第187話 天覧試合

 天覧試合は現代では、昭和34(1959)年、後楽園球場にて行われた伝統の一戦を指す事が多い。

 然し、実際には天覧相撲等も広義では天覧試合に含まれる為、正確に言えば天皇が観戦する試合は、天覧試合だ。

 因みに皇族が観戦する場合は、台覧試合と呼ぶ。

 当初から巨人・阪神戦で天覧試合を開催するという決定ではなく、パシフィック・リーグでも天覧試合を開催したい意向があった。

 昭和天皇(1901~1989)は水道橋方向(後楽園球場)を眺めていた時、

「あの灯りは何か?」

 と侍従に尋ねると、

「プロ野球のナイター試合であります」

 と答え、関心を示した。

 それを伝え聞いて、「絶好の機会にしよう」と考えた巨人軍のオーナーでもある読売新聞社社主・正力松太郎(1885~1969)が、

「野球人気を高める為には天覧試合を開催する事が必要だ。それも巨人戦で」

 と宮内庁に交渉する様に命じた。

 昭和34(1959)年1月、正力と部下が宮内庁と交渉をすると宮内庁は、

「単独の球団での要請では動けない。球界全体の総意が必要」

 と答える。

 それ以後、パ・リーグに気付かれない様に交渉するも昭和天皇の公務の関係で日程スケジュール調整が進まなかった。

 一方、パ・リーグ側も映画試写会に昭和天皇を招いた大映社長の永田雅一(1906~1985)が、当時自らオーナーを勤めた毎日大映オリオンズ対西鉄ライオンズの試合を天覧試合にする様に毎日新聞の皇室担当記者を介して説得した。

 同年6月19日、宮内庁から正式な回答があり、

「6月25日午後6:45御出門。プロ野球御観覧の為、後楽園球場に御出になられます」

 と、正式に同日の巨人・阪神戦を天覧試合とする事になった。

 永田は、

昭和天皇がプロ野球を御覧になるのは球界の為にも名誉になる。ごたごたを起こす訳には行かない」

 と語り、オリオンズの試合ではないことに異議を言わなかったという。

 試合当日、パ・リーグからは試合の解説として連盟会長が唯一参加した。

 当時の逸話エピソードとして、正力と共に天皇の側で観戦していた後楽園スタヂアム社長は、正力が、

「長嶋に本塁打ホームランが出そうだから、見てい様ではないか」

 と社長に囁き、その予想を見事的中させ、この場面シーンを望んだ筈の当の本人が一番信じられない面持ちで突っ立っていたと話している(*1)。

 この試合以降、正式な天覧試合は行われていないが、令和2(2020)年現在の今上天皇が小学生時代に兎党で、他の皇族も野球ファンがいらっしゃる事から名実共に野球は、国民的スポーツの一つになっている(*2)。

