第18話「幼馴染にとって、泊まりなど日常の内」

「お加減はどうでしょうか?」


「うぅ~~。気持ちいぃ~~」


「マッサージしに来た熟年のおっさんみたいになってんぞ……」


「ちょっと、それは熟年さんに失礼じゃない?」


「その反応も大概だと思うけどな」


「そこは触れなくていいの! 後、マッサージはどんな年頃の人や子どもがやったって自然と気持ちよくなれるもんなの。透だって、スポーツやった後のマッサージは気持ちいいでしょ? あれと一緒よ」


「まぁ、それもそうだが。……何て言うか、お前が言うとまったく違った意味に聞こえるな」


「ちょ……!! そ、そんなわけないじゃない!! 透の変態! アホ! オタンコナス!」


「ぜってぇ最後のやつ意味わかって言ってないだろ」


「そ、そんなわけないでしょ……!?」


「そうカッカすんなって。おバカなことは周知の事実なんだしさ」


 オレ達と同じ進学校に通っているからと言って、どこもかしこも頭の良い奴らが集まっているわけじゃない。『頭が良い』という枠組みの中にだって、当然優劣が存在する。


 そして美穂は、決して頭が良いわけじゃない。

 小学生まではクラスの中でも最下位を何度も獲得していた過去もある。


 バカにしているわけではないが、こういう面も可愛いのだこいつは。真面目で、お姉さんポジションを演じる美穂のバカで、可愛らしい一面は……オレだけが、知っていればいい。


「ちょっとぉ~!? どういう意味なのかハッキリ言ってごら~ん!?」


「しゅ、しゅびばせん……」


「えぇぇ!? 何だってぇ~!?」


「ひゃ、ひゃべれにゃいかりゃひっぱりゅにゃ……!」(※「しゃ、喋れないから引っ張るな……!」)


 頬を強く左右に引っ張られ、思うように言葉を発せられない。

 普段は人以上に優しい美穂だが、時としてはこのようにマジ切れすることもあるのだ。……オレ限定で。実に理不尽だ。


「ったく……! 次はもう少し、言葉を選んで発言して頂戴!」


「ごめんって……言葉のあやでした」


「……次は無いからね?」


 そう言うと美穂はソファーから降り、台所へと足を向ける。

 そして水の入ったやかんを火にかけて、沸かし始めた。


 おそらく自分とオレ用のコーヒーを淹れようとしてくれているのだろう。ちなみにオレはミルクを少々、美穂は砂糖を2つだ。お子様味覚とか言わない、オレ達は15歳だぞ。


「…………」


 暇になったオレは、テレビを点けてのんびりと寛いでいた。

 適当にバライティ番組を転々としていた中、美穂はマグカップに淹れられたコーヒー(ミルク少々)を机の上に置く。


 一口飲むがやはり好みの味だ。

 幼馴染を長年も続けていれば、自然と相手の好みや苦手なものさえ手に取るようにわかる。

 表情に出していたり、あまり手をつけなかったりと把握出来る用途は様々だが、美穂にはオレの好みと苦手なものの区別がハッキリと付いている。


 しかしやはりそこは美穂、そう簡単に好きなものだけを調理してはくれない。

 日によってメニューは変わるが、ちゃんと食べやすいように細かく刻んでくれたり味付けをオレ好みにしてくれたりと、是が非でも食べさせようと工夫してくれている。本当、至り付くせりである。……どんだけ好きなんだか、お互いに。


「……お風呂、どっち入る?」


「んー。美穂はどっちがいい?」


「それじゃあ、昨日は私が先だったから後で」


「りょーかい」


 オレは美穂が事前に用意してくれたであろうタオルを手に取り、脱衣所へと入る。


 あまりにも『自然すぎる』と捉えるだろうが、オレ達にとっては一緒の風呂に入るなど日常の中に溢れた、あらゆる光景の1つ。まるで兄妹(姉弟)のような、そんな代わり映えのないいつもの光景に過ぎない。


 ……そもそもとして、オレ達がこうしてお互いの家に泊まるようになったのって、一体いつ頃のことだったか。


 小学生だった頃には、もう既に泊まり込むことが多かった。

 お互いの両親にも了承を得ていたし、1人にするより安全という理由で今もこうしてお互いの『り所』を確保している。


 ――けれど、最初からこうだったわけではない。

 寧ろその逆、オレと美穂に、最初は接点こそあったものの繋がりというのは皆無だった。


 隣の家に住んでいる。認識していたのは、たったのそれだけ。

 ……それに、あの頃の美穂は、女子は愚か男子からも恐れられていた。一匹狼――その名に恥じない警戒心と、物理的に壁を形成し決して踏み込まないようにしていた。まるで、自分の中に『誰も』入れないようにするかのように。


 今となっては考えられない話だろうが、昔のオレ達はそんなだった。

 お互いに理由は違えど、1人を忌み嫌い、夜を恐れていた。



 ――誰でもいいから側に居て欲しかった。1人にしないで欲しかった。


 ――誰にも迷惑をかけたくなかった。誰かに迷惑をかけるぐらいなら。



 考えれば考えるほど、オレ達は似ている。そして、似ていない。


 ……それじゃあ、どうして接点を持つようになったんだ?

 幼い頃の記憶というのは、大人に近づくにつれて忘れていくものだ。人の顔や名前なんか尚更だ。クラスメイトの印象すら忘れている。あんなに毎日遊んでいたのに。あんなに毎日、一緒に居てくれていたのに……。


 だとしたら、出会いどうこうのことは、それ以前の話になるのではないだろうか?

 意見を積み重ねる内に頭の中で処理する思考量が増大していく。


(あれっ……これ、無限ループじゃね?)


 お湯を顔に浸けながら、記憶は徐々に過去へと遡っていく。

 美穂との出会い、美穂へとおかしな噂……それから――


 考えはいつの間にか、現実の中にも影響してしまい、オレはお湯の中で目を閉じた――。

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