第205話 長楽萬年
帝への年末の挨拶を終えた後、一行は、御所内の一軒家に入る。
近衛大将の詰め所であるそこは、大河の別荘でもある。
今回は近衛大将、という地位上、御所で年越しなのだ。
「……御用納めでも忙しいのね」
2階の縁側から誾千代は、焦り顔で準備する役人達を、文字通り、高みの見物としていた。
「祭儀があるからな」
横に居るのは、大河。
寒いにも関わらず、誾千代の傍から離れない。
公務以外に帝には、欠かせない義務がある。
それが『祭儀』だ。
元旦~大晦日まで、沢山の祭儀を
・
早朝に帝が
・
早朝に三殿で行われる。
・
年始に当たって皇位の大本と由来とを祝し、国家国民の繁栄を三殿で祈られる。
・
・
三殿で行われる年穀豊穣祈願。
・
皇霊殿で行われる御先祖祭。
・
神殿で行われる神恩感謝。
・
神武天皇崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある)。
・
神武天皇祭の夜、特に御神楽を奉奏して神霊を
・
帝の為に行われる御祓い。
・
神嘉殿の前で、皇族を始め国民の為に行われる御祓い。
・
皇霊殿で行われる御先祖祭。
・
神殿で行われる神恩感謝。
・
賢所に新穀を御供えになる神恩感謝。
この朝、帝は神嘉殿において伊勢の神宮を御遙拝になる。
・
帝が、神嘉殿において新穀を皇祖始め神々に御供えになって、神恩を感謝後、陛下自らも御召し上がりになる。
宮中恒例祭典の中の最も重要なもの。
帝自ら御栽培になった新穀も御供えになる。
・
夕刻から賢所に御神楽を奉奏して神霊を
・
帝の為に行われる御祓い。
・
神嘉殿の前で,皇族を始め国民の為に行われる御祓い。
・
帝の御誕生日を祝して三殿で行われる。
令和の時代には、これらの他、
①
昭和天皇崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある)。
夜は御神楽がある。
②
孝明天皇崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある)。
③
香淳皇后崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある)。
④
明治天皇崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある)。
⑤
大正天皇崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある)。
が加わる(*1)。
その為、宮内庁の女官や職員に冬休み等の概念は無い。
大河が山城守だった頃、働き方改革を導入し、無理矢理、彼等に休暇取得を義務化させた程、彼等は、企業戦士ならぬ官庁戦士なのである。
「彼等は、冬休みあるの?」
「あるよ。1月5日から2月の頭まで休める」
アナウンサーの様な休み方だ。
本音だと、他職種同様、年末年始を家族と一緒に過ごしたいだろうが、伝統文化の為には休めないのが、実情であろう。
その分、宮内庁の国家公務員は、他の省庁のそれより、福利厚生が手厚い。
年次有給休暇、忌引き休暇等の他、年収も2倍なのだ。
その為、宮内庁の国家公務員採用試験は、狭き門で倍率は、約3千倍。
これは、全盛期の
更に彼等には、品性も求められる。
例えば、
・刺青が入っている者
・前科者
・酒類依存症等の依存症患者
等は、受験資格さえ無い。
これらに加え、試験内容も
尤も入庁したら、その職員証は、『新たな人生の入場券』とも呼ばれる程、影響力が絶大で、地方出身者が里帰りすると、地元出身の首相の凱旋帰国並に持て成される。
国司(都道府県知事)にも無投票当選可能だろう。
それが、日ノ本最大の省庁・宮内庁の内面だ。
ただ、誾千代は、同情するばかりであった。
「こんな時期なのに里帰り出来ないのは、辛いね」
「出来なくはないさ。その分、人事評価は下がり、左遷されるだけだからな」
「左遷って何処に?」
「大和(現・奈良県)や近江(現・滋賀県)だよ。昔、都があった今では地方の場所だよ」
「『左遷』って言うんだ?」
筑後国(現・福岡県)出身者の誾千代は、地方への異動が『左遷』と称されるのが気に食わない。
「都よりかは繁栄していないのは、認めるけれど、その表現は不味いでしょう?」
「俺が決めた訳じゃないよ。京都人は、自尊心が高いからな。向こうさんの表現だ」
現代でも京都人の自尊心の高さは、有名だ。
その代表例が地域
同じ京都府、京都市内でも京都人によっては、「京都」と認めない場合がある。
