第48話「……あのな、そんな泣きそうな顔すんなよ」

 触れ合い広場へ到着した僕達を出迎えてくれたのは、多数の動物……ではなく、見慣れた制服を身に纏った生徒の群れだった。

 どうやら僕の予想は的中したらしいな……。


 1問目の『池』を頼りに周囲を散策していたんだろうが、おそらく『定位置』というヒントに躓いた結果なのだろう。……まぁ、あれだ。予想は出来ていたことだったが、まさかこんな大所帯になっていたとは。軽く想像を超えてきやがった……。


 先程も言ったが、池と森はほぼ隣接した状態。

 ヒントの『池』を頼りに進んだ生徒がまず目にするのは、この森の中。

 進んだ先にはスタンプがあった……が、それは二つ目のスタンプだったというオチ。


 ここでのた打ち回っている生徒は、まるで罠にかかった雛鳥のようだ。

 まさか視野を広くすることと、それを踏まえて縮小地図と照らし合わせることだとは、誰も思わなかったのだろうな。……僕も最初はそう思ったし。


「――さて、これで2つ目もゲット! 最後の問題に移ろうぜー!」


「おぉーー!!」


「……元気だな、君達」


 僕はハイテンションな透と佐倉さんに関心のあまりため息を吐いた。

 別に呆れているわけじゃない。ただ、彼らの純粋さに目がやられているだけだ。こんな学校行事で本気を出して取り組める彼らの、まさに『青春してます!』感に圧倒されているのだ。今どきスゴい青春謳歌勢がいたものだと。これは呆れじゃない、関心だ。


 全国の青春謳歌勢をバカにしているわけじゃないが、僕からしてみればこのミニゲームで本気を出せることに違和感しかない。そこまで本気が出せるなら勉強のときにも出せよ。と、中間考査のときの透を思い出し、心の中でつっこんだ。


「ほらほら! さっさと最後の問題解こうぜー!」


「どっから出てんだ、その活力……」


 僕はそんな透に背中を押されながら、触れ合い広場から森の中へ、森の中から元来た道へと戻り、先程の場所へと戻ってきた。

 そして再び、地図を地面に置き広げる。


「んじゃ最後のヒントは……『人』に『動物』に『建物』か。まぁ最初の2つはいいとして、建物なんて……どこのこと指してんだよっ!!」


「叫ぶな喧しい」


「お前なぁぁ……!!」


 悲痛な叫びを上げている野郎は無視し、僕は縮小地図の方へと視線を落とす。

 この広い敷地内に建設された建物は全部で5つあるが、人や動物と言ったヒントがある以上、それらが集まる場所という仮説が1番有力だろう。


 となれば、必然的に箇所は絞られる。

 最初の待ち合わせ広場、先程の触れ合い広場、そして食堂。この3つが候補だろうか。


 パッと見ではどれが正解で不正解なのか検討がつかない。

 わざわざエリア内に置かれた掲示板での地図ではなく、こうして縮小地図を配布している当たり、これに載っている箇所以外を『正解』とはしていないはずだ。今までの傾向を見てもそれは確定としてもいい。


 だがそうとわかっても、先程挙げた3つの建物は全て条件が当てはまってしまうし、建物というだけでだいぶ範囲を縮小出来ても完全には絞れない。

 それにこの敷地内では、一部を除いて多くの動物が自由に闊歩している。それも絞れない1つの要因だ。……まぁ、先程渚が怒ってきたように僕はほとんど説明を聞き流してたが、先生が注意事項でそこを言っていたのは覚えている。すみませんでした。


 というのは隅に置いておいて……手っ取り早く終わらせるのであれば、賭けだったりとか、全個所を回ってみるという消去法も存在する。


 だが運が良いのか悪いのか、制限時間まで残りは25分。

 そして何という悪戯か、それぞれの施設は右端、左端、真ん中上と、ご丁寧に地図の端っこ付近のオンパレード。これじゃあ、制限時間以内に全部を回りきるのなんて不可能だ。


「…………」


 そして、最も最悪なこと。

 それはこの場にいる僕含め、まだこの問題の意図を解けていないということだ。


 最初に『既に解き終わった』みたいな言い方をしたが、実のところこれだけは解けていない。今までのような発想で解ける、といった感じではないためか他とは明らかに解きやすさが異なっているのだ。


