第74話「幼馴染は、隣を独占したい②」

「……なぁ、渚」


「ん? 何ぃ?」


「お前の言葉を聞いて思ったんだけどさ――そんなに離れるのが嫌なら、文芸部入らないか? どこにも所属してないんだし、お前も本は好きだろ?」


「まぁ……好きだけど」


 晴斗から意外な言葉が出た。

 確かに文芸部には晴斗が所属しているし、部員数もそこまで多いわけじゃない。


 それに加えて、今年の新入部員のお陰で、ようやく部活と呼べるようになったって以前に晴斗が言っていた。


 今年の新入部員と言っても、1年生は晴斗と藤崎君の2人だけ。

 文芸部と言っても、具体的にどういうことをしている部活なのかはイマイチ掴み所がないけど、私にはそれが1番『らしさ』があって良いと思ってる。


 あんな理想空間で、大好きな幼馴染や友達と、楽しく過ごせるのは嬉しいし、絶対楽しいんだと思う。……だけど、


「……ううん。所属しないよ」


「いいのか? ただでさえお前、情緒不安定なのに」


「言葉の選び方って知ってる……?」


 あまり想像したくないけど、良くないイメージがこびり付いてるのだけはわかった気がする。後でその記憶ごと改竄かいざんしてやる……!!


「……確かに文芸部は楽しそうだし、入りたい気持ちもあるよ。でも私の気持ち的には、晴斗には学校生活の中で、私が奪った時間を……取り戻して、欲しいから」


「まだ気にしてたのか。あのときのことは、お前が気にすることなんて無いんだぞ?」


「わかってる。完全には、まだ消えないかもしれないことも。……だからさ――こういう、2人だけの時間を、出来る限り、多く作って欲しい。じゃないと私、多分無理だから」


「……そっ」


 晴斗はそっぽを向いた。……あれっ? もしかして、少し拗ねてたり?

……まさかね。あの晴斗に限ってそんなことは。いや、もしかしたら……本当に?


「……晴斗。私、多分、自分で思ってるよりも、晴斗のことが好きなんだと思う」


「……んだよ、いきなり」


 たった一言。言うに言えなかった『好き』という言葉。

 それを口にしただけで、晴斗の顔は今にも破裂しそうなほど真っ赤に染め上がっていた。


 これ、キュン死によりヤバいものを見たのでは……。官能バージョンだったら、間違いなく晴斗は、相手を『落とす側』だよ! ……考えたくないけど。


「……私さ、如月さんだけじゃなくて、藤崎君にも嫉妬してたでしょ? あんなになってた晴斗を立て直した藤崎君に……。彼にだって、嫉妬してくれる相手がいるのにだよ? おかしいよね、私……。だから、自覚してから余計にビックリしてるの。あぁー、私ってこんなにも晴斗のことが好きだったんだなぁって」


「…………。『嫉妬は愛情の裏返し』だって言うけど、それ本当かもな」


「な……何言って!!」


「何って、お前が先に言ったんだろ。何でお前がそんな恥ずかしそうな顔すんだよ」



 ……は、嵌められたぁぁああああああ――――っ!!



「……晴斗のバーカ、アホ、チビ」


「誰がチビだおい」


「私は無実です。全ての責任は晴斗にあります」


「ったく……」


 晴斗の膝の上で、私は頬を膨らませる。単純に拗ねているのだ。

 普段はもっと冷静沈着で、常に物事に視野を広く持つあの晴斗が、こんなにも私のことで頭を悩ませてくれている。そんなたった1つの事実が、堪らなく嬉しい。


 口ではこんなことを述べる一方で、頭の中では常に晴斗への気持ちが溢れ出ている。

 本当……一之瀬渚という人間は、どこまでもズルい。


 おそらく私は、彼を試しているのだ。

 こんなにも、私のことを受け入れてくれる彼が、こんなにも幼稚で未熟な考えを持つ私をどこまで受け入れてくれるのかどうかを。


 ……そんなの、聞かずともうわかっているだろうに。

 どこまでも、本当にズルい人間だ。


「……よしよし」


「…………ふぇ?」


 すると、私の頭の上を大きな手が優しく撫でるように触れてきた。

 ……知っている。この温かい感触を、誰よりも知っている。


「……別に文句があるわけじゃないんだろ? なら話ぐらいちゃんと聞けっての。……嬉しいんだよ、僕だって」


「えっ……今、何て?」


「……っ、だーかーらー!! ぼ、僕だってな、お前が“隣”じゃないと違和感しかないんだよ! いつも手を引いてくれるお前がいるから、僕だって言葉が出せるんだ。こんな……わからなかった感情まで知ったんだ。わかれよ、アホ……」


「~~~~~~~っ!!」


 私はあまりの恥ずかしさにその場から起き上がり、晴斗に背中を向け、顔を伏せる。


 そう、私達は自覚したのだ。お互いの存在を。


 互いが幼馴染だった頃も、互いが恋人同士となった今現在でさえも――隣に居るべき存在が、何ら変化していないということを。


 幼馴染とは、小さい頃から隣に居ることが当たり前で、それはきっと万物の掟のように、幼馴染にとっては“隣”という代償が掟なのだと、そう思っていたけれど。


 でもこれは、神様でも想像していなかっただろう。


 幼馴染と言っても十人十色。私達のように、互いを庇い合う幼馴染がいるように、反対に互いを認め合わない幼馴染だって居たはずだ。


 もしそうなっていたら、どうなっていたのだろう?


 ……いや。この考えはきっと、私達の仲には当てはまらないだろう。


 隣に居るのが当然で。

 隣でわがままを言い続けるのが日常で。


 そんな、在り来たりだった関係は今――少し変化を帯びた日常の中にある。

 その事実だけで、もう十分だ。


「……渚。これだけは言っとく。僕だって、お前以外に隣を譲るつもり、無いからな」


「……っ。……うん! 私も!」


 ――好きなのだ。

 これが、私達の結末。そして、これからの関係への進捗。


 ……晴斗、本当にわかってる?

 私って、晴斗が思っている以上にねちっこくて、わがままで、自分勝手で。“学園一の美少女”なんて面影はどこにもない。こんな面倒なのを恋人に選ぶなんて、きっと晴斗だけだよ。


 ……でもまぁそれを言うなら、私もなのかな。


 こんな、中々言わない口説き文句を不意打ちで使ってくるような天然記念物な彼のことが、好きで好きで、仕方ないのだから――。

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