第62話「幼馴染は、夏休みの予定を立て始める①」

「そういえばここに咲いてた桜、すっかり緑になっちゃったね」


「だな。前まではそこら辺にたくさん散ってたんだが……さすがにこの時期だと、掃除されてるか、風に乗って飛んでいったんだろうな」


「渡り鳥みたいに?」


「あれは習性。桜はタンポポの綿毛みたいに、雨に塗れれば湿るし、飛ばなくなる。一般的な植物だよ。細胞も複雑じゃねぇし、桜は自分の意志では動かない。太陽の光で光合成して、二酸化炭素を取り入れる。って、理科の授業でやっただろ」


「そこまで解説してなんて言ってないんだけど」


 今歩いている通りに生える立派な桜の木。

 4月に近づけば春の陽気とともに満開の桜を咲かせ、この公園を一面『桜の道』に変えてくれる。


 近所でもここの桜はかなりの人気を誇っていて、晴れの日はここで宴会や花見をしている人達を毎年のように見かける。実際私もここの桜は大好きだ。


 花見なんて、小さい頃はしたことなかったけど、今年は透と一緒に縁側に沿って桜を見て回るという簡単な花見をした。写真を撮ったり、桜を見る度に私が「綺麗……」とうわ言のように溢した言葉を、透が「そうだな」と拾って返す。そんな、何でもない花見だった。


 けど、そうだったとしても、私とっては嬉しかった。

 休日はめったに外に誘っても出てくれない透が「嫌だ」と一言も言わずに付き合ってくれたことが。


 まぁ、単に本人からしたらただの気まぐれだったのかもだけど。

 身体がなまらないようにーとか、それっぽい理由は一応たくさんあるわけだし。


「お、すげー懐かしいのあんな」


「え、どれどれ?」


 桜並木の通りを抜けた直後、透が目の前の遊び場に反応を示した。

 すっと横に並んだ私もそちらへと視線を向ける。

 目の前に広がっていたのは、公園用に作られた水遊び場だった。


 小さい子どもが溺れる心配もない、気軽に誰でも使うことが出来るスペースとして夏場はここにプールセット一式を持って遊ぶ子どもが今も尚多い。

 それに、1日に何回か小さな噴水が出るようにもなってた気がする。


「そういや、この公園ってプールあるんだったな」


「プールというよりかは水遊び場だけどね。でも、こんなのもあったね。……小学生の頃、結構ここで遊んだことあったけど、水着とか無かったから私服で入って、よく汚れて帰って来てたの、今になって思えば懐かしいな~」


「夏場に限らず見かけたときにはよく泥塗れだったと、オレの脳内は記憶しているんだが?」


「誰かしらそれ。……にしても、ここの水遊び場って結構汚れてるイメージ強いんだけど」


「それ夏場以外の話だろ? 管理の人も、そんな使わない冬場とかも整備してるわけないだろうし、年中整備っていうのがおかしな話なんだよ」


「水上公園は冬場スケートやってるからでしょ? 一度だけでも行ってみたいけどね」


「お前はすぐ滑れそうだな」


「コツさえ掴めば簡単に滑れるようになる、っていうのは聞いたことあるよ?」


 ここと少し離れた場所に、近所だけに限らず、多くの人が利用する水上公園がある。夏場はプールとして営業してるけど、冬場はスケート場として『体験教室』の他、初心者から上級者の全ての人が遊べるように施設が用意されている。


 夏場のプールは中学のとき、透と暇潰しに行ったことはあったけど、冬場はまだ行ったことがない。だから、スケートは完全未経験。色んな人が『すぐに滑れる』って言ってるから、前々からやってみたいとは思ってたけど……完全にタイミング逃してたなぁ。


「お。ちょっとだけ整備されてるな。落ち葉とかも、ほぼ最近のものだ」


 ひょこっと顔を覗かせて中を確認する。

 冬場には残っていた汚れも磨かれている。夏場に向けて清掃されたんだろう。


「そりゃそうでしょ、もうすぐ夏本番だし。きっと夏休みになったら、たっくさんの親子がここにやって来るんだろうなぁ~。ここはタダで済むしね」


「本格なら水上。気軽にだったら公園って感じだな」


「そういう名目で作ってたわけじゃないだろうけど、そんな感じするよね。……いいなぁ。こういう場所」


 ぼそっと独り言を零す。

 ……友達とか親子でとか。まるでおとぎ話のような空想の世界。しかし与えられた世界はどこまでも1人の世界。塞ぎ込んで、こじ開けようともしなかった。


 本当、どこまでも1人が好きだったんだな。昔の私は。多分、世界ぼっち選手権に出られるよ。まず需要ないし、そもそも開催なんかしても悲しい結果しか生まないだろうけど。

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