第237話 怨気満腹

 あの世では、怨恨が渦巻ていた。

 足利義昭、六角義賢、荒木村重……

 皆、大河に討ち取られた武将達である。

「彼奴め……地獄に送りやがって」

「将軍様、ここは、一つ。天災を用いて事故死させれば」

 人外が人を殺傷するのは、超自然的ファンタジーであるが、実際に出来ない事は無い。

 古くは、昌泰の変(901年)後に清涼殿に雷が落ち、多数の死傷者が出たり。

 戦後、平将門の墓を取り壊そうとした際、事故が相次ぎ、開発計画は中止に追い込まれたり。

 決定的なのは、藤原種継暗殺事件を契機とした早良親王の祟りであろう。

 延暦4(785)年9月23日夜、種継は造宮監督中に矢で射殺された。

・桓武天皇が、大和国(現・奈良県)行幸中に起きた事

・種継が桓武天皇から信頼を得ていた事

 等から、桓武天皇は、激怒し、捜査は直ぐに始まり、暗殺犯として大伴竹良等(暗殺犯)がまず捕縛され、取調べの末、

・大伴継人

・佐伯高成

 等、十数名が捕縛されて斬首となった。

 事件直前の8月28日に死去した大伴家持は首謀者として官籍から除名された。

 事件に連座して流罪となった者も複数に上った。

 その後、捜査の手は、桓武天皇の皇太弟であった早良親王に迄及び、彼は無実を訴えるも餓死した。

 その罪の真偽は定かでがないが、彼の死後、が始まる。

・皇太子に立てられた安殿親王の発病

・桓武天皇の后達の病死

・桓武天皇と早良親王の生母の病死

・疫病の流行

・洪水

 等。

 祟りを恐れた桓武天皇は、親王を復権させた。

 そして、長岡京から平安京へ短期間の内に遷都する。

 怨霊を理由とした遷都は、唯一の事例だ。

 現代の日本史の教科書にもはっきりと、『怨霊を理由に遷都』と記載されている様に、歴史学的にもこの出来事は、「事実」と認定されているのである。

 彼等がそれに肖り、大河を殺す事等、簡単な事であった。

「京都新城が爆発する位の落雷を」

「そうだな」

「いや、箒星の方が良いんじゃないか?」

 村重が提案したのは、ツングースカ大爆発の様な絵図であった。

「いっそ、都毎壊滅させて一から作り直せば―――」

「そんな事はさせないわ」

「「「!」」」

 彼等が振り返ると、そこには、鬼が居た。

 義昭は、一瞬にして首を噛まれる。

『我が子を食らうサトゥルヌス』の様に。

 

 鬼が全てを食べたのは、それから1時間後の事であった。

 ぺっと、骨片を吐き出す。

 肉片は殆ど無い。

 あの世でも体を失った彼等は、文字通り、無に帰す。

 骨をしゃぶりつつ、鬼は、人間の姿に戻る。

(死人の肉は美味しいわね)

