第345話 洞房花燭

 弓兵は、毛受であった。

「近衛大将! 討ち取ったり!」

 木の枝の上でこ踊りしている。

 動揺した勝家は、そのまま振り下ろしてしまう。

 大河の左胸が、切り裂かれた。

 直後、弥助が指示を出す。

「う、撃て~!」

 ブローニングM2機関銃が、毛受を捉える。

 ドン!

 一撃必殺ワンショット・ワンキル

 映画の描写通り、毛受はごと持ってかれた。

「……」

 頭部を失った体は、そのまま落下していく。

 続いて、勝家には、M16の集中砲火だ。

 大河の敵とばかりに何百発も撃ち込まれる。

 前後左右、どこからでも。

「……ぐふ!」

 吐血した勝家は、倒れそうになるも、耐え抜く。

 自分は、武人。

 死ぬのであれば、弁慶の如く死にたい。

 撃ち尽くされた後、雪原は薔薇を敷き詰めたのかの如く、真っ赤に染まっていた。

 何とか立ったままの勝家に、今度は山内一豊が近付く。

 大河には、お市が駆け付けた。

「貴方! 貴方!」

 すると、大河は、にっこり微笑んだ。

「……ゆっくり寝させてくれない物かねぇ」

「!」

 目を開けて、お市に接吻する。

「こう見えて体は、頑丈なんだよ」

 見ると、胸部の傷は塞がりつつあった。

 背中に刺さった弓矢は、橋姫が引き抜いてし折る。

「全部計算したの?」

「勝家に花を持たせるには、これが1番だと思ってな」

「あんた早死にするわよ?」

「橋が居る限り、死なないよ」

「馬鹿、死ね」

 お市には最初、意味が分からなかったが、2人の会話を聞く限り、全て演出だったことを悟る。

 よくよく考えてみれば、あの包囲網を毛受が簡単に突破出来たのは、不可解だ。

 意識が遠のく勝家も、睨み付ける。

「真田……貴様……」

「これで心置きなく死ねるだろう? 墓碑には、こう書いてやるよ。『近衛大将に一太刀浴びせて、弁慶の如く、立ったまま死ぬ』ってな」

「……」

 勝てない、と勝家は今更ながら思った。

 この男は、死ぬかもしれない状況にも関わらず、自分に花を持たせたのだ。

 自分が同じ立場なら到底出来ない。

「……貴様、は、やっぱり……嫌いだ」

「俺も大嫌いだよ」

「……」

 勝家が、愛刀を拾う。

「貴様―――」

「山内殿、斬るな」

「! 然し―――」

「武士として送ってやれ」

「……は」

 一豊は納刀し、見守る。

 勝家は、大河を睨み付けたまま、

「利家は居るか?」

「ここに」

 兵士達をかき分けて、利家がやって来た。

 戦闘自体には、参加していないが、両家に繋がりがあった彼には、複雑な事であっただろう。

 申し訳無さそうな顔で見詰めている。

「……貴様は、真田と仲が良いのだから……今の様な中途半端な立ち位置ではなく、必ず降る様に……私のことを思って再び道を誤ってはならない」

「……は」

 それから、辞世の句を詠む。


「『夏の夜の夢路儚き後の名を 雲井にあげよ山不如帰ほととぎす

(夏の夜の様に短く儚い私の名を、後の夜までも伝えてくれよ、山不如帰)』」


