西南戦争

第173話 不平士族

『規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し又、携帯する権利は、これを侵してはならない』(*1)

 ―――

 学校内における無差別殺傷事件スクール・シューティングを含む銃乱射事件が絶えないアメリカでは、ほぼ毎日、発砲が行われている(*2)。

 2019年8月までの間に、

・銃に纏わる事件総数         :3万3236件

・銃の乱射事件総数          :255件(1日1件以上発生している計算)

・警察が関与し死者が出た、銃の事件総数:1203件

・銃による死者数           :8795人

・銃による負傷者数          :1万7480人

・11歳未満の死者数及び負傷者数    :396人

 と、日本では、考えられない程の被害が出ている。

 その他、

 ―――

『・銃乱射で無差別に殺害されたのは、2019年に入って既に62人(*3)。

 ・1982年以降発生した「銃乱射事件」の数(*4)

(犯人を除く3の事件115件に限る)

 死者  :932人

 負傷者数:1406人』(*5)

 ———

 と目も当てらない数字だ。

 因みに世界一、銃に厳しい国の一つに数えられる日本では、年間10人も死者は出ていない。

 それ所か毎年減少傾向だ(*6)。

 平成29(2017)年

 発砲事件  :22件

 暴力団等関連:13件

 負傷者   :5人

 死者    :3人   米死者:1万5612人→1日当たり42人(*7)

 この数は、日本での平成22(2010)~平成29(2017)年の8年間の発砲事件の死亡者の合計数44人とする。

 銃規制が徹底された日本では、元々、諸外国と比べて銃器による犯罪の発生は少なかった。

 発砲事件は平成20(2008)年に50件を割り込んで以降、低水準での推移が続いている。

 これは、銃の違法取引や所持に関わる暴力団構成員の数が平成17(2005)年以降、漸減傾向にある事と関係している。

 暴力団構成員と準構成員の人数は平成29(2017)年末時点で3万4500人となり、統計が残る昭和33(1958)年以降、最少を更新した(*8)。

 無論、法律の厳格化も関係しているだろう。

 豊田商事会長刺殺事件以前、日本の殺人罪は、現代と比較すると軽かった。

 殺人罪でも短くて数年、長くて10年前後であった。

 然し、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律が成立すると、発砲事件だけでも無期懲役並と厳罰化。

 無事に出所しても所属していた暴力団が、その時にあるか如何か分からない。

 だからこそ、鉄砲玉の成り手が少なく、借金で首が回らない、二進も三進も行かない様な者や幹部級が選ばれ易いという(*9)。

 平成以降、鉄砲玉は、3K並に敬遠されているのだ。

 その様な背景もあって日本では、アメリカ並の銃乱射事件は起きず、安心して生活する事が出来ている。

 刀狩りを行った豊臣秀吉等や廃刀令を推進した新政府の下地もあって銃砲刀剣類所持等取締法は、国民を守っているのだ。


 万和2(1577)年10月。

肥前国ひぜんのくに(現・佐賀県、対馬市、壱岐市除く長崎県)

肥後国ひごのくに(現・熊本県)

筑前国ちくぜんのくに(現・福岡県西部)

長門国ながとのくに(現・山口県西部)

薩摩国さつまのくに(現・鹿児島県西部)

 で不平士族が一斉に蜂起する。

 同時多発に挙兵されたそれを、地元政府が止める事が出来ず、政府関連庁舎が焼き討ちに遭う。

 国軍が遅れて反撃に出るも、死を恐れぬ老兵が武芸を怠り近代兵器に頼りっ放しの新兵に負ける訳が無い。

 兵器が故障したりすれば、反乱軍の勝機だ。

 一気に攻め立て、平民出身の兵士達を殺戮していく。

 但し、

・降伏者

・投降者

・非戦闘員

 は殺さない。

 彼等は、腐っても武士。

 弱者を虐殺する程の悪党ではないのだ。

「……失策だな」

 素直に大河は、防諜機関・特別高等警察の失策を認めた。

 うも素直に反乱が成功した一因は、特別高等警察内部に共鳴者シンパサイザーが居たからだ。

 浪人に同情していた一部の警察官が、大河の知らぬ間に二重諜報員ダブル・エージェントと化し、密かに内部情報を漏洩させていた。

 二重諜報員達は、挙兵と同時に姿を眩ましている。

 恐らく、反乱軍と合流したのだろう。

 反乱軍には、一向宗の残党も合流し、雪達磨式にその数を増やしていく。

 30万から最終的には、50万人に。

 今までの伝統を覆す中央政府に不満を持つ数字の表れだ。

「……島津が意外だな。政府軍側とは」

「廃刀令には反対派だけど、民主主義には賛成だからね」

 島津氏の意見を楠が、代弁する。

 民主主義は、少数派の意見も聞く。

 その実効性は難しいが、田舎大名だからといって意見が黙殺される事は無い。

 島津氏としては、合法的に廃刀令を廃案に追い込みたいのだろう。

 ただ、反対派の過激派が蜂起した事により、世論は一気に賛成派に傾く可能性がある。

「で、行くの?」

「さぁな?」

 寝所で大河は、誾千代を抱きつつ、楠を見る。

 両手に花だが、その顔は、専門家プロフェッショナルのそれだ。

 これで煙草を吸っていたなら、更に格好良く見えるだろう。

「……九州攻め?」

 話を静かに聞いていた誾千代が、心配そうに口を開く。

 夫が遠征に行くのは、当然、反対だ。

 然し、防衛大臣が部下任せで安全地帯に居るのは、世間から非難が出かねない。

「命令が出ればな」

「「……」」

 大河の上官は、

・帝

・征夷大将軍(=首相)

