第17話「幼馴染は、同じ時間を過ごすもの」

 豪快にトッピングされた天ぷら蕎麦をたっぷり食し、風呂が沸くまでの間、オレは美穂の洗い物をしている音をBGMにしながら電子書籍を漁っていた。

 手伝おうか、と言ってみれば「皿割りそうだからいい」と断れる始末。悲しいなぁ。


 そのため、今オレに出来ることはこれだけということだ。

 今読んでいるのは、晴に貸してもらったラブコメ作品。

 前に『男なのにラブコメを読む理由』というのを晴に問いただされたことがある。


 そのときは「知的好奇心」だと答えたが、本当の理由は、普通に感動するから。

 そもそもとして、オレがラノベに手を伸ばすことになったキッカケは、小学生のときに偶々通りかかった見知らぬ子どもに薦められたからだ。晴とは真逆のコミュ力だったな。


 当時、ラブコメものを主軸とした現代ファンタジーものを丁度地上波で放送していて、やり取りや困難に立ち向かう主人公達を見て、胸熱だったのと同時に感動したのだ。


 そしてその後に、そのアニメがラノベ原作だったのだと、立ち寄った本屋で初めて知った。

 確かそのときだったか「それ面白いから」って、前を向いて薦められたの。……あぁ。でもあれは違うやつだったか。あのときに手に取ったのは……何てタイトルだっただろう。


 けど、覚えてはいる。あの読み応えだけは、決して忘れられない。

 読んでみた感想を言おう――泣いた。挿絵を見るだけでも。


 確かそれからだった。

 いろんなジャンルに手を伸ばして、ラブコメ・現ファン・異世界無双系・SF等など……。数に挙げるとざっと400冊以上。今では、そんな多種多様なジャンルを読むようになった。


 時には、文庫本に手を出すこともある。

 ラノベにはない不思議な世界観が広がってるんだよな、ああいう児童向けの本って。

 とはいえ、購入出来るのはバイト代とお小遣いを足した分だけ。


 毎月出ているラノベを全部買いたいところだが、そういうわけにもいかない。お札なんか、羽生やして一体何札飛んで行っただろう……。それも全て、諭吉さん……。


 誰もが想像していることだろう。小銭がぶっ飛ぶことより恐ろしいと。

 ……オレだけじゃないよね?


「……何してんの」


「自問自答」


「はっ? ……どうでもいいけど、他人ひとの家で書籍読むな! さっきも同じこと言ったでしょうが!」


「やっぱ拗ねてんじゃん」


「……拗ねてないし」


 今あからさまに目逸らしたぞおい。

 やっぱ、美穂と居るのは楽しい。普段はこんなツンデレっぷりを隠して『頼れるお姉さん』を演じているが、家にいるときはどうも性格が変貌する。……けどまぁ、それはオレもか。


 特にあいつら幼馴染と一緒に過ごすときは、かなり気を遣ってるだろうしな。

 優しい内面はそのまま。

 でも、本人は『なりたい』という一心から無茶することも多い。


 ……だからこのひと時は、とても気が楽だ。オレにとっても、美穂にとっても。


「はいはい。構ってやるから、拗ねるのはそこまでにしな。そのまま加速してったら、だ~いぶ可愛く見えちゃうぞ?」


「……殴っていい?」


「褒めてんだろ、素直に受け取れって。それとも――ツンデレとお呼びした方がよろしかったでしょうか? なぁ、ツンデレお嬢様?」


「そこになおれ」


「すんませんした……!」


 オレはすぐさま自身の行き過ぎた言動を反省し、床に這いつくばって謝罪する。


 一体どこでそんな口調なんか覚えてきたのやら……。晴がよくオレに対して放つオーラよりも数倍の効き目があると思われるんですが? 実質、オレには効果抜群だ。戦闘不能、離脱します。


 美穂の表情から『笑顔』が消えたときこそ、彼女本来の『性格』が露わになる。それはもう、母親が子どもに対して説教をするとかそんなレベルじゃない。およそ人に向けるべき『殺意』ではない。……人を蔑ろにするレベルだ。


 本当、昔の美穂はお帰りください! 今すぐオレの美穂を返してください!


「……はぁ。もういいわよ、怒るのも面倒くさいし。その分、付けにしとく。明日何か奢って頂戴。そうね、あんたのバイト先に新しく出た新作で手を打ってもいいわよ?」


「はっ! 承知致しました!」


 オレはビシッと立ち上がり、佐倉美穂司令官の命令を承諾した。敬礼!


「それはそうと、今日は泊まるんでしょ? だったら布団は自分で敷いてね。私はそこまで面倒見ないから。子どもじゃないんだし、それぐらいはしなさい」


「幼馴染にする態度か?」


 口調がいつものに戻る。

 正直初見では見抜けないほど、微妙なラインなんだが。苦節7年、ほぼ1日中彼女と一緒の時間を過ごしてきたオレには、何となくわかる。少し口調が柔らかくなったと。少し、な。


「幼馴染だからよ。あんたみたいなのじゃなきゃ、私がやってるわよ。一応お客なんだし」


「ほぉ? だったら、布団敷くの面倒だから、一緒に寝て――」


「朝起きたら顔面がスゴいことになってるかもしれないけど。それを覚悟してるんだったら、一緒に寝てもいいけど? どうする?」


「嘘です冗談ですすみませんでした……」


 前言撤回。戻ってなかった。


 女を怒らせると怖いというが、多分ここまで怖いと思える女子なんて美穂以外にざらに居ないと思える。それぐらいにこいつは一匹狼だったし、他人に頼ろうとしない。実際オレにだって、滅多に頼ろうとしようとしてこないしな。


 ……でももし、オレが美穂の立場だったら。

 あんな経験をしてしまったら。多分オレも、人に頼ろうとしなかっただろうな。


 人の心は読めない。それ故に、表向けに晒された感情を目の当たりにすれば……美穂みたいに、誰にも迷惑をかけない、そんな生き方をしたかもしれないな。


「……だったら。頭、撫でてくれる?」


「……いいのか?」


「わ、私がやってって言ってるんだから、黙ってやって」


「ほいほい。……んじゃ、おいで。美穂」


「……それ、普通は女の子の方が言うんじゃないの? あんたが読んでる小説にだって、そういうシーンいっぱいあったことは覚えてるけど?」


「強気な女の子も現実リアルで使うもんなのか?」


「あんたは私を何だと思ってんのよ……。逆に、使っちゃダメな女の子なんてこの世にいるの?」


「それ、オレの台詞なんだけど。男だって言いてぇよ」


「……そんなに女子の特権を奪おうとするなら、自ら願い下げするから」


「んな自己犠牲な人質の仕方すんなよ、ったく。……いいから、ほら」


「…………ん」


 しおらしくなりながらも美穂はソファーに座り、オレの肩に頭を預けてくる。

 まるで「頭を撫でてください」と言わんばかりの行動に、少しムラッとしたけど……まぁいいや。今はこいつの、ツンデレ具合を堪能するとしますか。


「…………もっと」


「仰せのままに」


 要求通り、美穂の頭を優しく撫でる。


 上下左右に撫でたり、時には優しめにポンポンと叩いたり。子猫のように幸せそうな表情を浮かべる美穂に癒されながら、オレは少し笑みを零した。……独占したいな。なんだって。

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