第435話 民族自決

 万和4(1579)年10月1日夜。

 サカジャヴィアが、来日する。

 沢山の留学生と共に。

「……」

 大坂港に着いた彼等を弥助が出迎えた。

「ようこそ、日ノ本へ」

 黄色人種の単一民族国家と思っていた彼等にとって、衝撃的であった。

「あ、貴方は……?」

「生まれはアフリカですよ。サカジャヴィア様ですね? どうぞ」

 1人だけ馬車に乗せられ、いざ京へ。

 外国人には、日ノ本=京都、というイメージが強い。

 大坂も有名だが、京都と比べると、その知名度は落ちるだろう。

 整備された国道にサカジャヴィアは、驚いた。

「ゴミ一つありませんね?」

「大殿の御命令ですから。不衛生は疫病の原因にもなります故」

 歴史上、多くの死者を出し、日本でも度々、報告例があるコレラも、衛星汚染が原因だ。

 清潔にする事は心も満たされ、病気にも罹り難くなる。

 まさに一石二鳥であろう。

 思えば、アラスカも綺麗であった。

 これ程、綺麗さを追求するのだから、病的なまでの神経質なのかもしれない。

 それに振り回される家臣も大変そうだが、弥助を見る限り、その様な様子は無い。

 家臣も楽しく仕事が出来る職場環境なのかもしれない。

 やがて、京の祇園が見えて来た。

「!」

 噂に聞いていた不夜城は、思いの外、真っ暗であった。

 深夜の墓地の様に、誰も居ない。

「……え?」

 思わず目をぱちくり。

 町を間違えたのだろうか。

 二度見するも、祇園に違いない。

「あー、今日は休みですからね」

「休み?」

「定期的に大殿が、祇園を買い占める日なんですよ」

「え? 町を買い占めるんですか?」

「はい。これも福利厚生です。従業員が休めたり、地方出身者は帰郷出来たりする為ですよ。事前に買い占める日は予告される為、客もそれを避ければ良いだけです」

「……」

 弥助もサカジャヴィアも知らない事だが、祇園街を買い占めるのは、歌舞伎俳優・阪東妻三郎(1901~1953)の真似だ。

 

 昭和3(1928)年。

昭和天皇即位の礼に合わせて、東京から京都へ「偉い人達」が大挙押し寄せ、祇園や先斗町で権柄づくの野暮天風を吹かせた。

「お上が大嫌い」

という阪妻はこれが気に喰わず、小説家・今東光(1898~~1977)と示し合わせて祇園街を買い占めてみせた。

 映画俳優・嵐寛寿郎は、

『王城の都の歴史に無い事を妻さんやってのけた』

『妻さん身持ち固かったとワテは思います、女道楽よりも男の意地で銭撒いたんやないか。

 尺2円40銭、今の金に直してシャシン1本何千万円、いや億になりまっしゃろ、貯めたら罰が当たりますわ」

 と、この時の様子を語っている(*1)。

 

 阪妻の場合、意地悪の意味合いであったが、大河は、あくまでも福利厚生だ。

 当初、祇園街はこの政策に反発したたが、休業分の補償も上乗せされ、更にこの日は、時間を気にする事無く稽古や座学、休養に充てる事が出来る長所がある為、今では、反対派は居ない。

 驚きの連続のまま、馬車は京都新城に到着するのであった。


 敵対者には、スターリンの様に厳しく接する大河だが、それ以外の者に対しては、攻撃する事が無い。

 私権を制限する事も殆ど無い為、民衆からの不満は無い。

 選挙で立候補すれば、満票で当選する可能性もある。

 それでも表立って政治に関わらないのは、朝顔を慮っての事だ。

 君臨すれども統治せず。

 その基本的原則に則り、大河は、投票権以外の政治的な権利を行使しない。

「真田、羊羹ようかん

「はいよ」

 爪楊枝で刺した羊羹ようかんを献上する。

「うむ♡」

 朝顔は、満足気に頬張る。

 朝顔が突然、「羊羹ようかん、食べたい」と呟いたものだから、大河は慌てて、アプト、珠、与祢に探しに行かせて、沢山の種類を買ってきたのだ。

 10個以上ものそれを順に食べていく。

 他の女性陣もそれに続く。

 朝顔は気にしないが、上皇と同じ時機で食べるのは、やはり気が引けるのだ。

 累も心愛も食べる。

 それぞれ、大河、お市の腕の中で。

「累、美味しい?」

「うん♡ はい♡」

「有難う」

 累にあーんされ、大河も笑顔になる。

 間接キスに愛姫は、イラっとした。

 政宗の横に居るのだが、大河を睨む。

「まぁまぁ、愛よ。ずんだ餅で」

「うん……」

 ずんだ餅で何とか機嫌を直すも、大河が実子と仲良くなのは、嫉妬してしまうのだ。

「……」

「? 景勝、どった?」

「……」

 ―――累は、私が看ますので、義父上は、ごゆっくりして下さい。

「良いのか?」

 ―――はい。

「じゃあ、頼むよ。済まんな」

 景勝の配慮に謝意を示し、累を渡す。

「うう~」

 唸る累。

 余程、大河から離れたくないらしい。

 一方、愛姫は、上機嫌で政宗のイチャイチャし出す。

 怒りの原因が大河であった事は、誰の目で見ても分かるだろう。

 累の代わりに、デイビッド、猿夜叉丸、元康が這い這いして来た。

 3人は、一斉に大河に突っ込む。

「危ないな」

 3人を同時に抱き上げる。

羊羹ようかん、食べる?」

「だ!」

「うん!」

「あーい!」

 3人共、元気に返事した。

 念の為、それぞれの母親に確認する。

 エリーゼ、茶々、千姫は頷いた。

「御母さん達の許可が出たよ。はい、どうぞ」

 爪楊枝だと子供が怪我をする危険性がある為、プラスチックのさじで代用だ。

「「「!」」」

 その甘さに3人は、目を見開く。

 そして、大河からさじを奪い、自分で食べ始める。

 成長した証だろう。

 