 挙げた箇所のどこかが正解なのは確か。だが、それを決定的に出来る根拠も自信が無い。

 ……あまりこういったことが無かったこともあってか、かなりへこむな。


 すると、僕が夢中になって地図と睨めっこしていることに気づいたのか、渚が僕の視界に横から“ひょこっ”と効果音を出して現れた。


「……晴斗。もしかして、まだ解けてないの?」


「……だったら何だよ」


 今の言い方、完全に皮肉にしか聞こえてこなかったんだが。まさか……で、でも渚に限ってそんなことを言うはず…………ない、よな?


「…………あっ」


 ……ダメだ。


 こういうとき、本当にこの性格が嫌になる。――人の闇を見た。そこから生まれたのがこの性格だ。そのときの根がこの歳になっても深く痕跡を残している。


 だからだろうか。根暗な性格が加速すれば、次第と良くない方向へと針路が回転する。

 普段は良くても今に限っては完全にアウトだ。


 心優しいあの渚に限ってそんな含みはない。

 ……そうやって他人を信用して、報われた例が少ないからか、含みがあると考えてしまう。もう、捨てたと思っていたのに。これじゃあ、誕生日のときと何も……。


「……悪い」


 断じて渚のせいとは言わない。

 決してあのときの奴らのせいだと咎めることはしない。


 こんな性格になったのは、僕が『臆病』だからだ。


 今も僕のことを考えてくれている彼女に、一体何を咎めろと? ……完全に僕の疑心暗鬼な性格が招いた結果だ。


「えっ? 何が?」


「……だって、ヒント上げるって約束しただろ。でも僕はまだ解けてない。だから――」


「――気にしてないよ! ……というより寧ろ、安心してる、かな?」


「……安心?」


 そう言った渚の顔を見ると、その言葉通りに少し安心しきった顔をしていた。


 どうして……どうしてそんな顔浮かべてるんだ。僕はお前にとって、何でも出来る完璧超人みたいな人間のはずなのに。何でも出来て……当然だって認識な立場なはずなのに。


 僕の動揺に一切揺らがないその表情のまま、渚は優しく語りかける。


「……私から言っておいてなんだけど。晴斗から助言貰って解くっていうのも、もちろん嬉しいけど。でも、何かが違くて。だったらテストみたいに競いたいのかなって思うのも、何かが違う気がして。……で、今になってわかった。やっぱり私は、晴斗と“一緒に”謎解きがしたい!」


「…………っ!!」


 クラスの全男女が憧れ、尊敬し、称え、好きになる人物――幼馴染の『一之瀬渚』は、僕にだけ特別な態度を示すことがある。


 他人を易々と信用しない彼女が、僕の前でだけ見せる表情……


 中学生になってから、渚の上がり続ける魅力に惹かれ、同時に告白をする奴も増えていった。サッカー部の先輩やら恋愛漫画ではお馴染みの学校一イケメンと騒がれるイケメンからも。しかし彼女はそれらを尽く断った。必ず『好きな人がいるので』と、その一言だけを残して……。


