第7話 山岳の迷い子(後)

 一旦昼食を摂る手を止め。


 俺に気付かれてもなお、木の影から微動だにしない少女にどう対応したものかと考えを巡らす。


 雪のように白い肌と真紅に染まった瞳を持つ彼女は、例え山岳に住まう精霊なのだと言われたとしても頷けるような人ならざる美しさを持ち合わせており、纏う空気もどこか神秘的なものを感じさせた。


 精霊うんぬんは完全に俺の妄想だが。


 唐突に姿を現した事といい、この魔物共が犇めく土地に誰かが同伴している様子もなく一人で居る事といい。


 少女が人ならざる存在である事は概ね間違いないだろう。


「……!! 」


 俺の意識が思考に集中している間に、少女は木陰から忽然と姿を消していた。


(狐に化かされた気分だぜ…)


 まるで前世の子供時代に読み聞かせられた昔ばなし、その登場人物になってしまったかのようである。


 相手が消えてしまった以上、頭を悩ませ続けたところで仕方がないかと昼食を再開。


 食いかけの弁当箱へと視線を落とし、驚きで目を見開いた。


(お、俺の焼き鳥が消えてやがる…! )


 本当に化かされているのか…はたまた修行の疲れからどこかおかしくなってしまったのか。


 少女に引き続き弁当のおかずまで消え、より一層混乱を極める俺の左頬をツンと何かがつついた。


「んなっ!? お前は…! 」


 俺の頬をつついた犯人。


 その正体は先程忽然と消えた小袖の少女だった。


「お供え。 感謝。 うまい? だった。 貴方。 最近、よく見る。 わたし…注目、する」


 少女が話す言葉はかなり覚束ないが、恐らく俺の焼き鳥をつまみ食いした犯人は彼女と見て間違いないだろう。


 現に、少女の口周りは鳥肉の油と思しきものでテカついていた。


「誰だか知らねぇが…。 あの焼き鳥はなぁ…今日の俺の、お楽しみだったんだぞ…! 」


「……? お供え。 感謝」


「お供えしたつもりはねぇんだが…。 まあいいか…もう食っちまったもんはしょうがねぇ」


 努めて。


 何でもないように少女と話しているが、”最近よく見る”や”注目する”という言葉から考えるに、彼女は今まで俺を観察もとい監視していたのだろうか。


 少なくとも今日こうして向こうから接触してくるまで、俺は少女の存在にすら気付けていなかった。


 何か特殊な能力を所持しているのか、ステータス的な開きがかなりあるのか…どちらにせよ、彼女が警戒すべき相手である事は確かだ。


「貴方は、だれ…誰デスか? ナノですか? 」


「グレン…俺はグレンだ」


「グレン……。 グレン。 うーグレン、は。 何のタメ? 何のため、ワルい器。 狩る? 」


(悪い器…? 狩るって言ってんだから…。 魔物の事か? )


「俺は――


「ア。 呼んでる……。 ごめん、ネ? また、会う」


 質問に対する答えを聞く前に、少女は何かに呼ばれた様子で。


 ペコリと軽く頭を下げたかと思うと、瞬く間に目の前から姿を消していた。


(何のために狩る、か…)


 力をつける為。


 魔物は人々を脅かす存在だから。


 理由はいくつかあるが…。


(何故、あんな表情かおで聞いてきたんだ? )


 何かを探るような、何かに怯えるような。


 悪い器…魔物と思われるソレを何故狩るのかと。


 俺に問いかけた少女の揺れる瞳がその日、酷く印象に残った。




 ◇◆◇




「燃え尽きろッ! 」


 爆炎散華ばくえんさんか


 斬撃の合間に搦め手として放った攻撃魔法、火の魔力を凝縮した炎の蕾をグレネードのように投擲し。


 蕾が敵に触れると同時、爆音を響かせ花開く。


 花火を想起させる美しく強烈な魔法の一撃を受け、三頭の大蛇トライベントヴァイパーは悶えながら消し炭と化した。


(だいぶこの魔法にも慣れてきたぜ…)


 まだ習得したての頃は、着弾時の爆音と強烈な光に当てられ魔法を使った俺自身にも大きな隙が出来てしまっていたのだから。


 今のように、攻撃の合間でスムーズに爆炎散華を使えるようになったのは修練を積み重ねてきた結果の現れだろう。


 バンダス山岳での修行を始め、凡そ一か月。


 登山口から徐々に攻略をはじめ雑魚敵を相手に修練を重ねてきた俺は。


 最近修行場所の高度を上げ、中型の魔物もチラホラと入り混じってくるエリアを活動の場としている。


「グレン。 そろそろ、お供えの時間…。 時間だ…ヨ? 」


「お前…。 ったく、また俺のおかずを狙いに来たのかよ」


 山岳の迷い子。


 なんて、それらしいあだ名をつけてみるくらいにはこの不思議な少女にも馴染んできてしまった。


 というのも、彼女は初めて会話したあの日から俺が修行を行う日はほぼ毎回、必ずといっていい頻度で姿を現すようになっていて。


 結局、あの日された質問については答える機会がまだ訪れていないが。


 お供えと称し、彼女は毎度毎度俺のおかずを強奪…もとい、つまみ食いしにくるのが習慣となっていた。


 結局、この少女が何者なのか…何が目的なのか。


 俺は未だに何一つ理解できていないのだが。


「うまい! 今日も、うマイ…ぞ? 」


「ちょっ…! また俺の好物を…! あと何で疑問形なんだよ…」


「……? 」


「……そんな顔で見ても、食べ物の恨みは消えねぇーかんな」


 自分の武器を把握しているのか、キョトンとした顔で首を傾げられると、こう…なんだかグッとくるものがある。


「お供え。 今日も感謝」


「食った分はリーニャに感謝しろよ」


「り? 」


「リーニャだ。 この弁当を作ってくれてる、ドワーフの娘さんの名前だ」


「リニャ…むすめ…。 娘…おんな…? うー。 グレン…リニャと、仲いい? 」


「仲いいつーか…一緒に住まわせて貰ってる相手だ。 恩人みたいなもんだな、俺にとって」


「うー。 なんデ、だ? 」


「ん? 」


「リニャ、ドワーフ。 グレン、は。 わたし、みたい。 一緒居る、不思議」


「わたしみたい…? どういう意味だ? 」


「うー。 また、会う。 じゃあ、ネ」


 毎度の如く、人の好物を狙い撃ちしていった少女は。


 ”わたしみたい”。


 そう意味深な言葉を残し、今日もまた何時の間にやら姿を消しているのだった。

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