 それにお市が返す。


「『さらぬだに うちぬる程も夏の夜の 別れを誘う不如帰かな

(夏の夜の不如帰の鳴き声が、別れの悲しさを誘っているように聞こえる)』」


「!」

 勝家とお市、初めて心が合わさった瞬間であった。

 お市は、合掌する。

「……果報者だよ。俺は」

 想い人に見送られつつ、逝けるのは、中々無い。

 覚悟を決めた勝家は正式な作法通り、腹を十字に掻っさばく。

 直後、

「御免!」

 大号泣していた利家が、介錯した。

 勝家の首が飛び、雪原でバウンドする。

 胴体は、雪原に倒れた。

「……」

 目を逸らさずにお市は、現実を直視し、その胴体を仰向けにし、再び合掌する。

 柴田勝家、”鬼柴田”の命運は、万和4(1579)年の始まりと共に尽きるのであった。


 勝家と家臣達の遺体は、丁重に埋葬される。

「若殿、作戦は成功しましたが、事前に御相談下さい。肝を冷やしました」

 鶫が珍しく叱る。

「済まん」

 鶫、ナチュラ、小太郎の3人が知ったのは、直前の事。

 勝家から一騎討ちの申し出があった直後だ。

「貴方は、日ノ本一の大馬鹿者です」

 お市は、腹部に抱き着いたまま、未だに怒っている。

 やはり、事前に相談していなかったのが、原因だろう。

 もっとも、相談としたとしても、先夫を目の前で亡くした寡婦は、反対していただろうが。

「……”権六”は、反逆者として逝くの?」

「全然。宿老にそんな汚名は、着させられんよ」

「良かった……」

 お市は、安堵する。

 勝家とは、旧知の仲だ。

 恋仲にはなれなかったが、大河より付き合いは長い。

 最後の返歌も大河が居なければしなかっただろう。

「盛大に送るよ。良い奴だったからな」

「主、毛受の方は、どうしますか?」

 小太郎の問いに周囲の空気が、張り詰める。

 演出とはいえ、大河を射殺しかけた大罪人だ。

 そうなってしまうのも仕方の無い事だろう。

「遺族に引き渡せ。出来るだけ綺麗にな?」

「! 若殿―――」

「鶫、死者には敬意を払え」

「う……」

 一睨みされ、鶫は何も言えなくなる。

 大河は、死人に鞭打つ様な真似はしない。

 どれだけ嫌っても、死んだら非難はしないのだ。

 人間として、最低限の倫理観は持っているとも言え様。

 傷が完全に塞がった事で、大河は立ち上がる。

「さぁ、皆を迎えに行こう」

 姉妹と息子は、開戦と同時に佐吉の案内で避難した。

 不満顔のお市を御姫様抱っこし、

「橋もな? 有難うな」

「当然でしょ? (貴方に惚れているんだから死なれちゃ困るし)」

「うん?」

「何でも無いわよ。馬鹿」

 赤い顔でへそを曲げつつ、橋姫も抱き着く。

 肉体関係は無いが、見ての通り、距離は近い。

 作家ライター記者ジャーナリストのアンブローズ・ビアス(1842~?)は、肉体関係を伴わない精神恋愛プラトニック・ラブを、『不能と不感症の間の愛情を指す、馬鹿がつけた名前である』(*1 )と風刺したが。

