第189話 三位一体

『【日ノ本憲法第20条】

[第1項]

 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。

 如何なる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

[第2項]

 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加する事を強制されない。

[第3項]

 国及びその機関は、宗教教育その他如何なる宗教的活動もしてはならない。

[第4項]

 但し、人権を阻害し、又、国家転覆を図る事を目的とした邪教は、この限りではない』

 ―――

 この憲法は信教の自由を認めつつ、宗教テロやカルト教団を認めない事を目的とした内容だ。

 元々は、一向宗過激派を合法的に鎮圧する為に作られたのだが、現在では一向宗以外に、

耶蘇キリスト

イスラム

猶太ユダヤ

 等、他の宗教にも適用されている。

 欧米列強は、耶蘇教の布教を通じて植民地支配を行っている為、抗議しているが、大河の意思は金剛石ダイヤモンド以上に固い。

 京都新城に帰宅後、早速大河はに取り掛かる。

「……馬鹿共め。余程、死にたいらしいな」

 報告書レポートを机に叩き付けた。

 報告者・小太郎は、ビクッとする。

 報告書によれば、摂津国の耶蘇教徒は、外国人宣教師に扇動され、密かに政変クーデターを計画している、という。

 中には、切支丹大名も支援者に居る。

有馬晴信プロタジオ

池田教正シメアン

一条兼定ドン・パウロ

大友親家セバスチャン

大友親盛パンタレアン

大友義統コンスタンチノ

・六角義賢

 九州に耶蘇教徒が多い為、自然と九州在住の切支丹武将も含まれている。

 何よりも衝撃的なのが、大友宗麟の長男・義統、次男・親家、三男・親盛も含まれている事だ。

 大友宗麟と親しい間柄にある大河には、非常に悩ましい。

「……で、この『ロルテス』が黒幕か?」

「は」

 ロルテス―――和名は、山科勝成。

 民族は、イタリア人(ローマ人)で、蒲生氏郷によって士分に取り立てられ、小牧・長久手の合戦等で活躍した数少ない外国人武将である。

 然し、歴史学では、登場する史料の信頼性に疑問が呈され、その実存性に否定的な見解がある謎多き人物だ。

「何処から来た?」

「ろーま、からと」

 この時代、『イタリア』という国は存在しない。

 現在のイタリアを支配する国家は、

・”アドリア海の女王”―――晴朗極まる共和国ヴェネツィア

・ジェノヴァ共和国

・トスカーナ大公国

 等だ。

 現在の様な統一国家になったのは、統一運動リソルジメント(1815~1871)を経ての事であり、その時期は明治維新の日本と近い。

 ローマから来たのが事実であれば、教皇領出身者かもしれない。

「……他に何か分かっている事は?」

「は。パパに蜂起の支持を要請する手紙を送っていました」

「……どのパパだ?」

「ゴアのパパに」

(……総大司教か)

