第441話 肉山脯林

 作り笑顔が多かった朝顔は、徐々に変わり始める。

「与祢、料理を教えて」

「は……」

「珠、微塵切りってこんな感じ?」

「はい……」

「アプト、大河って唐揚げに檸檬れもんかけるの?」

「はい。ただ、最近は、檸檬れもんではなく、臭橙かぼすを御愛用しておられます」

臭橙かぼす、ね」

 朝顔は、メモる。

 公休日なので朝からゆっくりすれば良いのだが。

 前日、公務を終えて、帰宅してからずっとこの調子だ。

 アプト達が幾ら説得しても「自分でしたい。教えて」の一点張り。

 遂に根負けした彼女達は、朝顔の家庭科の先生になった、という訳である。

「貴方、毒盛った?」

「する訳無いよ」

 大河は、心愛を抱っこしつつ、誾千代の質問に答えた。

 大河の部屋には、久し振りに一族勢揃いだ。

「……」

 心愛はスヤスヤと眠っている。

 時折、愛姫や累、元康、デイビッド、猿夜叉丸が巡回してくる。

「父上、心愛は、よく寝るね?」

「寝る子は育つ。良い事だよ」

「だ!」

 累が、大河の膝に乗って来た。

 そして、そのまま横になる。

 父親を寝台と思っているらしい。

 大河は、苦笑いしつつ、その頭を撫でる。

 ……じー。

 視線を感じ、見ると、心愛が起きていた。

 私だけを見て―――と言わんばかりだ。

「お早う、心愛」

「……」

 睨む。

 そこで、累同様、頭を撫でて見ると、一転、笑顔に。

 非常に分かり易い。

「心愛は、嫉妬しているみたいよ」

 お市が、大河の肩に顎を乗せる。

「嫉妬? この歳で?」

「年齢に関係無いわよ。貴方が悪いのよ。少女からこんなおばさんまで恋に狂わせたんだから」

 そう言って、耳朶じだを甘噛み。

「母上」

「あら、御免なさい」

 茶々に叱られ、お市は直ぐに撤退。

 茶々は、大きく嘆息すると、

「真田様、母上に御優しくして下さるのは、結構ですが、もう少し毅然として下さい。真田様は、名君ですが、女性関係については、低評価なんですよ?」

 これだけの女性を妻にすれば、流石に遣り過ぎ、となるだろう。

「どんな人にも欠点はるもんだ」

 茶々を抱き寄せると、

わたくしは?」

 千姫が飛びついてきた。

 最近は、関東の家康に定期的に元康を会いに行かせている為、交流が少なくなっていた。

御転婆おてんばが欠点かな?」

「それも好きでしょ?」

「ああ」

 千姫は、背中に抱き着くと、児啼爺こなきじじいの様にしがみついては離れない。

 大河の体臭を嗅ぐ。

「う~ん……」

「臭う?」

「臭わない。石鹸の匂いがする」

「そりゃあ良かった」

「さっき、入浴したの?」

「そうだよ。ちょっと寝汗掻いていたから」

 入浴が好きな大河は、1日何度でも入浴しても苦ではない。

「もう、本来の臭いが」

 恨めし気に千姫は、首筋を舐める。

 幾ら舐めても大河の味はしない。

「山城様、1日位、風呂に入らないで下さいます?」

「嫌だよ」

「えー……」

 心底、嫌そうな顔の千姫。

「千、貴女、その癖止めといた方が良いよ」

 苦言を呈すのは、エリーゼだ。

 千姫を引き剥がし、今度は自分が、その場に居座る。

「……」

「今、『重い』って思ったね? 有罪ギルティ

 首を絞められ、大河はすかさずタップ。

「殺す気か?」

「死ねば良いのよ。女の敵は」

 そう言って、強引にディープ・キス。

 口内に舌を捻じ込まれ、大河は、呼吸困難に。

 数秒後、やっと離れる。

「うふふふ♡」

 満足したエリーゼは、デイビッドを抱っこすると、大河から離れていく。

 ほぼ通り魔だ。

 ぐったりとした大河を誾千代と謙信が抱き起す。

「大丈夫?」

「ほら、水」

「有難う……」

 奇襲攻撃だった為、大河は、成す術が無かった。

 謙信から水を貰い、飲み干す。

 心なしか心愛も心配そうだ。

「……」

「ああ、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだから」

 すると、心愛は、にっこり笑い、お市に抱っこされる。

 良い子だ。

 軈て、朝顔が手料理を持って来た。

 アプト、珠、与祢、鶫、ナチュラ、小太郎も一緒に配膳する。

 献立は、

・白御飯

・味噌汁

・唐揚げ

・野菜

 と至ってシンプル。

「おお、旨そうだな」

「旨い、のよ」

 朝顔が、大河の膝に座る。

 定位置は、変わらない。

 楠、幸姫、ラナ、松姫、マリア、ヨハンナ、伊万も集まって来た。

 マリア達は大河の妻や愛人ではないが、京都新城に自由に出入り出来る権限を有している。

 その為、今回の宴会に誘われたのだ。

「唐揚げ、綺麗だな?」

「狐色♡」

 お江が一足先にぱくり。

 遠慮がない。

「こら」

「お初、怒るな。真田も食べて♡」

「はいよ」

 朝顔に促されて、大河は食す。

 臭橙がよく利いていて美味しい。

「美味しい?」

「ああ、美味しいよ」

「良かった♡」

「御礼に今度は、俺が作るよ」

「え~。良いのに」

 御礼は求めていないが、大河は、尽くされるばかりだと気が悪い。