 のみ。

 統帥権を持つ帝だが、君臨すれども統治せず。

 実際には、信忠のみが唯一の上官だ。

 恐らく、信忠は内閣情報調査室内調に籠り、情報を集めている頃だろう。

『若殿』

 隣室から鶫が声を掛ける。

『織田家より使者の明智様がいらっしゃいました』

「……」

 時計を見ると、の刻(現・午後11~午前1時)。

 当然、公務の時間帯ではない。

 夜着を羽織り、愛妻の裸体を毛布で隠す。

「通せ」

『は』

 数分後、襖が開き、非武装の光秀が入室した。

「真田殿、就寝中、申し訳無い」

「何です?」

「御所に来て下さい。御前会議です」

 御前会議―――憲法下の日ノ本において、帝臨席の下で重要な国策を決めた会議である。

 広義には、官制上、帝親臨が定められていた枢密院会議、又、王政復古直後の小御所会議や、帝臨席の大本営会議等も御前会議といえる。

 然し、狭義には、戦争の開始と終了に関して開かれた、帝・元老・閣僚・軍部首脳の合同会議を指す。

 正史では、明治27(1894)年に日清戦争を決定したのが最初。

 以後、三国干渉や日露戦争等に際して開催され、昭和13(1938)年以後には日中戦争(支那事変)の処理方針、日独伊三国同盟、対米英蘭開戦=真珠湾攻撃による太平洋戦争(大東亜戦争)開戦、太平洋戦争(大東亜戦争)終結等を決定した。

 大日本帝国憲法第13条には、天皇が開戦と終戦を決定する事が明記されていたが、例えば「御前会議法」という様な法制上の開催根拠が無い等、御前会議の開催は困難であった。

 又、天皇による意思の表明・発動は(天皇自らにその責任が及ぶ為)好ましくないとされ、例え出席しても一言も発しない事が多かった。

 御前会議での決定は、即時でそのまま国家意思の決定となるのでなく、改めてその内容について正式の手続(例えば閣議)の諮問を経てから正式に決定された。

 構成員は、以下の通り(*10)。

・天皇

・内閣総理大臣、国務大臣

・枢密院議長、枢密顧問官

・元老

・陸軍:参謀総長、参謀次長

・海軍:軍令部総長、軍令部次長

・宮内大臣

 正史同様、日ノ本の御前会議では、帝に発言権が無い。

 民主主義国として発言を制限するのは、非民主的と言えるだろうが、帝の影響力は絶大。

 文字通り、『鶴の一声』で国策が決定してしまう。

 立憲君主制と民主主義の両立は、大変困難なのだ。

「何故、勅使ではなく明智殿が?」

「決められたのは、真田殿では?」

「はい?」

「ほら、『招集権は、征夷大将軍のみ』と」

「あー、そうでしたな」

 昔の事だったので決定者本人が忘れていた。

 確かに、憲法を定めた時、大河自身がその様に明記した。

 御前会議開催を殆ど想定していなかった為、記憶の片隅に埋没していたのである。

「では、正門で待っています。お急ぎ下さい」

「40秒で終わります―――小太郎」

「は」

 天井の板が回転し、家守ヤモリの様に張り付いていた小太郎が、飛び降りる。

 大河の普段着の和装を持って。

 小太郎も既に着替え済みだ。

 2人の会話を天井裏で聴きつつ、用意していたのだろう。

 有能な奴隷である。

 40秒ではなく、20秒程で着替え終え、大河は、腰に村雨と翠玉を散りばめた剣シャムシール・エ・ゾモロドネガルを差す。

 御所では、皇宮護衛官以外、例え他国の王でさえも非武装でなければならない。

 然し、近衛大将であり、帝から絶大なる信頼を得ている大河は、特例により御所でも武器の携帯及び使用が認められている。

 長年の忠義が、実を結んだ形だ。

「誾、済まんが、お市様と代理を頼む」

「分かった……」

 の〇太並に感情が素直な女性だ。

「明智殿、少しの間、時間を―――」

「分かっています。では、後程」

 光秀は、にっこりと微笑み、下がる。

 同じ愛妻家として、大河の気持ちを理解出来るのだろう。

 但し、光秀は1人の女性を終生愛し、大河は多妻という大きな違いはあるが。

 領民からも名君と慕われる光秀と大河は、何かと共通項が多い。

「……大河?」

「御免な。でも給料分は働きたいんだよ」

「……うん」

 誾千代を抱き締め、接吻する。

 今生の別れ、という訳では無いが、念には念を入れよ。

「……落ち着いたら呼ぶから。一緒に故郷に錦を飾ろうぜ?」

「……分かった」

 九州出身者の誾千代と楠は、九州が戦乱になるのは、正直、受け入れ難い。

 折角、落ち着いた世の中を戦乱に引き戻す輩は、成敗しなければならない。

(……誾の為にも頑張らなくちゃね)

 楠の闘志に火が点くのであった。


[参考文献・出典]

*1:アメリカ合衆国憲法修正第2条

*2:銃暴力統計サイト「Gun Violence Archive」

*3:『タイム』マガジン 2019年8月4日付

*4:『マザージョーンズ』誌

*5:『【加速する銃乱射】今年に入って255件、死者62人 数字で見るアメリカの現実と憂い』 安部かすみ 2019/8/6

*6:警視庁

*7:Gun Violence Archive

*8:https://www.nippon.com/ja/features/h00178/

*9:『ダラケ! 〜お金を払ってでも見たいクイズ〜』#3 2015年10月29日

*10:ウィキペディア

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