第105話 慈烏反哺

 11月。

 華姫は、私立の寺子屋の幼稚園に入りました。

 本来ならば春に入学するのが通例ですが、養父がほぼ1日中、家に居る事を良い事に勉強を疎かにした結果、この時機に入学する事になったのです。

 幼稚園に居るのは、来春までですので、実質約4か月という短い園児生活になりますが。

 幼稚園は、御所の近くにあります。

 というのも、園児は皆、公家や有力武将の子供達なのですから当然にはなりましょう。

 運営者は、養父です。

 山城国を統治しながら実業家でもある養父を、華姫は尊敬してやみません。

・顔

・体躯

・体臭

・皮膚の感触

・雰囲気

 等、全てが彼女好みでもあります。

 今日は、転校初日。

 華姫の学校生活を覗いてみましょう。

「さぁ、華様。御挨拶を」

「はなです。はじめてのがっこうせいかつ、なれないことは、たたあるとおもいますゆえ、ごしどう、ごべんたつのほど、よろしくおねがいします」

 流石、御嬢様です。

 僅か5歳にして、大人びています。

「「「よろしくおねがいします」」」

 級友達は、笑顔で会釈しました。

 山城国は空前絶後のベビー・ブームの御蔭で、1クラス200人とまるで中隊規模です。

 これ程多いのに荒れないのは、家庭の教育が良いからでしょう。

 先生は、尼僧です。

「華様、御家族の事を御紹介して下さい」

「はい。養母は、上杉謙信です」

「「「!」」」

 軍神の名を聞き、教室内はどよめきました。

「(けんしんさまってあのひめぶしょーさいきょーの……?)」

「(すごいな。おこらせたらぐんしんのいかりにふれるぞ?)」

「(しんげんこーのあとつぎがいれば、つりあうんだが)」

 皆、華姫から2m以上、距離を開けます。

「はいはい、皆様。御静かに。では、御父様は?」

「養父は、真田大河です」

「「「!」」」

 200人は、固まりました。

”一騎当千”の御令嬢と判った以上、不敬な態度は、許されません。

 大河や華姫等が如何に寛容でも、残念ながら人間は平等ではないのです。

 目に見えない階級が存在します。

 華姫が寺子屋のスクール・カーストの頂点に立った事は、言うまでもありません。

 

 最初の授業は、御伽草子でした。

・『一寸法師』

・『浦島太郎』

・『酒呑童子』

『物くさ太郎』

 等、現代でも有名な物語が、園児達自身が読み手となって朗読会が行われます。

 華姫の番が来ます。

「さぁ、華様。御読み下さい」

「じさくでもいいですか?」

「! 御自分で御作りになられたんですか? 凄いですね!」

 園児達も感心します。

「(ごじぶんでおとぎぞーしをおつくりになられるとは……)」

「(どんなものがたりなんだろう?)」

「(たのしみ)」

 書籍化された御伽草子を華姫は、皆の前で開きます。

 題名は、『灰被り姫シンデレラ』。

 日本に『灰被り姫』が紹介されたのは明治時代の頃。

 明治19(1886)年に『郵便報知新聞』が発表した『新貞羅』や翌年に菅了法翻訳による『西洋古事神仙叢話』にある『シンデレラの奇縁』があります。

 明治33(1900)年に坪内逍遥が、本名の坪内雄蔵名義で高等小学校の教科書用に『おしん物語』の題名で書いた際は、灰被り姫は苦難を堪え忍んでいる姿から名前を「おしん」とされ、

