第160話 偏袒扼腕

 キャプテン・クックは元々は、愛国者であった。

 戦争の際には、どんなに遠方に居様が、馳せ参じ戦った。

 国の為に。

 然し、戦争は人の心を変えていく。

 愛国心で戦っていたのだが、徐々に弱者を痛めつける事に快感を覚え、戦争犯罪を繰り返す様になっていく。

 英軍も問題視する様になり、太平洋に左遷されたのだ。

 御存知の通り、太平洋は探検家のフェルディナンド・マゼランが名付け親だ。

 1520~1521年に、世界一周の航海の途上でマゼラン海峡を抜けて太平洋に入った時に、荒れ狂う大西洋と比べたその穏やかさに、平和な海マレ・パシフィクムと表現した事に由来する。

 マゼランが太平洋に入りマリアナ諸島に至るまで暴風に遭わなかったことからこの様に名付けたともいう。

 明代末の中国では1602年に耶蘇会士、マテオ・リッチが世界地図『坤輿万国全図』を作成した。

 この地図は世界の地理名称を全て漢語に翻訳したものだが、太平洋全体に対する表記はなく、

・北海

・南海

・東南海

・西南海

・大東洋

・小東洋

・寧海

 という七つの海域名称を付けている。

 マテオ・リッチの世界地図『坤輿万国全図』は日本にも伝来し、1698年頃に書かれた渋川春海の『世界図』では北太平洋に「小東洋」と記されている。

 幕末になりパシフィック・オーシャンの日本語訳である「太平洋」が使われる様になった(*1)。

 そんな海で難破するのは、天文学的な確率の不幸だろう。

 然し、クックは転んではただでは起きない。

 漂流先の小笠原諸島を占領し、勝手に領有宣言を行っていた。

『大英帝国領ボニン諸島』

 として、勝手に国旗を地面に刺す。

 正確には、ここは、伊豆国の一部と北条家は見ている為、日ノ本領に変わりない。

 完全な侵略行為だ。

「隊長、猿共は如何します?」

「そうさぁ……」

 顎を触りつつ、クックは答える。

「人間動物園だな」

 現代では行われていない人間動物園だが、人種差別が横行しているこの時代、別段、珍しい事ではない。

 16世紀の再生ルネサンス期、メディチ家の一員でフィレンツェの領主シニョーレ、イッポーリト・デ・メディチ(1511~1535)はバチカンに動物園メナジェリーを造り、種々の動物と同様に様々な人種を集めていた。

 彼の元には「野蛮人」、

・ムーア人(北西アフリカのイスラム教徒ムスリム。ベルベル人)

・アフリカ人

・インド人

・タタール人

 等が居り、20以上の言語が使われていたという(*1)。

 噂で知ったクックもその模倣をし様としていた。

 一部の宣教師が、日本人の奴隷売買に関わっていた様に、この時代に人権という概念は存在しない。

 黒人も東洋人も、差別する側の白人には、猿なのだ。

 酒を飲み、思案していると、

「ぎゃああああああああああああ!」

 突如、叫び声が。

「!」

 慌てて立ち上がって、外に出る。

 すると、黒づくめの集団が、部下の首を狩っていた。

「助け―――」

 最後まで言えず、部下の首が切り離される。

 血飛沫が滝の様に上がり、クックの頬に迄飛んできた。

「……」

 ゾクッと、クックに悪寒が走る。

 今更ながら思い出す。

 日ノ本には、斬首という文化がある事を。

 チュドーン!

