第30話 今だけは、今はまだ

「次世代を担う新たな歌姫の誕生を前に、我らが母たる精霊神様へと捧ぐ武勇の祭典がこれより始まります。 強者達がしのぎを削り、名誉ある勝利をその手に掴む時…新たな英雄が生まれる歴史的な瞬間をどうかその目に焼き付けて下さい」


 今代の歌姫が、精霊神武勇祭典の開幕を告げる。


 この国の現支配者たる彼女は、その素顔こそ不可視の力が付与されたベールに阻まれ窺う事が出来ないが。


 凛としたその佇まいからは、大国を収める者の風格が伝わってくる。


 開幕の挨拶を行う最中、歌姫の後方にて姫守りの騎士に付き添われながら佇む少女が恐らく次世代の歌姫なのだろう。


 俺はゲーム内で既に次代の歌姫を確認していた為、顔を見る事が出来れば確信が持てるのだが…。


 姫守りの騎士を含め、神国の上層部は顔を覆い隠す仕来りでもあるのだろうか? と、勘ぐってしまうほど皆一様にベールや仮面などで顔を隠している為、この段階で個人の特定は出来ない。


 これから始まる精霊神武勇祭典の予選。


 出場者である俺達は、もうしばらくすると森林地帯を活かした広大なフィールドの各地に一斉に転送される。


 そこで行われる、エルーン文字を用いた人工の怪物…エルーン導魔との戦闘や、宝物の確保など。


 俺達のフィールドでの様子は選手一人一人に同伴する小さな人型導具により中継され、離れた会場にて観戦する観客全員に配布されている下敷きサイズの石板の上に立体映像で映し出される。


 観客は石板に彫られているエルーン文字を、自身が見たい出場者の個人識別番号の順番通りに微弱な魔力を込めた指先でなぞる事で、注目している選手や知り合いの活躍を随時チェックすることが出来るのだ。


 二つ名持ちのハンターのような、有名な選手の識別番号は事前に一般公開されている為、知り合いの選手が出場していない場合でも、著名な出場者の戦いぶりを石板を通して間近で観戦し楽しむことが出来る。


 また、予選の観戦用に建設された会場の中央部分には観客に配布されている石板をそのまま巨大化させたものが置かれており。


 祭典の運営者達がリアルタイムで選別したハイライト的な映像を常時映し出している為、手元の石板を見ながら時折顔を上げれば、思わぬ名場面に遭遇出来るかもしれない。


(本来なら俺も、ミアやリーニャ達と一緒にアレンの活躍を観戦していた筈なんだがな…)


 指に嵌められた二つの指輪。


 オレンジ色のジュエリーがはめ込まれた安全装置…拾い身の指輪と。


 予選会場へ選手の転送を行う”転移の指輪”。


 転移の指輪にはめ込まれたエメラルドグリーンの宝石がキラリと輝けば。


 俺達、武勇祭典の出場者は眩き光に包まれ…予選を執り行う森林フィールドへと転送されるのだった。




 ◇◆◇




「おおっ! コイツは…贔屓目もあるが、かなりいいペースでスコアを稼げてるんじゃないか? 話には聞いていたが、フリートちゃんとこのあんちゃんは、本当に強いんだな…! 」


 どうせならと。


 リーニャ達の隣にグループ席を予約していた酒豪三盟の三人。


 会場の露店で販売されていた果実酒を片手に…すっかりご機嫌な様子の酒豪三盟のリーダー、角獣人族のロンドさんは。


 奥さんのナナポさんから受け取った酒のあてを、物欲しそうに見ていたフリートに手渡しつつ。


 石板が映し出す、グレンの戦いぶりに感嘆の声を漏らしていた。


 刃が潰してある祭典仕様の大剣を手にしたグレンが、武技の構えを取ったかと思えば。


 中継を行う人型導具が一瞬彼の姿を見失う程のスピードでエルーン導魔に接近し、その流れのまま一撃で大蛇型の導魔を撃破していた。


 昔、私との手合わせでも彼はこの武技…縮地一刀と呼んでいた技を使っていたけど。


 これまで彼が続けてきた鍛錬によって何段階もパワーアップした今の剣技は、移動距離・スピード共にあの時のものとは比べ物にならない。


 大型の導魔であっても今の彼の実力なら一撃で切り伏せられるという事を理解した瞬間から、グレンの動きはより効率化され。


 次から次へと。


 瞬間移動とも呼べる、超高速の奇襲攻撃により瞬く間に撃破ポイントを稼いでいっていた。


(流石は私のライバルね…! )


 今回の精霊神武勇祭典。


 私自身も一度、腕試しを兼ねて出場するかどうか考えていたタイミングがあった。


 けれど、こうしてグレンの戦い…その活躍をじっくりと、落ち着いて見られるような機会は早々無いだろうと思い今回の武勇祭典は観戦側に回る事にしたのだ。


「……」


 ついつい、会話も忘れて石板の上に映し出される彼の戦いを見入ってしまう。


 流石に、食い入るように見過ぎかしら…と思い。


 フルーツミックスのジュースに口を付けながら、それとなく周りを覗えば。


 ミアさんも、私と同じように熱い眼差しで石板が映し出すグレンの活躍を見ていた。


 あまりに集中しているのか、時折り「凄いです」や「流石私のグレンです」と心の声が漏れ出ている事にも気付いていない様子だ。


(私のグレン…か)


 グレンの様子を見る限り、彼はミアさんの事を純粋に幼少期を共に過ごした幼馴染…家族のような存在として見ているようだったが。


 ミアさんから伝わってくるグレンへの思いの強さは、私にもフリートにも負けず劣らす。


 時折り冗談のようにグレンのお嫁さん…といった言葉を口にする彼女は、表情こそ笑っているがその目付きは真剣で。


 私達に、彼への好意を強くアピールしてきていた。


 これまでの付き合い…グレンと家族のように過ごしてきた関係性の深さは、悔しいがミアさんの方が勝っているのかもしれない。


 それでも。


 それくらいで。


 尻込みして、身を引いてしまうような。


 この思いは…感情は、そんな軽いものではない。


 ジュースをテーブルへと置き、私も観戦を再開する。


 今だけは。


 私の手元、石板が映し出すグレン。


 彼の雄姿は、私だけのものだ。


(なんて…思ってみたり)


 今はまだ。


 映像の彼を…その姿を、独り占めした気分に浸ってるだけ…。


 でも。


 何時の日か。


 彼の、一番の。


 最愛の人になるのは…私でありたい。


(いいえ…違うわね)


 なりたいじゃない。


(私が、なるんだ)


 どうせ目指すなら、何事も一番がいい。


 それがボンデ家の家訓。


 私の、リーニャ・ボンデの在り方だ。

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