最上位:京都御所周辺+洛中(平安京があった辺り
*洛中以外から洛中に引っ越したとしても、3~5代以上住まないと「洛中の人」として認めてもらう事は出来ない。
但し、それより昔から洛中在住者からすると「所詮、余所者は余所者」。
その為、認められるのはあくまでも形式上と言える。
田舎:洛外(現・宇治市等)
無論、洛外人も京都出身者としての自尊心を強く持っている。
洛外人達は洛中人に「洛中以外は京都ではない」と言われる事は仕方がないと思っているが、特に府外の人に同様に言われるのは腹が立つ、という(*2)。
大河も誾千代同様、地方出身者だ。
その為、生粋の京都人からすると、「外様」と言え様。
但し、帝から気に入られ、近衛大将としての職務を全うしている事から、差別に遭った事は今の一度も無い。
「褒めたふりをして嫌味を言うとは、失礼な」
「率直に言ってくれた方が、まだマシだ」
と、「
事実、非京都人にはそう感じている人が少なくないからこそ、「京都=
京都特有の価値観に誾千代は、理解に苦しむ。
「同じ日本人なのに……」
「難しいよな」
襖が開き、与祢が、御盆を持って来た。
「善哉を御用意しました」
「おー、美味そうだな。有難う」
大河は笑顔で受け取る。
その対応に与祢の心は、ポカポカする。
最底辺の女中なのだから無視でも有り得るのに、大河は、実父の様に優しい。
「皆にも用意した?」
「はい。御食事中です」
「ようし、じゃあ、与祢も食べるんだ」
「え?」
「寒いだろう? 苦手なら食わなくても良いが」
「あ、有難う御座います!」
甘くて美味しい善哉を、与祢は作りつつ、生唾が止まらなかった。
3人は、縁側から食堂へ。
既に女性陣は、2杯目に行こうとしていた。
「兄者、遅い! 待ってたんだよ?」
そう言うお江だは、頬は茶色い。
美味すぎて、がっついて食べたのだろう。
「待ってた癖に、何杯目?」
笑顔でお江は、両の掌を一杯に広げて見せる。
「10!」
「夕食、大丈夫?」
「うん! 献立によるけど」
呆れる位、素直だ。
大河の胴体に抱き着くと、頬をスリスリ。
汚れを和装に付着させた。
「……お江?」
少し怒ると、お江は悪びれもせず、コアラの攀じ登り、大河の頬に接吻。
「兄者が大好きだから、私の印を付けたんだよ」
「……」
女性陣の間には、
「ちちうえ、どうぞ」
「有難う」
1杯目を食べていないにも関わらず、華姫から2杯目の
「だー」
「累、気持ちは有難いが、自分で食べてからな?」
「だー」
這い這いで大河に擦り寄り、「食べさせて」の
存分に赤ちゃんとしての立場を利用している。
「ちょっと待ってろ」
累が食べ易い様に、又、窒息しない様に、白玉や餅を箸で切り分けて、彼女に食べさせる。
「……」
一心不乱に累は、白玉にがっつく。
「真田様、抹茶善哉をどうぞ」
珠が、大河の抹茶好きを知っていたのか、緑色の善哉を持って来た。
「おー。今、手が離せないな」
「じゃあ、私が」
誰よりも早く於国が挙手し、やって来た。
「有難う。珠、休んでていいよ」
「有難う御座います」
珠と入れ替わりに於国が座る。
「はい、あーん♡」
指示通り、大河は、口を開く。
白玉が、匙に掬われ、入れられる。
「やっぱ、抹茶に違いは無いな」
「真田様は、宇治抹茶、御好きですからね」
新婚生活を堪能出来、於国は、幸せそうだ。
大河の食事風景だけで、御飯は、数杯いける位の笑顔を見せる。
「あ、於国。信州って何時が過ごし易い?」
「え?」
「次の旅行、信州を検討しているんだ。上田城、観に行きたいし」
「えっと……」
目に見えて、於国は戸惑う。
夫を連れて行きたい気持ちは当然あるが、京都新城や二条城等と比べると、スケールダウンが半端ない。
「嫌なら良いんだけどな」
「お、御父上に御相談させて下さい」
「済まんな。無理を言って」
「いえいえ。近衛大将ともあろう御方が何を仰います? 光栄ですよ」
「そうか。なら良かった」
鴛鴦夫婦な会話に与祢の心は、ざわつく。
(……何、この凄い嫌な気持ち……)
先程の笑顔以上に大河のそれは、破顔一笑だ。
使い分けているつもりは無いのだが、無意識なのかもしれない。
嫌悪感と嫉妬心。
恩人なのに、どうしてか与祢には、今の大河が吐き気を催す程、大嫌いであった。
[参考文献・出典]
*1:宮内庁 HP
*2:エンタメウィーク 『住む場所でランク付け?京都の地域カーストとは』
*3:週刊現代 2016年3月21日
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