 ――もしかしたら、あの頃から気づいていたのかもしれない。

 純粋なまでの笑顔を向けてくる彼女の素顔が、僕にしか向けられていないことを。


 ――もしかしたら、あの頃からそうだったのかもしれない。

 本気の笑顔を向けていいのは、幼馴染であり恋人である僕にだけだと……立場を越えてまで縛りたいほどの独占欲を持っていたことを。


「晴斗。私はね、晴斗が楽しいって思えるような時間にしたいんだ! この時間も、この後の時間も。晴斗と過ごす時間全部。だから、一緒に解こっ!」


「…………っ」


「一之瀬の言う通りだな。お前ばっかり先に解いてたから、ちょっと消化不良になってたんだよな。最後ぐらい、オレが最初に解くからな!」


「私は透みたいに自信満々ことは言えないけど、一緒に解きたいのは同じかな! せっかく同じ班なんだし、共同作業してみるっていうのも悪くないと思うよ!」


 渚の熱量に惹かれたのか、それとも本心からの言葉なのか。

 それを確かめる術は無いけれど……それでも今の僕には、心に刺さるほどの嬉しい言葉だらけだったのは確かだった。


「晴斗……!」


 瞬間の出来事だった。

 ぎゅっと、僕のがら空きだった手に温かな感触が伝わってくる。


 その正体は、顔を少し赤らめ目を強く瞑ったままの渚だった。……えっ、待って。何この可愛い生き物……いつもだったら人前気にして絶対してこないのに。あ、いや。そうさせてるのは僕か。そうだったねうん。


 咄嗟のことで内心も外側も動揺を隠せていない僕だったが……それ以上に動揺しているのは当の本人様なのだと、彼女の顔にそう描いてあった。


 余程の恥ずかしさと真っ先に動いた自分自身に動揺しているのだろう。もしくは思っていたこととは真逆な行動を取ってしまったからか……。


 どちらにせよ、行動を起こしてしまったことへの緊張と動揺により――『何でいきなりこんなことぉぉ~~……‼』と、内心筒抜けである。

 ……本当にこの幼馴染は、常々僕の前だけでは、他人に見せる『完璧超人』を崩してくるな。


 生徒・教師からの彼女への評価は、常に明るくどんなことにも動揺せずに取り組み、周りへの気遣いができ、美貌と明晰を併せ持つ完璧美少女……だそうだ。


 だが見ろ、その完璧美少女の顔を。

 もう何回も手を繋いでいるというのに、未だに熟した林檎みたいに真っ赤になっている。


 これのどこが『どんなことにも動揺せずに』だ。……動揺しまくってるぞ、離したいけど離したくない的な感じで。きっと内心、人生会議なるものが開かれてるんだろうな。


「は、はるとぉぉ……」


「……あのな、そんな泣きそうな顔すんなよ。傍から見たら勘違いされるから」


「だ、だってぇぇ~……」


 まるで道端に捨てられた子犬だ。いや、渚の場合は子猫だな。

 尻尾をブルブルと震わせ、今にも沸騰してしまいそうな顔なのに離さない。……別に手を離したところで僕がどこかに行くわけでもないのに。

 ……いや、1回だけあったか。僕から離れていったことが。


「…………わかった。わかったから、一緒に解くよ」


「ほ、本当!? 本当に一緒に解いてくれるの!?」


「あぁ。……だから、その。一旦離してくれるか? さっきから、あいつらが……」


「……あいつら? それって誰のこと――」


 僕が指さした方向に振り向くと、そこには僕達の今の光景を『全て』を見ていた透と佐倉さんがニヤニヤした顔でこちらを見ている。


「~~~~~っ!! ど、どうして見てるのよ!!」


「いやいやいや。見るなって言う方がおかしい状況だっただろ!」


「そ、それでも、人にはプライバシーってものがあるの!!」


「いやいやいや~。プライバシーもくそもないような行動をしてたのはどこのどなただったかな?」


「~~~~~~~~っ!!!!」


 もうやめてあげて。

 こいつ既に今にも失神しそうな勢いでダメージ喰らってるから! ……この幼馴染ども、本当に煽ることに関して容赦ねぇな。とりあえず、渚救助しとかないと。



 ■あとがき■

 今週の木曜日、投稿をお休みしてすみませんでした。作者の体調不良のため、勝手ながらお休みとさせて頂きました。

 近況ノートに詳しく記載してありますので、そちらをご覧下さいませ。もし通知が欲しいようであれば、作者フォローをよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る