 大河は、安堵する。

 パパと聞いて連想したのが、ローマ教皇だったからだ。

 流石にローマ教皇とは、大河としても敵対したくはない。

 総大司教位なら、無遠慮に戦える相手だ。

「手紙は、ルソンで回収しておいた為、現地には届いていません」

「よくやった」

 小太郎の頭を撫でると、彼女は、パブロフの犬の如く涎を垂らす。

「主~♡ もっと御褒美下さい♡」

「はいはい」

 無視していると、鶫が笑った。

「若殿、御茶です」

「有難う」

 鶫は、スクール水着姿で接客している。

 大河の好みに合わせた衣装だ。

「御仕事ですか?」

「ああ。本当に馬鹿は死んでも治らん病気だ」

 鶫を抱き寄せて、報告書を見せる。

「……武力行使を?」

「いや、今回は、”配管工”に仕事させ様と思う」

「! 初任務ですね」

「然う言う事だ」

”配管工”を知る者は、山城真田家でも少ない。

 最高機密トップシークレットの中の最高機密トップシークレットであるから。

「弥助」

 呼ぶと、隣室からM16を背負った弥助が現れる。

「御呼びでしょうか?」

 先日の教団掃討作戦で、多大な戦果を挙げた弥助は、一気に高官迄昇進していた。

 弥助の戦功と昇進は、直ぐに祖国・オスマン帝国迄伝わり、日土友好に努めている。

「”配管工”の最高責任者に命じる」

「……”配管工”とは?」

「小太郎」

「は」

 小太郎が、㊙と書かれた冊子を渡す。

「……?」

 初めて見るそれに弥助は、戸惑う。

「開けても?」

「どうぞ」

「……」

 緊張しつつ、開ける。

 書かれていたのは、『国家保安委員会』。

 その下には、『Si vis pacem, para bellum』とラテン語で記されていた。

「……『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』?」

「ほー、知識人だな?」

「勉強家ですから」

 なりはマッチョマンの弥助だが、直ぐに日本語を習得する辺り、その教養の高さは恐らく日ノ本一かもしれない。

「要は、秘密警察だ。馬鹿を取り締まる専用のな?」

「……特別高等警察特高で対応出来ないですか?」

「あれは、一般の犯罪者用だ。武装した暴力集団には、太刀打ち出来ない可能性がある」

「……」

「で、だ。特別高等警察特高以上に強権を与えた情報機関兼特殊部隊を今回、創設した。それが、国家保安委員会―――”配管工”の正体だ」

『富国強兵』と花押トゥグラされたそれには、

 ———

『・近隣諸国における諜報業務

 ・諜報員、破壊工作等の破壊活動対策

 ・国内の不満分子の敵対活動対策

 ・国軍各組織における防諜業務

 ・特殊施設、特別重要産業施設及び輸送機関における防諜業務

 ・政府の指導者の警護

 ・政府通信の組織及び保障

 ・無線防諜業務の組織』

 ———

 と任務ミッションが明記されている。

「……こんな大役を、外国人である自分に任せて下さるんですか?」

「奈良時代に波斯ペルシャ人の役人も居た。彼の様に弥助には、活躍して欲しいんだ」

「……勿体無き御言葉です」

 弥助は、涙する。

 オスマン帝国では奴隷から努力して軍の高位まで昇進出来たが、ここでも大役を任された。

 本当に幸運だ。

「それに最近、新婚だろう? 奥さんに良い生活をさせたいなら、より要職に就いた方が良い」

「……有難う御座います。謹んで御受け致します」

 頭を床に付けて、弥助は、謝意を精一杯示す。

 国家公安委員会議長・弥助が、誕生した。


 大河の密命を受けた国家保安委員会は、初代議長・弥助の下で本格的に動き出す。

 早速、摂津国に精鋭部隊が入り、耶蘇教の教会を日本人信者に成り済まし、調べる。

 そこで、を演じつつ、武器庫や計画書等を多数、発見し、秘密裏に入手。

 と、同時に支援者も把握する。

 耶蘇教過激派の支援者は、九州の切支丹であった。

「やはり、大友家か……」

 大河は、天を仰ぐ。

 大友宗麟の息子達が、父以上に耶蘇教に傾倒し、山科勝成と結託していたのだ。

「山科、という男は、しちりあで農地管理人をしており、農民を搾取していた様です」

(……マフィアか)

 小太郎の報告に大河は、確信する。

 農地管理人ガベロットは、農地を守る為に武装し、又、農民を搾取しつつ大地主等、政治的支配者と密接な関係を結んでいった現代のマフィアの起源だ(*1)。

 日ノ本で商機を見出し、来日したのかもしれない。

 政変は、嘘でその真の目的は、熱心な信者を騙して御布施を撒き上げる事。

 煽るだけで自分が戦う気が更々無いのは、ISIS自称「イスラム国」等でも見られる為、驚きではない。

(カルト教団の次は、詐欺師のマフィアか)

 立て続けに起きる出来事に、大河は、呆れ気味だ。

 大きな御腹のエリーゼが、心配そうに告げる。

「働き詰めね? 又、行くの?」

 身重なので、極力、夫に傍に居て欲しい。

 千姫、茶々も同じ様で、会議室から出て行く事は無い。

 大河が遠征に行かない様に牽制している、とも解釈出来る。

「全然。偉くなったからな」

 本心では前線で働きたいのだが、家族を持った以上、それは難しいだろう。

「そう……」

「真田様、御仕事は、部下に任せて頂いて家族を優先して下さいな」

 文字通り、懐に飛び込み、茶々は、甘える。

 最近、お江に付きっ切りだった為、嫉妬もあるのだろう。

「……」

 千姫は、千姫で無言のまま、大河の右手を掴んだまま。

 利き手を他人に預ける事をゴ〇ゴ13並に嫌う大河だが、妻を心底信用している証拠だ。

 山城真田家は、完全週休2日制の超ホワイト企業なのだが、その長たる大河は、不定休だ。

 家族サービスとして、公休日はあるのだが、それでも基本週1ペース。

 妻達が寂しく不満に感じるのは、当然だろう。

「真田様、次は、何時、休みなんです?」

「4日後だよ」

「……御自分だけ有給を消化しないおつもりですか?」

「……怒ってる?」

「はい。愛妻を蔑ろにする愚か者は、馬に蹴られて死ねばいいんです」

「……御免よ」

 仕事を優先している自覚は無かったが、妻達は妊娠している中、相当な不安な筈だ。

 謙信の時は、比較的、一緒に居れたが、時機タイミングが悪く、3人の時は中々、時間を作れていない。

 平等を重んじていたが、何時しか不平等が、夫婦間で生じていた。

「……平馬」

「は」

「御所に有給休暇の届け出を」

「期間は?」

「1週間」

「は。代理は、島左近殿で?」

「そうだ」

「了解致しました」

 平馬は、さっさと出て行く。

 3人を抱き締めつつ、大河は、指示を出す。

「弥助、馬鹿共の最期だけ指定しておく―――火炙りだ」

「!」

 伝統的な耶蘇教の価値観では、最後の審判の時迄肉体が残っていなければならない。

 火刑は肉体を燃やし尽くしてしまう為、苦痛もさる事ながら、宗教的な観点から見ても恐ろしい厳罰であった。

 固定ハッド刑や石打ち等、近代的な死刑制度と比較しても残酷な処刑法が残されている回教のイスラム法においても、火刑は禁忌タブーとして解釈されている。

 伝統的な回教の価値観においても、耶蘇教同様に最後の審判の概念が存在する為、本来、唯一神アッラーにのみ許されている火によって人体を損壊する行為は、それ自体が唯一神アッラーに対する冒涜と見なされる為である。

「……火刑は、躊躇いがありますね」

「じゃあ、斬首刑だ」

 それなら現代のサウジアラビアでも公開処刑で行われている様に、弥助でも出来る。

「分かりました」

 腰の新月刀シャムシールに触れつつ、弥助は快諾するのだった。


[参考文献・出典]

*1:溝口敦 『暴力団』 新潮新書 2011年

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