第28話「一人の世界を彩らせる『現実逃避』」
✻
家から数百メートル離れた行きつけの書店。
新刊コーナー、既刊コーナーとわかりやすく区分けされており、何より置いている本のラインナップが豊富だ。
文学本から文庫本、漫画にライトノベルやキッズコーナーまで。数多の本を取り扱っているにも関わらず、店内の広さを存分に活かした棚の使い方、並べ方等……天井看板を利用しての案内のお陰で広いのに迷いにくいこともあり、オレは昔からここが気に入っている。
何より、既刊を多く取り揃えていてくれるから、昔の本なども見つけやすい。
買い物という意味でなら、ここが最高の穴場だとオレは思う。
オレは店内を迷う余地なく、新刊コーナーへとその歩を進める。
すると、ふとした日常会話がオレの耳に届いた。
「――ねぇ、それっておもしろいの?」
「……まぁな。暇つぶしにもなるし、けっこうおもしろいよ」
「む、難しそう……」
「絵本レベルしか読まないおまえには、たしかにハードル高いかもな」
「ひ、ひっっどーーい!!」
大体同年代と思われる男女2人が新刊コーナーの前でちょっとした口論を繰り広げていた。
そのコーナーには、ライトノベル?と呼ばれる文庫本の新刊がずらりと並べられている。何度かCMで見かけたことはあるし、名前ぐらいなら聞いたことがある。文学とは違った、あらゆるメディアに該当する創作物……だったか。
小説だろうから、漫画のように絵は多くない。
あくまでも小説として点在するわけだし、少しお堅く止まるイメージがある。
……あんまりそういうものに手を伸ばしたことが無かったが、どうしてか視線はそちらへと注がれていた。今まで小説なんて、まともに読んだこともない癖に。
「(……ノベル、か)」
そして気づけば――ある1冊のライトノベルを手に取っていた。
事前に調べたわけではない。かと言って、興味がそそられたわけでもない。……本当に、無意識での行動だった。
だが……何故だろうか。自然と手に取ったことに対し、自問自答が起こることはなかった。
「……何やってんだろ。ライトノベルのらの字すら知らないくせに」
本当にわからなかった。
本能による行動かなのか。それとも、無意識に好奇心が煽られてしまったのか。
小耳に挟んだだけだったのに……。手に取るつもりなんて、まるで無かったのに……。オレはその本の表紙を眺めながら、心の中で『何故』と疑問符を提示していた。
「………………」
手に取った本との睨めっこ。傍目から見たらとてもシュールな光景である。
だが、今のオレの行動原理には、この選択肢が『間違い』であると示す証拠が開示されていないために、答えを確かめる術は無に等しかった。
しかしながら、かつてなかった『好奇心』が高まったのは確か。
オレはその場で少し立ち尽くしていた。どうするべきか、と悩みながら――。
「それ、買うの?」
「えっ……」
またまた突然のことだった。
真横から声を掛けられ咄嗟に視線を真横へやると、そこには先程この場所で口論を繰り広げていた男女2人の姿があった。
「あ、ごめん。じゃましてた?」
「そうじゃないよ。ただそれ、おもしろいのに僕以外に手を取ってる人が初めてだったから、少し嬉しくなっちゃって」
そう言うと、男の子は柔らかい笑みを浮べながら、手元の本を見つめる。
ただただ純粋に微笑むその笑顔に、オレはすぐさま彼の感情を悟った。どれだけこの本が好きなのか、どれだけ嬉しかったのかを。
「……面白いの、これ?」
「知らないで手に取ったのか? かなりのチャレンジャーだな」
「どっかのだれかさんと大ちがいだね!」
「うるさいぞ……っ!」
……賑やかな人達だなぁと、そう思わずにいれなかった。
そしてふと、視線が手元へと移る。きっとこの男の子は、ライトノベルが好きなんだろう。本ってマニアックだから、中々受け入れられないものだろうし、その分『趣味の共有』が出来たときの感動というのは大きいのかもしれない。
でもオレは、ライトノベルを好きになったわけじゃない。ただ、手に取っただけ。何だか、誤解を生ませてしまったような気分だな……。
「それ、本当におもしろいから。読んでくれたら、うれしい」
「あっ……うん」
男の子はそう言うと、隣に居た女の子に連れられて、そのまま奥の棚の方へと連行されていってしまった。……嵐のような2人だったな。
――おもしろいから
彼が言っていた、簡潔で、深みのこもった言葉が脳内で反芻する。
……面白い、か。
どういった本能が働いたのかわからないけれど、オレは手元の本に無性に興味が湧いた。これなら……オレの『空白』を埋めてくれるかもしれない。根拠なんて何もない。確信すら保障出来ない。だけどどうしてか、オレは思った。
静寂を
何かに縋りたかった。
何か夢中になれるものを欲していた。
誰の迷惑にもかからない、1人の世界を彩らせる『現実逃避』を。
間違いだったとは思わない。
だって――あのとき出掛けていなければ、君に会うことは出来なかったと思うから。
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