第236話 軍事行進

・近衛大将

・実業家

・教育家

 等、数々の顔を持つ大河だが、最近力を入れているのが、軍事だ。

 武器は現代並に進化しているが、まだまだ、国民の間には浸透していない感が否めない。

 その理由は、まだまだ各地で戦国武将の影響力が残っているからだろう。

 彼等は各自、国軍の隷下に入っているが、その領民までが「日本人」という自己同一性アイデンティティーを強く持っているか如何かは、分からない。

 宇治の陸軍基地内では、

 ♪

 戦前に広く歌われた『愛国行進曲』を軍楽隊が演奏し、それに合わせて屈強な軍人達が行進の練習を行っている。

 集団体操マスゲームがこの手に似合うかもしれないが、生憎、大河は、集団体操が共産色が強い為、採用していない。

 君主制に共産文化は、不釣り合いだ。

 M16を胸に携え、歩兵は、鵞鳥足行進グースステップ

 M1エイブラムスがそれに続く。

 鵞鳥足行進に鍵十字とナチス式敬礼が加われば、第三帝国の完成になるが、これは、元々、プロイセン王国(1701~1918)陸軍発祥とされる為、結束主義者ファイストとして採用している訳ではない。

 その証拠に、ナチスと戦った共産圏や両者とは殆ど無関係なイスラム諸国も採用し、今尚、続けている場合もある。

 不採用はアメリカ、イギリス、日本、イスラエル等だ。

「「「……」」」

 ザッザッザッ……

 静かに軍靴が鳴り響く。

 空には、曲芸飛行隊エアクロバット・チームが、五輪を描く等、忙しい。

 宇治川には、ニミッツ級航空母艦が鎮座している。

 流石に撃つ事は無いが、外観だけの見学会として開放している。

「「「……」」」

 子供達は勿論、大人達もその大きさに驚くしかない。

 触る事は出来ないが、絵画鑑賞の様に視線が釘付けだ。

『愛国者の日』と題されたこの行事イベントは、軍と民の接近を図る良い機会である。

 少年少女は、こぞって、軍服に仮装し、遊戯銃トイガンを撃ったり、模造刀を振り回したり。

 大人達は、福利厚生に興味津々だ。

「有給休暇がこんなにも沢山取れるのかえ?」

「退職金、年金もこれだけ貰えるのか? 魂消たなぁ」

「大奥とのお見合いも出来るのか? 至れり尽くせりだぁ」

 これらだけでない。

 何処でも「軍人」という事で、割引が適用されるのだ。

・スーパー

・飲食店

・映画館

・公共交通機関

・ホテル

 ……

 衣食住は、基地内で保障されている為、基地外でこれ程の厚遇だと、散財しない限り、貯金は溜まる一方だ。

『大人になりたいもの』ランキングでは(*1)、

 小学生男子1位:野球選手

 小学生女子1位:食べ物屋さん

 であるが、この時代、同様の意識調査があれば、

 同1位    :軍人

 同1位    :従軍看護婦

 という結果になるかもしれない。

「ちちうえ、わたしもなれる?」

 華姫も興味津々だ。

 今日は、社会見学として、級友クラスメートと一緒であった。

「なれるよ。来る者拒まず」

 初等部の子供達は、遊戯銃をベタベタ。

 当然、装填されていない。

 手垢が付着する位、銃器と触れ合っている。

 アメリカでは、子供の殺傷事故が問題視されているが、この様に対策を講じれば何ら問題無い。

 真正銃を子供に持たせる事は、絶対に無い。

 それが、国軍の方針であり、信条だ。

「華、軍人になりたい?」

「うん、こーほーやってみたい」

 著名な作家が、軍隊の広報になる事は、軍の宣伝にもなるし、作家も仕事になる。

 両者WIN WINだが、国民を扇動しかねない為、危ない橋であろう。

「広報か。それならば、まずは、予備兵を経験してからだな」

「よびへー?」

「ああ。戦争とか天災になった時に臨時に招集される兵隊の事だよ。平時では、他の仕事をしているんだ」

 国軍には、予備兵が沢山居る。

 彼等は普段、農民や武道家で有事の際には、駆け付けて国軍に加わる。

 国から高給を貰っている以上、拒否権は無い。

 拒否した場合は、「敵前逃亡」扱いとなり、軍事法廷で死刑宣告され、執行される短所があるが。

 その職務上、誰もが理解している国家公務員であろう。

「これは?」

「手榴弾。ここのピンを外して標的に投げると、時機良く爆発する」

「ほぇ~」

 これも当然、本物ではない。

 子供に武器を持たせる時は、本土決戦の時のみ。

 白虎隊等、未来ある若者が戦争で散っていった例を考えると、子供に対する軍事教育を慎重にならざるを得ないだろう。

 無論、国防の観点からは、彼等に対しても教育したい気持ちもある。

 ふと、中等部の方を見ると、

「「ふん! ふん!」」

 与祢、珠のコンビが、一心不乱に竹槍を剣道の様に振り回していた。

 時折、藁人形に突き刺す。

『子孫繫栄』『子宝祈願』と書かれたそれには、何故か大河の水墨画。

「……」

 悪寒がした大河は、見なかった事にするのであった。


 4月8日は、灌仏会であり、世界中の仏教徒が釈迦の誕生日を祝う。

 都内中のお寺でも行事が行われ、この日は、仏教版降誕祭クリスマスや仏教版ハロウィンの様に盛り上がっている。

 その為、松姫は、大忙しだ。

『皆様は、悟りを難しく考えていませんか?』

 武道館で10万人以上もの信者を相手に1人喋り。

 並の人では、嘔吐する位の緊張感であろう。

 大画面に、

『仏仏祖祖、皆もとは凡夫なり』(*2)

