第107話 暮色蒼然
11月から降り始めた雪は、ほぼ毎日絶えない。
五九豪雪の昭和59(1984)年に京都市で記録した79cmと同記録の積雪となった。
山城国内では、平賀源内が開発した除雪車が行き交う。
国民も総出で雪掻きだ。
各々、
除雪に関しても、大河は現代の法律をそのまま流用している。
雪を棄てていけない場所は、三つある(*6)。
・道路(*1)(*2)
・川(*3)(*4)(*5)
・
刑罰の執行人は、特別高等警察の
その名の通り、道徳的立場から教育的指導を行う、学級委員長の様な組織である。
当然、これは、過去から現代に迄の日本には無い。
大河が創ったのは、シリアで知り合った
イスラム世界の多くの国々には、イスラム教的価値観に基づいた宗教警察が存在し、国民を指導(或いは、監視及び弾圧)している(*7)。
例:サウジアラビア→勧善懲悪委員会
アフガニスタン→勧善懲悪省
インドネシア →道徳警察
イギリス →
言わずもがな、大河は回教徒ではない。
然し、明治維新の際、新政府が欧米の
長所と思った事は、どんどん導入するのが彼の国策だ。
その御蔭で馬車が事故したり、川が増水する様な事は起こらない。
楽を選びたい気持ちは分からないでは無いが、楽した結果、被害が出るのは意味が無い。
事前の大河の熱心な説得と、道徳警察の監視の下、被害は最小限に抑えられる。
大河達も城の雪掻きを
「……雪、重いですわ」
「千、無理するな。ぎっくり腰になるぞ?」
「御配慮は有難いですが、自分だけ左団扇は民が納得しませんわ」
「……そうか」
他の女性陣も参加している。
京都新城は軍事基地であるが、自分達の家でもある。
家主が自宅の掃除をするのは、当然の事だ。
無論、家臣団、女中も皆、汗を流す。
参加者の最年少・華姫も頑張る。
「えっほえっほ」
匙で掬い、ゴミ捨て場に持っていく。
積雪量から対比すると、『雀の涙』であるが、鋤や
華姫が参加した事で参加者の士気は高まり、予想以上に捗る。
正午。
ドーン!
午砲が撃たれ、休憩に入る。
現在では、
・騒音
・経費上の問題
・時計の普及
等の理由から20世紀前半にその文化は廃れ、香港等の一部地域でしか行われていない。
日本では、皇居や大阪城等で午砲台が設置され、後に”ドン山”の愛称が定着し、現在でも呼称されている場所がある(*7)。
発祥地はイギリスで、その時期も18世紀末からだが、大河が先んじて行った事になる。
ここでも歴史を変えてしまったが、ゆ●てぃ並に小さい事は気にしないのが、大河の良い所だ。
御昼御飯は、綺麗な雪を溶かして作った流し素麺とかき氷であった。
両方共、夏の心象が強いが、お江や華姫、朝顔、於国の希望である。
「美味しい♡」
幼妻達と比べ、彼女は余りかき氷を食べないが、美味しい物は食べたいのである。
「良い訓練になったわ」
謙信は、大河に寄り掛かり、甘えていた。
除雪作業を軍事訓練の一つ、と割り切るのは、彼と波長が合う証拠だろう。
「俺もだよ」
彼女の汗を、大河は、手巾で拭う。
彼女だけでない。
エリーゼ、千姫、茶々、お江の4人は、ほぼべったりだ。
「大河、食べさせて」
「はいよ」
エリーゼに流し素麺をあーんさせると、
「山城様、汗を拭って」
「応よ」
千姫の胸元を拭く。
「真田様、ぶるーはわいのしろっぷかけて」
「これだな」
「兄者、寒いから抱き締めて」
「こうか?」
休憩時間でも、大河は、休めない。
然し、幸せだ。
お江を抱き枕の様に抱き締めつつ、他を世話する。
楠が隠れて
くちゅん。
「寒いか?」
「あら、聞こえた?」
「そりゃあ、よく見ているからな」
「……」
体全体が霜焼けの様に赤くなっていく。
「炬燵、入ろう」
縁側に炬燵が用意され、全員、入る。
今回は大河の左右を誾千代、謙信が陣取り、その近くを結婚順に妻達が座って行く。
時に炬燵は、入ってしまうと出て来れなくなってしまう魔界だ。
橋姫もその温かさに気持ちが良くなり、動けない。
「あ~……これ、民間に売らないの?」
