第238話 一觴一詠

 国立校の校長を務めているだけあって、大河は教育家でもあります。

 然し、依怙贔屓になりかねない為、人事や試験等には、不干渉。

 実業家・大川博(1896~1971)の名言通り、『金は出すが、口は出さない』の方針です。

 その為、校内には、


『【日ノ本憲法第23条】

 学問の自由は、これを保障する』


 が浸透し、自由に議論が出来る土壌が出来ていました。

「はなさま、さなださまってどんなひと?」

「おごーさま、おしえてください」

 昼休み。

 華姫、お江、珠、与祢の周りを女子生徒が囲みます。

 話題は9割、大河の事です。

「どんなひとって?」

「ふだんのいえでのごよーすです」

 女子生徒の最近の流行りが、大河です。

 特に武家出身の生徒は、家族以外の近場に軍人が少ない為、自然と惹かれるのかもしれません。

「兄者は、日ノ本一の兵です」

 笑顔でお江は答え、浮世絵を見せる。

「「「!」」」

 後世の写楽の作品の様に格好良く描かれたそれは、山城真田家内で禁制品の様に裏取引されているものだ。

 スケスケ衣装の様な、透明な服を着た大河が、腕組みをしてこちらに微笑んでいる。

 当然、これは絵師の空想で描いた物で、大河本人がその場でモデルになっていた訳ではない。

「「「……」」」

 童顔と肉体美。

 そのギャップに女子生徒達は、鼻血を禁じ得ない。

「はーい、そこまで~」

 浮世絵が、没収される。

「! 兄者?」

「折角、昼食誘いに来たのに変な取引しやがって。校則違反だぞ?」

 大河の隣に居る朝顔も同調する。


『【国立校風紀条例】

 1、

 校内に学習以外の理由で浮世絵プロマイドを持ち込む事は固く禁じる』

 

