第258話 羽翼已成

 万和3(1578)年5月下旬。

 五月雨とはよく言ったもので、都は梅雨入りする。

 治水工事はしっかりしている、とはいえ。

 ゲリラ豪雨で冠水する可能性も否めたい。

 なので、都民の多くは、極力、外出を控える。

 京都新城でも同じだ。

「雨、か」

 縁側にて、残念そうに呟くのは、お初。

 公休日なので、大河を誘って外出したかったのが、流石に濡れたくはない。

 大河は、後ろで誾千代、謙信、楠と過ごしている。

 誾千代に膝枕で耳掻きされ、謙信をバックハグし、楠は腹部に密着している。

「あんまり無いわね」

「与祢が定期的にしてくれるからな」

「有難う」

 近くに居る与祢に会釈すると、彼女は小さく御辞儀した。

 婚約者とは言え、侍女としての仕事は、全うしている。

 耳掻きを終えると、誾千代は、頭を抱き締める。

「これ以上は、事実婚も婚約者も増やさないわよね?」

「勿論」

「罰」

 頭をわしゃわしゃ。

 寝癖の様に、大河の髪型は、崩れる。

「おいおい、折角決めていたのに」

「無造作髪型の癖に」

 抜け毛を拾い集めているのは、小太郎と与祢。

 2人は、潮干狩りの様に一心不乱だ。

 後々、瓶に詰めて、家宝にするのだろう。

「兄様」

「お初、今日は、見ての通り、天候不良だ。室内で遊ぼう」

「うん……」

 期待していた分、ショックは大きい。

 大河は立ち上がり、楠とお初を膝に乗せる。

「それとも、少しでも良いから出るか?」

「良いの?」

「御昼頃、少し曇らしいから、散歩でもな? 遠出は出来んが?」

「うん!」

 お初は、大きく頷き、大河の頬に接吻するのであった。


 予報通り、曇になった時、大河は2人を連れて外出する。

 否、お江も一緒だ。

「少しくらい、自重しなさいよ」

「初姉様は、暴力的な所があるから、兄者を守らないといけないんだよ」

 というお江であるが。

 大河に肩車させ、全然、守っている感はない。

「もう2人きりだと思ったのに」

「済まんな」

「良いの。責めていないから」

 一夫多妻な以上、2人きりな時は、非常に少ない。

 上皇・朝顔でさえ、それは難しく、常に誰かしらが傍に居る。

 近衛大将として高位な分、致し方ない部分もあるだろう。

「その代わり」

 ぎゅっと、大河の手を掴む。

「離さないでよね?」

「勿論」

「じゃあ、私はこっち」

 楠は、逆の方を握る。

 背後には、数mの社会距離拡大戦略ソーシャル・ディスタンスを保った侍女達と用心棒コンビが居る。

 用心棒はほぼ24時間365日帯同しているが、侍女も最近、付いてくる様になった。

 用心棒と違い、その必要はないのだが、誾千代が、「外でも御世話する様に」と命じた為、この様な態勢になったのであった。

 ……恐らく、監視目的なのだろう。

 鶫、小太郎は何方かと言えば、大河側で彼の逢引の内容を求められない限り、誾千代に報告する事は無い。

 然し、与祢は中立的又は、誾千代寄りで彼女が求めずとも、積極的に報告している。

 侍女として、婚約者として、正妻の信頼を得様と必死なのだ。

「……」

 野獣の様な眼光に珠、アプトも若干、引き気味である。

「(与祢って1番、嫉妬深いよね?)」

「(多分、一夫一妻の御両親を見ているから、無意識では、一夫多妻に反対なのでは?)」

 同じく、一夫一妻の珠の意見。

 明智光秀の正室は『明智軍記』等に記載のある糟糠の妻・妻木氏(煕子)のみ。

 但し、

・喜多村保光の娘、原仙仁の娘→側室(*1)俗伝

・山岸光信(進士光信)の娘・千草に未婚で庶子を産ませた説(*2)

