2章3話:迫るインターハイ予選
「お、神嶋が帰って来た」
「お〜い、こっちこっち!」
五月の第三週、六月の近づいてきた曇り空の広がるある日の昼休みに北雷高校男子バレー部の面々は食堂に陣取っていた。
北雷高校の昼休みの食堂は混雑するが、その中でも神嶋の一九六センチの長身はとても目立つ。神嶋を見つけた能登が大きく腕を振ると、神嶋は軽く手を上げて「気がついているぞ」と静かに主張した。
「あ〜、ちょっと緊張してきた〜……」
火野は落ち着きが無く、その隣に座った高尾も何となくソワソワしている。
「何で緊張するんだよ。トーナメント表が出るだけだろ」
そう言った凉は海苔の巻かれたチーズを口に放り込んだ。
「そうだよ、そんなに緊張しないでしょ」
水沼はそれだけ言ってペットボトルに入った麦茶を流し込む。
「いや〜、でもさ〜、初戦からとんでもない強豪と当たったらとか考えるとさ〜」
「うわ、まじで止めろよ。フラグ立ったらどうするんだよ……」
「スポーツ物あるあるじゃん!初戦から半端ない強豪とかさあ〜」
彼らが今日ここに集まっているのは、インターハイ予選のトーナメント表が発表されたからだ。それを神嶋が職員室で受け取って来るのをみんなで待ち構えているのである。
「だって嫌じゃんか、そんなの〜!なあ、海堂?……ってコイツ!」
「寝てる⁈」
何と海堂は弁当を食べている状態のまま眠っていた。
「ええ⁈さっきまでコイツ厚揚げ食ってなかった⁈なんで寝てんの⁈」
「しかもこんだけ騒いでも起きねえ……!」
箸を持った姿勢のまま完全に眠っている。目は閉じていて微動だにしない。
「みんな、トーナメント表だ!」
ちょうどそのタイミングで戻って来た神嶋は、手に持っていたプリントを広げた。神嶋の声で海堂はハッとしたらしく目を開ける。黒字で学校名が書いてあるプリントの下段の一番右端に黄色で線が引かれているところがあった。
「ここが北雷だ」
「おお……、見事に一番端っこだな……」
「初戦の相手は⁈県四強じゃないだろうな⁈」
「初戦の相手は平山学園。会場は相手の学校だ。三浦まで行くことになる」
平山学園という言葉に海堂が思い出したように話し出す。
「平山学園は女子バレーの強豪校ですね。女子バレー部は、確か去年のインターハイ予選で県ベスト四に食い込んだ学校です」
「そうなのか……。男子バレー部のほうは?何か知っているか?」
「いえ、特には。弱小とも聞きませんし、強豪とも聞きません。実力に関してはよく分からないと言うしかないですね」
海堂の説明に全員が唸る。
「得体の知れない相手、か……。逆に不安だな」
「でも良かったよ。県四強の緋欧とかサンショーとかニシハコとか秦野中央とかと当たらなくてさ〜。そしたら初戦からクライマックスじゃん?俺たちの夏は秒速で終わっちまうぜ?」
「能登さん、それについてですけど、全国に行くならその辺りとはいずれやり合うかもしれませんよ」
「ゔっ……」
凉の一言に能登は顔をしかめる。
「いや、まあそうだけど!そうじゃなくてさ!」
「別に問題無いですよ。戦いながら強くなればいいんですから」
そう言った海堂は、以前見せた悪人面をしていた。
「対戦相手はエサです。それを食べて力をつけてのし上がる。そうすれば、多少分が悪くたって何とかなります」
「おいおい……」
「まあ、とにかくだ!六月の頭になれば、インターハイ予選が始まる!この一ヶ月で俺たちは大分成長した。それについては間違いない。自分たちでも分かっているはずだ。あとは自分の持ってるものをさらに磨く。そうすれば、自ずと勝ちはやってくる」
神嶋の言葉に川村はニヤリと笑う。
「良いこと言うじゃん、主将サマ」
「主将だからな。ということで、対戦相手も分かったことだし、今まで以上に試合を意識して練習に取り組もう。俺からは以上だ」
