第381話 意気阻喪

 東北地方からヨハンナは、南下していく。

 そして、万和4(1579)年4月中旬。

 ヨハンナは、遂に入京する。

(ここが、日ノ本の首都か……)

 欧州ヨーロッパ以上の発展振りに、固まるしかない。

 見上げる程の高層ビル。

 当たり前の様に太腿ふとももさらけ出して歩く若い女性達。

 欧州では、「男色が盛んな野蛮な国」と聞かされていたが、同性愛者のカップルも何不自由なく生活している。

 ターバンを巻いたシーク教徒や、キッパを被ったユダヤ教徒等、日ノ本では少数派である宗教の信者も、宗教差別を受けている様子は無い。

 何もかもが、欧州で聞いていた事は違う。

 案内役は、マリアだ。

 魔法で日本人に変化した、と聞いていたが、本当にその姿なので受け入れ難い。

「聖下、お久しぶりです」

「……メアリー、なの? 本当に?」

「はい」

 論より証拠、とばかりに、『メアリー・スチュアート』と筆記体で署名サインする。

「……本物なのね」

 2人が会っているのは、帝国旅館。

 大河が経営者の国立のホテルだ。

 日ノ本一、と言っても過言ではない。

 ここを拠点にヨハンナは、京での生活をしばらく行う。

「真田は、どう?」

「お優しい方ですよ。私が無断外出しても何一つ言いません。国外に出れない以外は、自由です」

 国外追放にあった手前、日ノ本から出国しようとすれば、たちまち、大英帝国が放った刺客により、マリアは死ぬだろう。

 マリア自身、それを重々承知している。

 大河が国外に出させないのは、彼女を守る為でもあるのだ。

「……いつ、会える?」

「恐れながら、まるで恋する少女の様ですね? そこまでこだわるのは」

「そうかもね」

 否定せず、ヨハンナは微笑むのであった。


 公務に移動と休みが無いヨハンナの為に、帝国旅館では数日間、過ごす事になっている。

 いわば、休養日だ。

 大河の配慮に、朝顔は微笑む。

「貴方には、御持て成しの精神があるわね?」

「そうかな」

「そうよ」

 満足気に大河の頭を撫でる。

 2人も帝国旅館に居た。

 ヨハンナから苦情があった場合に即応出来る様にする為だ。

 2人だけでない。

 山城真田家は、全員がここに泊っている。

 京都新城に居れば良いのだが、帝国旅館に泊まる事は滅多に無い。

 2人だけで泊まるのも家族に悪い為、「なんなら全員で泊まろう」という訳でだ。

「だー!」

 累が突っ込んでくるも、大河は闘牛士の様にかわす。

 そして、抱っこした。

「危ないなぁ。牛かよ?」

「だ!」

 大河に恋する累には、新婚旅行の様な事だ。

 なので、いつも以上にテンションが高い。

「だ!」

 訳:撫でて!