 羊羹ようかん試食会の最中、

「御歓談の所、失礼します」

 弥助が、サカジャヴィアを連れて入って来た。

 ナバホ族の外見が日本人と近しい為、誰も気に留めない。

 大河の客人が入って来た、という事位しか、思っていないのかもしれない。

「……お疲れ様。君が、サカジャヴィア?」

「はい。ナバホ族を代表して参りました」

 伝統的な衣装ではなく、和服なので、外国人には見え難い。

 大河はリラックスしているが、サカジャヴィアは内心、驚いていた。

(若い……?)

 皇帝を后とし、更に戦闘にけた猛将のイメージがあったから、

 否、「幼い」という表現が正しいだろう。

「長旅で御疲れでしょう。俺に構わず、旅館で御休養して下さい」

「御配慮下さり有難う御座います。では、後日」

 今日は、顔合わせ。

 大河の言う通り、疲れはある。

 アンカレッジから船旅で数週間。

 船酔いもし、揺れで不眠だった時もある。

 悪天候に見舞われ、沈没しかけた事も。

 弥助に付き添われ、出て行く。

 誾千代が尋ねた。

「あの娘は?」

「サカジャヴィア」

「さか……なんて?」

「鶫」

「は」

 鶫がすずりと筆、それに半紙を持って来た。

 そこに、『サカジャヴィア』と書く。

「発音し難い名前だね?」

「そうだな」

 映画でも、登場人物が言い難そうにしていた。

 アメリカ人が何度も噛むのだから、日本人にはもっと縁遠い名前だろう。

「あの子も、将来の側室候補?」

「全然。もう娶らないよ。彼女は留学生」

「そうなんだ。じゃあ、国立校に通うの?」

「多分な」

「だって」

「外国人のお友達~」

 お江は嬉しそうに踊る。

 今でこそ外国人は、珍しくない様になっているが、同級生には、今の所居ない。

 お江のテンションが上がるのも無理無い話だろう。

 御世辞にも上手い、とは言い難い舞踏を披露した後、お江を抱っこする。

「仲良くな?」

「うん!」

 そして、2人はお熱い接吻を交わすのであった。


 アメリゴ問題は、日ノ本の介入により、解決に向かう。

 侵略者を発見次第、殺害、或いは、捕縛し、先住民族に引き渡していく。

 捕虜は先住民族の手によって死刑にされるのだ。

 先住民族は日ノ本を解放者として、歓迎し、双方は友好条約を結ぶ。

 統一された政府が無い為、今のアメリゴは、ソマリアの様な無政府状態だ。

 時は遡って、9月。

 帰国した宮本武蔵の代わりに新たに派遣された日ノ本の責任者・島左近は、交渉に臨む。

 先住民族は、多い。

・勇猛果敢で白人と戦い、最後はカスター将軍を破ったスー族

・涙の道で数千人が犠牲になったチェロキー

・寄宿学校で悲劇になったアパッチ族


等、一度は耳にした事があるかもしれない有名な民族以外にも、ラムビー族等、日本人には、余り知られていない民族も沢山居るのだ。

 彼等を一纏ひとまとめにし、統一政府を作るのは、現実的ではない。

 先住民族側も、日ノ本には友好的であっても、管理下に置かれるのは好んでいなかった。

 何せ、白人から侵略を受けていたのだ。

 それが、だけだと、今度はその親日的感情が反日になるのは、予想し易いだろう。

 先住民族の1人が問うた。

「貴国の協力には感謝する。だが、貴国はこれからどうするんだ? 我々を支配するのか?」

 左近は、笑って否定した。

「その気はありませんよ。大殿も否定的ですから」

「では、撤退するのか?」

「はい。御命令ですから」

「「「……」」」

 撤退と聞くと、先住民族は不安な表情だ。

 侵略者を追い払ってくれたのは嬉しい。

 ただ、日ノ本が撤退すると、再侵略される可能性は0ではないだろう。

 後世の1994年、フィリピンから米軍が撤退するも、中国が活動を活発化。

 翌年、フィリピンが領有権を主張する南沙諸島の一つ、ミスチーフ礁を占領。

 結局、関係が見直され、米比同盟は、強化されている。

 この様な現実があるから、侵略国も好機を伺っている事だろう。

 先住民族の反応を察した左近は、提案する。

「では、我が国が防衛を担う代わりに、貴方方の自治を認めます」

「「「「!」」」

「これが、大殿の御提案です。勿論、拒否しても構いません」

「「「……」」」

 脅迫と受けるかどうかは、人それぞれだろう。

「回答期限は1週間後です。それまで、熟考なさって下さい」

 日ノ本がソ連だったら、「御願いされた」という事実を作り、そのまま居座っていたかもしれない。

 然し、大河は民主主義者だ。

 先住民族の権利を認め、彼等の嫌がる様な真似はしない。

 左近は、アルカイックスマイルで告げた。

「我が国は、強要を嫌います。どの様な回答でも歓迎しますよ」


[参考文献・出典]

*1:『聞書アラカン一代 - 鞍馬天狗のおじさんは』竹中労 白川書院

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