第251話 屋根ノ上ノ提琴弾

 テヴィエは、ウクライナ地方の小さな村『アナテフカ』で牛乳屋を営むユダヤ人一家である。

 亭主関白を気取ってはいるがその実、妻には頭が上がらない。

 5人の娘に囲まれ、ユダヤ教の戒律を厳格に守ってつましくも幸せな毎日を送っていた。

 テヴィエは娘達の幸せを願い、其々それぞれに裕福な結婚相手を見付け様と骨を折っている。


 ある日、長女のツァイテルにテヴィエと険悪な肉屋のラザールとの結婚話が舞い込むが、彼女には既に仕立屋のモーテルという恋人が居たのだった(仕立屋は7人で一人前という諺があり、男性として頼りない心象がある)。

 テヴィエは猛反対するが、2人は紆余曲折を経て結婚する。

 又、次女ホーデルは革命を夢見る学生闘士パーチックと恋仲になり、逮捕された彼を追ってシベリアへ発ち、更に三女は、ロシア青年とロシア正教会で結婚して駆け落ちしてしまう。

 劇中で次第に激化していく破壊ポグロムは、終盤で村全体の追放に至り、テヴィエ達は着の身着のまま住み慣れた村から追放されるまでになる(*1)。


 国を持たぬ難民は、悪感情を持たれ易い。

 現代でも、世界最大の難民のとなっているクルド人や、欧州に流入した難民は、トルコや欧州各国の地元民と軋轢あつれきを生んでいる。

 その原因がテロ事件や犯罪であって、トルコや地元民が怒るのも無理無い場合もある。

 その結果、ドイツとフランスでは、極右政党が台頭し、オーストリアでは、反イスラム主義政党が、2017年の国民議会選挙では、議会第一党となり、与党と連立を組む程にまで躍進した。


 時はさかのぼって、16世紀の異世界。

 欧州各国では、破壊が激化を極めていた。

 ユダヤ人の銀行を襲い、金品を略奪。

 ユダヤ人と見れば、殴る蹴るの私刑は日常茶飯事。

 女性は暴行され、泣き寝入り。

 水晶の夜クリスタル・ナハト並の惨劇が、破壊として行われていた。

 この状況を黙認しないのが、イスラエルだ。

 密かに間諜を派遣し、情報収集。

 そして、絹の道シルクロード経由で、救出経路ルートを開拓した。

 その責任者であり、初代大統領、ゴールドシュミットは、手紙を認めていた。

 ―――

『謹啓 晩春の候、貴社におかれましては愈々いよいよ御繁栄の由、御慶び申し上げます。

 平素は格別の御厚情に賜り厚く御礼申し上げます』

 ―――

 書いている文字は、日本語。

 神戸のユダヤ人街で生まれ育った為、日ノ本は第二の祖国と言える。

 なので、丁寧な表現や日本語は、お手の物だ。

 内容は、大河に支援を訴えるものである。

 ユダヤ人をめとり、ユダヤ教を個人的に優遇する彼なら何か協力してくれるかもしれない―――という少しの期待を持って。

 外務大臣が問う。

「大統領、真田サナダを御存知なんですか?」

「ああ、舞鶴マイヅルで見たよ。少年の様ななりだが、中身はゴリアテだよ」

「!」

 ゴリアテ―――旧約聖書の『サムエル記』に登場するペリシテ人巨人兵士だ。

「……」

 大河の顔を知らない外務大臣は、ゴブリンの様な姿を想像する。

 イスラエルではこうして間違った心象が、流布されるのであった。


 船便で手紙は、届く。

 如何にもユダヤ人的な名前が気になり、大河は、コーヘンを通して調べる。

(ああ……聖堂に居た子供達の1人か)

 山城守時代、大河は時々、時間を見付けては、聖堂に行き、子供達と遊んでいた。

 と、言っても蹴鞠けまりだが。

 鞠一つで遊べる為、言葉が通じなくても、楽しめる。

 それから発展し、蹴球サッカーに進化したが、現代でも人気スポーツの一つでもある蹴球が、子供達の琴線に触れたのは、言うまでも無い。

 その中の1人に『ゴールドシュミット』という中学生くらいの男子が居た。

 余りにもユダヤ的な名前だった為、大河に強く印象付けられていたのだ。

 まさか、今は大統領になっていたとは。

 正確な年齢は分からないが、恐らく10代後半くらいだろう。

 当然、10代での大統領は、史上最年少。

 今後、破られる事は無い、と思われる。

(協力、ねぇ……)

 外務大臣でも首相でも無い大河に、その様な権限は無い。

『白金計画』の様に私費を投じてなら協力も可能だが、1滴の汗も垂らさずにお金だけで解決するのは、顰蹙ひんしゅくを買う恐れがある。

 湾岸戦争の日本の様に。

 あの時、世界中が、イラクに侵攻されたクウェートを支援し、多国籍軍が派兵された。

 この時、崩壊間近のソ連も多国籍軍側に加わった為、米蘇が共闘したのは、第二次世界大戦以来と言え様。

 日本は、自衛隊を派兵する法的根拠が無かった為、資金援助のみに終わったが、その態度がアメリカの怒りを買い、以来、日本政府はこれがトラウマになっているとされる。

(でも、恩を売っておくか。人道支援は国際的な好印象にも繋がる)