 魔法使い              →弁天

 硝子の靴              →扇

 王子                →若殿

 魔法の効力が切れる         →夕方6時

 王子と会ったのが灰被り姫だと証明方法→扇の色を当てる

 等、和風にアレンジされました(*1)。

 日本史上最も国民から愛され、更には国外でも人気を博した『おしん』が、後年存在する様に。

 少女が苦労し、立派に成長していく物語は、人々に好かれ易いのかもしれません。

 物語が、始まりました。

 ―――

『昔々、「花」と呼ばれている美しく心の優しい娘が居ました。

 本当は貴族の娘なのですが、意地悪な継母とその連れ子である2人の義姉達にその美しさを妬まれ、まるで召使の様に扱われていました。

 ある時、この国の王子、大河様が舞踏会を催す事になり、2人の義理の姉は着飾って出かけました。

 花も行きたかったのですが、勿論連れて行ってもらえません。

 1人になると、悲しくなった灰被りは、泣き出してしまいました。

 すると、花の名付け親である仙女が現れて魔法の杖を振り、舞踏会へ行ける様に、素敵な支度を整えてくれました。

 美しいドレス、南瓜かぼちゃから作った豪華な馬車。

 そして、燦然と煌めく硝子の靴。

 御終いに仙女せんにょは一つ注意を与えました。

「午後6時を過ぎれば馬車も衣装も元の粗末な姿に戻ってしまうから、必ず制限時間までには舞踏会を出る様にしなさい」

 花は、

「きっと御注意を守ります」

 と約束して、大喜びで舞踏会へ出かけました。

 さて、舞踏会に着いた美しい花は、たちまち皆の注目の的となりました。

 大河様も花に魅了され、踊りに誘って愛の言葉を囁きました。

 そうして夢の様な時間を過ごしている内に、花は時の経つのも忘れてしまいました。

 気が付くと、時計が午後0時を打ち始めています。

 仙女との約束を思い出した花は、駆け出しました。

 まだ花が何処の誰だか聞いていなかった大河様は引き留め様としましたが、彼女はあっという間に消えてしまいました。

 後には花が、履いていた美しい硝子の靴が片一方だけ取り残されていました。

 大河様は何とかしてあの舞踏会の女性を探し出そうと、御触れを出しました。

「硝子の靴がぴったり合う女性を自分の妻にする」

 というのです。

 高位な女性から次々に硝子の靴を試してみましたが、大きさが適当な女性は誰も居ませんでした。

 そして花の義姉達の番になり、彼女達は何とかして靴を履こうと無理をしましたが、無駄でした。

 そこへ花が進み出て、大河様の使者に、

「私にも試させて頂けませんか?」

 と言いました。

 義姉達は、

「召使風情が何を言うの?」

 と大笑いしましたが、大河様の命令は、「全ての娘に試させる様に」というものでしたので、使者は彼女にも履かせてみました。

 すると靴は、まるであつらえた様にぴったりでした。

 花は、もう片一方を衣嚢ポケットから取り出して履きました。

 使者は、

「この方こそ大河様の探しておられた女性だ」

 と言って、花をお城へ連れて行きました。

 大河様は大層喜び、数日後に花と結婚式を挙げました。

 心優しい花は、今までの意地悪を詫びた義姉達を許し、大層親切に遇した、という事です』(*2)

