今、目の前に居る女性は、同一人物には思えない。

 伊万の様な無邪気さだ。

 その伊万も、ヨハンナにのポジションを奪われて、立つ瀬がない。

「……」

 伊万と同年代の与祢、更には、実子の累も、ジト目を向けている。

「だ!」

 唯一、いつも通りなのが、心愛だ。

 生まれて間もない為、余りというのを理解していないのだろう。

 常に笑顔を振り撒いている為、大河は、癒される。

 ヨハンナをおんぶしたまま、愛妻を労う。

「お市、御帰り」

「只今」

 2人は、口付けを交わし、彼女の腕の中の心愛を見た。

 目の前で父親と母親がこんな感じなので、心愛も笑顔が絶えない。

「だ! だ!」

「お市、何て?」

「『私にも接吻して』って。流石、私の娘」

 えっへん、とお市は胸を張る。

 訳した内容が本当か如何かは分からないが、心愛は、何か期待した眼差しだ。

「御免ね。心愛。君には、出来ないんだよ」

 優しく、諭す。

 心愛は、「どうして?」という涙目だ。

 心苦しいが、情で傾く程、大河は甘くない。

「僕達大人の口の中には、ね。虫歯菌っていう悪い黴菌ばいきんが居るんだよ。その口で赤ちゃんに接吻してしまうと、罹患する可能性があるんだ」

 例え相手が子供であっても、大人の様に接する。

「……だ」

 渋々、納得した様で、心愛は俯いた。

 大河は、その頭を撫でる。

「接吻は出来ないけど、これで我慢してくれ。御嬢様」

「! だ!」

 心愛は笑顔になり、大喜びするのであった。


 この日は、バレンタインデーという事もあり、氷像の会場では、チョコレートが販売されていた。

「ちょこれ~と、ちょこれ~と。ちょこれいとは、ばんわ♪」

 お江は、CMソングを口遊くちずさみつつ、チョコレートの氷菓を頬張る。

 稲姫も千姫と元康の御世話に忙しい。

「千様、頬が」

「ああ」

「だ!」

「元康様、どうぞ」

「だ♡」

 新婚だというのに仕事に徹するのは、本多忠勝の娘だけあって、徳川家への忠誠心が凄まじい。

「真田、見て見て。そっくり」

「貴方、結構似てるね?」

 大河は、朝顔、誾千代を侍らせつつ、氷像を楽しんでいた。

 観ているのは、自分がモデルになったものだ。

 当初は、帝や朝顔が案に出されたが、朝廷から許可が下りなかった為、泣く泣く、大河になった、という訳である。

 帝は分からないが、朝顔は、残念がっている。

「横は私のが良かったな」

 大河の左右に鎮座しているのは、誾千代、謙信の2人。

 世間的には、2人が正妻のイメージが強いのだろう。

「申し訳御座いません。陛下」

「あ、誾が謝る事じゃないから」

 朝顔は、誾千代を気遣いつつも、しっかりと、大河の左手を握っている。

 右手は、誾千代が握り締め、結局、大河は、ここでも身動きが取れない。

 提案者のヨハンナはというと、

「しゅっごい♡」

 大河の背中にしがみついたまま、大興奮だ。

 現地民には、訝し目に見られているが、誰も彼女がヨハンナとは思わない。

『また、真田の殿様が、新しい女を侍らせている』

 とでも思っているのだろう。

 世間には、大河=艶福家&好色家のイメージが根付いている為、今更、驚く事は無い。

 女性陣の人数が少なかった時は、週刊誌の恰好のネタになっていた時期もあるが、今は、増える度に新鮮味が落ち、売れない為、芸能誌からは、敬遠される傾向にある。

 この手は、結局、イメージの問題なのだ。

 何回も浮気している芸人が、週刊誌にすっぱ抜かれた所で大衆は何にも驚かない。

 逆に清廉潔白そうな芸人が、浮気をしていたら、大衆は興味を惹かれ、記事が売れる。

 大河の女性関係は通常運転であり、然も、現時点で妻同士の不仲説も無い。

 又、妻の1人が朝顔なので、記事の内容次第では、朝廷が激怒する事も考えられる。

 大河や山城真田家の為に命を張る記者は、早々居ない。

 この様な事情から、目新しい女性が、大河とイチャイチャしていても、大衆は、無反応なのである。

「ねぇねぇ、貴方♡」

 ヨハンナが、誾千代の真似をする。

「んだよ?」

「しゅき♡」

 大河の頬に接吻。

 暴れたら、ヨハンナを振り落とす事になる為、大河はされるがままだ。

「随分と仲が宜しい様で」

 誾千代が手を離すと、笑顔で指の関節を鳴らす。

「俺、被害者だけど?」

「魅力がある真田が悪い」

 朝顔も援護射撃だ。

 その内容が理不尽過ぎて、大河は、お手上げだった。

「与祢」

「はい、奥方様」

「今晩、折檻の用意を」

「は」

 誾千代の命令に、与祢は大きく頷いた。

(近衛大将、北の大地で死す―――か。明日の朝刊の見出しは、これだな)

 大河は、息を吐く。

 白いそれは、空に上がる事無く、誾千代と朝顔、それに与祢の熱気で早々と焼失するのであった。


[参考文献・出典]

 *1:札幌市 HP

 *2:『ゴルゴ13』 28巻『ザ・スーパースター』 一部改定

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