第41話「初めて『恋愛の重み』というのを知った」

  ✻



「……やらかした」


 ゴロン、と自室のベッドの上で寝転がる。

 大好きなはずの書籍に集中も出来ず、何にも手が付かない。

 まさにニートのような私生活へと逆戻り。……そう、佐倉と出会う前の生活に。


 オレの部屋は、数日前まで綺麗に整頓されていたはずの本がまたもや山のように積み上げられており、遂には机の上にさえ教科書を放置状態と化してしまっていた。


 ……あのときの光景が、目に焼き付いて離れない。

 教室で、学級委員である佐藤に呼び止められて「好き」だと告白されてしまった、あのときの佐倉の表情が……。



 人に好きと言われたのは、何回目だっただろう。

 幼稚園の頃のおふざけを入れると、大体片手で数えられるぐらい……だっただろうか。

 最早数える気すら失せていた。何の迷いもなしに返事をするだけの、ただの会話。今までだってそう。結局みんな、オレから離れて帰っていく。オレを……『強い子』だと勘違いする。実際そんなことあるはずがないのに。


 ただ、それを言っても相手に迷惑がかかるだけ。

 オレにとっては違くても、相手にはちゃんと……帰るべき居場所がある。


 それがわかっていたからこその、ただの会話。断る――それ以外の選択肢を取らない、単なる会話に過ぎなかった。


 ……けど、今回は違かった。


「…………」


 一緒に帰るつもりであの時間まで待っていた。


 またいつもみたいに、他愛もない話をしたい。


 またいつもみたいに……互いの家に泊まり合いをして、お前と――。




『……ご、ごめん』




 なのに、あの表情を見た瞬間、言葉にも出来ないほどの感情がふくれ上がってきた。

 不安よりも、嫌いな夜よりも『怖い』と思えた。そして……言い知れないほどの、誤解を与えてしまったかもしれないという『恐怖心』が湧き出てくる。


 ……何をしてるんだ、オレは。

 そう思いつつも、天井に向かって手を伸ばす。


 いつもであれば、もう夕飯が出来上がっている頃だ。リビングからこうばしい匂いが部屋にまで届いてきて、そして『やっと来た。ほら、さっさと手洗ってきてよ』と怠そうに言い放ってくる佐倉がいて……。


 そんな“いつも”が“当たり前”が、今の空間には存在していない。

 いつも彩りを見せていた食卓も――今は無。唯一存在するのは、ポストに投函とうかんされていた飲食店などの広告チラシのみ。


 そしてオレは、力強く握り込んだ拳でテーブルを叩く。


「……んだよ、これ。……こんなの、知らねぇよ」


 ヒリヒリ、と痛覚が全身に伝わってくる。


 今まで何回聞いてきたかもわからない「好き」というありふれた言葉。


 人によってはその言葉を口にすることが、勇気のいることなんだとどこかの番組で耳にしたことがある。でも、そんなのわかんなかった。恋人を作れば、必然的に側に居てくれるのか? ……そんなもの、訊かなくったって答えは単純明快――


 きっとオレは恋愛面でも『無色』なんだと思ってた。

 何度も何度もシュミレーションをして、万全の準備をして告白をする。

 その意味を、重みを……一生理解し得ないもんだと思ってた。


 断って、断って、断って。何度も『ごめん』と言って、その重みを無にしてきたんだろう。


 今だから、わかる気がする。

 初めて、意味がないということを『違う』と否定しようとしている。


 たった1人のために――未だかつてないほどに、どうしたらいいと頭をフル回転させている。



 どうしたらあの頃の食卓が戻る……?


 どうしたらお前はまたここに泊まりに来てくれる……?


 どうしたら――オレと一緒に、生きてくれる……?




 ――オレは今、初めて『恋の重み』というのを知った。

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