西寇襲来

第82話 轍鮒之急

 日本から約1万km離れた場所にスペインがある。

 スペイン帝国国王、フェリペ2世は激怒していた。

「蛮族め」

 握り拳を作る。

 彼は熱心な旧教であった為、旧教信者が殺害されるのは、耐え難い屈辱であった。

 サン・バルテルミの虐殺(1572年)で仏の旧教が新教を虐殺した報告を受けた時、彼は生まれて初めて笑ったが、以後、笑みは無い(*1)。

”書類王”は、報告書を引き裂く。

 そして、その口髭を触りつつ、命じる。

「フィリピンに駐留させている無敵艦隊を日本ハポンに送れ。蛮族には神罰を下さないといけない」

 自分が神様の様な言い草だが、事実、「太陽の沈まない国」を作った彼はその位の自負があった。

「討伐だ! これを機に東洋全域を植民地にする!」

 鉄の甲冑に身を包めた最強の帝国軍が、十字軍として動き出す。


 その情報は、日ノ本にも直ぐに伝わった。

 情報が伝わり辛い時代と思うだろうが、意外と壁に耳あり障子に目ありだ。

 スペイン帝国から独立を目指すネーデルラントのオランダ人が、スペインを弱体化させる為に秘密裏に日ノ本と交流を育んでいたのだ。

 オランダは史実でも江戸時代、鎖国を行った江戸幕府が認めた数少ない貿易国の一つでもある様に、日本と敵対するのはWWIIの時だけで後は、ほぼ友好関係を維持している。

 この他、スペイン帝国の拡大に危機感を抱き、フランス王国やイングランド王国、ロシア・ツァーリ国は続々と日本に接近。

 3カ国の大使は商人に偽装し、信長と二条城で会見する。

 代表者のイギリス人が、挨拶した。

「コノ度、登城ヲ御許シ下サリ、誠ニ有難ウ御座イマス。事前協議ノ結果通リ、我々ハ貴国ニ対シ、一切ノ敵対行為ハ勿論ノ事、布教活動ヲモ行イマセン」

「うむ」

 3人は次に信長の横に居る人物を見た。

 須磨でスペイン人商人、フェルナンドを磔刑に処した神をも恐れぬ人物―――大河だ。

 処刑の詳細は、ホテルに宿泊していた自国の貿易業者や聖職者が本国に伝えている為、3人も知っている。

 極力、怒りを買わない様に平身低頭に努める。

「真田様、早速デスガ、武器ノ商談ノ方ヲ―――」

「お断りします」

「え?」

 大広間は、どよめく。

 信長も驚き、大河を見た。

「……何故だ?」

「貴方方の協力が無くとも我が軍は、スペイン帝国を打ち負かす自信があります。我々に武器を輸出しつつ、戦況次第では我が国の侵略を考えているのならば、通じませんよ?」

「「「ウ」」」

 図星だったのか、3人は呻く。

 慣れない異国である為か。

 将又はたまた、大河の威圧感に押されているのか。

 3人は、嘘を吐く程の余裕が無い。

「来日して下さったのですから、良い機会です。我が軍の実力を御覧下さい。それでも未だ自信家なのでしたら、商談は続けましょう」

 指パッチンを決めると同時に、天井裏から数人の特殊部隊が飛び降り、3人を囲う。

「「「ヒ」」」

 3人の首筋には、M16が押し当てられる。

 後は大河の指示さえ出れば、発砲するだけ、という状態だ。

「まだ終わりませんよ?」

 濁った笑みで大河は、3人を縁側まで連れて行く。

「「「!」」」

 M1エイブラムスが、山に砲塔を向けていた。

 標的は、米粒程の大きさの小屋だ。

 CMの様に大河が、体全体で「まる」と表現する。

 その刹那、砲塔が火を噴く。

 ドーン!!!

