第204話 春風致和

 年末。

 元就の墓参りした後、一行は、毛利領を出る。

 年末年始を長州で過ごすのは、出来なくは無いが、近衛大将という役職上、極力、都から離れられないのが実情だ。

 幾ら帝が許しているとはいえ、朝廷は「給料泥棒」として、不愉快だろう。

 朝廷との関係も考慮し、常に日程は、計画通りでなければならないのだ。

 近衛大将に現代で最も近い要職は、官房長官だろう。

 官房長官は、海外を含めた出張の多い首相に代わり危機管理を担当する為、1体制が望ましいとされており、国外への出張が殆ど出来ない。

 官房長官の外遊例

・平成6(1994)年10月

・平成7(1995)年9月

・平成15(2003)年9月

・平成27(2015)10月

・令和元(2019)年5月

 又、東京から離れる場合には、行政府の最高責任者である首相が東京に居る事が望ましいとされている。

 首相と官房長官が同時に東京を離れる事態は異例と報道される事があるが、その場合は官房副長官等が東京に居て危機管理等にあたる事になる。

 近衛大将が離京している間、その代理人は大河が指名した島左近が務めている。

 左近は大河と違い、恐怖政治の傾向がある。

 大河は部下の夜間外出等は寛容で、基本、「仕事すれば文句は出さない」姿勢スタンスだ。

 史実の慶長5(1600)年、家康暗殺計画を練った(*1)様に、左近は武闘派だ。

「只今」

「お帰りなさいませ」

 メイド喫茶でよく聞く様な台詞だが、発しているのは、”鬼左近”。

 えるどころか、文字通り、やされそうな猛将である。

「留守番、有難う。代わりに長期休暇を言い渡す」

「は。有難き幸せ」

 気を張っていたのか、左近は謙遜する事無く素直に応じて、そのまま城下町に繰り出していった。

 いつものメンバー、宮本武蔵、大谷平馬、弥助を連れて。

「弥助、飲む分には、構わんが、奥さんには、気を付けるんだぞ?」

「は、は!」

 目に見えて動揺する弥助。

 大河同様、恐妻家な分、女遊びは控えているのだが、最近、『芸の肥やし』なる日本語を知り、を合法化していた。

 大河の許可を得て、大奥に入り浸る等だ。

 ”ベリヤのフラワーゲーム”の様な性的暴行等、性犯罪を起こせば、即処断対象だが。

 その前にパトリスに見付かれば、伊〇誠の様に背後から刺殺される未来もあるかもしれない。

 大河に最敬礼し、すたこらせっせと弥助は出て行く。

 大河は見送ると、早速、瓦版を目を通す。

 ———

『【水族館の平家蟹、大盛況】

 先日、匿名の寄付者から送られた関門海峡産の平家蟹が、水族館で人気者になっている。

 当初、その強烈な見た目から展示には、反対する職員が大多数であったが、伏見稲荷大社等の宮司が御祓いした事により、今回の展示に至った。

 入館者も最初は畏怖していたが、徐々に慣れ、現在は女性と子供を中心に人気が拡大している―――』

 ———

 大河が名誉校長を務める国立校で『平家物語』の授業が行われている為、都民で知らない者は居ない。

 教育が商業にも成功出来たのは、棚から牡丹餅だ。

「兄者~何時から冬休み~?」

 猫撫で声でお江が、尋ねてくる。

「明日からだよ。今日は、御用納め」

「! 本当?」

「ああ」

「じゃあ、御仕事頑張ってね♡」

 頬に接吻後、お江は部屋に戻って行く。

 長州でたっぷりと交わった為、最近は機嫌が良い。

 正妻陣の中で朝顔、於国に次ぐ最年少の幼妻の為、実母や年上等にも子宝に恵まれる好機チャンスは、十分ある。

 鶫が、報告書を持って来た。

「本日の分です」

「うん。有難う」

 万和2(1577)年末の御用納めである。


 正直に言えば、近衛大将としての仕事は少ない。

 9割9分は、全国の議会に居る真田派の議員からの陳情書だ。

 その殆どが、利権関係だ。

 例えば、現代の東北地方は、陸奥国と出羽国は、其々、伊達氏や津軽氏等、沢山の大名が支配しているのだが、正式な境界線が引かれていない為、農業用水を引く際、その水路を巡って対立する。

 逆に現代の大阪府を構成している摂津国、河内国、和泉国は、統治者が織田政権の武将なので、東北地方程、対立が表面化していない。

 然し、やはり、電車の線路を引く際、造る駅を巡って喧嘩になる事も屡。

 領民を食わせたい、という純粋な大名も居るが、全国的に見ても少ない。

 中央集権国家として、愈々いよいよ正式な行政上の境目を作る時機タイミングだろう。

(……国境で済んでいる、と思っていたが、これだけ対立が生じているとなると、廃藩置県するしかないな)

