第66話 満身創痍

 被災地から遠く離れた廃寺に、2人は居た。

「私を殺す気?」

 エリーゼの敵意は、剥き出しだ。

「そんな事せんよ」

 掠ったとはいえ、血だらけのまま、大河は頷く。

 小太郎の見立て通り、防弾ベストの御蔭で、首より下の部分に銃創は無い。

 然し、衝撃は殺せない為、何本かの骨が折れていた。

 その状態で小太郎達を安全地帯まで担ぎ、又、エリーゼをここ迄連れて来たのだ。

 まさに満身創痍である。

 荒い息のまま、エリーゼの隣に座った。

「考えたんだよ。俺を撃とうとした時、『過去の約束』って言ってはばからんかっただろう? ありゃあどういう意味だ?」

「知りたい?」

「まぁな」

 息も絶え絶えになってきた大河は、その場で倒れ込む。

「……殺して良い?」

「勝手にしろ。眠いから起きた時に教えてくれよ。御休みなさいライラ・トブ

「……御休みなさいライラ・トブ

 数秒後、大河は、本当に寝てしまう。

 予告通り、UZIを掴むと、その米神に突き付ける。

 後は、引き金を引けば終わりだ。

「……」

 指が震える。

・軍人として、武装解除した元戦友を撃てるのか?

・憎悪あるものの、夫を殺せるのか?

・欧州の嫌われ者であるユダヤ人を積極的に厚遇する諸国民の中の正義の人を撃て

 ば、ヤハウェはどう思うか?

