冬休み

第332話 支葉碩茂

 万和3(1578)年12月20日。

 休暇を短縮して帰国した大河は、京都新城に女性陣が登城後、朝顔と共に御所へ行く。

 帝の呼び出しを受けた訳ではないが、近衛大将として帰国した挨拶は、しなければならないだろう。

布哇ハワイの件、大義であった』

 帝は、御簾みすの向こうで喜ぶ。

 政治には関わらない事を決めている帝であるが、布哇ハワイ王国は、同じ君主制の国として仲良くしていきたい思いがあった。

 そんな帝に忖度し、外務省は、王制の国々と次々と国交を結んでいる。

 幸いこの時代、王国や帝国は、多い。

・ロシア皇国

・オスマン帝国

・ポーランド王国

・フランス王国

・イングランド王国

・デンマーク王国

・スウェーデン王国

・スコットランド王国

・ポルトガル王国

・スペイン王国

・ナポリ王国

 ……

 今では、地図上に存在しない国家や、共和制に転じた国等もある。

 もっとも、欧州は遠く、戦乱で荒廃したばかりなので交易は、以前程盛んではない。

 なので、必然的にアジアやオセアニアと比較的、欧州より近距離にある国々と交流が活発になっていた。

『真田が居ない間、暹羅シャムの使者がいらっしゃったよ』

 御簾みすが少し上がり、猫が今日は。

 朝顔と目が合う。

「あら、可愛い」

『だろう? 暹羅シャム猫という種類らしい。真田、知っているか?』

「はい。現地では、『ウィチアン・マート』―――『月の金剛石』と呼ばれています」


 スレンダーな体躯と長い脚は、人間でも羨ましいだろう。

 が、その実は筋肉がよく発達していて、動きは敏捷。

 短毛で、体は白が基調の淡いカラーに、顔と耳、しっぽ、脚先が濃い色でポイントとなっているのが特徴だ。

 顔は顎から耳の先に向かって綺麗な逆三角形を描く。

 瞳の色はサファイアブルー。

 聡明で快活な表情を見せる気品に溢れた猫だ。

 性格は、とても賢く、気難しい。

 正確な起源は不明ですが、タイの王室で飼われ続けてた。

 アユタヤ王朝時代(1351~1767年)に作られた古い詩集の中で幸運を招く17種の猫の一つとして記されている。

 富裕層や寺院といった高位者にも飼われていて、タイに伝わる迷信や伝説にもよく登場する。

 世界に知られる様になったのは、1800年代後半。

 1871年にロンドンで開かれた世界初のキャットショーに、2頭のシャムが登場し注目された。

 1884年にはタイの王族からバンコクのイギリス総領事に2頭のシャムが送られ、初めて血統書付きのシャムが渡英した。

 渡米したのは1879年。

 バンコクのアメリカ領事から大統領夫人ファーストレディーに「シャム」という名前の雌が贈られた。

 その後、1940~50年代にかけて、世界で人気が急上昇。

 日本でも1950年代に人気が高まり、以降長らく猫の純血種といえば「シャム」として親しまれてきた(*1)。


「……」

 猫は、朝顔の膝に飛び乗り、頬擦り。

「……♡」

 帝に次いで、上皇も気に入られた様だ。

「真田、私も飼いたい」

「同じ種類ですか?」

「ん~……」

 猫の顎を撫でつつ、朝顔は、悩む。

 世界で最も飼われている動物が、猫だとされている。

 その品種は、300種類以上(*2)。

 以上、というので、専門家でも把握出来ていない程の品種が豊富なのだろう。

「もっと、他を見てからが良いかな?」

 帝が暹羅シャム猫を飼っている以上、上皇も飼えば、「暹羅シャムを贔屓し過ぎ」と朝廷から苦言を呈されるかもしれない。

 他の友好国からも問題視されるだろう。

 考え過ぎかもしれないが、均衡をとる為には、暹羅シャム猫以外を買うのが適当と思われる。

「分かりました。探しましょう。但し、両陛下、気を付けて欲しい事が、一つあります?」

『何だ?』

「何々?」

 大河は、かしこまって答える。

「御病気です」

『は?』

「病気?」

 朝顔は、首を傾げた。

 御簾みすの向こうの帝も同じ様な仕草をなさっているかもしれない。

「は。与祢」

「はい」

 帯同していた与祢が、報告書を渡す。

 朝顔には、大河を通じて。

 帝には、女官を通して配られた。

 大河が作成したそれは、

『トキソプラズマ症』

『猫ひっかき病』

『パスツレラ症』

 と、猫を原因とする人獣共通感染症ズーノーシスが、書かれていた。

 ―――

『【トキソプラズマ症】

[感染経路]

 トキソプラズマは人間を含む幅広い温血動物に寄生するが、終宿主は猫科の動物である。

 人間への感染経路としては、シストを含んだ食肉やオーシストを含む猫の糞便に由来する経口感染が主である。

 オーシストは耐久性があるので、直接糞便に接触しなくても、土壌を経由して野菜や水を汚染する場合がある。

 その他に妊婦から胎児への経胎盤感染がある。

・猫

 猫の糞便中のオーシストが付着した物質を食餌として鼠が食べる事で感染し、ネズミの体内に形成されたシストは猫が鼠に噛み付く事で取り込まれる、という具合に生活環が成立していると考えられる。