「「「!」」」

 振り返ると、修理中の船が燃えていた。

 その先には、今まで見た事も無い戦闘機―――A-10がAGM-65 マーベリックを放っていた。

 船だけでない。

 陣地も躊躇い無く爆撃されている。

「「「……」」」

 その余りの圧倒的な軍事力に、海賊達は、抵抗する気は喪失していた。

『こちらアルファ、マルハチ制圧クリア

「ブラボー、了解」

 部下からの報告に、大河は応じた。

「引き続き、豚を屠殺しろ」

『は』

 大河達は、母島の海岸に居た。

 目の前には、捕虜にされていた島民が居る。

 彼等は、部隊の厚遇の下、治療を受け、与えれた食料を摂っていた。

 島民が気付く。

「ナチュラ様ですか?」

「ええ」

「長が御戻りになったぞ!」

 わーっと、ナチュラは囲まれる。

 慕われている証拠だ。

 島民は囲んでも、彼女に触れる事は無い。

 女神の様に其々、拝む。

「「「あ~神様」」」

 一部の島民は、踊り出した。

 所謂、『南洋踊り』である。

 史実だと、大正末から昭和初期にかけて、当時、日本の委任統治領だった南洋諸島(サイパン等)へ出かけた者が、現地の踊りを父島に持ち帰ったのが始まりとされる。

 父島の教師が青年学校でこの踊りを教えた為、島の若者の間で座興の踊りとして広まり、やがて大神山神社例大祭の日に波止場で特設ステージが作られる等、島全体の娯楽として定着していった。

 母島でも昭和7(1932)〜8(1933)年頃、南洋諸島の開拓事業からの帰国者が現地で習得した踊りを酒宴の席で披露し、忽ち《たちま》島民の好評を集めて月ヶ岡神社例大祭の演目の一つにまでなった。

