第156話 暗香疎影
夜。
猿ヶ辻(或いは、猿が辻)は、御所の塀の北東の角部分の通称だ。
北東(
・猿の木像を鬼門除けとして築地塀の
・御所を守護する日吉神社の神使が猿だった事から「猿ヶ辻」が由来説
「猿ヶ辻」の部分の塀は、敷地内へ
「御所が鬼門を避けている」
「除けている」
と考えられ、それが後世まで鬼門を除ける手法とされてきた。
現代でも人々は縁起を担いで鬼門とされる住宅の北東部分に魔除けとして、
・
・
・
を植えたり、鬼門や裏鬼門(南西)から水回りや玄関を避けて家作りをする等、鬼門を恐れた家相を重視する社会通念は根強く残っており、東京芸術大学、東京工業大学名誉教授・清家清の著書において「家相の教え通りに凹ませている」と述べている(*1)。
事実、京都の
それを狙う刺客は、20人。
・曲がり角
・塀の上
に平民に偽装した便衣兵。
近くの池にも居る。
5人ずつ、四つの集団に別れ、一行を狙っていた。
一行が、猿ヶ辻に差し掛かった所、
「「「天誅!」」」
曲がり角の5人が、一斉に斬りかかる。
「よっと」
が、大河は予期していた闘牛士の如く、切っ先を避けた。
「「「!」」」
襲撃者は、驚く。
相手は、大河だけ。
妻達は、愛妾達に守られていたから。
「殺気が分かり易過ぎるんだよ。馬鹿が」
悪戯っ子の様に微笑むと、大河は村雨丸とベレッタを抜く。
「斬殺と銃殺、どっちが良い?」
「「「……」」」
「両方だな?」
「「「天誅!」」」
思い切った行動であるが、”一騎当千”には、全てお見通し。
5人を一切見ずに其々の頭部を撃ち抜く。
テトリスの様に5人の死体が、積み上げられる。
残り15人。
鬼神の如き、戦働きに彼等の戦闘能力は0になる。
長らく平和な時代だ。
武士の多くも実戦感覚を失い、平民より少し武道に長けた様な、もやしっ子侍が増えて来た。
「真田様~♡」
「兄者~♡」
格闘家の夫を応援する妻の様に、姉妹は黄色い声を上げる。
幼少期より死を見慣れて来た彼女達には、殺人は一種の娯楽だ。
石田三成の家臣の娘・御庵は、徹夜で首化粧を施していた。
味方が討ち取ってきた敵将の首を洗い、必要であれば化粧をして、名札をつける。
彼女は、後年、次の様に回想している。
―――
『味方へ、とった首を、天守へ集められて、札を付けて覚えおき、再々、首にお歯黒を付ておじゃる……首も怖いものではあらない。その首共の血臭き中に、寝た事でおじゃった』(*3)
―――
直接は聞いた事は無いが、三姉妹も御庵の様に首化粧をしていたかもしれない。
現代でも例えばシエラレオネでは、多くの少年兵が覚醒剤を打たれ、残虐行為に慣れて行った。
少女も軍人の妻や性奴隷になる事も多い。
戦争は、人の心を麻痺させるのだ。
愛妻の声援で、大河のテンションは更に上がる。
「さぁ、来いよ。豚共。躍らせてくれ」
「「「……」」」
シリアの死線を潜り抜けた大河にとって、攘夷派は蚊のように殺せる。
「うわあああああああああああああああああああ!」
1人が逃げ出すと、その背中に村雨丸を投げる。
槍投げの如く。
ずぶり。
心臓を捉え、貫通。
残り14人。
「く、糞!」
1人が抜刀し、斬りかかるも、大河は動じない。
「鶫!」
「は!」
阿吽の呼吸で、鶫から和傘を受け取る。
その直後、和傘を狙撃銃のように構えた。
「「!」」
先端が開き、7・62x51mm NATO弾が発射される。
陸上自衛隊で採用されている89式小銃、20式小銃、MINIMI軽機関銃の5・56x45mm NATO弾より少し大きなそれは、2人の腿へ。
「うぐ!」
肉や骨をも砕き、刺客は倒れた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
激痛に苦しむも、動くに動けない。
和傘は、仕込み銃であった。
「
銃口をフッと、大河は、吹く。
仕込み銃の模範は、ブルガリア人作家ゲオルギー・マルコフ(1929~1978)暗殺事件で内務省(説)が使用した物だ(*4)。
13人の刺客は、震えた。
騒ぎを聞きつけた直近の近衛兵が駆け付け、囲んでいたから。
大河を袋の鼠にしたつもりが、今度は自分達が鼠だ。
否、蛇に睨まれた蛙と言った所か。
非番だったのだろう。
和装の平馬が、駆け付けた。
「殿、何の騒ぎで?」
「ああ、馬鹿が襲って来たんだよ」
「あー……」
6人の死体と1人苦しむのを見て、平馬は察する。
「……ええっと。尋問した方が良いでしょうか?」
「そうだな。口は一つだけで十分だ。良さそうなの1人、しょってけ」
「1人……?」
「二度は言わんぞ?」
にっごりな笑顔に、平馬と近衛兵達はビビる。
「は、は!」
適当に1人、
「ああ、平馬。待て」
「はい?」
平馬の顔は、引き
激切れしている大河から早く離れたいのだろう。
火の粉がかかる前に。
「非番だったんだろう? 後で時間外労働の申請、忘れるなよ?」
