第268話 怯防勇戦

 万和3(1578)年6月下旬。

 水無月最後のこの日。

 遂に皇道派が事件を起こす。

 まず、統制派の長を「進止しんし事件の和解の場を設けたい」との理由で呼び出しては斬殺。

 動揺する統制派を一気に叩くと共に御所に進軍した。

 同時に北陸道と屋久島の其々の部隊も蜂起。

 上皇の他、帝と皇太子も一網打尽にし様という同時多発テロだ。

「陛下を守れ~!」

「蹴散らせ~!」

 上杉景勝と島左近が其々それぞれ、部隊を率い、応戦。

 血が流れる。

 主戦場は、京都であった。

 首都は、皇道派VS.国軍、近衛兵、特別高等警察、国家保安委員会が正面から武力衝突。

 市民を巻き込んだ市街戦は、応仁の乱(1467~1477)以来の激しさとなる。

 街中を両軍の戦車が走り回り、大通りは狙撃手スナイパー通りストリートと化す。

 高層ビルには、銃撃や砲撃され、ユーゴスラビア内戦の様に生々しい傷跡が残る。

 教会や寺社仏閣は避難所となり、両軍の攻撃対象から外されるも、誤爆や誤射は否定出来ず、死傷者が絶えない。

 急転直下の内戦に信孝は、二条城で緊急対策本部を設置し、対応に当たっていた。

「風魔、何故、皇道派を抑えつけれなかった?」

「は。調査中だったのですが、予想以上に奴等の勢力は大きく、間に合わなかった次第です」

「……そうか」

 民主主義国家である以上、冤罪を避ける為に、証拠が必要不可欠だ。

 今回は、それを集めている途中で皇道派が蜂起した為、間に合わなった、という訳である。

 頼みの綱であった情報機関が後手に回った以上、政権は危機的状況に陥っている事はいうまでも無い。

「陛下は、無事なんだろうな?」

「はい。御所、北陸道、屋久島で国家保安委員会が国軍等と共闘し、必死に防戦しています。北朝六道では、伊達輝宗殿と真田昌幸殿が。屋久島では、島津貴久殿と大友宗麟殿が援軍を自ら率いて下さり、形勢逆転した、との報告も受けています」

「良かった。ここには?」

「羽柴秀吉殿、徳川家康殿が御到着予定です」

「……真田は?」

「山内一豊、弥助、宮本武蔵、雑賀孫六、大谷平馬と共に戦っています」

「分かった。伝言を頼む―――『死ぬな』と」

「は」

 小太郎は、瞬時に消える。

 余程、御所の方が心配なのだろう。

 物凄い早さだ。

「勝家、光秀も頼んだぞ?」

「「は」」

 1時間に平均100人もの死傷者を出す程の激戦だ。

 援軍が間に合わなければ。自分達も死ぬかもしれない。

 二条城に居る全閣僚は、遺書を準備し、家族に送っていた。

 戦国時代には、何時でも死ぬ覚悟はあったが、平和な時代になってからは、戦よりも家族を想う事が多くなった。

 あの時は、主君の為であったが、今は家族の為だ。

 光秀は、山城真田家に嫁いでいった珠が、心配でならない。

(幾ら真田殿が勇猛果敢でも、近代兵器の皇道派相手には、負けるかもしれない。まさか、飼い犬に手を噛まれるとは予想外だっただろうな。珠よ、無事であります様に)


 遠く離れた東海道でも。

「全軍、休まず進軍せよ!」

「「「応!」」」

 徳川隊と武田隊の連合軍が、中国大返しの様に、物凄い速度で進軍していた。

(千よ、無事で居ろよ)

(松様、御無事で)