 その様な事情から大河は、「必ず皇族に野球が響く」とし、職業プロ野球を積極的に体育スポーツ庁を通して、日ノ本全土に紹介したのだが、予想は見事、的中した様だ。

 道頓堀にて。

 一行は、お好み焼きに舌鼓を打つ。

「お好み焼き、初めて食べたけど、美味しいわね」

「うん!」

 ハフハフしつつ、橋姫、お江は食べている。

 お市、朝顔、於国の3人は、豚まんに夢中だ。

「肉まんは、食べた事あるけれど、豚は意外ね」

「陛下への御土産にしよう」

「では、私は、故郷に」

 食べ●グで満点を得ているだけあって、全員高評価だ。

 小太郎、鶫は、串カツを選ぶ。

「主、見てて下さい」

 大河に向けて、串をしゃぶる。

 誘う様に。

「汚いぞ? 綺麗に食えない女は嫌いだ」

「私は如何です?」

 鶫は、綺麗に食べている。

 二度漬け禁止の規則ルールも遵守している為、大河的には高ポイントだ。

「良いだ」

 褒めると、簡単に笑顔になる。

「えへへへ♡」

 愛人2号は、単純だ。

 因みに愛人3号は、京都新城で正妻達と共に留守を守っている。

 用心棒である鶫達とは違い、ナチュラはその手の地位は無い。

 その為、万が一、彼女を連れて歩くと、同席している朝顔の醜聞スキャンダルになりかねない為、今回は付いて来ていないのだ。

「若殿、拭いて下さいます?」

「良いよ」

 塵紙で鶫の頬を拭う。

 新婚の若夫婦の様なイチャイチャ具合に当然、不満分子が2人。

 じーX2。

「兄者」

「真田よ」

「「贔屓?」」

「全然。ほら、お江もお食べ」

 フーフーしてあーん。

「私も御願い」

 小鳥が親鳥から待つ様に、口を開けて待つ。

「はいよ」

 あーんしてもらい、朝顔は上機嫌だ。

 そんなこんなで夜まで待つ。


 大坂猛虎軍の本拠地ホームグラウンドは、現在の阪神甲子園球場の場所にある。

 名前は大坂球場なので大阪球場と混同し易いが、兎にも角にも、大坂猛虎軍の本拠地はここだ。

 最大収容人数は、11万4千人。

 綾羅島ルンナド5月1日メーデー競技場スタジアムと同じ位の規模だ(*3)。

 山城国が100万以上の人口を誇り、その隣に位置する摂津国もベビー・ブームが続いている。

 その主な原因の一つが、神戸にあるユダヤ人居留地だ。

 そこに住む超正統派は、戒律に則り、避妊をしない。

 その為、1家族が平均20人と非常に大家族だ。

 彼等は、仕事をせず、一生、信仰を極める事を目的に生きている。

 現代では徴兵を拒否し、イスラエル政府からの援助で生活し、一部の超正統派は、

・イスラエル解体

・パレスチナ解放

 を訴えている為、他宗派から白眼視されている。

 日本政府は政教分離に則り、超正統派にその様な生活費を与える事はしていない。

 では、如何やって収入を得ているかというと同信の友ブンデス・ブルデルなるユダヤ人同士の互助によって生きている。

 ユダヤ人超正統派の御蔭で、神戸は宗教都市になりつつあるといっても過言ではない。

 日本人も彼等に負けてられない、とばかりに子作りに励んでいる。

 出生率は、ユダヤ人超正統派が6・9。

 日本人が5~7と、双方による激しいデッドヒートが行われている。

 京に負けぬ位のベビー・ブームは、これが理由だ。

 神戸の街を歩くと、超正統派を見ない事は無い。

 男性は、

・黒い帽子

・黒い外套コート

・黒いズボン

 と、全身黒づくめだ。

 この統一感の服装は、中世以来、不変だという。

 対する女性は、詰まった襟にロングスカートが基本。

「髪は男性を魅了するもの」と考えられている為、既婚女性は髪を全て剃ったり、スカーフで覆ったり、かつらを装着する。

 女性の髪は男性を誘惑させるもの、という考え方は、厳格なイスラム教でも同じだ。

 これはかつらが、

・お洒落過ぎ

・可愛過ぎ

 たりすると、男性から注意を受ける事もある、との事だ(*4)。

「「「……」」」

 ほぼ初めて見る超正統派に、女性陣は、カルチャーショックを受けてしまう。

 これまでの人生で、あれほど黒一色で、揉み上げを長く伸ばす男性を見た事が無かったから。

「言い忘れていた。彼等には、三猿さんえんだからな」

 ―――見ざる、聞かざる、言わざる。

「「「……」」」

 女性陣は、素直に頷く。

 超正統派は、性の性の分離を厳格に実施している。

 宗教や人種を問わず女性の画像を見せる事は慎みに欠けるとして避けられる傾向にあり、超正統派系新聞の例ではドイツの女性首相やアメリカの女性国務長官の姿を消して(修正して)掲載した事がある(*5)。

 この他、


・未婚の男女は一緒に歩く事禁止

 →公共の場においてはバスで男女別々の席に座ったり、祈りの場も分けている。


・女性が生理の際は、男性は女性に触れる事禁止

 →万一、男性が触れてしまったり、生理中の女性が座った後の椅子に座ってしまった場合は、水浴場ミクバーで身を清めなくてはいけない(*4)。


 又、近代的な携帯電話、テレビ、パソコン等も使用しない。

 彼等は終生、信仰のみで生きるのだ。

 女性陣が誤解しない様、大河は説明する。

「あれが、彼等の生き方だよ。全部、戒律に則っての事だ。ほら、以前、仏教が肉食禁止していただろう? あれと同じだ」

「……不思議」

 理解し辛い様でお江は、首を傾げる。

「不思議だな。でも、それが生き方なんだ。決して、否定してはいけないよ」

「うん。分かった」

 大河もエリーゼと関わらなかったら、超正統派を知らず、驚き、白眼視していたかもしれない。

 知る事は、理解の第一歩だ。

 超正統派の信者は、大河と目が合うと会釈する。

 欧州ヨーロッパでは、異端視されていたユダヤ教に安息の地を用意してくれた彼の事は、超正統派の間でも有名だ。

 多くのラビも大河を支持し、彼の推し進める政教分離原則の下、政治には深く関わろうとしない。

 ユダヤ人居留地を抜け、球場に着く。

 開門1刻前というのに、既に人は大勢居る。

 列は二つあり、一つが黄色一色の虎党。

 もう一つがオレンジ色の兎党だ。

 球場が地元、というだけあって、虎党の方が多い。

 9対1位の割合だろうか。

 暴動対策の為に池田恒興の部下が沢山、警備兵として列を監視している。

 警備兵は、自動小銃を所持し、有事が起きたらすぐに発砲出来る様にしている。

 これ程厳重なのは、ファンの中に極右勢力と結び付きがある場合が考えられるからだ。

 現代でも欧州のフーリガンの一部は、極右勢力との関係が指摘され、問題視されている(*6)(*7)。

「こちらへ」

 担当者が、一行を秘密裏に別経路ルートから案内する。

 御忍びなので、一般市民同様に入場したい朝顔だが、流石に主催者側もサポーター側も気を遣う。

 朝顔と気付かぬ輩が不敬を働く事も考えられる。

 諸事情を考慮した上での特別扱いなのだ。

「……御忍びなのに」

「まぁ、陛下の御意向もあるかもな」

 家族思いの帝の事だ。

 行動を予測し、先んじて関係各所に根回ししていたかもしれない。

 一行が入った後、表門に大きな看板が設置される。

『天覧特別試合』と。

 天覧の2文字を見たファン達は、騒然とした。

「あれってまさか……?」

「さっき上皇陛下に似た人を見たけど、あの人じゃない?」

「凄い。生で観れるんだ!」

 ファンの中には、特別高等警察の私服警官も混じっている。

 念には念を入れよ。

 日ノ本初の職業野球天覧試合が幕を開けた。


[参考文献・出典]

*1:2005年2月9日 NHK総合テレビ『その時歴史が動いた』

*2:朝日新聞1971年10月17日

*3:https://www.businessinsider.jp/post-165538

*4:https://courrier.jp/expat/area/israel/jerusalem/61/7707/

*5:CNN 2015年1月15日

*6:『読売新聞』1985年6月4日夕刊 2版 3面

*7:著:安藤正純 石田英恒『ワールドカップを100倍楽しむための フーリガン完全対策読本』ビジネス社 2001年

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