第346話 鶴寿千歳
新年早々、勝家の挙兵は尾張国で余生を過ごす織田家にも伝えられた。
「……そうか、”権六”が討たれたか」
「はい」
報告者は、京都に常駐している村井貞勝。
三姉妹の後見人とも言うべき人物だ。
「……」
「父上、どうします?」
「……」
信忠の疑問に、信長は、答えれない。
宿老を討ったのは、織田家としては、見過ごす事は出来ない。
然し、内容は勝家の方が悪い。
山城真田家の新年の集まりを悪用し、討とうとしたのだから。
福井城も攻めたのも罪に加算される。
「……”権六”の最後は?」
「は。弁慶の立ち往生の如く、立ったまま、正式な作法である十字で切腹しました。介錯は、”又佐”が務めました」
「……天晴な最後だな」
「朝廷は近衛大将を不意打ちにした事を問題視していますが、真田殿が擁護し、故郷に神社が創建され、主祭神として祀られるそうです」
「……神になったか」
”第六天魔王”よりも先に神になったのは、宿老にしては不忠だろう。
今頃、極楽浄土から謝っているのかもしれない。
「御家騒動とも解釈出来ますが、処分しますか?」
「いや……先に手を出した”権六”が悪い。”猿”は、どうしている?」
「播磨にて沈黙しています。一部情報によりますと、”権六”が”猿”に密使を送った様ですが、その前に真田の忍びに発見され、未遂に終わったそうです」
「……」
勝家程の実力者の密使が簡単に捕まる時点で、相当、大河の情報力は凄い。
「……信孝、奴は、未だ近衛大将の地位に甘んじているのか?」
「はい。
「……恐ろしいな。無欲な支配者とは」
分かり易く、欲望まるだしなら、こちらとしても十分やり易い。
「……政権運営は、上手く行っているか?」
「はい。時折、真田殿が御助言して下さる為、万事解決です」
「例えば?」
「樺太、竹島、尖閣諸島に軍事基地の設置案等です。どれも我が国に利あるものばかりで、閣僚会議で加筆修正後、国会で採決し、正式に法案化しています」
「……軍師だな」
信長の軍師的な人物は、彼が吉法師の頃に教育係となり、以降、『岐阜』の事実上の名付け親となった
が、大河は、それ以上に賢い。
無論、”両兵衛”よりも。
「……我が家は、敵対するな。今の地位で十分だ」
「「……は」」
信忠、信孝は、頷くのであった。
万和4(1579)年1月2日。
大河達は、九州から帰って来た誾千代達と合流する。
本当は、明日まで過ごす予定だったが、元日の大事件があったばかり。
大河が無事とはいえ、心配で心配で予定を早めて帰って来たのだ。
「五体満足ね?」
「そうだよ」
誾千代が、軍医の様に大河を全裸にして、体中をべたべた触る。
エリーゼ、千姫も心配そうだ。
「重傷を負ったらしいけども、無事な様ね?」
「無傷だよ」
「では、誤報なんですか?」
「そうだよ」
妻達に不要な心配をかけたくない為の配慮だ。
大河が明らかに重傷を負ったのは、目撃者が沢山居る為、否定し様の無い事実である。
それでも、大河は情報操作し、隠蔽した。
黒を白に変える
「……」
朝顔も心配そうに大河の頬を擦る。
聞けば、彼女がもっとも取り乱したそうだ。
最古参の誾千代以上に感情を露わにするのは、彼女の面子を潰す事にもなるが、想い人の為に感情を素直に表現出来るのは、悪い事ではない。
「……今後は、禁止」
「何が?」
「離れるの。駄目だから」
涙目で、朝顔は抱き着き、その頭を撫でる。
「……仕事でも?」
「そ」
よくよく考えたら、朝顔は、正妻の中で最年少だ。
与祢が正式に嫁入りしたら、彼女が最年少になるが。
最年少であり、又、他の女性達とは違い、平和な御所で過ごしてきた為、大河の非常事態に人一倍、衝撃を受け易いのかもしれない。
「……有難うな。心配してくれて」
「若殿、御召し物です」
「有難う」
珠が服を大河に着せる。
山城真田家の女性陣が好む、黒のスーツを。
冠婚葬祭と大晦日、元日は和装。
それ以外は洋装と大河は、使い分けているのだが、女性陣は見慣れた和装より、見慣れない洋装の方が、興奮し易いのだ。
「皆、初詣は?」
「それ所では、ありませんでしたよ」
松姫は、怒った顔で言う。
「本当ですよ」
幸姫も続く。
元日、彼女達は起床したと同時に家臣から聞かされ、一旦、臼杵城に避難していた。
大河が狙われたのだから自分達も
「じゃあ、日吉大社行こうよ」
阿国が、空気を変える様に笑顔で提案する。
「あそこ、厄除けで有名だから」
「……そうだな。皆、そこにするか?」
「「「……」」」
全員、頷く。
斯うして、初詣は、日吉大社に決まった。
日吉大社は、全国3800社の日吉・日枝・山王神社の総本宮だ。
約2100年前に比叡山の神を麓に迎え創祀された古社で、京都の鬼門(北東)を守護し、厄除に名高い神社として崇敬される。
又、伝教大使の諸願により、仏教天台宗の守護神ともなる。
境内には国宝や、国の重要文化財に指定された建造物が立ち並び、4月12~14日には湖国三大祭の山王祭が行われる(*1)。