 本土から小笠原へ派遣されてきた軍人の間でも人気があり、基地内の余興の場で披露される程であった。

 その後、太平洋戦争の激化によって小笠原島民は本土へ強制疎開となり南洋踊りは一時途絶えるが、懐かしい故郷の芸能として疎開先でも折々踊られた。

 本土復帰後、南洋踊りが復興され、昭和56(1981)年には保存会も設立され、現在に至っている(*3)。

 島民の多くは、仏教、神道、耶蘇教の信者だ。

 然し、本土から離れている為、独自の宗教観が生まれ、ナチュラを生き仏(現人神)の様にたたえる。

 島民には、ナチュラの様なポリネシア人も多い。

 彼等は踊り狂い、感情が昂ってポリネシアン・セックスに走る者も。

 国籍上、日本人なのだが、激しく感情を表に出す分、民族上、欧米系島民で間違いないだろう。

「……! 貴方様は、山城守様で?」

 1人が気付く。

 京から遠く離れたここでも大河は、有名人だ。

 若しかしたら征夷大将軍の信忠や、象徴シンボルの帝よりも知られているかもしれない。

「そうだ」

救世主メシア様だ!」

 今度は、大河が囲まれ、南洋踊りが披露される。

 歓迎されている証拠だ。

 パリ解放直後のパリ市民の如く、喜ぶ島民の舞は数時間続くのであった。


 翌日。

 海賊の多くは、島の中央にある奉行所に居た。

 身分は、捕虜。

 海兵→海賊→捕虜、と見事なまでの転落振りだ。

「「「……」」」

 全員、骸骨の様に痩せ細っている。

 一晩でこうなったのは、大河の所為だ。

 余りにも多い捕虜に苦慮した大河は昨晩、彼等に籤引くじびきさせ、を引いた者を処刑した。

・火炙り

・斬首

・山羊責め

 で。

 生きながら燃やされ、問答無用で首を刎ねられ、山羊にさまがトラウマとなっているのだ。

「……」

 クックは、その中でも凄惨である。

 前頭葉白質切截術ロボトミーを受け、感情が無い。

 生きているのか、死んでいるのかさえ分からないらしく、涎を垂らし、失禁している。

 とても、名の馳せた元海兵とは思えぬ末路だ。

 裁判官は、当然、島民である。

「主文後回し。被告、海賊共は男性を奴隷化し、女性をことごとく犯し、愛玩動物と化した。その罪は、鬼畜としか言い様が無い」

 法律家が感情に流されてはいけない事だが、裁判官も又、被害者の為、致し方の無い事だろう。

 私刑で殺さないのは、大河が「法治国家として私刑はいけない」と根気強く島民を説得したからだ。

 無論、彼等の想いに応えるべく、昨晩の捕虜の死刑執行には、被害者を立ち会わせた。

 現代の日本では、徹底した秘密主義の下で、死刑執行の際に遺族が参加する事は出来ない。

 遺族の無念を政府が司法を通じて果たす、復讐対策の為とされる。

 又、公開処刑は、人権団体が煩い。

 公開処刑を行っている国々は、イスラム教国の一部や独裁国家だ。

 前者は、イスラム法に「信者を処刑に立ち会わせる事」と明記されている為。

 後者は、見せしめの理由が多い。

 遺族参加型の死刑執行の方が本当の死刑執行、と大河は考えている。

「漂着し、空腹だった事には、情状酌量の余地があるが、それを差し引いても、助けてくれた者達の恩を仇で返すのは、人間の所業ではない。よって死刑を宣告する」

 瞬間、

「やった~!」

「殺せ! 今すぐ殺せ!」

 傍聴人の島民達は歓喜する。

 分かっていた事だが、やはり、判決が確定する迄、推定無罪だ。

「……」

 島民の様子に満足し、大河はヘリコプターに乗り込む。

 海賊に一時、占領された反省を踏まえて、小笠原諸島には、軍事基地の建設が始まっている。

 旭日旗、日章旗、北条鱗が掲げられている通り、日ノ本領である事を明確にし、更には、管理者を北条家と内外に主張アピールしている。

 島民の多くは、無策だった北条家より、救出者の山城真田軍に常駐して欲しい所だが、北条領である以上、それは難しい話だ。

 然し、実質、北条家は大河に畏怖し、割譲を要求すれば簡単に差し出すだろう。

「今回の見事な作戦、有難う御座いました」

 ナチュラが追って、大河の隣に座る。

 何故か花嫁衣装で。

「……その格好は?」

「島民からの贈答品です。山城様との御婚約を祝して」

「……」

 色々疑問に思う事は多々あるが、それを一掃する位、文金高島田が似合っている。

「「大河」」

「主」

「若殿」

 先に居たエリーゼ、楠、小太郎、鶫の目が怖い。

「……えっと―――」

「ああ、正室の皆様には、御迷惑にならぬ様、愛妾として立候補しますから。姦通罪には当たりませんよ?」

 凄い理論だ。

 大河の意思を全く考えていない。

 南洋出身者らしく、情熱的に猛主張アピールだ。

 一気に距離を詰め、その臭いを嗅ぐ。

「……香水ですか?」

「ああ」

「好きです♡」

 そして、接吻を狙う。

 が、

「死ね」

 ナチュラの唇の先をクナイが掠める。

 ズドンッと、刺突音がするも、大河は怖くて、その場所が見えない。

 操縦士も見て見ぬ振りだ。

「(離陸します)」

 聞こえるか聞こえないかの声量と共に、ヘリコプターは、浮き上がる。

「愛人を名乗る癖に、正妻の前で夫を襲うんだ?」

「エリーゼ様の様な恐妻ではありませんよ。私は」

「はぁ!?」

 ナチュラは、舌なめずり。

「真田様の正室は如何も嫉妬深い奥方が多い様ですが、私は、寛大です。外で隠し子を作ろうが、最後、家に戻って来て下されば、何の問題もありません」

 懐の深さを見せつつ、大河の手を握る。

「私を一目惚れさせた罰が当たりましたね? 断れば島民が呪いますから御注意を」

「……何処が寛大?」

 冷静沈着に突っ込む大河。

 然し、ナチュラの予告通り、ヘリコプターに手を振る島民の後ろで、巫女が一心不乱に祈っていたのだった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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