第51話「オレは、幼馴染への優越感に浸る」

 オレは注文の声に耳を貸さず、注文表に目を落とす“幼馴染”に訊ねる。


 前述にもある通り、幼馴染こと『佐倉美穂』はバイト先に来ることはしてこなかったはずなのだ。少なからず、ここ数ヶ月間はそうだった。……だと言うのに、何でここにいるんですかね貴方様は。


「いいじゃな〜い! 偶にはこうやってあんたのとこで外食するのも。1人で昼ご飯っていうのも何か味気ないしね」


「いや、その考えを否定するつもりは端からねぇけどさ……。だからってこう、何でわざわざオレのバイト先を選んだんだよっつー話なわけで。お前、この間まで来る気なんて皆無って感じだったしさ」


「うっっわ……!? それ、私に向かって言う必要ある?」


 少しショックを受けたかのように美穂は軽く項垂れる。


 ……まぁね? いつもいつも頼んでもないのに朝飯から夕飯まで作ってくれる美穂には感謝してもしきれないけどさ。美穂はどっちかというと外食せずに自炊する派の人間だったし、オレには『外食ばっかしてんじゃない!!』って耳にタコが出来るほど怒鳴られたし。


 そんな厳しい美穂が、ザ・ジャンクフード! みたいな店に顔を出すなんて思いもしなかったし……。しかも注文までしてきてるし。


「酷いなぁ。せっかく働いている彼氏の姿を一目でも拝もうと思って来てやったっていうのにさ〜。反応があまりにも薄い! 薄すぎるよ!」


「別に頼んでねぇし」


「頼まれてないからね。それに、前々から好きなんだよね、ここのバニラシェイク!」


「意外だな。てっきりオレのバイトを妨害しに来たもんかと思ってたわ」


「あんたは私のこと何だと思ってるわけ?」


「ツンデr——っていててて!! つ、抓ることねぇだろ……!!」


 カウンターに置いていた手の甲を力強く抓られ、オレは反射的にすぐさま手を引っ込め抓られた箇所を優しく摩る。……痛ってぇんだけど!? 絶対本気でやったよね!?


「余計なこと言うからよ。それに、あんたにとってはご褒美でしょ?」


「美穂さんは一体オレをどんなキャラにしたいわけ……?」


「まぁ冗談はこれぐらいにしておいて……」


「冗談にしては随分と後味の残る痛みだったんですけど!?」


「透がどう思ってんのか知らないけど、ここに来るか来ないかは私の勝手でしょ? っていうか、私達はこうしてお店の売り上げに貢献してるんだから、寧ろ感謝の敬意を示すべきなんじゃないの?」


「本日もご来店ありがとうございますお客様!」


「わかればよろしい」


 所詮は弱肉強食なのか、この世界は……っ!! 悔しがりつつもオレは、気分爽快だと無意識に主張してくる彼女の態度に「ま、いっか」と心の中でケリをつける。


「つーか、好きだったら好きだったらで、何で今まで顔すら出しに来なかったんだよ」


「生活費の全部をバニラシェイクに捧げるほど生産的な余裕なんてないわよ。誰かさんみたいに好きなことに躊躇わず投資する考えナシと違うからね」


「おい」


「何よ。間違ってないでしょ?」


「……そりゃあそうだが。せめて言い方を包み込んで欲しかったというか何というか……」


「面倒くさい」


 うん、お前は絶対そう言うと思ってた。オレ、シッテタモン……。


 ただ美穂が言わんとしていることはわかる。オレが『読書』という最高の趣味にバイト代を注ぎ込めるのは、毎日のように手作り料理を振舞ってくれる美穂のお陰だ。


 ……別に、気がつけばバイト代がラノベ代として消えていっているなんてオレは知らない。


「……ま、別にいいけど。あんたが一緒に食べてくれるから、2人分作ってるだけだし……」


 ボソボソ、と独り言が虚空へと姿を消していく。

 誰も知らない『佐倉美穂』の本当の姿——普段の頼れるお姉さんのような性格とは一変、近づくことさえままならず鋭い目付きで誰も寄せ付けない『一匹狼』。それが、彼女の本当の姿。


 誰も頼らない。

 誰にも迷惑をかけてはいけない。


 かつて、自分のせいで親同士を喧嘩させてしまい、その発端が自分自身にあったのだと知った美穂は……ただひたすら“1人”でいることを選んだ。


 高校の同級生は知る由もないだろう。

 過去の彼女は、今とは真反対な性格をしていたことなんて。

 そんな『一匹狼』だったかつての彼女が、オレとの会話の中でのみ出てくるなんて。


 心が優越感に溢れる。誰も知らないカノジョの一面がある。いつかは誰かが知るかもしれない、そんな可能性を1%も考えられないほどに、オレはその優越感に浸っていた。……だって、必要がないから。誰にも、教える気なんてさらさらないのだから。

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