 山城真田家に嫁いでいった実家は、本当に気が気ではならない。

 指揮を執るのは、家康だ。

 徳川四天王も鬼気迫る表情で馬に乗っている。

 それに負けじと武田信玄の旧臣達も追う。

 誰もが、自分達の家の姫様を心配しているのであった。


 人々の心配を他所に御所では、意外な程静かであった。

 御所を包囲した皇道派であるが、その白亜館の様な圧倒的な防衛力に攻撃すら出来ずにいたのだ。

 詰め所の高層階や御所の屋根の上からは、孫六率いる狙撃隊。

 正門の前後には、武蔵を隊長する抜刀隊。

 この他、一般市民や公家に扮した一豊隊の便衣兵。

 弥助の外国人部隊。

 平馬の戦車部隊と、非常に層が厚い。

 彼等だけでない。

「今回は、帝都なだけに空爆は出来ん。現に戦車であったが、誤爆事故も起きてい折るしな。空爆は、皇道派の施設と確認出来た場合に限る」

 京都新城にて、大河は、弥助達と作戦を練っていた。

「空爆、していいんですか?」

「ああ。くれぐれ誤爆でな?」

 コソボ紛争末期、連合軍作戦オペレーション・アライド・フォースにて、米軍が、ベオグラードの中国大使館を誤爆した。

 そうなった理由の一つとして、F-117の撃墜がある。

 当時、F-117はステルス性能を世界で唯一保持しており、撃墜された機体の一部が中国大使館に運ばれていた事が確認されている。

 米軍は機密事項保持の為、誤爆と言う形を取り、機密の保持に努めたと言う事が言われている(*1)。

 例え皇道派ではなく、それに近しい建造物であった場合、誤爆し、便衣兵でもその関係者でも爆殺すれば良い。

 危機が押し迫っている中、一々いちいち、法律と照らし合わせては戦えない。

 全権委任法の下、密かに成立させていた愛国者法に則り、戦おう。

・拷問

・盗聴

・私刑

 等、何でもありな戦時体制の緊急法だ。

「皆様」

 朝顔が現れると、全員、立ち上がる。

 近衛兵が殆ど出払っている為、彼女の用心棒は、誾千代と謙信だ。

 2人共、姫武将だけあって、皇宮護衛官よりも強い。

「御疲れの所、申し訳御座いません。御茶を御用意致しました」

「有り難う御座います」

 大河が代表して受け取ると、次に家臣団に侍女三人衆が、一つ一つ渡していく。

 恩賜の軍刀や恩賜の煙草があるが、恩賜の御茶は、初めてだろう。

「ささ、御飲み下さい」

「「「は」」」

 緊張していた空気だったが、冷えたそれが喉に潤いを齎す。

 軍事作戦が終わる頃合いを見計らって来たのだろう。

 与祢が可愛くウインク。

『若殿、御代わりありますからね』

『有難う』

 大河もウインク返し。

 一瞬の出来事であるが、朝顔は、見逃さなかった。

「……」

 不満顔で睨む。

「真田よ。こちらに座れ」

「は」

 床几を持って、朝顔の隣に座る。

「近衛大将なのだからもっと偉ぶれ。全く」

 理由を付けては、叱りつつ、膝の上へ。

「「「(おー!!!)」」」

 家臣団は、内心で大興奮だが、上皇を前に叫ぶ事は出来ない。

「(あれが、御夫婦か)」

「(本当に鴛鴦おしどり夫婦なんだな)」

「(普通、人前であんな事出来んぜ? 例え新婚でも)」

 恥ずかしがり屋な国民性故、したくても出来ないのが実際の所かもしれないが、上皇と近衛大将には、良い意味でその恥じらいが無い。

 家臣団の殺気立った心を癒していく。

「玉座があるのに?」

「あれは、陛下が使うの。私の玉座は、ここよ」

 近衛大将は、上皇の人間椅子に昇格(?)した。

 そのまま命じる。

「良いか、皆の者。これよりは、憲法に則り、朕が全軍を統帥する」

「「「!」」」

 一同に衝撃が走った。

 平和主義者な朝顔自らが憲法第11条を宣言したのだから。

 ―――

『【日ノ本憲法第11条】

 帝は、陸海空軍を統帥する』

 ―――

 これ程積極的なのは、二・二六事件の際、

『朕が股肱ここうの老臣を殺戮す、此の如き兇暴の将校等、其精神に於ても何のじょすべきものありや』(*2)

『朕が最も信頼せる老臣ろうしんことごとく倒すは、真綿まわたにて、朕が首を締むるに等しき行為也』(*2)

『朕自ら近衛師団を率ひ、此が鎮定ちんていに当らん』(*2)

 と、激怒した時を彷彿とさせる。

 ―――

「詳細は、この真田に任す。朕は、本物の軍人ではないからな」

 大河の膝なのだが、威厳はたっぷりだ。

 可愛さと圧倒的な怒気は、中々、同時に感じる事は無いだろう。

「先刻、帝も皇太子も無事な事が判った。国民を徒に殺傷し、帝都を破壊する兇暴な将校は、国民に非ず。近衛師団よ、朕の代わりに帝都と国民を守る様に」

「「「は!」」」

 楠が、現れる。

「御注進です! 織田信孝様、治安出動を命じられました!」

 時間がかかったのは、援軍到着を待っていたからだろう。

 ―――

『【治安出動】

(1)命令による治安出動

 内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもっては、治安を維持する事が出来ないと認められる場合には、国軍の全部又は一部の出動を命ずる事が出来、原則として、出動を命じた日から20日以内に国会に付議して、その承認を求めなければならない。