話を終わらせた神嶋は自分の弁当箱を開けて昼食に食らいつく。昼休みはあと二十分しか無いのと、単純に空腹なので凄まじい勢いで中身が神嶋の口に消えていく。
「そう言えばサ、みんな、テスト大丈夫?今日が終わると一週間前のテスト期間に入るわけだけど」
野島のその一言にその場が凍りついた。
「……テスト、あったな、そう言えば」
「ああ……。あと一週間だな……」
久我山と能登の何とか押し出しましたと言わんばかりの掠れ声が落ちる。
「定期テストなんて普段からやってりゃ出来るだろ?」
川村の一言がさらにその場を凍らせる。
「川村さん、勉強出来るんすか?」
「朱ちゃんの去年の学年末の成績順位は一桁だヨ〜。内申点取るの上手だよネ」
一年生の視線が川村に注がれる。
「おい、お前らァ……。今何か失礼なこと考えてるだろ」
ドスの効いた声でそう言った川村に、海堂は馬鹿正直に返事をした。
「はい。いかにも脳筋そうな川村さんが勉強が出来るのが意外でした」
「海堂〜!テメエこの野郎!ナメた口聞いてんじゃねえぞ!」
掴みかかろうとした川村の腕を両サイドにいた野島と神嶋が取り押さえる。
「一応と言っては何ですけど、入学した後の学力テストの学年総合順位、十三位でした」
それを聞いた火野はギギギと音がしそうな動きをして海堂を見る。
「マジで?お前そんなにバカそうなのに?この間の数一の授業で爆睡してたろ!当てられても起きなかったじゃん!」
「小テスト満点だったよ」
「はあ⁈気持ち悪ッ!お前、まさか勉強してんの?家で?」
「してるよ。家庭教師いるし。家庭教師と言っても兄さんだけどね」
「兄さん!兄ちゃんいたのお前!知らなかったわ〜って違う!そこじゃねえよ!お前の兄ちゃん高校数学覚えてんのかよ!」
「二十五歳だけど基礎なら覚えてる」
「はあ〜〜ッ!二十五歳のお兄様に勉強教わってるんですか!ってはあ⁈二十五歳なのに高校数学覚えてんの⁈チートかよ!」
火野はすっかりおかしくなっていて一人でギャアギャアと喚いている。おかしくなるあまりイスから立ち上がっていた。
「火野、うるさいよ」
「目立ってんぞ、この脳筋」
「最後の悪口ですよねえ⁈」
瑞貴と久我山の言葉に火野は吠え返すが、瑞貴と目があった瞬間に無言の圧に屈して黙って腰を下ろしたのである。
「はあ〜、もうマジで瑞貴さんホントに怖えよ〜……」
教室へ戻る道すがら、火野は情けない顔でそう零した。それを聞いた凉は鼻で笑う。
「あれが怖いとか、どんだけ甘やかされてんのさ」
「ええ〜、怖かったじゃん、さっきの」
「ボクは小学生のとき、親より兄貴のほうが怖かった」
「嘘つけ〜。だって年子だろ?一つしか変わんねえじゃんかよ」
「それが怖いんだな、これが」
凉は軽く苦笑いしながらそう言い、本当に怖いんだからな!と念を押す。
「てか、この三人で一人っ子なのオレだけだったんだな。海堂も何となく上に兄弟のいる奴の雰囲気だったけど、まさか十歳上の兄ちゃんがいるとは……」
「そうだね、それは驚いた」
「自分のこと話さねえしな」
二人の間に挟まれている海堂は、半分眠っていた。うつらうつらしながら歩いているので、おそらく二人の言葉は全く聞こえていない。しかも何となくフラついていて、間に挟まれていなかったら人にぶつかられて転びそうな様子だ。
「お〜い、海堂、具合悪いの?」
「海堂、聞いてる?」
すると急にピクリと動いて
「うん、聞いてる。大丈夫」
と言う。これは大丈夫じゃないんだろうかと火野は思ったが、さすがに体調管理くらいは出来るはずなので自分が気にかけることではないと判断する。
「で、何だっけ?」
「聞いてねえじゃん!」
火野の渾身のツッコミにも何も言わない。
(何か考え事でもしてるのかな……)
校舎の外を見てみると、雨が降り出していた。
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