 と表示される。

『これは、道元(1200~1253)様の有難い御言葉です。―――皆最初は凡夫ぼんぷであって修行を積んで仏祖となられました。御釈迦様は、王子でありながら、厳しい修行を御経験されています。それでも最初は、悟りに達する事が出来ませんでした』

「「「……」」」

『正しく仏道を歩めば、誰にでも悟りに到達する事が出来るかもしれません』

 場外では、設置された誕生仏に甘茶をかける灌仏会名物の御祝い事が行われていた。

 袖では、大河が待っている。

 朝顔、阿国、お初、お江と共に。

「松は、やっぱり尼僧が似合うな」

「あら? 私は?」

 仏教徒の日に合わせて、朝顔も法衣だ。

「似合ってるよ」

「遅い」

 大河の頭部にチョップ。

 は、何事も1番でないと気が済まない性分だ。

 朝顔をバックハグしつつ、お江に声をかける。

「甘茶、好きだな?」

「うん。だ~いすき♡」

 ハズ●ルーペのCMの様に両手でハートマークを作る。

 灌仏会で使用されている甘茶は、ヤマアジサイの変種である「小甘茶こあまちゃ」から作られている。

 小甘茶は、小さい花の沢山ついている中央部分を取り囲む様に大きい花がついている不思議な形状をした植物で、赤色や紫色のものが多くある。

 葉は苦いが、発酵させると砂糖の100〜1千倍の甘さになると言われており、砂糖が無い時代には甘味料として非常に重宝され、漢方薬の苦み消しや民間療法等に使用されていた。

 甘茶には、「上に立つ者がよい政治を行って平和な世が訪れると、甘い露が降る」という中国の言い伝えや、「甘茶は神様の飲み物で、飲むと不老不死になれる」というインドの伝説等がある。

 その為、御釈迦様に甘茶をかける行為は、御釈迦様への信仰の表れとされる(*3)。

「あ、口内炎出来た」

「甘いからな。飲み過ぎたな」

 笑顔で優しく叱る。

 滅多に怒らない為、お江も思う存分に甘える事が出来る。

 大河によしよしヾ(・ω・`)され、にへらと笑みが零れた。

「真田様、私も」

「はいよ」

「兄様、顎撫でて」

「応よ」

 阿国とお初も甘えるので、大忙しだ。

 阿国は、男装。

 お初は、猫耳の仮装だ。

 何故、そんな服なのか気になる所だが、可愛いのでセーフ。

 4人を膝に乗せて、説法が終わるのを待つ。


 数時間後、伝道集会を終えた直後、爽快な表情で、松姫がやって来た。

「真田様~♡」

 目が合うなり、ダッシュし、2人は様に抱き合う。

「いやぁ、格好良かったよ」

「そうですか?」

 本当は、4人の相手で話の9割は聞いていないが、松姫の説法は、殆どが仏典や経典からの引用だ。

 それらを読破している大河が、今更、傾聴する事は無い。

 文字通り、である。

「これからは?」

「ありません」

「じゃあ、遊びに行こうか?」

「はい!」

 2人は、馬車に乗り込む。

 先に乗っていた4人は、待ち草臥くたびれた様子だ。

「遅い」

 眉間に青筋を作り、朝顔が責める。

「済まんな。でも、詫びは、茶代で」

「赦す」

 ぷんすかしつつ、朝顔は、大河の隣に座る。

「それで何を奢ってくれるの?」

「御希望は?」

「ぱふぇ」

「了解」

 窓から顔を出して、

「鶫、茶屋だ」

「了解です」

 御者・鶫が手綱を操る。

 店名を言わずとも通じるのは、元々、予定に茶屋があったからだ。

 他の女性陣は、先に入店し、既に御茶を楽しんでいる。

 今頃、大河への愚痴等で大いにガールズトークに花を咲かせている事だろう。

「兄様、これどうぞ」

 お初がくれたのは、八つ橋であった。

「作ったのか?」

「御明察です。お江と一緒に作りました」

 えへへへ、と微笑む。

 一時期、大河を表面上、嫌っていた幼妻とは思えぬ程、丸くなった彼女は、斯うして、時折、御菓子を作って贈ってくれる。

「凄いな。有難う」

 その場で開けて、備え付けの匙で頬張る。

 甘過ぎるが、食べれない事は無い。

 今日も平和だ。


[参考文献・出典]

*1:第一生命保険株式会社 2020年4月30日

*2:『正法眼蔵随聞起』第六

*3:いい葬儀 東証一部鎌倉新書運営

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