第263話 和顔愛語
華姫追放後も大河の愛は、変わらない。
部屋に来た彼女と将棋を打つ。
誤解を招かなない様に、累の遊び相手に指定した上でだ。
「累、『歩』は、こうやって打つんだよ?」
「だー?」
「そうだよ。じゃあ、華、打ってみ」
「はーい」
養子であった華姫は、謙信の鶴の一声で養子縁組を解かれ、今は大河の直臣だ。
元々、手討ちを検討していた謙信であるが、やはり、育てて来た想いが邪魔し、結局出来なかった。
独身時代は、出来たのかもしれないが、累を出産以降、日に日に武将よりも母親の方が勝ったのだろう。
但し、2人が会う時は、侍女の監視と用心棒の警備が一段と厳しくなった事は言うまでも無い。
「若殿、お茶を煎れました」
「有難う。2人共、休憩時間だ」
「だー」
「はい」
華姫は、アプトに手を引かれ、累も珠に抱っこされて行く。
「若殿」
与祢が、ジト目を向けた。
「華様と会われるのは、お控え下さいませんか?」
「そりゃ無理な話だ」
「……若殿に好意があるんですよ?」
「知ってるよ。でも、子供だ」
「養子縁組を解かれても?」
「ああ」
大河が華姫を可愛がっていたのは、近くに居た与祢も十分分かっている。
だからこそ、心配であった。
自分よりも才媛な彼女に大河が心変わりするのでは?
と。
同年代でもある為、恋敵として意識するのは、当然だろう。
お市と三姉妹を
浅井家の場合、血縁関係があるが、上杉家の場合、養子だ。
浅井家程、他人の抵抗感は、薄いかもしれない。
取っ替え引っ替えしない分、良いのかもしれないが、やはり、与祢には、抵抗感が否めない。
「御婚約するので?」
「しないよ」
「本当ですか?」
「ああ。そうなったら、謙信に殺されるよ」
大河の女性関係に寛容な謙信だが、やはり、養子に手を出されたら、溜まったものではないだろう。
軍神にお市の様な優しさは無い。
「それに」
与祢を膝に置き、大河は抱き締める。
「俺を守ってくれた恩人にも悪いからな」
「……」
見る見る内に与祢は、林檎になっていく。
先日、「子供扱いするな。1人の女性として見て欲しい」と伝えて以降、大河のスキンシップは、激しい。
交わる事は無いにせよ、斯うして愛を表現する事が多いのだ。
自分から望んだ状況なのだが、与祢には、耐性が無い。
かと言って、抵抗も出来ない。
単純に嬉しいから。
逃げたい。
でも、逃げたく無い。
山嵐のジレンマの様な矛盾した感情に、与祢の心は、パンクする。
「はにゃ〜」
奇声を上げた後、気絶してしまう。
「お疲れ様」
布団を敷き、婚約者を寝かせるのであった。
幼帝・朝顔は、今年12歳である。
現代だと小学6年生の年頃だが、上皇として日ノ本を背負っている。
その重責は、いかほどか。
とても庶民には、想像出来ないプレッシャーであろう。
それでも、努める事が出来るのは、近くに大河が居るからだ。
「真田よ、報告書、今回も見事だったぞ。無駄遣いが無い」
「は。有難う御座います」
御所では、夫婦という関係を捨て、上司と部下。
と言っても、皇族に政治的な命令権は無い為、上がってくる報告書を見て、署名するのみだ。
然し、大河や近衛前久等の忠臣が、職務を忠実に
織田信長は帝の怒りを買い、引退して以降、朝廷の権威は、更に高まり、朝廷に敵対を図る猛者は、居ないのも朝顔と帝が、安心出来る理由の一つだろう。
国家公務員である大河の御所での勤務時間は、平日午前8時半から午後5時半まで。
昼は、午後12時なら午後1時までの1時間、休憩をとる。
その時間帯は、夫婦の時間だ。
「卵焼き〜♪」
幼帝は、忠臣にあーんしてもらう。
大好物の卵焼きを、大好きな人にして幸せな時間である。
「ちょっと塩っぱい?」
「塩入れ過ぎたかな?」
「味見したよ」
「味音痴」
「済まん」
「良いよ。美味しいから」
塩を少し多く入れたのは、健康第一を考え、塩分控えめな食生活を送る朝顔に少しでも摂らせたいからだ。
大河の配慮に気付いているのか、味が変でも少々の事で怒らない。
作ってくれた人に、先ずは、感謝だ。