「売りたいが、結構経費がかかるからな。現状買うのは、公家や高位の武将くらいだろう」
昭和28(1953)年発売の白黒テレビは、サラリーマンの月給が、3万円だったのに対し、1台30万円前後(*8)。
調べては無いが、この炬燵も、売ればその位の値段になるだろう。
庶民には到底、手が届かない代物だ。
庶民が安心して購入出来るのは、発売後、数年以上、経ってからだろう。
「……」
国民の生活が第一、と考える大河は、早速販売を検討し始めた。
有権者に都合の良い公約だけを掲げて当選する詐欺師の様な政治家ではなく大河には、詐欺師とは違い、実行力がある。
山城国の民の生活が、どんどん変わっていくのであった。
炬燵だけではない。
天才発明家・平賀源内は、続々とヒット商品を開発する。
その代表作が、「交通三種の神器」とも言うべき、
・自動車
・電車
・航空機
だ。
そのどれもが、石炭を燃料とする為、国外から揮発油等を輸入する必要は無い。
日本国内に産地が沢山あり、自給自足で運営出来るのは、後年の石油危機を考えると、非常に有難い事である。
以下、主要産地(*7)。
・釧路炭田
・石狩炭田
・天北炭田
・常磐炭田
・宇部炭田
・大嶺炭田
・筑豊炭田
・糟屋炭田
・三池炭田
・唐津炭田
・北松炭田
・西彼杵炭田
・天草炭田
・西表炭鉱
戦国時代と各地域が半独立状態であった為、平和的な輸入は困難であったが、織田信長による中央集権国家の下、その心配は無い。
文字通り、北は旧蝦夷地(現・北海道)から南は旧琉球(現・沖縄)迄だ。
石炭をエネルギー源にした場合の長所は以下の通り(*9)。
―――
『・石炭は、他の化石燃料に比べて賦存地域(天然資源が理論上は存在していると算定されている地域)が欧州・ユーラシア、北米、亜細亜大洋州等、地理的に均衡良く分散しており、供給の安定性が高い=石油や天然瓦斯と比べて、地域による偏在が少なく、地政学的危険の高い中東に依存する必要がない事から、エネルギーセキュリティを向上させる事が可能
・他の化石燃料に比べて経済的に採掘できる年数(可採年数)が長い
・低価格で安定している事
=熱量あたりで比較すると、価格は原油や液化天然瓦斯に比べ1/2~1/3であり、価格の変動も少ない為、発電費用の低いエネルギー源として活用する事が出来る
・常温で固体であり、液化天然瓦斯の様に揮発しない事
・他の燃料と比較して爆発の危険性も低い事から保管が容易
現代でも日本国内には約1ヵ月分の在庫が存在している。
短所としては、
・二酸化炭素の排出量が多い
→環境に配慮しながら使用する必要がある』
―――
極端な
開発された三種の神器は、二酸化炭素の排出を抑える細工が施されている。
「これが、くるま……」
日産・スカイラインGT-Rに朝顔は、目を輝かせる。
他の女性陣は、電車と航空機に夢中だ。
電車は、
・地下鉄
・路面電車
・蒸気機関車
航空機は、ジェット旅客機である。
当然、軍用機も開発済みだ。
「どうです? 試乗してみますか?」
「死刑囚で人体実験したんだろう?」
「ええ」
悪魔の笑顔を源内は、見せる。
現代だとまずは、動物実験が先だろうが、動物だとデータがそのまま反映し辛い短所がある。
そこで大河が目を付けたのは、死刑囚であった。
死刑囚の任務は、死ぬ事だ。
無駄に生き長らえさせたら、食費等、経費の無駄にもなる。
そこで、源内の開発に提供し、データを取らせているのであった。
「有難い話ですよ。犯すも殺すも自由ですから」
「ほー、愉しんでいるなら何よりだな」
「艶福家の御殿様には、敵いませんよ」
余り知られていないが、源内は同性愛者だ。
その証拠に史実では、生涯に渡って妻帯せず、歌舞伎役者等を贔屓にして愛したという。
中でも二代目・
晩年の殺傷事件も男色に関するものが起因していたともされる(*7)。
異性愛者の大河の視点だと、酒と男に溺れ、更に大好きな発明も出来る源内は心底、幸せそうだ。
「試乗は、帝に御願いし様。お召し列車と御乗用列車も献上してくれ」