 2人は、本当に肉体関係が無い。

 不能でも不感症でも無い。

「橋、貴女、まさか……」

「市様。誤解なさらずに。寝取りませんから」

「……」

 疑いの眼差しのお市。

「……貴方―――」

「何にも無いよ」

 お市の頬に接吻し、大河は愛を証明する。

 話のすり替えにも見えるが、お市は、夫の性格を知っている為、疑あっても、追及はしない。

 若し、橋姫とその様な大河から説明があるだろう。

 好色家だが、その辺は律儀な所があるから心配はしていない。

 大河の首筋を引っ掻く。

「痛い?」

「これ以上、悪い虫が付かない様に印をつけておかないと」

「嫉妬か?」

「そうよ」

「可愛いな」

 お市のうなじに接吻し、キスマークを付ける。

 大河は大河で史実の細川忠興並に独占欲が激しい。

 お市等の女性陣を、知らぬ男が色目を使って見ていたら、問答無用で斬殺するだろう。

「貴方以外には、行かなわいよ」

「それでも不安だよ」

 お市の体臭を嗅ぎつつ、胸を揉む。

 戦闘直後の為、アドレナリンが大量に分泌され、性欲が増大しているのかもしれない。

「鶫、使える部屋を寺側に問い合わせてくれ」

「は。若殿」

「うん?」

「お市様の後で良いので、私達も御願い出来ますか?」

「ああ。良いよ」


 散々愉しみ終えた時は。夕方であった。

 世間では、初詣に行ったり、実家でまったり過ごしている場合が多い事だろう。

『兄者、居る~?』

「居るよ」

 襖が開き、三姉妹と侍女達、それに猿夜叉丸がやって来た。

「うわ、元日から元気だね? 母上、大丈夫?」

「もう……御腹一杯」

 腹部を擦りつつ、お市は幸せそうだ。

 元日から良い思い出が出来ただろう。

「……」

 お初は、呆れ顔でお市に毛布をかける。

 ドン引きせず、優しい次女だ。

 侍女達―――アプト、与祢、珠も、それぞれ、愛人達を介抱する。

「良いなぁ、正月から若殿に抱かれて」

「与祢は、もう少し成長してからね。若殿、私と珠も後で御願いします」

「良いよ」

 2人と接吻し、与祢の頭を優しく撫でる。

 最近では、正妻、愛人、婚約者の境目が段々と無くなっているが、身分的には、それぞれ違う。

「真田様。元日早々、飛ばし過ぎでわ?」

「男は、液を飛ばす生き物だからな―――」

「冗談です。はい、御免なさい」

 小粋な冗談だったが、ちょっと茶々は、御怒りモード。

「戦闘の事は、後程、鶫から聞くとして……何故、”権六”が、攻めて来たんです?」

「嫉妬だよ」

「母上を寝取られた為の?」

「直接の原因はそうだろうな」

 大河は、優しい目でお市を抱き寄せる。

 散々、動いた後で疲れたのだろう。

 お市は、幸せそうな寝顔を見せて、涎を垂らしつつ、大河に甘える。

「貴方……」

「ここに居るよ」

 すると、お市は目を閉じたままにっこりと笑い、再び寝息を立て始めた。

「……今回ばかりは、母上に免じて許します。ですが、母上と寝るならば、事前に御相談下さい。失礼ですが、年も年なので……体への負担が怖いです」

「……そうだな」

 人間50年のこの時代。

 お市は、もう折り返し地点をとうに越え、31歳。

 現代の日本人の感覚に直す事は、無意味な事だが、それを承知で考えたら、女性の直近(2019年)の平均寿命は89・45歳(*2)を単純計算すると、54歳位だろうか。

 50歳以降の出産を「超高齢出産」と呼び、その確率は、当然、低い。

 年齢別の出産者は、以下の通り(*3)。


 年     :平成28(2016)年:平成29(2017)年:平成30(2018)年

 45~49歳  :1350      :1450      :1591

 50代    :51       :62       :68


 茶々の感覚だと、お市は54歳の超高齢出産を望む母親の様に見えるのかもしれない。

「でもな。俺もお市との間に子供が欲しいんだよ」

「……私達にきょうだいが出来るかも?」

「そういう事だな」

「……複雑ですね」

 お市に子供が出来れば、家系図が、伊〇誠の様にぐちゃぐちゃになりそうだ。

 関係的には、茶々とは同じきょうだいになりながら、甥(又は姪)になるのだから。

「好きな人との間に子供が欲しい。人間的に当然だろう? な、猿夜叉丸?」

「だ!」

 猿夜叉丸が、大河に抱き着く。

「元気だな」

「だ!」

 猿夜叉丸の頭を撫でつつ、大河は宣言する。

「ま、産婦人科と相談しながら妊活するよ。俺だってお市を失いたくないからな」

「私もです」

「「私も」」

 三姉妹は、胸に飛び込んで大河を押し倒す。

 猿夜叉丸をアプトに託した後、4人は、愉しむのであった。


[参考文献・出典]

*1:『新編 悪魔の辞典』 訳:西川正身 岩波文庫 1997年

*2:2020年7月31日 朝日新聞デジタル

*3:osomama 2020年12月15日

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