「次は、何が食べたい?」
「うーん」
自分の意思が、殆ど出来ない御所での生活の中で、希望を聞かれるのは、とても貴重だ。
「牡蠣」
「冬だな。冬は、牡蠣鍋だな」
「生牡蠣は?」
「
「中った事ある?」
「無いけど、危険だから難しいな」
「じゃあ、お酒は?」
「駄目。20歳から。後、8年後だな」
「勅令でも?」
「法令遵守」
「むー」
不満顔だが、朝顔は、嬉しそうだ。
忠臣とはいえども、こうして、真っ向から意見を言ってくれる者は、少ない。
帝のお気に入りになるのも頷けるだろう。
大河に付いて来ていた楠は、その場に入っていけない。
「……」
朝顔から御光が見える中、
それに気付いた朝顔は、苦笑する。
「楠、私に配慮する事は無いぞ? 家族なんだからな」
「畏れ多いです」
「では、勅令だ。楽しみなさい」
「は」
面倒だが、こうしないと大河以外の人物は、動けない。
楠は、恐る恐る大河の傍に座る。
「もう、妻なら堂々としなさいな」
楠の腕を掴むと、一緒に膝に移動する。
因みに大河の意思は無い。
上皇と情報省副長官に膝に座られる近衛大将の図。
日ノ本の事実上の権力者の筈だが、やはり、妻には、敵わない。
「さ、食べさせなさい」
偉そう。
否、実際に偉いからこその命令口調だ。
「はいよ」
苦笑いしつつ、大河は、唐揚げを口に運ぶ。
続けて楠にも。
「良き哉、良き哉」
昼休み、夫婦水入らずの時間だからこそ、午後の公務も頑張れる朝顔であった。
夜の京は、眩い。
24時間絶え間無く光り輝くその都市は、「眠らない街」と言えるだろう。
少しの残業をした後、朝顔は、御所を出る。
帰宅する為に。
「待った?」
「全然」
外では、大河が楠、侍女達と用心棒達を従えて待っていた。
現代の5月の日の入りは、地域差があるものの、京都では午後7時前後だ。
然し、ここでは、梅雨空なので午後6時過ぎでも暗い。
雨が降り出す中、朝顔は、乗車。
続けて、大河、女性達と続く。
「馬車なのね?」
「雨だからな」
言うや否や、本降りに。
御所から京都新城迄は、歩ける距離だ。
運動の為にもそうしたいが、流石に濡れたくはない。
窓を開けて、大河は御者を確認する。
「鶫、雨合羽、着ろよ?」
「はい。有難う御座います」
笑顔で鶫は、雨合羽を着る。
ずぶ濡れなのは、大河からの指示を待っていたのか。
「帰宅後、一番風呂な」
「! 良いんですか?」
「風邪引かれちゃ敵わんよ」
怒る事も怒鳴り付ける事もなく、大河は、顔を引っ込める。
鶫は、ニヤニヤしつつ、手綱を握るのは、予想出来る事だ。
「仏様ね。貴方、怒った事ある?」
「そりゃあ、人間だからあるよ」
「じゃなくて、女性によ」
窘めつつ、朝顔は、右手横に座る。
左横には、楠。
向かい側には、与祢、珠、小太郎の布陣だ。
向かい側の3人は、上皇に緊張気味で今尚、吐きそうである。
「「「……」」」
3人共顔色が悪いのに気付いた大河は、
「吐かれちゃう敵わないよ」
と、与祢と珠を引っ張り、膝に乗せる。
「あ、あの」
「陛下に悪い」
「良いんだよ。朝顔は、昼に堪能したし。何なら、よっこらせ」
「「!」」
朝顔、楠も抱き寄せて、合計4人が膝へ。
真ん中に正妻、左右に婚約者と配置も位通りだ。
「「……」」
婚約者達は、緊張が最高に達し、気絶してしまう。
「あらあら、可愛い」
朝顔は、年下の珠の手を握った。
もう一方は、大河の手へ。
「おいおい、いざと言う時、守れないぞ?」
「素直じゃないわね。何時も守ってくれているのに。ねー、楠?」
「はい。大河は、嘘付きです。不敬罪として処しましょう」
太鼓持ちになった楠。
そう言う彼女の手も大河に真っ直ぐ、伸びている。
何だかんだでこの状況下を楽しんでいる様だ。
「帝も頭抱えていたわよ。『
「謹んでお断り申し上げます」
帝の無表情を連想し、大河は縮み上がりつつ、しっかり拒否するのであった。
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