 未だに行政単位がなのは、大河としては、分かり難い印象がある。

 又、外国人に説明すると、どうしても訳語が、「state」「nation」「country」にまってしまう。

 これだと、外国人には、「一つの地域が独立状態にある連邦制の国家」と日ノ本が誤認しかねない。

 又、それだと、連邦政府の癖に君主制という、矛盾点も生まれてしまう。

 英連邦コモンウェルスと解釈出来れば良いかもしれない。

 然し、英連邦は、にした名残であって、大河の目指す中央集権国家には相応しくない。

 やはり、を廃止せざるを得ないだろう。

 7世紀後半に現在の令制国制度が誕生して以来、約1100年振りの改革は、とても民主主義では決め難いだろう。

 例えば、紀元前13世紀頃に誕生したインドの不可触民制は、

 ———

『不可触民制は廃止され、如何なる形式におけるその慣行も禁止される。

 不可触民制より生ずる無資格を強制する事は処罰される犯罪である』(*2)

 ———

 により、はっきり明記された。

 然し、差別は禁止されたが、された訳ではない。

 2千年以上残る制度を近代的な憲法で瞬時に覆す事は当然不可能であって、現代でも一部の不可触民は、高位階層程、人間らしい生活を送れていない。

 アメリカでも、今尚、人種間対立は根強く、リンカーン大統領が奴隷を解放しても、アフリカ系の大統領が誕生しても人種差別が無くなった訳ではない。

 これが世界の現実であり、真実なのだ。

(……変えるなら、早い内にだよな)

 後々の世代が苦労しない様にする為には、今の世代が苦労する必要がある。

 大河は、枕元に置いてあった勾玉を首にかけ、決心する。

(……余り乱用はしたくないが、使うかね)

 唇を噛みつつ、『富国強兵』の花押を取り出すのであった。


 大河の提案書は、直ぐに会期末の国会に提出される。

 切り札ジョーカー・全権委任法により、審議される事無く、すんなり可決された。

 ―――

 読んで字の如く、分かり易い法律名だが、どんな高齢な議員でも反対は出来ない。

 然し、誰もが思った。

(来年は、これまで以上に忙しくなるぞ)

 と。


 昼食後、大河は朝廷に提出する報告書を携え、城を出て行く。

 京都新城と御所を繋ぐ交通網は、馬車だ。

 それまでは、自動車であったが、帝が、

「排気瓦斯が気になる」

 との鶴の一声により、廃止となり、以来、御所には、排気瓦斯を出さない雅な馬車が採用されたのである。

 御者は、鶫。

 後部座席に乗るのは、大河、朝顔、小太郎の3人のみ。

 本来ならば、年末の挨拶を兼ねて、山城真田家全員で出向く必要があるだろうが、大所帯なので、朝廷側も迷惑だろう。

「うふふふふ♡」

 大河を独占出来る数少ない機会を得た朝顔は、上機嫌だ。

 城を出てからずーっと、大河の腕に抱き着いては、離れない。

「♪ ♪ ♪」

 大河から教えてもらった『愛唄』を鼻歌で演奏する程、機嫌が良い。

「それ、男目線だけど?」

「じゃあ、こっち」

 次に朝顔が採用したのは、『時の流れに身をまかせ』。

 歌詞が朝顔の出自ルーツに合うかの様な内容の為、大河のスマートフォンで知って以来、愛聴してやまない名曲だ。

「♪ ♪ ♪」

 鼻歌混じりに大河の膝や太腿、腹部等を撫で回す。

 まるで愛玩動物ペットを可愛がる飼い主の様に。

 曲が終わった後、大河は呟く。

「『今』じゃなくて、永遠だよ」

「え?」

「あと、自分の命は大事にな? 命があるからこそ、生きていける。恋が出来るってもんだ」

「……」

 アンサーソングの様な歌詞の内容に対する返答であった。

 朝顔は、嬉しくなる。

「もう、真剣に答えないでよ。馬鹿」

 顔を真っ赤に染めて、大河に抱き着く。

「何でそうやって、何時も格好付けてるのよ」

「男は惚れた女の前では誰でもこうなるのさ」

「……」

 恥ずかしさの余り、茹蛸の様に赤くなった朝顔は、頭から湯気を出し始めた。

「……」

 無言のまま、大河の胴体に海獺ラッコの様にしがみ付く。

 力があれば、鯖折も出来るだろう。

「……離縁しないでよね?」

「分かってるよ」

「死なないでよね?」

「ああ」

「私より先に死んだら許さないんだから」

「……ああ」

 朝顔をぎゅっと抱き締める。

「好きだよ」

「! もう聞き飽きた―――」

「100万回言いたいのさ」

 そう言って更に強く抱擁するのであった。


[参考文献・出典]

*1:『徳川実記』

*2:インド憲法 17条 条文

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