 橋姫は、文字通り、骨の髄迄しゃぶり終えてから現世に戻る。

「……」

 スヤスヤと快眠中の大河。

 今日の夜伽相手は、松姫と阿国の様だ。

 彼女を胸に抱き、気持ち良さそうに寝息を立てている。

「……」

 ちょっとイラッとした橋姫は、羽衣を脱ぎ、夜這い。

 大河というのは不思議な人物で、殺気を放てば飛び起きて即応するのだが、愛欲が関わると、別だ。

 この様に、橋姫が、夜這いをかけると、簡単に受け入れてしまう。

 橋姫に殺意が無い為か、大河が彼女に対して心を開いているのか。

 将又、その両方か。

 兎にも角にも、大河は、起きる事は無い。

「……うふふ」

 妖艶に抱き着く。

 大河の胸筋を指でなぞり、その反応を楽しむ。

「……切れて良い?」

 余りにも程度が過ぎた為、阿国に察知された。

 寝ぼけ眼のまま、彼女は睨む。

「どうぞ。御自由に。その時は、大河の魂、あっちに連れて行くから?」

「あら、脅迫?」

「さぁ?」

「……」

 阿国が枕元の木刀に手を伸ばす。

 が、

「もー、阿国。暴れるな」

「きゃ」

 寝ぼけた大河に抱擁され、失敗。

「真田様?」

「御休みzzz」

 そのまま寝直し、阿国は、これで束縛された。

「……」

 橋姫への敵意が恥ずかしさに変わり、顔全体が茹蛸の様に赤くなっていく。

 阿国のそんな様子を知らない大河は、彼女の首筋に接吻し、頬擦りを止めない。

「好きだ」

 寝言で告白され、阿国は、

「……」

 結局、目を閉じてそのまま委ねる。

「真田様~」

 松姫も背後から大河に抱き着く。

「行かないで……」

 悪夢に魘されているのか、松姫の目尻から涙から零れる。

(……しょうがないね)