『風紀』の腕章を付けた上皇に、誰も逆らう事は出来ず、各々おのおの不法所持していた浮世絵を献上する。

「も、申し訳御座いませんでした」

「分かればよい。私も好きだからな」

 朝顔も浮世絵を鑑賞したり、収集したりするのは好きだが、流石に学校に持ち込む様な事はしない。

 校則で決められた以上、遵守しなければならない。

 風紀委員に朝顔がなったのは、彼女の自薦によるものである。

 本当は、生徒会長の誘いがあったが、「一から学びたい」という事で、生徒から1番敬遠されている風紀委員になった。

 浮世絵は、小太郎が持つ鞄の中に収容されていく。

 後々、返却か、処分されるかは、朝顔の判断による事になるだろう。

「さ、食べに行こうぜ」

 意気消沈するお江と華姫の手を繋ぐ。

 お気に入りを没収された2人のテンションは低い。

 然し、反比例する様に握力は強い。

 没収された恨みと、女性陣に奪われないとする嫉妬心と独占欲。

 大河への愛情等、様々な感情が一体となって表れている様であった。

「与祢、珠も御出で」

「「はい!」」

 婚約者達も付いていく。

 校内では、大河と居る事は殆ど出来ないが、昼休みは別だ。

 一緒に居る事が出来るし、何より、手料理を振るう事が出来る。

 校内でも鴛鴦おしどり夫婦振りを主張する一同に、教職員は穏やかに見詰め、生徒達は羨ましく感じるのであった。


 屋上には誾千代、アプト、松姫、お初、橋姫が待っていた。

 謙信等も来てはいるが、育児優先の為に別室で愛児と過ごしている事だろう。

「人気者ね?」

 誾千代は、嫉妬心を露わにする。

 夫に女性人気があるのは、分かっている事だが、不安であり憎たらしい。

「そうでもないよ」

「謙遜しちゃって」

 誰にも渡さない、と言わんばかりに大河を真横に座らせる。

「陛下は、こちらへ」

「うむ。大儀である」

 朝顔は、膝の上だ。

 断らず快諾するのは、彼女も又、嫉妬していたのかもしれない。

 昼食は、侍女三人衆―――アプト、珠、与祢が早起きして作った御弁当だ。

・御握り

・唐揚げ

・卵焼き

・サラダ

 と、とても大富豪とは思えない程、質素な内容だが、山城真田家は、大河の「質素倹約」という方針の下、贅沢する事は少ない。

 金を継ぎ込むのは、軍費以外に御茶やお風呂位だろう。

 尤も、ハレー彗星並の頻度の贅沢である為、お金は貯まる一方だ。

 現時点で、還暦で隠居しても老後は、家臣や侍女でも1人当たり、2千万円以上の預貯金がある為、悠々自適に生活する事が出来る。

 その上、大河が世界で初めて年金制度を導入した為、年金も入って来る。

 これ程、ホワイトな生活を送れる武家は、世界でも山城真田家だけだ。

 珠が箸を使ってサラダを摘まむ。

 そして、

「若殿、どうぞ」

 笑顔の珠。

 が、大河には、「食わなかったら、ロンギヌスの槍で刺す」と言っている様に感じられた。

 朝早く起きて作った手料理を「不味い」と言う人は、相当な肝の据わった人であろう。

「……有難う」

 歯医者の様に口一杯に開くと、サラダが放り込まれる。

 ゆで卵とレタスを混ぜた簡素なそれだが、シーザードレッシングが美味を後押ししている。

 その間、朝顔や誾千代は、メインディッシュである唐揚げや卵をバクバク。

 御握りは、お江の御腹の中へ。

 如何やら女性陣は、大河を完全菜食主義者ヴィーガンに仕立てあげたい様だ。

「ああ……肉が」

「だーめ♡」

 可愛く華姫は、ウィンクし、大河の分の唐揚げ迄食べるのであった。


 食後は、腹ごなしに散歩する。

 朝顔を肩車し、両手は其々、松姫、お江が独占している。

「じゃんけんで負けた……」

 ( ;∀;)なのは、お初。

 お江との姉妹対決3番勝負で1勝2敗と負け越した結果だ。

 勝負の世界は、残酷である。

 長姉の想い人を寝取った様に、お江は優越感を覚えていた。

「兄者は、年下が好きだからねぇ」

「おい、語弊があるぞ」

「そう?」

「俺が好きなのは、好きになった人だ。年齢は関係ない」

 手始めに松姫とお江を抱擁する。

「皆、大好きだから」

「「……」」

 校内というのにこの大胆さ。

 2人は、林檎の様に赤くなる。

「こら、私は?」

 不満気に朝顔は、首を絞める。

 嫉妬の籠ったそれだが、それ程痛くは無い。

って言ったろ?」

「本当、雄兎おうさぎね?」

 報復とばかりに大河の髪の毛をわしゃわしゃ。

 形が崩れていく。

 が、大河は無抵抗。

 基本的にセットしない為、寝癖が付いていても無頓着な男が今更、変な髪形になっても気にする事は無いのだ。

「暴れるなよ、落ちるぞ」

「落ちないよーだ―――わ!」

 行った傍から均衡バランスを崩し、朝顔は、真っ逆さま。

 地面にぶつかる。

 ゆっくりと落ちていく様な感覚の中、

(死んだ……)

 死を覚悟した朝顔を、細腕が受け止める。

 それは温かく、又、がっちりとした感触であった。

「おいおい、四条天皇みたいな早逝は御免だぞ?」

 86代・四条天皇(1231~1242)は、近習の人や女房達を転ばせて楽しもうと試み、御所の廊下に滑石を撒いた所、誤って自ら転倒し、事故死した。

 その早さは、転倒後、僅か3日後の事であったという(*1)(*2)。

 当時は、

・後鳥羽上皇の怨霊(*3)

・慈円の祟り   (*4)

 によるものとの噂が立った。

 死因は不明だが、脳挫傷の憶測がある。

 この早逝により、守貞親王(後高倉院)の血統が絶えた。

 突然の出来事により、鎌倉幕府は大慌て。

 皇位は空位(472年振り)となり、後任者が即位したのは、それから11日後の事であった。

 が、鎌倉幕府が勝手に決めてしまった為に、この皇位継承は、南北朝時代の遠因になってしまった事は言うまでも無い。

 幼帝の早逝は、後の日本史に多大なる影響を与えてしまったのだ。

「……悪かった」

 朝顔は、恥じる。

 上皇とはいえ、四条天皇の様に事故死すれば、国民は悲しみ、朝廷も大混乱になってしまうだろう。

「嫉妬するのは、構わんが、時と手段を考えてくれ」

 大河にしては、珍しく怒った口調。

 言葉こそ穏やかだが、愛妻の危険な行為に、内心、怒り心頭なのだろう。

「「「……」」」

 朝顔以外の女性陣は、直立不動。

 普段、温厚な人程怒ると怖いのは、現代でも一緒だ。

 忠義が厚過ぎる小太郎&鶫のコンビは、その威圧感に恐怖し、今にも嘔吐しそうであった。

 鐘が鳴る。

 大河は、怒気を静めて、朝顔を下ろした。

「元気なのは、良い事だ。じゃあな?」

「……」

 朝顔は、固まり、女性陣は、彼女を羨望の眼差しで見詰める。

 愛されてるな、と。


 幼妻達の帰りを待つ間、仕事を終えた大河は暇である。

 その為、

「誾、校歌を作れるか?」

「校歌?」

 国立校には、校歌は無い。

・入学式

・卒業式

・始業式

・終業式

・修了式

・運動会

・文化祭

・学芸会

・学園祭

・同窓会

 等、現代でも校歌を歌う機会は多い。

 日本初の校歌は、お茶の水女子大学とされる。

 明治8(1875)年に前身の東京女子師範学校が開校した際、昭憲皇太后より下賜された御製の和歌にメロディを付けたものが校歌となった(*5)。

 これには異説もあり、現代の校歌に連なる「学校の教育理念」を歌詞に盛り込んだ校歌としては明治37(1904)年の旧制愛知一中(現・愛知県立旭丘高等学校)が初とされる(*6)。

 いきなり無茶振りされ、誾千代は困る。

 頼ってくれるのは嬉しいが、期待に応えられるか如何かは別問題だ。

「どんなのが良いの?」

「そりゃあ学生に愛される様な物だよ」

「……作れても歌詞くらいだよ?」

「それでも良いよ」

「……分かったわ」

 断れば謙信や朝顔等、他の女性陣に回って来るだろう。

 大河の教育に対する熱心さを誾千代も理解している為、必要とされているのならば協力したい。

 校歌の条件は、

・学生に愛される事

 教職員や保護者ではなく、学生を対象にしているのが肝だ。

「締め切りは?」

「夏の運動会でお披露目したい」

「分かった」

 国立校校歌計画が、始まるのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:『五代帝王物語』

*2:『百練抄』

*3:『増鏡』巻4「三神山」

*4:『門葉記』仁治3年正月24日条

*5:お茶の水女子大学HP

*6:『発掘!校歌なるほど雑学事典』ヤマハミュージックメディア 2004年11月

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