・スペイン帝国

・ロシア皇国

・清

 を破った日ノ本は、国際的には軍事大国に見られている。

 実際には、平和主義を掲げて、諸外国とは違い、対外侵略を行っていないのだが、やはり、心象先行という訳らしい。

 好印象にさせ、外交でも優位に進める為にも、ここは、汗を掻く必要があるだろう。

「弥助」

「は」

 呼ばれて、瞬時にやって来た。

「欧州には、詳しいか?」

「はい」

 オスマン帝国は最盛期、

・アテネ

・ブダペスト

・ベオグラード

 と言った主要都市を占領し、ウィーンに迫った。

 欧州人は、恐怖した事だろう。

 これ程までに欧州にイスラムが近くなったのは、スペインとポルトガルを占領されたウマイヤ朝(661~750)以来の事であろう。

 弥助も使節団の一員として渡欧した事がある。

 欧州の文化や言語もある程度、詳しい。

「師団をやる。ソロモン作戦に協力してやれ」

「! そんなに?」

 師団は、国等によっては差異があるが、山城真田家では1万人の軍隊を意味していた。

「……謀反を考えないんですか?」

 当然の話だろう。

 武将でもない、外国人用心棒に1万もの軍勢を易々と与えるのは、王翦おうせん以来だろう。

 始皇帝が敵国・楚を平定する際、「どれ位の兵力が要る?」と問うた。

 この質問に対し、名将・王翦は、「楚は広く兵も多い。兵60万が必要でしょう」と慎重な意見を述べた。

 この60万という数字は、当時の秦のほぼ全軍であった。

 その気になれば、謀反も可能なにも関わらず、始皇帝は快諾する。

 その期待に応え、名将・王翦は見事、楚を討ち滅ぼした。

 偏執病気質のある始皇帝が、謀反の可能性があるにも関わらず、賭けたのは、それ以上に天下統一したかったのだろう。

 天下人に相応しく、その賭けに勝ったのだ。

 今は、その時の状況に似ている。

「全然。1万でも相手出来るから」

 にんまり。

 屈託の無い童顔の笑顔だが、それは、チカチーロのそれにも見える。

「……冗談です」

 苦笑いの弥助。

 寛大な名君だが、過去の例から裏切者は許さない。

 恐らく弥助が裏切り、逃げても、刺客をメキシコまで送り、そこに居たトロッキーを殺したスターリンの様に地の果てまで追い続けるだろう。

「軍資金等、諸経費は全て俺から出す。表面上は有給休暇を出して行け」

「義勇兵という訳ですね?」

「然う言う事だ」

 義勇兵ならば、日ノ本が関与していない事になる。

 有名な例は、朝鮮戦争だろう。

 同盟国・北朝鮮の劣勢に危機感を抱いた中国政府は、朝鮮半島に派兵を決断した。

 然し、中国本土に戦線拡大する事を恐れ、第三次世界大戦に発展しかねなかった為、公的ではなく、あくまでも志願兵として。

 その名は―――中国人民志願軍。

 この参戦により朝鮮半島は別名、アコーディオン戦争と呼ばれる程、一進一退の攻防が続き、冷戦終結した現代でも戦争状態にあるのであった。

「司令官は、あくどい御考えだ」

「じゃなきゃ、生きていけないからな。死傷しても報奨金は、出す」

「は!」

 国軍では戦場で死傷した際、米軍同様、勲章が贈られる。

 戦死しても、その家族には遺族年金が送られ、生活に困る事は無い。

 その対象は義勇兵であっても、国が評価すれば同じだ。

 弥助率いる師団が海を渡ったのは、その数日後の事であった。


 国軍山城真田隊から1万もの大軍が、消え失せたのは、政権を動揺させた。

「(政変か?)」

「(いや、有給休暇らしい。少なくとも国内には、居ない様だ)」

「(何処に行ったんだ?)」

 当初、政変説が、浮上したのは、大河と信忠の不仲説が理由だ。

 以前、週1くらいの頻度で会っていた2人だが、最近は滅多に会わない。

 大河が挨拶しても、信忠は、素っ気ない態度。

 更に二条城の防衛を強化する等、大河を警戒しているのは、明らかだ。

 尤も、被害者である筈の大河は、何処吹く風。

 そこまで信忠を重要視していないのか、将又はたまた、気付いていないのか。

 信忠を嫌っている様子は無い。

「(如何する? 真田につくか?)」

「(そうだな。そっちの方が良いな)」

 政権内部では、真田派が増加傾向にある。

 信忠も有能な武将だが、大河と比べると、当然、後者の方が、英雄視されている。

 又、上皇とも夫婦関係にある為、朝廷に取り入る為には大河と友好関係を構築する事を望む武将も居る。

 信忠は飾り物のおさ―――閣僚や官僚がその様に噂するのは、無理無い話であった。

 言わずもがな、信忠もその空気を感じ取っている。

(真田め……弓を引くつもりか?)

 真田派が増えているのは、大河の工作―――と、誤解していた。

 一見、平和主義者で無欲を謳っているが、その実は誰よりも殺人嗜好症で、強欲な事を親しいからこそ知っているからこそ、それに拍車をかけていたから。

(……残念ながら決別の日が来た様だな)

 一閣僚の癖に、独断専行が過ぎる。

 他の閣僚からも苦情が出ている。

 更迭止む無し、であろう。

 遂に信忠は、決断する。

 親友との絶縁と、真田派との対決を。


[参考文献・出典]

 *1:『屋根の上のバイオリン弾き』

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