元亀2(1571)年、信長による比叡山焼き討ちにより、日吉大社も被害を受けて
その為、関係者は、信長を憎むも、その義弟・大河には恩がある。
「昨日、あれだけの事がありながら御参拝して下さり有難う御座います」
座主が直々に挨拶に来た。
「いえいえ。こちらこそ、貸切って下さり有難う御座います」
通常、2日以降は、午前9時~午後5時まで開放されているのだが、今回は、朝顔も来るという事で大慌てで早朝から貸切になったのだ。
一応、大河達が参拝後には、一般人用に開放される様になっている。
なので、大河達は、心置きなくゆっくり滞在出来る時間は少ない。
謙信は真っ先に累を抱えて、東本宮境内の毘沙門天に参拝に向かう。
朝顔は御先祖様の1人、仲哀天皇(14代 148? ~200)を主祭神とする宇佐宮境内へ。
それ以外のメンバーは、座主自ら聖域を案内する。
「? 華は、行かないのか?」
「ちちうえがしんぱいだからね」
「華様。若殿の護衛は私が務めています故、御安心を」
と、言いつつ、与祢は、手を握る。
「ごえーのくせにまもりきれないのでは?」
「聖域ですから」
2人は、睨み合う。
「まぁまぁ。お二人とも」
アプトが割って入った。
愛人と侍女は、大河からは、一歩も離れない。
暫くすると、挨拶を終えた朝顔が戻って来た。
前日の宣言通り、大河の利き手を握った。
「もう良いのか?」
「次は、貴方の番よ」
「有難う。でも、沢山、神様が居られて、迷っているんだよ」
「だったら、摩利支天様はどう? 貴方の様な武人には、ぴったりだと思うけど」
摩利支天は、仏教の守護神である天部の一柱。日天の眷属である。
原語のMarīcīは、太陽や月の光線を意味する。
摩利支天は陽炎を神格化したものである。
由来は古代インドの『リグ・ヴェーダ』に登場するウシャスという暁の女神であると思われている(*2)。
陽炎は実体が無いので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。
隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。
これらの特性から、日本では武士の間に摩利支天信仰があった。
主な信仰者は、以下の通り(*3)。
・楠木正成
兜の中に摩利支天の小像を篭めていたという。
・毛利元就、立花道雪 「摩利支天の旗」を旗印として使用。
・山本勘助
・前田利家
・立花宗茂
中々離してくれない朝顔を肩に乗せて、左右をそれぞれ、与祢と華姫に託す。
「貴方、好き♡」
「俺もだよ」
朝顔とイチャイチャ。
仲哀天皇に挨拶したので、もう後は、自由時間だ。
「良いなぁ。陛下」
「与祢も婚約者でしょ? 数年後、こうなれるよ」
「随分と余裕だな?」
「うん。貴方と離れた事で、『大人にならなきゃ』って思ったのよ。後は、夢枕に
泣沢女神は、泣沢女神社(現・奈良県橿原市)で祀られている水の女神だ。
・井戸の神様
・出産
・延命長寿
・新生児守護
・水の神様
・降雨の神様
の神徳を持つ。
皇室の先祖である
愛する人の死の悲しみに流す涙を象徴する女神でもある(*4)。
「……何て?」
「『愛しているなら極力、傍に居て下さい。失いたくなけば』だって」
「……それが、初夢?」
「そうだよ」
初夢と言えば、一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭七丁髷八薔薇九歌舞伎が、縁起物とされているが。
初夢に女神が夢枕に御立ちになる程の事は無いだろう。
「あ、そうだ。女神様からご伝言を預かっていたんだ」
「伝言?」
「『離縁でもすれば、長雨が続き、国土は水に浸るだろう』って」
「……」
伝言 ×
脅迫 〇
であった。
離縁する気は更々無いのだが、泣沢女神がわざわざ来るのだから神様界隈では、大河を信用していないのかもしれない。
短期間で新妻を迎えているのだから、当然の話ではあるだろうが。
「陛下、心配せずともこの男は、陛下の事もちゃんと愛していますよ」
髪の毛から橋姫は、ひょっこり。
「そう?」
「ああ。何なら四六時中一緒に居たいよ」
「本当?」
朝顔の膝に後頭部を預け、服従の姿勢。
「忠臣ね?」
犬にする様に大河の頭を撫でる。
((良いなぁ))
与祢と華姫は文字通り、指を咥えて見詰める。
やがて、朝顔に気を遣ったのか、橋姫が飛び降りて、普通サイズになった。
鬼である彼女が聖域に居るのは、可笑しな話だが、神官や巫女は気付かない。
気付いているのは、座主位かもしれない。
一行は、摩利支天が祀られている氏神神社を参拝するのであった。
[参考文献・出典]
*1:るるぶ&more. 2020年12月21日 一部改定
*2:仏像ワールド
*3:ウィキペディア
*4:CHARMS 2019年5月25日
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます