第208話 麗雅懿春

 歳旦祭後の御所では、内閣を交えた新年会が、行われていた。

 御用商人がケータリングサービスで持て成している。

 並ぶのは、以下の通り(*1)。


・御節料理

[一の重]祝い肴 口取り

 蒲鉾、金団、伊達巻、黒豆、数の子等


[二の重]焼き物

 鰤の照り焼き、烏賊の松風焼き等


[三の重]煮物

 蓮根、里芋、高野豆腐等


[与の重]酢の物

 紅白なます、酢蓮根等


[五の重]

 控えの重

 紅白蒲鉾の紅は、めでたさと喜びを表わし、白は神聖を表わす。


[昆布]

 喜ぶに通じる為。


[海老]

 髭が伸び、腰が曲がっている様を老人に見立て、長寿への願いを込めて。


[黒豆]

 まめにこつこつ働く事が出来る様に。


[数の子]

 親、子、孫と子孫の繁栄を願って。


[田作り]

 今年も良い御米が取れます様にとの願いを込めて。


[鯛]

「めでたい」の語呂合わせ。


慈姑くわい

 芽が伸びている事から「芽が出る様に」と願って。


[里芋]

 里芋には小芋が沢山つくので、子宝に恵まれる様に。


[栗金団]

 金団には財宝という意味がある為、豊かに暮らせる様にとの願いを込めて。


[牛蒡]

 しっかり根を張って長生きする事を願って。


・御雑煮


御屠蘇おとそ

 ―――

 今回は、新年会という事もあり、立食式。

 何時も御簾の内側の帝も、表舞台に立っている。

「陛下、明けましておめでとう御座います」

「上皇陛下、明けましておめでとう御座います」

 深々と帝と朝顔は、御辞儀し合う。

 帝が顔を上げた時、大河も挨拶。

「新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」

 大河達が遅れて来た為、既に新年会は、始まっていた。

 各国務大臣は、談笑しつつ、既に食べている。

 流石に御酒は、出されていない。

 帝の前で国務大臣が酔い、問題を起こせば内閣総辞職は、免れないから。

「……真田、又、女官を増やすたのか?」

 珠、与祢コンビを見て、帝は苦言を呈す。

 アプトについては、以前、会っている為、問題視していない。

「今後、増える事はありませんから」

 震え声で否定する。

 然し、帝はジト目のままだ。

「真田は、有能な武人だが、如何も女性関係については、理解不能だな」

「本当に夫が申し訳御座いません」

 朝顔が、頭を下げた。

 益々、大河の分が悪くなっていく。

「全く、上皇陛下に謝罪させて……真田、親族のよしみだ。これ以上、女性を増やすな? これは、助言ではなく勅令だ」

「!」

 朝顔が嬉しそうに振り向く。

 既に朝廷では、決まっていた様で、近衛前久が起請文を持って来た。

 ———

『起請文ノ事


 何事においても朝顔御しん

 たいのき ミはなし申候間敷

 候事、

 右此むね背くにおいてハ、

 日本国中大小の神、富士、白山、天満天神、八幡大菩薩、愛宕

の御はんを蒙り 来せにてハ、一

こ申ねんふつむになり可申候もうすべくそうろう 者也、仍如件仍って件の如し

                 近衛大将

 万和三年一月一日

                        大河(『富国強兵』の花押)

 朝顔殿』

 ———

 現代人には、理解し辛い文面だが、要約すると、

 ———

『何が起きても朝顔の将来は、捨て置かない。

 この内容に偽りがある様であれば神罰をこうむる』(*2)

 ———

 との大河から、朝顔に対する起請文の体裁を採っている。

「……」

 大河の目前で、前久が、山城真田家の花押を押印。

 そして、渡す。

「これが、宮内庁からの最終通告だ。遵守するんだぞ?」

「……はい」

 ざまあみろ、と言わんばかりに朝顔は、微笑む。

「陛下、近衛殿、有難う御座います。これで家庭は落ち着きます」

 帝の鶴の一声と宮内庁の包囲網により、大河の結婚は今後、非合法イリーガルとなった。

 結婚を帝に禁止される人物は、後にも先にも、大河以外現れないだろう。

 公文書にも記され、後世に大河の好色家が公式に語られる事に待ったのは言うまでも無い。


 帝に精神的にボコボコにされた大河は、ふらふらのまま、信忠と会う。

「真田、明けましておめでとう―――って大丈夫か?」

 今にも嘔吐しそうな程、大河は、真っ青だ。

「お、お気遣いなく……」

「見てたぞ? 陛下にバレてたな? 女癖の悪さwww」

「うるせー」

 公的な場だが、親友同士になる。

 朝顔は、女性議員に珠、与祢、アプトを紹介し回っている為、近くには居ない。

「真田の所為で不倫が横行するかもしれなかったから、良い時機だと思うがな」

「不倫はしていないぞ?」

「真田はな。でも世間は、中々、理解せんぞ? 『近衛大将が多妻なら俺だって』と勘違いする馬鹿も中には居るだろう? 平民が全員、真田の様に愛妻家で金持ちとは限らんからな」

「……」

 耳が痛い話だ。

 御雑煮を食べつつ、

「で、あの娘達は、抱いたのか?」

「抱かないよ。然るべき者と結婚させたい。結婚願望があれば、だが」

「あるさ。真田に」

「まさか」

「あんな南蛮色が強い服を着させる男が何処に居る? あんな服、他の城じゃ禁止されるのがだ」

「……」

 大河が服飾業に熱心でスクール水着やメイド服等は、盛んに他家でも愛用されている。

 然し、それは、女中に限っての話だ。

 あの様な服を着る女性を妻にさせたい武将は、少ないだろう。

 若しかしたら居ないかもしれない。

「明智は、娘を真田の妻にさせたい様だ」

「これだけ多妻なのに?」

「別に制限は無いからな。養う事が出来れば100人でも1千人でも構わん。ただ、真田は、短期間に他の女に手を出し過ぎだ。陛下も怒るのは、当然だろう? 折角、身内を盛大に送ったのに愛人や新妻を作れば、誰だって心配になる」

「……」

「真田は、まつりごとと戦に関しては激賞するしかないが、女性関係に関しては、非難せざるを得ない。それに伊達家等は明智の様に送りたがっていたぞ?」

「政略結婚ですか?」

「ああ。これ以上、真田の女性関係が、肥大化せぬ様、その話が真田に届く前に断っている。明智は、その隙間を縫って送ったがな。全く……今後は、婚姻法に制限を付ける必要があるかもな」

「……」

 その時は、真田規則ルール的な異称が付くかもしれない。

 光秀が近付いて来た。

「上様、真田殿、明けましておめでとう御座います」

「あら、光秀、来てたんだ?」

 光秀は、国務大臣ではない。

 山城守、現代で言う所の都知事だ。

「陛下の御厚意で参加したのですよ」

「そうだったか」

 信忠は、光秀に好感を持っていないのか、興味無さげだ。

「上様、陛下が御呼びです」

「応、熊、今、行く」

 勝家の咄嗟の判断で、信忠と光秀は、離れた。

「最近、上様は、私を避けているな?」

「そうですか?」

「ええ。私を山城守になった事が気に食わないらしい。室町幕府の再興を考えている危険思想の持ち主、とでも考えているからだろう」

「……考え過ぎでは?」

「私は、仕事しているだけなのに……困ったもんだよ」

「まぁまぁ」

 愚痴が他人に聞こえぬ様、大河は、光秀を端っこに連れて行く。

「やはり、国司は、御疲れですか?」

「はい。真田様の様な若者でないと、難しいでしょう。お恥ずかしい限り、前任者が余りにも偉大過ぎた為、後任者は、不人気なのですよ」

「……」

 この手の話は、現代でもある。

 WWII中、米国民の支持率が高かったルーズベルトが急死した際、副大統領のトルーマンが大統領に昇格したが、余りにも地味過ぎて、当時、同盟関係にあったソ連のスターリンは、アメリカに対し、不信感を持った、とされる。

 トルーマン本人も当初、弱気で、就任当日の心境を、

 ———

『私の肩にアメリカの頂点としての重荷が伸し掛かってきた。

 第一、私は戦争の詳細について聞かされていないし、外交にもまだ自信が無い。軍が私を如何見ているのか心配だ』

 ———

 と、日記に書き残している。

 人気者の後任は、常に辛いのだ。

「聞けば、国政の助言者になっているそうですね?」

「全然。ただの相談役ですよ。議員が困ったら意見を提案する位です。聞く聞かないは、議員の自由ですから」

「……」

 名君として、又、黒幕として、今尚、日ノ本全土に強大な影響力を誇る大河の提案を拒否出来る議員は少ない、と思われる。

(……童顔の癖に腹黒さは、日ノ本一だな。こんな男に珠は、惚れたのか?)

 今更ながら、送り先を間違えた感が否めないが、娘の幸せは、亡き愛妻・煕子も一緒だ。

「……済みませんが、都政には、まだまだ自信がありません。都政の相談役にもなって下さいませんか?」

「良いですとも。共に都をよくしましょう」

 2人は、厚い握手を交わす。

(……何かやる気だな)

 反乱分子(?)・光秀と近衛大将・大河の接近を、羽柴秀吉は、不快に見詰めていた。


 宴も酣になった頃、信長が来て、『敦盛』を舞う。

 ―――

『思へばこの世は常の住み家にあらず

 草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし

 金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる

 南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり

 人間五十年、天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ』

 桶狭間の戦い直前、清州城にて、信長は、これを舞った。

『此の時、信長、敦盛の舞を遊ばし候

 人間五十年、天の内をくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり

 一度生を得て、滅せぬ者のあるべきかとて、螺ふけ、具足よこせと、仰せられ、御物具めされ、たちながら御食を参り、御甲をめし候て、御出陣なさる

 ……(中略)……

 御敵今川義元は、四万五千引率し、おけはざま山に、人馬の息を休めこれあり』(*3)

 ―――

 実際の詞と『信長公記』の表記に差異があるが、これは原文ママなので問題無い。

 舞い終わると、帝は、拍手した。

「見事だ」

『敦盛』を信長が演じたのは、帝や朝廷に廃れ行く武士の文化を伝える為だ。

 平和になって以降、急速に武士の文化は、失われつつある。

 丁髷も帯刀も、今では、散切り頭に帯銃が多い。

 女性も普通に太腿を見せる様になっていき、国会議員が誕生する等、男社会だった戦国時代が約100年前に見える程、文化は変容しているのである。

「「「……」」」

 勝家、利家、家康等は、感涙していた。

 そんな中、

(……これが、日ノ本のあるべき姿なのかな?)

 疑問視する武士が1人居た。

 ―――穴山梅雪。

 元武田家家臣の織田政権を支える政治家だ。

(信玄公は、この様な社会を目指しておられたのかな? 私には、到底、そうには思えない)

 ちらっと大河を見た。

(……松姫様を娶った男、許すまじ)

 信玄の生前、梅雪は、信松尼―――松姫との婚約が内定していた。

 信玄が、梅雪の忠義と能力を評価して、態々、自分の五女を送り、武田家に迎え様としていたのだ。

 然し、信玄が急死してしまうと、その話は有耶無耶になってしまい、甲斐国は内戦に陥り、婚約所の話ではなくなった。

 梅雪は、武田家が分裂しない様に尽力したのだが、外様の大河に戦功を鳶の様に奪われ、又、婚約者も人質になってしまった。

 後々、聞けば、松姫は、大河に惚れて、自ら人質の役を買って出て、当時、新興勢力であった真田家と死に体の武田家を繋ぐ橋渡しになり、現在、両家は、良好な状態にある。

 男としても、武士としても負けた梅雪の恥辱は、計り知れない。

「……」

 唇を噛んで、そこから血が出る。

 甲斐国が、事実上の大河の属国になっている事も知らずに、只々、梅雪は、逆恨みするばかりであった。


[参考文献・出典]

*1:気軽に、楽しく取り入れよう 日本の行事・暦 HP

*2:らいそく-信長戦国の古文書解読サイト

*3:信長公記

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