(2)要請による治安出動

 各地域の領主は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該地域公安委員会と協議の上、内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請する事が出来る。

 内閣総理大臣は、出動の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等の出動を命ずる事が出来る。


(3)武器使用権限等

 兵士の職務の執行に際し、警察官職務執行法(「警職法」)が準用され、同法第7条に基づき武器を使用する事が出来る。

 この他、一定の要件を満たす場合には、事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用する事が出来る』(*3)

 ―――

 これで形勢逆転の準備が出来た。

 大河は、朝顔を抱擁しつつ、殺意を固める。

(潰す)

 と。


 政変は、政情不安定な国々で起き易いが、成功した時と失敗した時の差は、非常に激しい。

 近年での成功例は、2017年のジンバブエだろう。

 37年間の長期独裁政権が、国防軍によって倒されたのだ。

 政変に至った理由は高齢となった大統領の後任を巡る人事であり、当初、彼も国防軍の標的には無かった様だが、結局、その地位を追われる事になった。

 死傷者は不明だが、大々的に報じられていない様子から無血政変か若しくは、それに近い内容だったかもしれない。

 報道規制の下、報じられなかった可能性も否めないが。

 逆に悲惨だったのが、2016年のトルコのそれだろう。

 蜂起に至った理由は、エルドアン政権が過度にイスラム化を強め、政教分離を重んじるトルコ軍は、政府との関係が良くなかった。

 そして、7月15日。

 エルドアンが避暑地に休暇に行った隙を突いて、トルコ軍は挙兵した。

 然し、

・政変計画の準備不足

・軍全体で起こした政変ではなかった事

・国際社会の支持を取り付ける事が出来なかった事

・国民の支持を得られなかった事

 等が災いし、更にエルドアン暗殺という絶好の機会をも見逃し、政変は、失敗に終わった。

 政変未遂事件後は、政変に関わった(とされる)関係者が処分され、一部はギリシャに亡命を図る場合もあった。

 だが、反乱軍憎しのまま、報復措置を行いし過ぎた結果、トルコは弱体化し、国内でテロが頻発。


・ガジアンテプ自爆テロ事件 (2016年8月20日 死者57 負傷者66)

・イスタンブール爆弾テロ事件 (同 年12月10日 死者46 負傷者166)

・イスタンブール・ナイトクラブ銃撃テロ事件(2017年元日 死者39 負傷者70)


 スターリンも大粛清の際、有能な軍人も攻撃した結果、独ソ戦にて、自国よりも小国であるドイツに大苦戦を強いられた。

 時代も国も違うが、トルコは、まさにその状況下に似ているだろう。

 不幸にも皇道派は、トルコの事例であった。

 挙兵したものの、親政に理解を示していた市民や公家等は、合流しない。

 それ所か、政府軍の情報提供者になっている、との噂もある。

 もともと、繋がっていたのか。

 挙兵後、日和って寝返ったのかもしれない。

「大佐、屋久島、我が隊敗退!」

「北陸道でも伊達隊により敗走!」

「瀬田に徳川、武田の両隊が到着! その数、5万!」

 次々に入ってくる敗色濃厚を滲ませる内容に皇道派の陣中は、

「「「……」」」

 お通夜の様に静まり返る。

「御所は、如何なっている?」

「睨み合っているままです」

「そうか……」

 そんな中、又、使者が来た。

「攘夷党本部、空爆に遭いました!」

「! 何だと?」

「政府軍は、『誤爆』と発表し―――」

「せ、先生は?」

「残念ながら……」

 一般市民を戦争に巻き込まない様に努めている国軍が、攘夷党本部を空爆。

 誤爆というが、冤罪や事故を嫌う大河が、そんな真似をするとは思えない。

「又、二条城の織田隊出撃し、瀬田に向かい、挟撃を狙っています!」

「「「……」」」

 精神的支柱が爆殺された事で、皇道派は意気消沈。

「……帝国万歳」

 その場で自害する者も現れる。

 皇道派は、トルコの反乱軍・祖国平和協議会と同じ末路に決定するのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:現代ビジネス 2020年2月26日

*3:令和元年度版防衛白書

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