「仰せのままに」
日本の
無論、御所にそれらを管理出来る敷地は無いので。
「管理者は、朝廷で良いですかね?」
「ああ。若し、難しければ、交通局に任せ様」
新設したばかりの交通局には重荷過ぎるだろうが、後年、お召し列車を管理していたのは日本国有鉄道(現・JR)である。
山城国中には、
・道路
・
・滑走路
が、敷設され、山城国は世界一の交通網を誇る地域となった。
手始めに道路と軌条は、御所と京都新城、二条城を結ぶ。
初めて自動車に乗った帝は、大満足だ。
流石に無免許の為、運転手は大河。
助手席に帝。
後部座席に朝顔という配置になる。
「鉄の塊だな。どの位の速さになる?」
「は。恐れ多くも、論より証拠と言います様に。実際に走って体感した方が宜しいかと」
「ほう。では、そうしてくれ」
余り感情を表に出さない帝だが、初めて乗る車の期待と恐怖心に若干、腕が震えている。
後部座席の朝顔も同じく。
「真田、事故らない?」
フランス人のニコラ=ジョゼフ・キュニョー(1725~1804)は、世界で初めて自動車を開発し、又、世界で初めて運転した。
更に煉瓦に衝突した事で世界で初めて自動車事故を起こした人物ともなった。
後年の歴史を考えると、大河が事故っても何ら可笑しくはないのだ。
「案ずるな。これでも国際運転免許証持ちだ」
「「え?」」
2人が振り返った途端、車が動き出す。
「「おお!」」
2人は、シートベルトが千切れそうな程、驚き、観衆の女性陣も、
「「「……!」」」
驚き過ぎて言葉が出ない。
本田●人並にスピード狂な大河であるが、流石に帝を事故らせる訳にはいかない。
慎重に慎重を重ね、法定速度の60kmを遵守する。
「「……」」
2人は、窓硝子を開け、風を感じた。
通行人もぎょっとする。
何せ菊の御紋を装着した御料車が、走っているのだから。
瓦版が速記者の様に記事を書こうにも、驚きが勝り、勝てない。
御所と京都新城を1往復し、御所に戻る。
「……天晴」
それ以外に帝の感想は無い。
続いて、蒸気機関車に乗る。
今度は、流石の大河でも操縦は出来ない。
そこで彼が採ったのは、自動運転システムだ。
スマートフォンに内蔵してあるAIと蒸気機関車を繋ぎ、AIに操縦を委任したのである。
「……運転士が居ないのは、怖いな」
「申し訳御座いません。事故ると運転士が自殺しかねないので……」
「……そうか」
事情が事情なだけに帝は、寂しそうだ。
大河が敢えて自動運転を導入したのは、明治44(1911)年11月10日の出来事が関連している。
この日の午前中、陸軍大演習に親臨、統監する為に久留米に向かう天皇一行が乗車する予定の特別列車が、門司駅構内での入れ替え作業中に脱線したのだ。
その復旧なで約 1時間に渡って天皇は待った。
翌日、その責任を取り、門司駅の駅員が自殺する。
動機は遺書によれば世論から叩かれる会社への謝罪の為であったが、天皇を待機させた代償が1人の死になったのは、事実だ(*10)。
後年の様な犠牲者を出さない為にも、自動運転は仕方の無い事であった。
蒸気機関車が汽笛を鳴らし、走り出す。
然し、
「「……」」
運転台を気に入り、帝と朝顔は景色よりも目が離せない。
不敬を承知で、「可愛い」と萌える大河であった。
[参考文献・出典]
*1:道路法43条2項
*2:道路法100条3項
*3:河川法29条1項
*4:河川法施行令16条の41項
*5:河川法施行令58条
*6:https://legalus.jp/others/natural_disasters/ed-1208
*7:ウィキペディア
*8:http://www.kdb.or.jp/syouwasiterebi.html
*9:経済産業省 資源エネルギー庁 HP
*10:『門司駅員の引責自殺 と山川健次郎言責事件- 二つの忠君愛 国 をめぐって』 小 股 憲 明 京都大学
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