「はいよ」

 累の頭を撫でていると、

「ちちうえ~わたしも~」

 華姫も駆けて来ては、大河にタックル。

「おいおい、痛いじゃないか?」

「ちちうえがだいすきだから♡」

「はいはい」

 適当に流しつつも、結局するのが、大河だ。

 華姫もハイテンションなのは、京を一望出来る、絶景だろう。

・京都塔

・金閣寺

・銀閣寺

・渡月橋

・嵐山

・清水寺

 等、京を代表とする観光地が、天気が良ければ見えるのは流石、帝国旅館だ。

 因みに誾千代、謙信は、別室だ。

 それぞれ、道雪、景勝を招いて、過ごしている。

 一生に一度、泊まれるかどうかの貴重な体験だ。

 実家の親族を招いても何ら問題無い。

「……若殿」

 緊張した面持ちで珠が、やって来た。

 今にも嘔吐しそうな勢いだ。

「気分、悪い?」

「聖下が近くに居るとなると……もう不眠で」

「そうか……」

 訪日決定直後、珠は喜んでいたが、京に近付くにつれ、次第に体調不良になり、最近では、1か月間で10㎏も激やせした。

 大河は、心配した顔で、抱き寄せる。

「大丈夫……ではないな?」

「はい……」

 好きであるが故に、自分が触れたら壊れてしまうのではないか? という心理が働いているのだろう。

「若し、無理だったら、帰って良いぞ?」

「いえ、流石にそれだと、一生、後悔すると思うので」

「……じゃあ、どうしたい?」

「ここに、居たいです」

 はっきりと、告げた。

 大河もその想いを応える。

「分かった。でも、本当に無理そうならば、帰すからな? 俺は、聖下よりも珠が大切だから」

「有難う御座います♡」

 珠の手を強く握る。

 氷の様に冷たい。

 体調不良の証拠だ。

「朝顔、済まんが、今日は、珠を看とくよ」

「分かったわ。今日だけでなく、ずっとでも良いよ」

「良いのか?」

「私を忘れなきゃ良いわよ」

「忘れないさ」

 朝顔の額に口付け。

 大人な雰囲気に華姫、累は、

「「……」」

 釘付けだ。

 2人を下し、大河は、上皇と婚約者の手を繋ぐ。

「華、累を頼む」

「ちちうえ、どこへ?」

「珠の看病だよ」

「え~たのしまないの~?」

「だ~……」

 2人は、不満げだ。

「御免ね。でも、俺は観光より、愛妻家なんだよ」

 そう言って、2人の頭を撫でる。

 元気な娘達は、後でも良い。

 今、優先するべき課題は、珠の看病だ。

「……♡」

 大河に寄り掛かる珠。

 少しづつ、体が温かくなってきた。

 大河と触れた事で、リラックス効果の表れなのかもしれない。

 3人は、大河の部屋に行くのであった。


 部屋に入るなり、大河は、茶をれた。

「若殿。私がしますのに」

 勝手に部屋を詰所にしてういた与祢が。声を掛けた。

「良いって。仕事中じゃないし」

 笑顔で頭を撫でつつ。大河は、朝顔達と寝台に座る。

 交わる気は無い。

 朝顔がその気にならなれければ、大河は抱かない主義だから。

「若殿♡」

 大河の臭いが、み込んだ枕にダイブ。

 しかし、期待していたであろう体臭は殆ど感じられない。

 代わりに鼻を衝くのが、

「若殿、この匂いって?」

「『薫衣草くぬえそう(=ラベンダー)だ。安眠効果が得られるそうだよ」

 丁度、不眠な珠には、適当な匂いだろう。

「……」

 気持ち良さそうに枕を抱き締め、船を漕ぎ出す。

 あのまま快眠してくれれば、万々歳だ。

「良いなぁ。あれ、私も欲しい」

「不眠?」

「そうじゃないけど、良い香り、好きだから」

 朝顔は、

薫衣草くぬえそう(=ラベンダー)

甘橙あまだいだい(=オレンジスイート)

 の匂いが付いた枕をそれぞれ嗅いでいく。

 与祢もそれに続く。

 一生懸命、嗅ぐその様は、まるで臭気判定士の様だ。

「……私は、この甘橙が良いわ」

「若殿、この薫衣草、下さい」

「毎度あり」

 2人の内、1人が上皇なのだ。

 日ノ本一の寝具製造業者メーカー・『京都真田』の名も、これで御用達になるだろう。

 今後は、朝廷(宮内庁)を通して、正式に皇室に卸される筈だ。

 ただ、尊皇派の大河は、『宮内庁御用達』を宣伝文句にはしない。

 愛妻の実家に自分の商品を無償で贈るだけで、商業に利用する気は更々無い。

 それが、大河の矜持きょうじであり、敬意の表れであった。

 大河を嫌う公家も、こればかりは、認めざるを得ない。

「「若殿~♡」」

「「「真田様~♡」」」

 浴室から与祢、鶫、松姫、阿国、幸姫がバスローブの姿でやって来た。

 石鹸の良い匂いがする。

 与祢以外は、目合まぐわいも期待しているのかもしれない。

 出来なくはないが、珠が体調不良の中、交わる程、大河は薄情な夫ではない。

「ようし、御出で」

「はい♡」

 与祢を抱っこしてから、幸姫に首を絞められる。

 前田利家の娘だけあって、御転婆だ。

「……!」

 思わず、参ったタップアウト

 大河を降参させ、幸姫は、笑顔になる。

「私が1番強いね?」

「そうだな。格闘技、やってみたら?」

「良いけど、あんな色っぽいの着て良いの?」

 男女同権化により、女性にも格闘技の道が開かれている。

 然し、男子のそれと比べると、まだまだ商業的には、成功とはいえず、一部の格闘技では、非常に露出度の高いセクシー路線を採った物で客集めに必死だ。

「……嫌だな」

「でしょう?」

 大河は、愛妻家だ。

 妻の服には、例え大きく露出していても文句は無い。

 ただ、不満が無い訳ではない。

 愛妻に色目を使う男は、全員、漏れなく斬り殺さんばかりの嫉妬心の塊だ。

「ああ、そうだ。皆に贈り物があったんだ」

「何々?」

 阿国が目聡めざとく注目する。

「アプト」

「はい。これです」

 ぬっと、アプトが現れた。

 修道女の宗教服、ウィンプルを着て。

 白の四角い布で、筒型に丸めて髪にピン止めし、頭から首や顎を覆ったそれは、修道女と言えば、これと連想せざるを得ない服飾ファッションだろう。

「「「おお~」」」

 女性陣の目は、爛々らんらんと輝く。

 ウィンプルと言えば、そうだが、アプトが着ているのは、太腿を露出し、胸の谷間を強調した物だ。

 言わずもがな、デザイナーは、大河である。

「着るのも良いし、飾っても良いよ」

「そうだね。私は飾るわ」

 朝顔は、神道の信者なので、キリスト教の宗教服は、着辛い。

 なので、彼女は、難なく飾る事を選択した。

 大河が、「飾っても良い」と言ってくれた事は、有難かったのである。

「私も飾ります。やっぱり、尼僧ですので」

 朝顔と松姫以外は、皆、着替える。

 特に阿国は、上機嫌だ。

「これ、次の上演に使っても良いですか?」

「良いよ。但し、耶蘇教を悪者にしたり、馬鹿にしちゃ駄目だよ?」

「分かっていますよ♡」

 妻達の仮装コスプレに大河は、眼福だ。

 体調不良であった珠も、仮装で気分転換したのか、上機嫌だ。

「若殿♡ 有難う御座います♡」

 不可視の♡を沢山放出させつつ、大河に抱き着くのであった。


[参考文献・出典]

*1:オリーブオイルをひとまわし 2020年5月24日

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