 橋姫も添い寝する。

 これが、大河達の知らない橋姫の夜の日常であった。


 大河の公的な役職は、近衛大将のみの為、当然、近衛兵しか動かせない。

 その数は、軍と国軍から選抜された選良エリートのみの約12万人。

 但し、その採用枠には限りが無い為、大河が認めれば、入隊可能だ。

 経費の殆どを私費で賄っている為、その様な事が可能なのである。

 一方、柴田勝家が長を務める国軍は、近衛兵同様、最新鋭の武器を持っているが、練度が天と地程差がある。

 情報力も大河が持っている為、国軍が大河と敵対する事は出来ない。

 今日は、その国軍と近衛兵の合同演習であった。

・福知山

・伊丹

・信太山

・千僧

・姫路

・今津

・大久保

・八尾

 の近畿地方各地から集まった陸軍の各部隊は、

「(凄い。何だあれ?)」

「(何故、見えない?)」

「(武器も特殊だ)」

 と、囁き合う。

 それもその筈、先に琵琶湖に集まったいた近衛兵は、既に訓練トレーニングを始めていたのだ。

 軍服の色を自由に偽装カモフラージュ出来るイスラエル軍が開発した避役カメレオンスーツを着ているのは、水中工作員フロッグマン

 国軍の目前で平然と、スイッチを入れたり切ったりして、動作確認を行っている。

 入れる度に見えなくなり、切る度に見える。

 文字通り、透明人間の様だ。

 彼等が所持しているのは、

・SPP-1水中拳銃

APS水中銃アフタマート・ポドヴォドヌィイ・スペチアリヌィイ アーペーエス

・HK P11

 そのどれもが現代、軍事大国で実際に採用されていたり、採用歴のある物ばかりだ。

「真田、ありゃあ何だ?」

「水中でも撃てる特殊な火縄銃ですよ」

「軍服は? 何故、見えなくなる?」

 勝家は、前のめりで尋ねる。

「学者では無い為、細かい事は自分にも分かりません」

「軍事機密、という訳か?」

「はい。知りたければ、陛下や近衛殿に御相談下さい」

 のらりと質問をかわし、大河も訓練に参加する。

 最高指揮官が、二等兵と一緒になるのは、前代未聞の事だ。

 更に国軍は驚くが、近衛兵は、何処吹く風。

 然も当然とばかりに大河に水中銃と軍服を渡す。

「主、標的は?」

「対岸の村だ。訓練名は……そうだな。『大君主作戦』で」

「! 真田、訓練なんだよな?」

「はい」

「何故、村を襲う?」

「そこは、比叡山の残党が占拠しているのです。この日の為に敢えて見逃していました」

 口裂け女の様に大河は嗤う。

「……」

 その人外感に”鬼柴田”は、閉口するしかない。

 六角義賢の時もそうであった様に、大河は、敵対勢力を発見すると泳がす事がある。

 時機を見計らって徹底的に叩く為に。

 無論、敵対認定直後、虐殺する場合もある為、生殺与奪は、大河の気分次第だ。

「国軍も経験値を積む為には、実戦が必要不可欠でしょう? 柴田殿もそう思いますよね?」

「うむ……」

 殺し合いではない訓練は、やはり、心に隙を生む。

 学校の避難訓練でも、大多数の生徒や児童は、本気で取り組んでいない場合が多い事だろう。

 一度、を経験すれば、心変わりするだろう。

「弥助」

「は」

「一番槍は、任す。孫六、射撃の名手達シャープシューターズを率いて、正面から攻めろ」

「は」

「しゃー? 真田、今、何と?」

 外国語にさっぱりの勝家の頭上には、不可視の? が浮かんでいる、

「南蛮の言葉で狙撃手の名手達って意味ですよ」

「……お前には、外国語でも敵わんな」

「御褒め頂き有難う御座います―――」

「馬鹿。皮肉だよ」

 勝家は、お手上げのポーズをした後、指示を出す為に国軍の下へ行く。

 万和3(1578)年4月20日。

 国軍と近衛兵による、合同軍事演習兼残党掃討作戦が実行に移された。


 大河が、近衛兵を国軍と統合しないのは、イランを模範にしている為であった。

 イランには、大きな軍隊がある。

・国軍(国防省傘下)

・イスラム革命防衛隊(革命防衛隊省傘下)

 である。

 一つの国に二つもこの様な組織があるのは、軍事大国では珍しくない。

 イランの場合、イラン革命がその契機にして理由であった。

 国軍は、帝政期、親米派であった為、革命後、政変を恐れた政権が政変対策の為に創設したのがイスラム革命防衛隊だ。

 その戦力は強大で、国軍とは別に独自の陸海空軍、情報部、特殊部隊(ゴドス軍)、弾道ミサイル部隊等を有し、戦時には最大百万人単位で大量動員できる民兵部隊も管轄している。

 更に多数の系列企業を持ち、国内に大きな影響力を保持しているのだ。

 その中で、最も有名な部隊がゴドス軍であろう。

 非伝統的戦闘の役目を持つ特殊部隊で世界中の様々な軍事組織に支援や訓練や提供している事が知られている(*1)。

 シリア内戦で、交戦した大河は、彼等に感心し、国軍とは別に独自の軍隊を創る際、模範にしたのであった。

「……開戦だ」

 大河が静かに呟くと、

「「「……」」」

 水中工作員達は、敬礼し、次々と湖に入って行くのであった。


 対岸迄泳ぎ切った水中工作員達は、水面から顔だけ出し、様子を確認する。

 漁師達は、漁師らしからぬ武装だ。

 日本刀に火縄銃に槍。

 侍ではない彼等が、所持しているだけで違法である事は明白であった。

 手筈通り、弥助が一番槍を担う。

 静かに漁船に近付き、作業中の僧兵の足を掴む。

「ん?」

 違和感を覚えた僧兵と目が合うも、弥助は引っ張り、僧兵は落水。

 溺れる彼を水底で組み伏せ、APS水中銃を頭に押し当てる。

 そして、引き金を引く。

 5・56x40mm MPSで射殺された僧兵の米神から、血飛沫が上がり、魚が集まって来た。

 これを皮切りに上陸が、本格的になる。

 ハンドサインを左近や武蔵が送り合い、漁船に手榴弾を投げ込む。

 彼等は直ぐに、潜水し、漁船は爆発。

「な、なんだ?」

 漁師に偽装した僧兵達が湖岸に集まって来た。

 襲撃とは思わず、皆、非武装だ。

 爆発事故と勘違いしているのかもしれない。

 桟橋に上陸した左近達は、一斉に水中銃を放つ。

 避役のスーツが功を奏し、相手には一切、見えない。

「ぎゃああ!」

「ぐえ!」

「ぐお!」

 彼等には、空中に浮いた水中銃から銃撃を受けている為、恐怖よりも混乱が勝っていた。

「に、逃げろ!」

 敗走した者達を待っていたのは、孫六率いる狙撃手の部隊であった。

発射ファイア

 山林でやはり、ギリースーツに纏っていた彼等の銃撃を真面に受ける。

 上陸開始、数十分後、漸く、国軍が到着し、近衛兵に加わる。

 既に死に体の僧兵達に死体蹴りするしかないが、戦果である事は変わりない。

 戦後、

「……」

 勝家の報告書を読んだ信忠は、暗い顔だ。

(……真田よ。本気で我が家と敵対する気は無いんだろうな?)

 有能な家臣を持ってしまった弊害として、信忠は、偏執病の様に大河を疑っていた。

 それは、日に日に強くなっている事は言う迄も無い。

 雲雀が鳴く。

 が、信忠には、如何も鏑矢の音に聞こえて仕方が無かった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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