第351話 近衛大将

 橋姫と契約を交わしている為、大河が簡単に死ぬ事は無い。

 なので、捜査の方は部下に任せている。

 今日も御所での仕事だ。

「あとでね?」

「ああ」

 朝顔と別れる。

 今日は、朝顔が実家の御家族と食事の為、大河が同席する事は無い。

 夫として同席しても良いのではあるが、高貴な人達との会食は、正直な所、息が詰まる。

 礼儀作法も必要以上に求められる。

 朝顔が帝と会食している間、暇なので、縁側で待つ。

 今回は、松姫、お市、幸姫、ラナも一緒だ。

 松姫→右横

 お市→背後

 ラナ→膝

 幸姫→左横

 と、各々好きな場所に座る。

 橋姫も居るが、大河と一体化している為、視認出来ない。

 考え様では、山城真田家一のヤンデレは、彼女かもしれない。

「ラナ、今晩、何食べたい?」

「ロコモコ」

「良いな」

 ラナの手を握る。

 今晩の夜伽が彼女の為、夕食も一緒に摂る事になるだろう。

「良いな。殿下は」

「お市、昨日、夜這いに来ただろう?」

「毎日来たいよ」

「元気だな?」

 お市は、笑顔で大河の頬に接吻すると、抱き締める。

 普段、謙信達に経験者として育児の助言を行ったり、実際に累等の育児をする事もあるので、母性本能が刺激されているのだろう。

「次は、男の子が欲しい」

「鬼子母神様次第だな」

「真田様、私にも愛を」

「知ってるよ」

 意地悪くわらうと、幸姫を抱き寄せる。

「何だか、大人と子供ね?」

「身長差?」

「うん」

「そうか。俺は、好きなんだがな」

 幸姫の腰に手を回す。

「……」

「嫌?」

「恥ずかしい……」

「御免な。守る手なんだよ」

 幸姫は長身故、御所でも目立つ。

 なのに、同行したのは、悪感情よりも好意を優先させた為だろう。

 だからこそ、大河は、御所でも奇異な視線から全力で幸姫を守る。

 大河の手を握り返す。

「……今晩、頼める?」

「良いよ。ただ、ラナとお市が先だから」

「分かってる。有難う」

 女性嫌悪主義者ミソジニストからすると、山城真田家は、人間動物園であろう。

 大河が特殊な性癖と勘違いしても可笑しくは無い。

 逆の手では、松姫を可愛がる。

「きゃ♡」

「聖域では、駄目だぞ?」

 松姫を視線で犯し、言論封殺。

 ぐー。

 誰かの御腹が鳴った。

「……松?」

「何故、分かったんですか?」

「勘だよ。食いしん坊には、罰を与え様かね?」

「え?」

「橋、頼む」

 と、同時に世界が変わる。

 視界は、御所の縁側から真っ白な空間へ。

 ラナが問う。

「ここは?」

「橋の作った空間だよ。何でも出来る」

 