「は、はい! 失礼しました!」
五輪100mで金メダルを獲れそうな位の速さで平馬は、駆けて行く。
近衛兵達も死体を片付けて、捕虜を連れて行った。
死体が7体に増えていた所を見ると、最後の者は失血死した様だ。
「さぁて。どう調理し様かね?」
「「「……」」」
残党は、涙目で震え死体を羨ましく見ていた。
『【山城守襲われる!】
昨晩、猿ヶ辻を歩いていた山城守が、襲撃を受けた。
襲撃者は、20人で1人の捕虜を除き、全員、その場で返り討ちとなった。
被害者・山城守と御家族、用心棒は、無傷。
目撃者の証言によれば、山城守は、神懸かり的な予知能力で直前に察知。
御家族を用心棒に預けられ、単身で反撃したという』
———
「……」
ニマニマと、橋姫は国営紙を読んでいた。
「橋が教えたの?」
「あら、何で知ってるの?」
謙信は、累に母乳を与えつつ、答える。
「分かるわよ。ずーっと同じ記事、読んでいるから」
「あー隠していたのに」
あの時、大河は襲撃者の気配に察知していた。
然し、敵の
迷っていた所を、文字通り、天の声で橋姫が教えたのだ。
『20』
と。
「楠が嫉妬するから、秘密でね?」
「分かってるわよ」
謙信も活躍したかった様だが、累の育児に忙しい。
案の定、楠は、不満であった。
別室で、大河の背中に頭を預けつつ、体育座りしていた。
その目は、暗い。
「私を呼んでよ……」
「呼ぶ暇無かったよ」
「……はぁ……」
深い溜息。
くノ一として久々の仕事が無かったのだから。
「……」
何も言わず大河は振り向き、楠の頬を撫でる。
「何?」
「いや、可愛いなと思って」
「……何処が?」
「全部」
事務作業を止め、大河は、楠の向かい合う。
「御免な。俺だけ楽しんで」
「……そうよ」
「じゃあ、これまで以上に一緒に居様。俺を守ってくれ」
「!」
戦闘力では、大河の方が遥かに上。
確認戦果でも両者には、埋められない程の差がある。
楠を下に見ても可笑しくは無いのだが。
「……良いの?」
「全然。歓迎だよ」
嫌がられると思っていた楠は、
「小太郎達に指導してやってくれ。楠の力は、必要だ」
「……有難う♡」
機嫌が直り、楠は笑顔に。
人間、頼られると気持ちが良い物だ。
「ちょっと、私は?」
エリーゼが、蛇の様に絡み付く。
何故だか、その舌が二股に見えたのは、秘密だ。
「エリーゼは、駄目だ。俺より残虐だから」
「あら? 貴方程じゃないと思うけれど?」
「兎に角、エリーゼは駄目だ。心配だからな?」
「あら、優しいわね?」
「愛妻家だからな」
エリーゼを抱き寄せ、大河は、耳元で囁く。
「(で、妊娠した?)」
「(あら、地獄耳ね? 分かる?)」
エリーゼは、他の女性陣同様、妊活中だ。
最近、生理が遅れ、
妊娠の代表的な初期兆候だ。
「(
「(そうなるな)」
「(虐めが心配)」
現代では
然し、この時代は外国人に慣れていない日本人が多い。
弥助見たさに将棋倒しが起き死傷者が出たり、ペリー来航の際の彼の肖像画は鬼の如く描かれている。
「(その時は、外国人街でな?)」
親なら誰しも我が子を虐められたくはない。
「(そうね)」
2人は、幸せな接吻をする。
エリーゼの事だ。
実子を敬虔なユダヤ教徒にしたいだろう。
ただ、この国では、まだまだ神道や仏教以外への理解が少ない。
今尚、地方では仏教過激派が、教会の焼き討ちをする等、混乱が見受けられる。
仏教公伝後に崇仏論争が起きた例がある。
欽明天皇が、仏教を信仰の可否について群臣に問うた時、物部尾輿と中臣鎌子等(神道勢力)は仏教に反対した。
一方、蘇我稲目は西の国々は皆仏教を信じている。
日本もどうして信じないでおれようか(*5)として、仏教に帰依したいと言ったので、天皇は稲目に仏像と経論他を下げ与えた。
稲目は私邸を寺として仏像を拝んだ。
その後、疫病が流行ると、尾輿等は外国から来た神(仏)を拝んだので、国津神の怒りを買ったのだ(*6)として、寺を焼き仏像を難波の堀江に捨てた(*7)。
ユダヤ教は非公式に大河が厚遇している為、
然し、宗教対立は現在でもインド(ヒンドゥー教)VS.パキスタン(イスラム教)等の例がある様に無くならない。
(民族差別に宗教差別の被害者にならないと良いが……)
出来ても無い我が子を心配する、親馬鹿な大河であった。
[参考文献・出典]
*1:『現代の家相』
*2:小池康寿『日本人なら知っておきたい正しい家相の本』 プレジデント社 2015年
*3:『御庵物語』
*4:コリン・エヴァンス 訳:藤田真利子 『不完全犯罪ファイル 科学が解いた100の難事件』明石書店 2000年
*5:「西蕃諸國一皆禮之,豐秋日本豈獨背也」
*6:「昔日不須臣計 致斯病死 今不遠而復 必當有慶 宜早投棄 懃求後福」
*7:『日本書紀』
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