 人間への感染経路としては、飼い猫の厠掃除、園芸、砂場遊び等で手に付いたオーシストが口に入る事が考えられる。

 等。


[予防]

・調理の前後にはよく手を洗う

・園芸や猫の世話をする時にはゴム手袋等を着用

・生食や無滅菌の牛乳を避け、加熱、燻製、塩蔵がしっかりされた食品を摂る

・24時間以上冷凍した食品を使う

・野菜や果物は酢水で洗ってから食べる

・猫は出来るだけ部屋飼いにし、生肉を与えたり狩りをさせたりしない

・肉類は十分に加熱し食べる

 等。


[疫学]

 全人類の30~50%に感染していると考えられている。

 これは生に近い肉を好む食習慣があることと関係している。

 独(約80%)、蘭(80%超)、ブラジル(67%)も多い国として知られている。

 日本では、地域差があるが10%前後となっている』(*3)

 ……

『【猫ひっかき病】

[症状]

 受傷部が数日から4週間程の度潜伏期間後に虫刺されの様に赤く腫れる。

 典型的には、

・疼痛のあるリンパ節腫脹

・37℃程度の発熱

・倦怠感

・関節痛

 等。

 稀に重症化する事があり、

・肝臓や脾臓の多発性結節性病変

・肺炎

・脳炎

・心内膜炎

・肉芽腫

・急性脳症

 等の発症例が報告されている。

 腫脹したリンパ節は多くの場合痛みを伴い、体表に近いリンパ節腫張では皮膚の発赤や熱感を伴う事も。

 殆どの人で発熱が長く続き、嘔気等も出現する。

 特に治療を行わなくても、自然に治癒する事も多い。

 然し、治癒までに数週間、場合によっては数ヶ月もかかる事がある。

 肝膿瘍を合併する事があり、免疫不全の人や、免疫能力の落ちた高齢者では、重症化して麻痺や脊髄障害に至るものもある。


[疫学]

 子供に多く、秋から冬にかけての季節が多い。

 猫の5~20% が病原体を保有している。


[治療]

・殆どは重篤化せず軽度の腫れでは治療の必要はない。

・必要に応じ抗生物質の投与を行うが、クラリスロマイシンは有効ではなく、エリスロマイシン、ドキシサイクリン、シプロフロキサシン等が有効であったとされる。


[その他」

・有効なワクチン未開発。

・1950年に仏のデブレがこの疾患について初報告も、具体的な原因菌は不明。

・1992年、エイズ患者の皮膚病変から検出し、猫ひっかき病患者のリンパ節からも同じ菌が発見された事により原因菌が特定』(*3)

 ……

『【パスツレラ症】

[疫学]

 家猫の口腔には、約95%、爪には70%、犬の口腔には、約75%の確率でパスツレラ属菌が常在菌として存在する。

 つまり、人獣共通感染症の様相を呈している。

 殆どが、咬傷或いは掻傷により感染する。

 稀に外傷を伴なわず気道を経由の感染や飛沫感染等により呼吸器系の疾患を起こす事がある。

 低免疫状態からの日和見感染、糖尿病、アルコール性肝障害の罹患者は重症化し易い。

 鶏肉が原因となった疑いのある食中毒症状の報告もある。


〈症状〉

・犬、猫では一般に無症状。

・牛の出血性敗血症。

・人では一般に無症状か軽症。

 咬傷箇所の発赤・腫脹・化膿(蜂巣炎)、気管支炎・肺炎等の呼吸器疾患、稀に髄膜炎。

 咬傷、掻傷の約30分から数時間後に激痛を伴う腫脹と精液様の臭いのする浸出液が排液される。


〈治療〉

 感受性のある抗生物質を使用。


〈予防〉

 犬、猫からの咬傷や掻傷を受けない様にする事が予防の基本』(*3)

 ―――

 現代程医学が発展していない日ノ本では、動物愛護法の下、愛玩動物が流行となっている。

 と、同時にこの様な感染症発症者も増えている。

 早急なマニュアル化が必要不可欠だろう。

『……』

「……」

 帝と朝顔に緊張が走る。

 可愛がっていた猫が、感染源になるのかもしれないのだから。

 大河は、慌ててフォローする。

暹羅シャムの大使に確認し、獣医にも診せた所、この猫は、問題無い事が判っています故、御安心下さい」

『驚かすなよ』

「申し訳御座いません」

 怒る帝だが、猫は、暹羅シャムとの友好の証だ。

 又、メロメロでもあった為、捨てたり、譲渡する事は無いだろう。

 帝が愛猫あいびょう家になったのは、直ぐに民に伝わり、日ノ本が、世界屈指の愛猫あいびょうの国になった事は言うまでも無い。


[参考文献・出典]

*1:猫との暮らし大百科

*2:ねこちゃんホンポ

*3:ウィキペディア

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