第461話 陰謀詭計

 大河からの報告書を受けた家康は、早速、彼から派遣された便衣兵と共に対策を務める。

「貴殿が、真田殿の?」

「はい。雑賀孫六と申します。以後宜しく御願いします」

 孫六は、深々と頭を下げた。

「雑賀? ……雑賀衆の? 狙撃手か?」

「はい」

「失礼だが、狙撃手に工作が務まるのかね?」

 家康の疑念は、尤もであった。

 多くの武家では、工作活動は、忍者の担当だ。

 狙撃は、狙撃手が行う。

 専門分野には、その玄人が行う。

 それは、徳川家でも同じだ。

「若殿は、少数精鋭を謳っています。なので、狙撃手が忍びを兼ねる事もあるんですよ」

「……成程」

 大軍だと、無能が多い分、人件費が嵩張かさばる。

 その点、少数精鋭だと、1人が幾つもの事を兼務し、更に少人数の為、人件費もその分、浮く。

「して、何をする?」

「若殿の作戦では、家康様の名前で、仏教保護の政策を打ち出して下さい」

「ほう……それで?」

「山を寄進する為にそれに適当な僧侶を選ぶ、とし、東海道中の僧侶を集めるのです。それを我々が1人ずつ身辺調査を行い、九六九軍関係者を炙り出します」

「成程。勝幡城の方は?」

「そこも派兵されています。恐らく数日以内に収束するでしょう」

「……分かった」

 そこで、孫六は畏まる。

「家康様に一つ、御願いがあります」

「何だ?」

「稲様をこちらに御異動願えますか?」

「? 何故だ?」

 稲姫は、千姫の専属従者であったが、最近では、実父・本多忠勝の下で学び、京都新城から離れていた。

「若殿からの御指示で、『千様の話し相手に居て欲しい』との事です」

「……分かった。忠勝にも言っておく」

「有難う御座います」

 この時、孫六は知らなかった。

 徳川家と本多家の密約を。


「殿、遂にこの時が来ましたね?」

「そうだな。これで、より一層、真田に影響力を保持する事が出来る」

 孫六が去った後、家康は、忠勝と密談していた。

 部屋には、稲姫も居る。

 真宮寺さ〇らの様な総髪ポニーテールは、凛々しい。

 その上、程よく引き締まった筋肉も、又、美しく仕上がっている。

「稲よ。覚悟は出来ているか?」

「はい」

 大河を一度怒らせて御家存続の危機になった家康は、千姫だけでに飽き足らず、もう1人、女性を送ろうと画策していた。

 その筆頭者が、稲姫であった。

 家康の案に忠勝も乗り気であった。

 何故なら、日ノ本最高の武将に自慢の娘を送れるのだから。

 稲姫も好意的だ。

 京都で勤務していた時、千姫に温かく接する大河に、親近感を覚え、「若し、縁があるならば」と密かに期待していたのだ。

 着飾る恋には理由があって。

 既に千姫は、『本多定紋』と『六文銭』の家紋が入った和装を着ていた。

「殿、この機会に自分も京都に行って良いですか?」

「娘が心配か?」

「それもありますが、近衛大将に興味があります。武将として」

「……奴は、ああ見えて、秘密主義者だぞ?」

 あの歳で自伝が発表されているが、山城真田家の間では、真偽が分かれている。

 証拠が何一つ無い為だ。

 大河自身、その自伝に関与しておらず、否定も肯定もしていない。

 ゴーストライターが著した、との噂もある程だ。

「秘密を穿ほじくるつもりはありません。ただ、どの様な人物か興味あがるだけです。息子になるかもしれませんしね」

 忠勝の「息子」発言に稲姫は、俯く。

 厳しい実父が好いた男を認めているのだ。

 壮絶な父娘喧嘩にならずに済む。

 稲姫は、頭を下げた。

「殿、この度、またとない機会を下さり有難う御座います」

「うむ、行ってこい」

 千姫が嫁いだ時を思い出したのか、家康の両目には、涙が溢れていた。

 