 沢山の感情が渦巻く。

「……」

 結局、指を離す。

 あの時は、感情的に撃てた。

 でも、今は無理だ。

 憎悪より好意が勝るから。

「せめて今だけでも」

 明け方。

 日が昇っているが、エリーゼも寝落ちする。

 大河の肩に頭を預け、殺人未遂犯と被害者の奇妙な時間が始まるのだった。


アッラーは偉大也アッラー・アクバル!」

 テロリストは、車で突っ込み自爆する。

 続いて、黒ずくめの戦闘員が、突撃した。

「進め~! ここを奪えば我等の勝利ぞ~!」

 2020年。

 シリア北部の都市、ラッカ。

 ここでは、

・民主派

・イスラム過激派

・シリア政府軍

 が、三つ巴で争っていた。

 1日に何百人単位、多ければ数千人が死ぬスターリングラード並の激戦だ。

 墓は人員充足で溢れた遺体は、残念ながら回収さえされない。

 路上に死体が当たり前の様に転がり、からすついばみ、野犬も食い荒らす。

 食料も補給路を断たれれば、餓死するしかない。

 そんな世紀末の様な日常の中で、大河は生きていた。

「ほえ~、携帯も繋がらないな」

「基地局がロシアの空爆に遭ったからな。暫く無理だ」

 目の前では、戦闘員が、命乞いをしている。

「命だけは、助けてくれ!」

 両手両足を拘束され、目隠しされた男は、死刑囚だ。

 ヤジディ教徒の女性や少女を暴行したり、彼女達を闇市で売る大罪人である。

「然し、東洋人が居るとはな。ジョンを呼べ。彼奴、日本人だろう?」

「あいよ。おい、ジョン! 御指名だぞ!」

「へ~い」

 屠殺場から出て来たジョン―――大河は、レザーフェイスも真っ青な位、全身に返り血を付着させ、自動鋸チェーンソーを持っていた。

「ひ」

 死刑囚は、自動鋸の音で失禁する。

「おい、ジョン、又、解体していたのか?」

「隊長、失礼ですね。ボールを造っていたんですよ」

 一旦、屠殺場に戻ると、大河は、蹴球のボールを持って来た。

 それは、人間の生首で、両目と口がホッチキスで縫われ、首からは、まだ血が滴っている。

 直近迄生きていたのかもしれない。

「おいおい、もう少し、上手く作れよ。出血してるじゃないか?」

「まぁまぁ、見てて下さいよ」

 微笑んだ大河は、生首を地面に置くと、そのまま蹴る。

 血を撒き散らしつつ、生首は死刑囚に直撃した。

「ぐへ」

 その拍子で目隠しが外れ、死刑囚は目が合う。

 生首の目と。

「! ……」

 一瞬にして、死刑囚は、気絶した。

「ったく、ビビりだな。ジョン、執行方法は任す」

「は!」

 大河は敬礼すると、自動鋸を投げ棄て、代わりに日本刀を握る。

「おーおー”ヤクザ”が見れるぞ」

「皆、集まれ! ショーの始まりだ!」

 日本刀は、イスラム過激派から鹵獲したもので、非常に切れ味が悪い。

 刀身は錆び付き、一刀両断するには、結構な時間を要す。

 だからこそ、大河は死刑に採用していた。

 死刑囚が苦しむ様に。

「……」

 生首を蹴り退けると、大河は死刑囚の顔を見る。

「隊長、こいつは日本人です」

「じゃあ、同胞か」

「ジョン、ヤクザの殺し方を見せてくれよ」

「ハラキリしてやれ~!」

 戦友達が煽った。

「分かりました。では、少しアレンジを加えまして」

 躊躇なく大河は、日本人死刑囚の腹を切り裂く。

「ぐえ」

 余りの激痛に日本人死刑囚は目覚めたが、溢れんばかりの臓物を見て、気を失う。

 切開された腹部に大河は、灯油を注ぎ込む。

 そして、点火したライターを放り込む。

 ぼっと、腹部を燃え上がり、三度目の正直で起きた日本死刑囚は、激痛と熱さにのた打ち回る。

「ぎゃあああああああああああああ! 助けてくれぇ~!」

 戦友達は、拍手喝采だ。

「おー、凄いな」

「爆竹入れてみようぜ?」

「何なら花火も良いだろう」

 悪乗りした彼等は、どんどんそれらを投げ入れる。

 直ぐに爆発し、爆竹と花火は、飛び交う。

「馬鹿野郎! 瓦斯ガスに引火したら如何するんだ! おい、水を持って来い」

「はいよ」

 部下がバケツに水を入れ、ぶっかけるも、更に延焼する。

「なんだこれ、灯油じゃないか?」

「灯油を仕込んだ馬鹿は! 逃げるぞ!」

 わーわー叫びながら、部隊は、一目散に逃げ出す。

 直後、陣地は、大爆発を起こした。

 これが大河の所属するSDFシリア民主軍の1部隊、『エレファント』の実情である。

 

 象の役目は、SDFの部隊の多くが躊躇うテロリストの処刑だ。

 処刑は、幾ら復讐心で執行し様にも、殺人を土壇場で出来なくなる場合が多い。

 戦場では出来ても、死刑執行人を拒む人達の為に、死刑執行を屁とも思わぬ彼等が、請け負っているのである。

 外国人戦闘員の死刑も、その出身国の政府から黙認されている。

 帰国しても税金が嵩み、場合によっては死刑制度の無い国も多い。

 政府は、税金対策や治安維持の観点から自国出身の戦闘員の帰国を拒否し、象に報酬を渡す代わりに黙認しているのであった。

 特に民主派の最大の支援国であるアメリカや、民主派と敵対しているロシアでさえも、象には感謝している。

 残虐に殺し、他のテロリストに対し、無言の警告を行ってくれるから。

 その様な事情から、ロシアは、直接、象と衝突する事は避け、シリア政府軍も極力、象と交戦しない様にしている。

 シャワーで返り血を流した大河は、自室に戻ると、

「おめでとう。昇格だよ」

 待っていたのは、エリーゼ。

 大河の入隊時、紹介状を書いてくれた恩人だ。

「有難う御座います」

 軍曹のバッジを貰う。

「これで何人殺した?」

「丁度100人かと」

「初陣での戦果は、伊達じゃないな」

 寝台に座ると、その横を叩く。

「座れ」

「は」

 指示通り、大河は、そこに着席。

「軍曹には、御褒美をやろう。目を瞑れ」

「は」

 目を閉じると、額に柔らかい感触が。

「?」

「開けていいぞ」

「……?」

 何をされたかは分からないが、エリーゼの頬は、赤い。

「軍曹、貴様、女遊びの方は?」

「ええ。皆様程ではありませんが、一応、遊ばして頂いています」

「性病検査が万全とはいえ、念の為、今後は控えろ」

「え?」

「二度は言わん」

 ぐいっと顔を寄せ、エリーゼは、言う。

愛してるアニ・オヘヴット・オタハ

「は?」

「もっと勉強しろ。未熟者」

 ヘブライ語に疎い大河は、首を傾げるばかりであった。


 夜。

 エリーゼは、真下で寝る大河をじっと観察していた。

「……」

 毛布に包まり寝息を立てるその様は、少年そのものだ。

「(昼行燈)」

 大河に気付かれない様に小声で罵る。

 彼女は、彼を弟の様に可愛がっていた。

 エリーゼに実弟は居ない。

 一人っ子であった彼女は、実弟が欲しがっていた。

 そこで、彼が入隊した時、「義弟にし様」と思い、紹介状を書いたのである。

 然し、あれよあれよと言う間に確認戦果で逆転され、階級は、同じになった。

 この調子だと逆転されるのも時間の問題だろう。

(あー、可愛い。食べちゃいたい位)