「しゃなだ様、料理じょーじゅ?」

 舌足らずな伊万。

「上手って程じゃないけど、作れない事は無いよ」

 ジェンダーレスの時代、男性が料理を作っても文句は言われないのだが、そんな概念さえ無いこの時代、男性が台所に立つだけでも珍しい事だ。

「食べたい」

「良いよ。今度、御出で」

「やった~♡」

 伊万が喜んでいると、

殿

 殺気を感じ、振り返ると、与祢が金砕棒こんさいぼうを持っていた。

 鬼に金棒ならぬ与祢に金棒である。

「若殿、詰まらない事考えていますね?」

「え?」

「折檻です」

 耳朶じだを引っ張られ、大河は引きずられていく。

 誰も止めない。

 皆、見て見ぬふり。

 女子トークに夢中だ。

 少女が成人女性を引き摺っているのにこの反応である。

 山城真田家の異常性でもあろう。

 忠臣中の忠臣である鶫も空気を読んで止めない。

 小太郎、ナチュラと共について行くだけだ。

(家長って俺だよな?)

 半信半疑になる大河であった。


「孫六、大殿って、最恐だよな?」

「そうですよ」

 廊下ですれ違った左近は、首を傾げる。

「あれって助けた方が良いのか?」

「お気持ちは分かりますが、私的な事なので止めておいた方が宜しいかと」

「……だな」

 2人は、先程のは幻影、と判断し忘れる事にするのであった。


 人口が多くなると、その分、犯罪も多くなってしまうのは、残念ながら現実だ。

 正史に於いても、沢山の犯罪組織が、

・売春

・詐欺

・恐喝

・麻薬の密売

 等に手を染め、多くの利益を上げている。

 ロシアンマフィアに至っては、ロシアのGNP国民総生産の4割も稼いでいる、とされる。

 日ノ本でも暗黒街が形成されていた。

 万和4(1579)年末。

 京都のある寺院の境内にて。

「丁か半か?」

 博徒が賭博場を開いていた。

 参加者は、数十人。

 老いも若きも。

 中には、女性も居る。

 日ノ本では公娼が居る為、犯罪組織が性産業で稼ぐ事は出来ない。

 現代、一部の国々が、売春を合法化しているのは、犯罪組織対策が理由の一つである。

 同様の理由で大麻が合法化されている国々もある。

 日本では、売春も大麻も令和3(2021)年時点で、非合法だが、状況次第では、合法化に転じる可能性もあるだろう。

 何にせよ、この日ノ本では、

・売春→合法

・賭博→非合法

 となっている。

 犯罪組織が、賭博をにするのは、当然の事だろう。

「馬も良いが、やっぱりこっちの方が良いな」

「そうだな。馬は余り稼げねぇ。お上が吸い取っちまうからな」

 伏見にある競馬場が、日ノ本で認められた数少ない合法の賭博場なのだが、


・犯罪傾向の強い人物

・賭博依存症の人々


 は、危ない橋を渡ってしまう。

 競馬以上に旨味があり、その上、スリリングである事が彼等に好まれる理由だろう。

 ただ、稼ぎが多い分、近いの犯罪組織には当然、狙われ易くなる。

「カチコミだ!」

「「「!」」」

 真っ暗な境内に銃声がする。

 犯罪組織が攻め込んできたのだ。

 犯罪組織には、浪人も多く戦闘能力に長けている。

 ソ連崩壊後後、行き場を無くしたソ連の軍人の一部が、マフィアにした様に。

 境内で斬り合いや銃撃戦が始まる。

 逃げる客も巻き込まれ、一部は袈裟斬りに遭ったり、誤射で死ぬ。

 神社は、血の池と化していく。


 暫くして、通報を受けた警官隊が到着する。

「何て事だ」

 武蔵は、頭を抱えた。

 神聖な境内は、合戦直後の様に数多の死体が転がっていた。

 場所を貸していた寺院の僧侶も殺されていた。

 犯罪組織に寺を貸し、その見ヶ〆料ショバ代を副業にしていたのだろう。

 悪僧の末路だ。

「孫六、今月で何件目だ?」

「5件目です」

「抗争だな」

 浪人が犯罪組織を創設し、活動を始めた事で、衝突する事が多くなり、抗争事件となっているのだ。

「軍を投入し、鎮圧させましょうか?」

 史実では、ムッソリーニがマフィア対策に軍を投入させた。

 その結果、マフィアは弱体化するのだが、アメリカが欧州戦線に参戦した際、マフィアを支援した為に結局、復活してしまい、今に至る。

 アメリカがマフィアを利用しなければ、イタリアのマフィアは、今の様な形では無かったかもしれない。

「大殿次第だな。我々では、判断しかねる」

「分かりました」

 大河は、警察庁長官や国家公安委員長ではないのだが、国家保安委員会の事実上の最高責任者として、どんな犯罪でも報告される。

 血の付いた銭は、綺麗に現れ、全て回収されていく。

 これらは、全て国庫に行くのだ。

 犯罪の被害者が明確に分かるのであれば、この様な抗争の場合は、日ノ本のお金になる。

 その後は税金として、国民の為に使用されるのだ。

 逆に言えば、抗争が頻発すればする程、国庫が潤う事になる。

 近くの寺院から僧侶が来て、合掌を始めた。

 2人もそれに倣う。

 この時、誰も思いもしなかった。

 抗争が今後、過激化する事を。

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