アズワードオンライン ~口下手戦士が挑むVRMMORPGのパーティ運営~

草食動物

◆第1章 アズワードへ挑む者たち

プロローグ 【新しい世界へようこそ】

――カツッ、カツッ……ハイヒールを鳴らしながら白衣を着た女性が近づき、声をかける。


「所長、いよいよ第3回アズワード遠征が始まりますね」


 所長、と呼ばれた初老の男性が大きなモニターの前に座っている。 その目からは怒りとも哀しみとも取れる感情をこめた視線が画面に向けられていた。


「……慣れないね。 何度立ち会っても」


 ふぅぅ、っと大きなため息をつき、白衣の女性のほうへ振り返る。


「こんな惨劇に彼らを送り込む私を、悪魔だと思うかね?」

「……いえ、そうは思いません」


 そう答えた後、女性は手に持っていた書類を握る力を強める。

 その書類には、こう書かれていた。


 ――日本国 国家機密 Project Asward……




◆◆◆


 ――――井沢くんって人の気持ち考えたことないでしょ。 他人に興味あるフリをするの、辞めてよっ!


(ああ、またこれかぁ……)


 暗い小さなワンルーム、閉められたカーテンから朝日が漏れる。

 気だるそうに色白の不健康な身体をベッドから起こし、黒いクマがある寝ぼけた両目をこすり、いつもの1日が始まった。


 彼、井沢いざわ 春人はるとは引きこもりだ。 他人と上手く話せず、友達は1人もいない。

 中学生時代は勉学に励み、都内有数の難関校に合格した。 周囲のクラスメートが遊びに行っている中、彼はひたすら教科書と向き合った。

 小さなワンルームの部屋には、沢山の参考書が所狭しと散らばっている。


 いつもの1日の始まり、と言ったが春人にとっては今日は特別な日だ。


「これがアズワードオンラインのデバイスかぁ……!!」


 彼の手には、真新しいヘッドギア型のVRデバイスとパッケージが握られている。


 ――FD-MMORPG アズワードオンライン

 スキルやレベルなどが存在し、圧倒的にリアルな作りこまれた世界観がウリのファンタジーVRMMORPGだ。

 他のゲームと違うのは、完全資格制&招待制ということ。


 このゲームのプレイヤーになるにはオンラインカリキュラムを受けて、試験に合格しないといけない。

 オンラインカリキュラムではアズワードの世界、モンスターそしてプレイヤーの目的などを学び、1年に1度の資格試験を受ける。


 春人も第3回アズワード冒険者テストに合格し、晴れてこのゲームのプレイヤーとなる資格を手に入れた。

 合格倍率が高い時には1000倍以上になるほどの、超難関試験だ。


 このゲームの謳い文句は、

 「現実よりもリアルな世界へようこそ。 新しい自分を見つける旅――」

 というもの。


 人と話すことが苦手な彼にとって、これはもう一度やり直すチャンス――

 そう思った彼は、今日、この日のためにカリキュラムを猛勉強した。


 未開封のパッケージを開き、箱を開けると羊皮紙で作られた冒険者証が同封されていた。


「おぉぉ……! ファンタジーっぽい!」


 合格者の証、冒険者証には「井沢 春人 No.02241 Project Asward」と記載がある。

 それを握りしめ、彼の胸は未知なる旅への高揚感でいっぱいになった。


「そうだっ! もう一回読み返しておこう」


 春人は思い出したように散らかった参考書の山をあさり出す。

 旅路の前に、彼の愛用書「ともだち100人できるかな」を開き、大事な部分だけ読み返してみる。 何度も読みこんだその本はすり減り、彼のバイブルとなっている。


「……大丈夫、できる! 今日のために、勉強してきたんだ」


 無造作に散らかった黒い髪の上からVRヘッドギアを被り、期待感と緊張が織り交ざった複雑な感情でデバイスの電源を入れる。 その指は、小さく震えていた。


――はぁぁぁっ、と大きく息を吐き、吸う。


「ダイブ、スタートッ!」


 ◆◆◆


「これが、全知の図書館……!」


 大きな図書館の一角が春人の目の前に姿を現した。

 一生かかっても読み切れないほどの書物が、棚に陳列されて春人を囲うように広がる。