 耳を劈く様な砲撃音と共に発射された砲弾は小屋に直撃し、その上、その周囲数十mにクレーターを作る。

 砲弾には、焼夷弾の様な細工がしていたのか、木々は燃え盛る。

 数秒後、次弾が発射される。

 初弾同様、標的目掛けて飛ぶ。

 然し、初弾と違うのが、着弾寸前、空中で爆発し、山全体に水をもたらす。

 驟雨しゅううの様な激しい雨は、業火を消す。

 気象兵器の様に天気を自由自在に操作コントロールし、マッチ・ポンプの様な行いに3人は、

「「「……」」」

 まるで奇術を見ているかの感覚だ。

「如何です? 我が軍と同等、若しくは、それ以上であるならば、商談を続けましょう?」

 

 3人は貿易を諦め、帰って行く。

「折角の誘いを断るのはな……」

 苦笑いの信長である。

 貿易したかったのだろうが、真田軍の軍事力をやはり直視すると、独力で良い様に思える。

 又、災害復興の途中でもある為、極力、戦費は抑えたい。

 だからこそ、大河の案に反対しなかったのだ。

「さぁ、押せ」

「は」

 親指の先端を村雨で少し斬り、出血させる。

 そして、親指を血判状に押し当てた。

 その横には先程、信長のそれがある。

 これで2人は、正式な義兄弟だ。

「如何する? 織田を名乗っても構わんぞ?」

「丁重にお断りします」

「何故だ?」

「織田家の姓には憧れますが、のっぴきならない事情がありまして……」

「? ……! ああ、茶々達か?」

「ええ……まぁ……」

 織田家の人間でありながら、信長を恨む三姉妹は、幾ら愛しいといえども、夫が織田を名乗るのは相当な苦痛な筈だ。

 三姉妹から受ける視線に信長も、気付いている。

「愛妻家だな」

 事情を汲み取り、信長も理解する。

 内紛を経験した手前、極力、家族同士で殺し合いたくは無い。

 特に三姉妹が嫌おうが、信長には可愛い姪っ子だ。

「事情が事情なだけに仕方が無い。引き続き、真田姓を名乗り続けよ」

「有難う御座います」

西班牙スペインの事は、本当に任せて良いんだな?」

「はい。引き続き、ここに居て下さい。あの国はこれを機会に弱体化が進みますから」

”書類王”の晩年は、軍事費増大や黒死病ペスト流行等により、スペイン帝国は、急速に弱体化していく。

 チンギス・ハンは跡継ぎの育成に成功し、後に元という巨大な王朝を作る程、その手腕は有能であった。

 然し、フェリペ2世にチンギス・ハン程の腕は無い。

 未来人だからこそ、大河には余裕なのだ。

 若し、現地人だけだと、知識も武器も無い為、神風が無ければ、フィリピン等の様に侵略されていたかもしれない。

「では、帰ります」

「そうか? もう少し長居しても―――」

「妻達が煩いんですよ。『早く帰って来い』と」

「尻に敷かれている訳か?」

「然う言う事です」

”一騎当千”が恐妻家、という話は、二条城にも伝わっている。

 嫉妬に狂ったあるある妻が、大河を簀巻きにした話は特に有名だ。

 その為、織田家でも「大河以上に彼の妻達を怒らせるな」となり、妻達に松坂牛や神戸牛等、高級品を事ある毎に贈ってる事を大河は知らない。

「『悪妻は百年の不作』と言う。悪妻にならぬ様に気を付けろ。しつけは子供だけじゃないからな?」

「御助言有難う御座います」

「うむ」

 義弟の素直な感謝に、義兄は満足気に頷くのであった。

 