 孫六が江戸城に居る間、勝幡城には、島左近が派遣されていた。

「義弟は、心配性だな」

 濃姫を傍に信長は、苦笑い。

 功労者として年金生活に入っている彼は、昔の感覚が錆び付いていた。

 御隠居が狙われる訳が無い―――その様に考えているのだ。

 然し、左近は、説明する。

「これは、異国の―――えげれすの話なのですが」

「うむ」

「武道を引退した御老人が、隠居していたのですが、敵対組織に爆殺されました」

「「!」」

 信長、濃姫は、目を剥く。

「それは、誠か?」

「若殿が仰っていました。恐らく、事実かと」

「「……」」


 大河が例を挙げたのは、ルイス・マウントバッテン卿(1900~1979)だ。

 第二次世界大戦の英雄の1人にして、イギリス領インド帝国末期の提督である。

 退役後、彼は隠居生活を送っていたのだが、1979年、IRA暫定派の標的ターゲットになってしまい、ヨットを航行中、仕掛けられていた爆弾によって殺害された。

 当時、IRA暫定派のテロは、激しかったのだが、彼は、「年老いた自分は、標的にならない」と公言し、大した護衛も付けていなかった。

 その為、簡単に暗殺されてしまったのだ。

 標的になったのは、恐らく彼の血筋だろう。

 彼自身、女王の叔父に当たり、英国王室とも親戚関係にある。

 その死を最も悲しんだのが、第21代ウェールズ公プリンス・オブ・ウェールズ(現・皇太子)である(*1)。


 年老いても隠居してもテロ組織には関係無い、という訳だ。

 これは、後世の出来事だが、大河は、話は妙に説得力があった。

「……貴方」

「分かっている。義弟は、詐欺師じゃないからな」

 重用した分、今の安泰した地位があるのだ。

 信じない訳には行かない。

「分かった。城内での武力行使を許可する。家臣団にも伝えておく」

「はい。有難う御座います」

「それとだが、左近。よからぬ噂を聞いた」

「? と、言いますと?」

「狸が、何でも新たに女を嫁がせ様としているらしい」

「え? でも、もう人員充足だと若殿は、仰っていますが?」

「そうだよな? だが、聞いた話だと、東海道一の美女を遣わすらしいぞ?」

「既に千様が居る為、新人を送る必要は無いかと」

「そうは言って、あの狸の事だ。叱られた事で、念の為としてもう1人送りたいのだろう?」

「……成程」

「義弟に早馬で知らせてやれ。三姉妹が又、怒るからな」

「御意」

 左近とて、御家騒動は、見たくない。

 とりわけ、大河の妻達は、総じて嫉妬深い所がある。

 英雄色を好む、というが好み過ぎた結果だろう。

 こればかりは、左近も余り、尊敬出来ない部分だ。

 左近が頭を下げて退室していく。

 意外そうに濃姫は呟く。

「助けるんだ?」

「女性の面では、愚弟ではあるが、基本的に賢弟だからな。三姉妹とお市を殺人犯にしたくない」

「……」

 女性関係の事は、自業自得ではあるが、お市達が、殺人犯になるのは、家族として賛成出来ない。

 信長は、息を吐いた。

「あいつは、前世が僧侶だったんだろう。釈迦並に自分を律した結果、現世で性欲が爆発しているのかもしれないよ」

「……そうですね」

 濃姫は、微笑んで、信長に接吻。

 義弟と比べて、信長は、それ程女性関係が激しくない。

 そう考えたら、自分は幸せ者だろう。

「何だ?」

「夫婦の時間を大切にしましょ♡」

「そうだな」

 手を繋ぎ、2人は、寝室に向かうのであった。


 信長、家康と連携している大河であるが、本人は、京から離れるつもりは無い。

 近衛大将である以上、京の外には、余り出られないのだ。

 それは休日であっても、である。

 京都新城敷地内の池の傍にて。