 ゲームスタート時に必ず通る、いわばキャラクタークリエイトの場だ。


 本棚を囲った中心の開けた広場のような場所には、小さな椅子とテーブルがある。

 その椅子の上に、白い何かが座っていた。


「やぁ! 初めまして、僕はヌイ! 君の案内人さ」


 春人に話しかけてヌイと名乗ったのは、心地よさそうな白い毛並みを持つ猫だ。


「まず、アズワードで使う君の名前を教えてくれる?」


「ハルトです!」


 間髪入れずに春人が答える。 その声をしっかりと、強く発していた。

 現実世界と同じ名前を使う……そう決めていたようだ。


「ハルト、かぁ! いい名前だねぇ~。 初期ジョブはどうする?」


初期ジョブは5つ。

ウォーリア ― 片手剣と盾を操る、パーティの盾役

プリースト ― 回復魔法を駆使して、パーティを支えるヒーラー

ウィザード ― 強力な攻撃魔法で敵を焼き尽くすアタッカー

シーフ   ― 素早い短剣による攻撃で敵を翻弄するアタッカー

モンク   ― 己の拳を武器に戦う武闘派のアタッカー


 ハルトはあらかじめ自分が選択するジョブを決めていた。


「ウォーリアにするよ」


 初期ジョブの中でも一番STRが高く、攻撃も防御にも優れたパーティの盾役だ。

 カリキュラムのコースもウォーリア向けのものを受けてきている。


「ウォーリアだね! 最後に、初期に所属する都市と種族を選んでね」


 突然、図書館の床が古い羊皮紙の上に描かれた世界地図へと変わる。

 地図の大半は白紙で、大きな都市らしきアイコンが3つ。

 春人は地図の上に立ち、確かな目つきで答える。


「そうだね、森の都市ルーウェン! 種族はヒューマンにするよ!」


 ヒューマンを選択したプレイヤーはキャラクターの外見は現実世界と同じになる。

 自分自身と向き合いつつ、新しい自分を見つけるという願いを持つハルトらしい選択だった。


 ルイと名乗った猫が唱える。


「これで登録は完了だ! ……願わくば、君が世界を救わんことを!」


その一言と共に、春人は光に包まれた――


――ぐあっ、なんだこれ……!


 タイムスリップ物の映画のように、周囲の景色が細切れになり、長く伸びていく。

 その中心に吸い込まれていくように、ハルトは消えていった――


◆◆◆


 目を開けると巨大な青く透き通るクリスタルの前に、ハルトは立っていた。


(あれが、フルダイブの体験か……ちょっと酔いそうだなぁ)


 石畳が敷かれた中世の趣きある広場が、目の前に姿を現す。

 広場の人通りは多く、荷物を馬車で引く商人や、豪華な甲冑を身にまとう騎士など、賑わっている。

 大きな街路樹が道に沿って生えており、風に揺れて手を振っているように見えた。

 ハルトを、歓迎しているようだ。


「事前に知ってはいたけど、生で見るとやっぱすごいな……!」


 辺りを見渡し、非現実的かつリアルな光景に感動を覚えたハルトは、歩き出す。

 広場にある露店では食べ物を売っていて、美味しそうな香ばしい匂いがする。


「匂いもこんなに鮮明に感じるのか! これがフルダイブの技術……」


 何かを思い出したハルトは小さく呟いた。


「そうだ、まずは装備か」


 慣れた手つきでシステムウィンドウを操作して、装備していく。

 ショートソードと呼ばれる短めの片手剣に、木を丸形に加工して作られたラウンドシールドという盾、布の服がウォーリアの初期装備だ。


「これで、よしっと。 うん! 悪くない」


 柄を握り、ハルトは感触を確かめる。

 高揚感が襲い、ぶるっと軽く身震いをした。

 ここから始まる冒険、そして新しい自分を見つけること。


 そんな期待感に上書きされ、彼は見落としていた。

 カリキュラムで学んだ内容と、このアズワードの違い。

 見慣れない文字がシステムウィンドウにあったことを。


<<System Window>>

・Status

・Skill

・Equip

・Settings

・Unavailable


 その違和感の正体を彼が知るのは、もう少し後の話――

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