 二条古城に帰ると、誾千代が出迎える。

「お帰りなさい。様」

「残念。真田のままだよ」

「あれ、義兄弟になったんじゃないの?」

「なったけど、改名はしないよ」

「やっぱり」

 嬉しそうに微笑む。

 無欲な夫が、「織田」に改名するとは、到底思わなかったのだ。

 遅れて謙信もやって来る。

「意外と早かったわね。帰蝶様には会った?」

「会ったよ。ほら、お土産だ」

 濃姫の接吻マークが付いた口紅を見せる。

「何これ?」

「帰蝶様監修の下で作られた物なんだと。朝廷にも献上されたらしい」

「へ~。じゃあ、これを次の当番日に試すわ」

「今、試しても良いんだぞ?」

「御誘い?」

「こーら」

 華姫が割込み、2人の接近を禁じる。

 最近、彼女は独占欲が強まっているのか、大河が妻とデレデレしているのを極端に嫌う。

 大河を嫌っている訳では無い為、思春期ではないのかもしれないが。

 例の如くコアラの様に大河の足にしがみ付くと、木登り。

 数秒後には、大河の肩に登頂していた。

「えへへへ。ちちうえ、おかえり」

「只今。留守番、如何だった?」

「うん。しんしょーにさまとあぷと、おくにさまとめいっぱい、しょーぎしたの」

「ほー。良い事だ」

 将棋は、相撲同様、大河が保護している文化の一つだ。

 棋士を厚遇し、現代の様な7冠を創設。

 天覧対局(*早指し)を実施する等、愛棋家でもある。

「将来は、棋士も良いかもな?」

「きしすき?」

「ああ。好きだよ」

「えほんさっかより?」

「絵本作家は、凄い。棋士は格好良いって心象かな?」

 何方にせよ大河には、無い才能の職業だ。

「うーん……けんぎょー?」

「どんな夢でも応援するよ」

「うん!」

 大河の頭に抱き着く。

「愛されてるわね~。嫉妬しちゃいそう」

 ヤンデレなエリーゼは、台所から出て来た。

 何かを捌いていたのか、その顔は、返り血を浴び、手には包丁が握られている。

「おいおい、刺すなよ?」

「分かってるわよ。刺すのは、貴方だけだから」

 さらっと怖い事を言いつつ、エリーゼは、抱き締める。

「ああ~良い匂い」

 大河の背中に顔を埋め、その感触等を大いに堪能する。

「おいおい、包丁は置いとけよ」

「分かったわよ」

 包丁を机に置き、エリーゼは、大河の手を握った。

「手錠作ったんだけど、嵌めて良い?」

「当番日なら良いぞ」

「有難う♡」

 国際旅団で上官と部下の関係だった為、エリーゼは、私生活でも同様の関係を望んでいた。

 大河が年上好きで且つ、エリーゼに従順だからだろう。

「それで、スペイン、倒せる?」

「ああ」

「自信家ね」

「そういう物だ」

 適当に返事しつつ、大河は、2人と密着したまま、私室に行く。

 そして、布団に入った。

「もう御眠おねむ?」

「ああ。人と会うのは、疲れるからな」

 パーティーピーポーではない大河は、基本的に初対面の人と会う事を好まない。

 戦争が近付いている為、休める時に休まないといけない。

 華姫を下ろすと、

「小太郎」

「は」

 小太郎は、枕化。

 その胸部に大河は、頭を置く。

「暫し、寝る」

「御休み」

 エリーゼは、その額に接吻する。

 寝入った所を確認後、華姫と共に退室する。

 誾千代が、心配気に尋ねた。

「もう真田、寝たの?」

「ええ」

「全く、折角、料理、作ったのに。茶々、千姫、夜伽に行き」

「え?」

「良いんですか?」

 突如の指定に、2人は、驚く。

「良いわよ」

 婦人会の長の命令が出た為、2人は、従うしかない。

 喜び勇んで駆けて行く。

「何故、あの2人なの?」

「エリーゼ、行きたかった?」

「まぁ……」

「次回ね。あの子達は、日頃から年上の私達に気を遣っているから」

「うん……」

 後輩の幼妻を可愛く思っていたエリーゼは、渋々頷くのであった。


[参考文献・出典]

*1:渡辺一夫 『フランス・ルネサンスの人々』 1992 岩波文庫

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