「しゃななさま~♡」

「おー、伊万」

「なにしてるの~?」

「釣りだよ」

 大河は優しく答えて、釣り竿を見せる。

 釣り始めた段階なので、未だ何も釣れていない。

「……」

 じゅるり。

 分かり易い様によだれを垂らす。

「おしゃしみ」

「分かった。今晩な」

「えへへへ♡」

 伊万は、持ち前の幼さを利用し、大河に存分に甘える。

 彼の膝に乗って、もたれた。

 この池は、籠城用に大河が造らせた人工の池で、

黍女子キビナゴ

イワシ

秋刀魚サンマ

甘鯛アマダイ

伊佐木イサキ

カマス

キス

金目鯛キンメダイ

ハタハタ

真鯛マダイ

豆鯵マメアジ

マナガツオ

サバ

サワラ

𩸽ホッケ

アジ

まぐろ《マグロ》

カツオ

ブリ

間八カンパチ(*2)

 ……

 どれも養殖魚で、綺麗に品質管理されている為、食中しょくあたりに遭う可能性は少ない。

「ああ」

 御盆に御茶を載せて来た与祢が、声を上げて、御盆を落とす。

「伊万様、御勉強の時間ですよ」

「え~……」

 伊万は、大河に抱き着き、目を潤ませる。

「べんきょー、や」

「や?」

 大河は、首を傾げる。

「ああ、嫌ね」

 1発で分からなかった大河に伊万は、内心、不満だが、甘えに甘える。

 幼さを利用した演技派だ。

 世が世なら、子役としてアカデミー賞主演女優賞の最年少記録(2021年現在の記録は、21歳)を大幅に更新出来るかもしれない。

「与祢、休日も勉強させているのか?」

「はい。将来、最上家の姫君として、最上家を支える為です」

「それも大切だが、時には、息抜きが必要だよ。無理強いさせたら、益々、身に入らなくなる」

「それはそうですが……」

 国立校の校長である大河だが、自由主義リベラルな教育方針を採っている。

 昭和の時代、詰め込み教育の結果、付いていけなくなった生徒達が徒党を組んで不良化し、一部の学校では、校内暴力が目立った。

 学歴社会が凄まじい韓国でも受験戦争が激化している。

 教育は否定はしない大河だが、10代という貴重な時間を勉学だけに費やす事には、否定的だ。

 かといって、過度なゆとり教育にも賛成していない。

 重要なのは、均衡バランスだろう。

 学生の本業は勉強だが、時に息抜きも必須。

 これが、大河の教育観である。

 与祢も又、その御蔭で息抜きを覚え、楽になった。

「与祢、仕事は止めて、休め」

「ですが」

「休日だ。御茶おちゃくらい自分で淹れれるよ」

「……分かりました」

 平日でも大河は、自分が出来る時には、御茶を淹れたりする為、与祢達は暇な事が多い。

 なので、暇な分、不満なのだが、大河の優しさも分かる。

「それでは……」

 いそいそと大河の膝に乗る。

 両膝は、2人によって占拠された。

「よねしゃま、おしごとは?」

「今、お暇を貰いました♡」

 伊万に見せ付ける様に、大河に抱き着く。

「与祢、済まんが、釣り難いぞ?」

「申し訳御座いません。それでは、お手伝いします」

 大河の手を上から重ね合わせて、一緒に釣り竿を握る。

「あ、わしゃしも~」

 伊万も手を伸ばし、一緒に握る。

「何が釣れたら良い?」

「まぐろ~」

まぐろ一択です」

 仲がそれ程良くない癖に嗜好は同じで、大河は微笑む。

「よし、釣るぞ」

「「おー」」

 2人の先程の険悪さはどこへやら。

 まぐろの為に共闘するのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:鮮魚や釣り魚の情報サイト

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