 満足した後、大河達は縁側に戻る。

 そこでは、会食を終えた朝顔が御腹を大きくさせて、猫の様に眠っていた。

「……」

 流石に起こすのは、本意ではない。

 かといって、放置して自分だけ帰るのは、気が引ける。

「お市、済まんが、先に帰って良いよ」

「分かったわ。御姫様に大事にね?」

 大河の頬に接吻し、幸姫達を連れて帰っていく。

 彼女達は、一応、VIPなので、国軍真田隊が護衛に付く。

 なので、帰り道の危険性は少ない。

「……」

 朝顔の隣に座り、煙管キセルを咥える。

 すると、

「……嫌煙家じゃなかったの?」

 見ると、朝顔が、寝起きの顔を浮かべていた。

 視線は、煙管に釘付けだ。

「ああ、嫌煙家だよ」

「じゃあ、どうして?」

「ほら」

 論より証拠、とばかりに雁首の中身を見せる。

 中身は無い。

「……何で?」

 鳩が豆鉄砲を食った様な表情に変わった。

 驚きの余り、睡魔が吹き飛んだ様だ。

「健康に悪いからな」

 煙管は、紙巻き煙草の様に肺に入れずに、ふかすだけの吸い方をする人であれば、健康への影響は少ない、との意見がある。

 但し、ふかすだけであっても歯がヤニで汚れ、肌にも脂がついてしまうので、美容には余りよくないだろう。

 フィルターが無い為、紙巻き煙草より体に悪い、という考え方もある。

 然し、実際にはフィルターが無い分、煙管の方がきついので、紙巻き煙草の様に吸うのは難しい。

 紙巻き煙草には、燃焼剤等の添加物が含まれていますが、煙管に使う刻み煙草は添加物は入っていない。

 従って肺に入れる場合でも、量が吸えず添加物もない分、煙管の方が健康への影響は軽い、と考えられる。

 もっとも、どちらにせよ無害になる訳ではない為、過度な喫煙は控えた方が良い

(*1)。

 大河は、煙管を咥えつつ、話す。

「俺の場合は、御洒落だよ」

「……伊達眼鏡、みたいな?」

「そういう事。嫌煙家がわざわざ自殺をする様な真似はしないさ」

「……」

 優秀な秘書官・鶫によれば、大河が喫煙したのは、毛利元就が死んだ際、弔う為に1本吸っただけ。

 後は、1回も喫煙記録が無い。

 大河の部屋に入った時も煙草の銘柄も吸い殻も臭いも無い為、本当に吸わないのだろう。

 余りにも吸わないものだから、帝は、大河に対し、『恩賜の煙草』を贈らない程だ。

 大河の事だ。

 贈られれば、吸うか、家宝にするだろう。

 然し、吸った場合、健康は冒される。

 大河とは長い付き合いをしたい帝は、その事情を汲み取って、敢えて贈らないのだ。

「……」

「朝顔は、将来、吸いたい?」

「勉強の為に1本だけね? お酒も飲みたくはないけれど、1杯だけ」

「そうだな。ただ、酒の場合は程々で良いと思うよ」

「謙信には、禁止しているのに?」

「飲み過ぎだからな。あいつの場合は」

 軍神を「あいつ」呼ばわり出来るのは、流石、彼女の夫だ。

 朝顔が、膝に座る。

「意外にお酒には、寛容なのね? 禁酒法でも考えているのかと」

「全然。国民が愛飲している娯楽を、わざわざ俺の好き嫌いで奪うのは、筋が違うからな」

 禁酒法は、アメリカの心象が強いが、意外にも日ノ本(日本)でも出ている。

 史上初は、大化2(646)年の時。

 大化の改新の翌年の事である。

 その後、何度も禁酒令の発令や酒造の制限が行われた(*2)。

 室町幕府第4代将・軍足利義持は禅宗の禁欲主義の影響を受けて飲酒を嫌い、将軍在任中から度々禅寺等に禁酒令を出した。

 後に俗人にもこれを広げようとして息子の足利義量の近臣にも義量に酒を勧めない様に命じた(*3)。

 尚、義量が大酒飲みの為に早世したという逸話はこの話の曲解に過ぎないと言う研究もある(*4)。

 戦国時代では各戦国大名が禁酒令を出しており、

 例

 ・蘆名盛氏(*5)

 ・長宗我部元親(*6)


がある。

 後者は後に撤回。

 これらとは別に善意で禁酒が成された事例もある。

 大正15(1926)年4月1日、石川県河合谷村に於いて、老朽化した上河合小学校(後の津幡町立河合谷小学校)の改築費4万5千円を捻出する目的で全村民に対し5年間の禁酒と禁酒で浮かせた分として毎日5銭以上の貯金が提唱され、結果的に禁酒は約20年続いた。

 村内に8軒在った酒屋は自主廃業している(*7)。

 なので、大河程の権力者であれば、禁酒法位、簡単な事だ。

 それをしないのは、やはり、国民の生活を第一に考えての事である。

(陛下が御認めになる忠臣だ事)

 朝顔は、心が通じ合っている事を嬉しく思い、大河に抱き着く。

 そして、2人は、人目をはばからず、接吻するのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:たまゆら〜煙管入門事典〜

*2:小泉武夫『酒の話』講談社現代新書 1991年

*3:『花営三代記』応永28年=1421年6月25日条・6月29日条

*4:清水克行「足利義持の禁酒令について」(初出:『日本歴史』619号(1999年)/所収:清水『室町社会の騒擾と秩序』 吉川弘文館 2004年

*5:『会津旧事雑考』 1562年と1571年

*6:『長宗我部元親百箇条』 1597年制定

*7:ウィキペディア

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