 ――

 余談ですが、大河が好むグリム童話版の方は、子供達にトラウマを植え付ける程、恐ろしい内容となっています。

 灰被り姫に惚れた王子は、彼女が帰宅出来ない様に階段にやにを塗ります。

 灰被り姫が継母を唆し、長女の爪先と次女の踵をナイフで斬り落とします。

 更に2人に無理矢理、靴を履かせ、ストッキングが血だらけとなります。

 これだけでどれ程、怖い話かが分かるでしょう。

 だが、残酷さは続きます。

 灰被り姫と王子の結婚式に義姉達が参列すると、突如、白い鳩が2人を襲い、両目を刳り抜きます。

 義姉達は、足と視力を失います。

 継母の方は、首吊り自殺。

 灰被り姫の高笑いにより物語は、終わるのでした(*3)。

 某アニメで男女関係のもつれから主人公とヒロインが殺害されたように。

 人間は結局の所、獣なのかもしれません。

 普段は自制しているが、何かの契機で獣と化すのかは、神のみぞ知る所でしょう。

 ぺ●ぱのツッコミの言葉を借りて、時を戻しましょう。

 挿絵に登場する灰被り姫と、王子様はそれぞれ、華姫と大河に似せて作ってあります。

 登場人物名もヒロインは仮名だが、王子様は、実名である様に。

 御伽草子というべきより、華姫の妄想をそのまま童話にした内容でした。

 評価は、上々です。

「ぎしたちは、こころがまずしーですわ(激怒)」

「そーそー。はなさまが、おしあわせになれてよかった(感涙)」

「たいがさまは、かっこういいわかとのさまですね(惚)」

 成長するにつれて、人間の心は汚くなっていくものです。

 一方、この年代の子供達は、純粋無垢そのものです。

 他人の幸せを願い、不幸を悲しむ、の●たの様なその心の綺麗さを、大人達は知知りません。

「勝手に人の名前を流用するな。馬鹿野郎」

「「「!」」」

 202人が、振り返ります。

 教室の後方には、大河が小太郎、鶫を連れて座っていました。

 正室代表としては、謙信が来ています。

 彼女の場合は、養母なので、当然と言えば当然でしょうが。

「ち、ちちうえ?」

「心配して見に来たら全く……『使用許可』って以前、教えて無かったか?」

「……!」

 華姫の汗が、止まりません。

 額、顔、脇、背中……

 多汗症の如く、吹き出しています。

「まぁ、良いじゃない。面白かったし。次回作も期待し様よ」

 謙信が大河に寄り掛かり、誉めそやします。

「よっと」

 謙信を支えたまま、大河は立ち上がりました。

 華姫以外の201人は、正座しました。

 相手は、経営者。

 逆鱗に触れれば、退学もあり得る、と恐怖しているのでしょう。

 私立なのでその可能性は否定出来ないが、寛容な大河は子供に対しては不良化しない限り優しいのです。

 大河が謙信を伴って歩くと、200人は丁度、半分に分かれ、道を作りました。

 所謂、あしの海の奇跡を彷彿とさせます。

 尼僧は、

「厠へ行って来ます」

 と分かり易く逃げました。

 仕方ありません。

 相手は、”一騎当千”。

 敵と認識した場合、即殺すのですから。

「ち、ちちうえ……」

「良い発表会だったぞ? さぁ、皆も仲良くしてやってくれ」

 謙信が、頭を撫でます。

「良かったわよ。次は、私を主人公にしてね? 花婿は、夫で」

”一騎当千”と”軍神”の登場に、教室は沸きます。

「御殿様!」

「姫様~!」

 2人は、囲まれます。

 男児達は、謙信の方へ。

 女児達は、大河に集まります。

 人生で初めて見る姫武将の美しさに、男児達は惚れ惚れします。

 然し、その時間は、僅か数秒程。

 邪念に気付いた大河が、謙信を抱き寄せ、暗に威嚇しました。

 俺の女に手を出すな、と。

 笑顔ですが、その瞳に光はありません。

 男児達は、怯え、女児達の後ろに移動しました。

 例え相手が子供であっても嫉妬する夫に、謙信は、喜びます。

「可愛い♡」

 大河の頬に接吻すると、観衆は、

「「「おー!」」」

 初めて見る行為に興奮を禁じ得ません。

「おとのさま、かお、あか~い」

 童顔の大河ですから、一部の園児達には、「領主」と言うより「御兄さん」としての意識が強いのかもしれません。

 園児達が、大河に群がります。

 まるでアスレチックジムの様にじ登る者も居れば、香水を嗅ぐ者も絶えません。

 大河は嫌がらず、笑顔で受け入れました。

 華姫を溺愛している様に、この手の年代の子供達に何されても基本的には、怒りません。

 それに対し、

「……」

 恋心を寄せる華姫は、超絶不機嫌です。

 今にも、西園寺●界の様に包丁で刺殺しそうな勢いです。

「ねーねー、りょーしゅさまー。はなさまのことは、どのようにおもっていますか?」

 新聞記者の様に女児が、質問します。

「どうとは?」

「しつれーですが、りょーしゅさまは、えんぷくかなようですので、はなさまともしょーらいてきには、けっこんするのでしょーか?」

「!」

 目を剥いて、華姫が振り向きます。

「結婚は、ね。民法という法律があって出来ないんだよ」

「!」

 華姫が、ショックを受けます。

「でもね。我が子の様に想っているよ。実子が出来たとしても、華が跡継ぎだし」

「「「!」」」

 まだまだ若い大河が、跡継ぎを発表するのは、異例の事です。

 教室は騒然とします。

「はなさまがあとつぎだって! すごい!」

「しょーらいのやましろのかみだね!」

 嫉妬と期待を込められて、肩を強く叩かれます。

「……」

 華は、茫然自失としていました。

 大河が城内で公言していたのは、知っていました。

 然し、華姫は、冗談と思っていたのです。

 ですが、第三者が居るこの場で発表したのは、真意でしょう。

 養子を跡継ぎにするも、結局、後に産まれた実子が可愛くなり、その結果、跡継ぎ争いになる事は、過去の歴史が示しています。

 賢明な大河が、その悪例を知らない訳がありません。

 それでも華姫を跡継ぎにするのは、それなりの覚悟があっての事でしょう。

「華、御出で」

 大河が手を掴み、華姫を抱き寄せます。

 吐息がかかる程、近距離になりました。

「絵本、良かったぞ?」

「……」

 その笑顔に、華姫の心は、満たされて行きます。

 失恋と判った直後ですが、まだまだ勝機はあります。

 何せ世間から白眼視されている癩病発症者の鶫を愛妾にした程ですから。

 不倫にならない限り、どんな女性の好意をも受け入れてくれるかもしれません。

(……ちちうえごのみのじょせーになってやる!)

 両目に炎が灯りますが、大河は、一向に気付く気配がありません。

 華姫の長く険しい、花嫁修業が始まったのでした。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:http://www2.tbb.t-com.ne.jp/meisakudrama/meisakudrama/cinderella.html

*3:https://matome.naver.jp/odai/2156006316997124301?page=2

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