 口元から涎が垂れ落ち、大河の頬へ。

 瞬間、彼は飛び起き、M16を握った。

 目を閉じたまま。

「……」

 異常無しを確認すると、大河はそのまま横になる。

 夢遊病なのかもしれないが、快眠でも戦闘態勢に入れるのは、玄人中の玄人の証拠だ。

 軍医が、「生来の殺人鬼、殺人嗜好症発症者」と診断するだけある。

 若し、ユダヤ人であったら、イスラエル国防軍でも相当な高位に昇進出来るだろう。

「……」

 じっとエリーゼは、凝視する。

 大河の額には、六芒星の紋章が浮かび上がり、エリーゼのそれと共鳴していた。

 日ユ同祖論、という説がある。

 読んで字の如く、「日本人とユダヤ人は、同じ先祖を持つ民族」との考え方だ。

『君が代』をヘブライ語で読む事が出来たり、籠目と六芒星の共通項や日本文化とユダヤ文化の類似点等、その説を裏付ける証拠は沢山ある。

 研究者には、「陰謀論の類」と一蹴され、その説は、否定され続けていた。

 然し、所謂、失われた10支族の調査機関であるアミシャブも調査を続けている為、その真偽は、未判定だ。

(……選ばれし者か)

 額に六芒星が浮き出る者は、「古代イスラエルの末裔」とアミシャブの調査員であった父親は、常々言っていた。

 エリーゼにそれが出たのは、つい最近の事―――大河に会って以降の事。

 更に言えば、2人きりの時にしか光らない。

 これをエリーゼは、「ヤハウェの御意思」と解釈し、密かに彼への好意を増幅させていたのだ。

 尤も、ユダヤ教を信仰していない者が選ばれたのは、不思議であるが。

「うふふふ……」

 夜通し、大河の寝顔を堪能するエリーゼであった。


 後日、大河と2人になる機会があった。

「軍曹、いつまでも菓子パンだと不健康だ。そこで私が和食を作ってやったぞ。さぁ、食べろ」

「有難う御座います」

 支援国の一つであるトルコが親日国である為、白米や味噌汁等、和食に必要な食材は申請すれば、補給部隊が攻撃されない限り、何時でも手に入る事が出来る。

 Y〇uTubeで見様見真似で作った白米は、焼け焦げ、味噌汁も野菜は固い。

 焼き魚も暗黒物質並に真っ黒こげだ。

 明らかに失敗にも関わらず、大河は、文句一つ溢さず、平然と食す。

「如何だ? 旨いか?」

「はい。美味しゅう御座います」

 先輩に然も女性に「旨いか?」と尋ねられたら、どれ程不味くても、答えは言わずもがなだ。

 この手の忖度にパワハラが適用出来るのであれば、是非とも行使したい所だが、生憎、大河にその勇気は無い。

「えへへへ」

 幸せそうにエリーゼは、微笑む。

「一生、食べたい?」

「……そうですね」

「じゃあ、同居する?」

「はい?」

「決定。隊長に許可貰って来る。じゃあね~」

 風の様にエリーゼは、去って行く。

「……」

 腹痛を感じる大河であったが、完食するまで箸を置く事は止めない。

 直後、警報が鳴り響く。

「!」

 大河は、M16を手に取ると、小窓からパルクールの様に飛び出す。

 

 外では、直ぐに戦闘が行われていた。

 物陰に潜むと、隊長と目が合う。

 否、死体と。

 入隊時に御世話になった隊長であったが、胸を撃ち抜かれ、既に息は無い。

 親しい人が、突如亡くなるのが、ここの風景だ。

 見ると、銃撃戦の中で、エリーゼが孤立していた。

「……」

 両耳を手で塞ぎ、子犬の様に震えつつ、間隙を探っている。

(ったく、世話の焼けるあまだぜ)

 普段、厳しい癖にこの時ばかりは、武器を忘れていた様だ。

「あう―――」

 肩を撃たれ、激しくエリーゼは、倒れる。

 仲間達も助けに行きたいが、激しいISの銃撃に成す術がない。

(しょうがねぇな)

 大河は意を決し、銃架からUZIを引っ手繰り、梯子を使って、屋根に上る。

 そして風の動きを読み、助走をつけ、某怪盗がカリオストロの城で見せた様に大跳躍。

 段ボール箱の山に飛び込み、驚いたエリーゼと目が合う。

「軍曹!」

「先輩、忘れものですよ!」

 そして、UZIを投げ渡す。

 無事、キャッチしたエリーゼは立ち上がり、大河と共に反撃を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る