 と、資料に差異がある為、定かではない。

「(貴女は、嫉妬しないの?)」

「(無い訳無いですよ)」

 珠の視線も鋭くなる。

 耶蘇教でも一夫一妻なので、余り、公言はせぬものの、内心は腸が煮え繰り返っている様だ。

 与祢と馬が合うのは、

・両親が一夫一妻

・潜在的に一夫多妻制反対派

 というのが、理由なのかもしれない。

「「……」」

 2人の視線を大河は、一心に浴びつつ、逢引を楽しむ。

 喫茶店に入った彼等は早速、個室へ。

 アプト達もその隣室をとる。

 同室を希望したい所だが、今回の主役は、お初、お江、楠。

 である彼女達に配慮しなければならないだろう。

 大河は、宇治茶と和菓子を注文後、愛を育む。

「お初は、目に入れても痛くない程美人だよなぁ♡」

「私は?」

「楠は美人というより格好良いかな?」

「兄者、私は?」

「可愛い」

 3人を其々それぞれ評した後、膝に乗せる。

「いやぁ、皆、いい匂い」

「変態」

 蔑む楠だが、先程、「格好良い」と言われた直後だけあって、感が凄い。

 鞭が似合いそうだ。

「又、失礼な事、考えてるわね?」

 何故、バレるのか。

「ぐえ」

 顎に強烈な頭突きを食らう。

 脳震盪を起こす程の強烈なそれに、大河も気絶。

「……」

 抱きしめたままなので、3人は動けない。

「全く、何処にも行かないのに」

 お江は苦笑いしつつ、大河を押し倒し、接吻。

「兄様って気絶しても、私達を開放してくれないんだね? 普段は放任主義なのに」

「いいじゃない。愛されているって事で」


 雨が降り出す直前、一行は退店する。

 散々に夜這よばいされた大河は、げっそり。

 ゾンビと見紛みまがう程、せている。

 気絶している間、文字通り、しぼり取られたのだから当然だろう。

 一方、3人の方は、まるで赤ちゃんの如く、肌艶が良い。

「兄者、今度、猿夜叉丸に会いに行こうよ」

 行く時同様、肩車されたお江は、大河の頭を撫でつつ言う。

「夏休みで良いんじゃないか?」

「え~。抱っこしたい。練習の為にも」

「気が早いな」

 お江も大河同様、親馬鹿になるかもしれない。

 ぶちゅ~。

 額に真っ赤なキスマークが付いた。

「これで、兄者は私の物~」

「こら、お江。兄様を物扱いしちゃ駄目よ」

 諫めるお初だが、対抗意識なのか、自分は大河の手の甲に接吻。

「全く2人は御子様ね?」

 女性陣の中で1番最初に大河と知り合った楠は、余裕綽々だ。

 2人と違い、接吻せず、体を密着させる。

「楠、少し痩せた?」

「気付くの遅い」

 手の甲に爪を立てる。

「痛い」

「気付かなかった罰よ」

「それじゃあ俺だって」

「きゃ―――」

 楠は抱き寄せられ、鼻先1mmの距離で見詰められる。

「な、何よ?」

「いや、やっぱり、美人だなって」

「もう馬鹿!」

 大河の顔をぽかぽかと殴る。

 が、猫パンチ程の威力なので、痛くはない。

「流石、薩摩の女性だ。手放したくない」

「私もよ」

「兄者、私は?」

「兄様?」

 抗議の視線。

 姉妹の存在を無視し、イチャイチャするのが、気に食わないのだ。

「分かってるよ」

「「きゃ!」」

 姉妹は、楠同様、抱っこされる。

 3匹の子犬をそうするかの如く。

「兄者、恥ずかしいんだけど?」

「可愛いなぁ♡」

 愛玩動物を愛でるかの様に、大河は、更にきつく抱擁する。

「「「……」」」

 道行く都民の視線を一身に浴びつつ、3人は大河の愛を感じるのであった。


[参考文献・出典]

*1:俗伝

*2:黒川真道 国立国会図書館デジタルコレクション 『美濃国諸旧記・濃陽諸士伝記』 国史研究会〈国史叢書〉 1915年

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