第398話 教皇辞任
世間では、今回の事件を「奇跡」と褒めそやしているが、ヨハンナは、違う。
帝国旅館にて。
(助けられた……)
大河が計画を予測したのか、予知したのか分からないが、事前に対策を行っていた為、今がある。
(……大恩だな)
本人は事件直後、記者会見で説明をした程度で、後は京都新城に籠っている。
マリアの話によれば、朝顔が解放してくれないそうだ。
気持ちは分からないではない。
助けられたのだから、想いが爆発し、大河を手放したくないのだろう。
それは、ヨハンナも同じだ。
「……ルチャーニ」
「は」
「私、決めたわ」
「? と言いますと」
「もう自分の為に生きたい」
「! では……」
「退位するわ」
ルチャーニにそれほど驚きは無い。
あんな事件があったのだ。
心が折れるのは、仕方の無い事だろう。
2021年現在、教皇は266代居るが、その内、辞任した例は11人しか居ない。
因みに退位の法的根拠は、以下の通り。
『【教会法第332条第2項】
ローマ教皇が辞任する場合には、辞任が自由になされ、かつ正しく表明されなければ有効とはならない。
但し、
前例に倣えば、ヨハンナは、11人目の辞任になるだろう。
「今後は、名誉教皇として御活動を?」
退位した後は、名誉教皇の称号が与えられる。
『【教会法第402条第1項】
司教は、退任が受理された時は退任前の教区の名誉司教の称号を得、希望すれば同教区に居住する事が出来る。
但し、特別な事情による特定の場合に、使徒座が別に措置を講じる時はこの限りでない』
「この国で過ごすわ。後任は、選挙で決めて欲しい」
「承知しました」
本当は信者の為に死ぬまで続けたかったが、もう気持ちが無い。
沢山の宗教が共存しつつ、平和に生きる日本人の
「後任に推している方は、いらっしゃいますか?」
「強いて言えば、貴方よ」
「私ですか?」
「腐った組織を壊すには、貴方のような改革派の方が良いもの」
「……」
「その気にないのであれば、推さないわ」
大河も支持に、ヨハンナが推薦者ならば、当選し易くなるだろう。
「……謹んで御受けします」
ヨハンナの急な辞意は、直ぐに世界に伝えられた。
が、信者には概ね好意的に受け止められる。
・事件に遭った事
・女性である事
で同情した者や保守派が支持に回ったからだ。
一方、嘆いたのは改革派だ。
ヨハンナを「バチカンを変える聖女」と見ていた為にその期待値が高かったのだ。
然し、反対はしない。
彼等も又、暗殺されそうになったヨハンナの心情を
意外にも「仕事を捨てた」という意見は、少数派であった。
「そう……決めたんですね」
善き理解者であるマリアも又、反対しない。
「御免ね。1人で決めて」
「いえいえ。聖下の人生ですから、御決断は尊重しますよ」
2人が居るのは、京都新城近くの教会だ。
2人で話したい、と大河に相談した所、人払いが出来、尚且つ宗教警察の警備の厳しさから記者達が来難い
「祖国には、帰らないんですか?」
「そうね。信者が少ないこの国の方が、過ごし易いだろうし」
信者が多い場所だと、名誉教皇でも、注目され易い。
前教皇が近くに居たら極論、対立を煽る勢力に政治利用される可能性は否定出来ない。
だったら、欧州から遠く離れた日ノ本で、過ごした方が良いだろう。
日ノ本は、キリスト教国ではない為、バチカン市国に対し、強い影響力を持つ事も無い。
大河も「バチカン市国を利用する事は無い」と公言している。
青空を仰ぎ見る。
済んだそれは、眺めるだけでも気持ちが良い。
「……花鳥風月の生活をするわ」
「御供させて頂きます」
後日、ヨハンナの退位宣言が各国紙に掲載された。
『多くの急激な変化を伴い、信仰生活にとって深刻な意味を持つ問題に揺るがされている現代世界にあって、聖ペトロの船を統治し、福音を告げ知らせるには、肉体と精神の力が共に必要です。
この力が事件で衰え、私に委ねられた奉仕職を適切に果たす事が出来ないと自覚するまでになりました。
その為、この様な事を行う事の重大さをよく自覚した上で、私は完全な自由をもって次の事を宣言します。
即ち、私は1579年5月31日に枢機卿団が私に委ねた聖ペトロの後継者であるローマ司教の奉仕職を辞任します』
後任の教皇には選挙を経て、ルチャーニに決まった。
新しい名前は、ヨハネ・パウロ。
改革派には、相応しいものであった。
[参考文献・出典]
*1:Liberian Catalogue
*2:町田實秀「中世における教皇と司教の選挙」『一橋大学研究年報. 法学研究』第1巻 1957年
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