第五部

第42話「幼馴染たちは、飯盒炊爨をする①」

 ♦︎凪宮 晴斗♦︎


 渚が一部暴走しかけたことを除けば緩やかかつ平和的だったバスの旅、およそ3時間。


 皆が目を覚まし始めてからは、バス内ではレクリエーションが行われ始め、僕は入れ替わるかのように結局眠りについた。読書をするという最適解もあったが、高校生初の学校行事に盛り上がりを加速させる中で集中して読書が出来るとでも? ――答えは否だ。出来るわけがない。


 それに読書をしていたらいたで、レクリエーションに強制参加させられそうなため、居眠りという道を選んだ。ま、そのお陰でオール分を少しでも回復出来たし一石二鳥だな。


「うぅ~ん! めっちゃ空気いいねぇ~!」


「だな。やっぱ空気が澄み渡ってんなぁ」


 適度な休憩を挟みつつ、バスは予定通りの時間に目的地へと到着した。

 バスの外へ順番通りに出ると、そこは埼玉のように蒸し暑い空気も、ジメジメと気持ち悪くもない。梅雨が近づくこの時期であっても、ここには『涼しい』という一言しか浮かばないほど澄み渡った空気が広がっていた。


「……ここに住みたい。夏の間だけ」


「それ、夏休みだけ北海道に行きてー、ってぼやいてる奴と同じ台詞だぞ」


「まぁ確かに、暑い季節に暑い場所へは長居したくないよねぇ……」


 まるで異世界に来たかのような感覚だ。

 透き通った空気は自然や環境、湿度などによっての変化が大きい。地元に居たら味わえなかった感覚に、僕は内心穏やかになっていった。

 まさに天国。そう差しつかえても不思議では……、


「――それではクラスごとに集まって、班リーダーさんは報告に来てください」


「……だって。行こっか、晴斗」


「………………」


 何だろうか、この言葉で表しにくい感情は。

 まるで自分の好きなものを他人に盗られたかのような……そんな気分にさせられた。

 ポエムのように綴った感情さえ置き去りにされ、挙句には虚無感に還される。この何とも言えない感情をどう言い表せと。せっかくの感動を返してほしい、そう思わずにいられなかった。


「何でいじけてるの……?」


「……別に」


 渚は疑問を抱きつつも、それ以上の追及はしてこなかった。


 ――ここは、自然公園の中に隣接されたキャンプ場の駐車場。

 1日目のお昼は、ここで班ごとに飯盒炊爨を行うことになっている。作る料理はもちろん、キャンプ定番のカレー。食品や調味料などは、ここの人達が用意してくれているらしい。


 先生の指示に従いキャンプ場の中へと入り、キャンプエリアの職員さんと合流する。

 それから僕達はまず、職員さんからこのキャンプ場の利用説明と、飯盒はんごう炊爨すいさんを行うに至っての注意事項の説明を受けた。


 どうやら今日は学校側が貸し切っているらしく、一般使用者はいないとのことだ。

 まぁ、そうじゃないと迷惑になるもんな。当然の配慮か。

 約15分間かけての説明が終わり、各自班ごとに解散をする。

 僕達はある程度の人数が持ち場へと就くタイミングを見計らい、人通りが少なくなった辺りで合流した。人混みほど恐ろしいものはないからな。


「さて……と。まずはいろいろと準備しなくちゃな。確かキャンプだと飯盒を使うんだよな? 使ったことねぇけど」


「現地に都合よく炊飯器が置いてあるわけないだろ……」


「確かに。あったらそりゃ不思議よね。どこにコード繋ぐのって話になるし」


「うっせぇなぁ! ……んで、どうやるんだ?」


「いや、お前は何もしないでくれ」


「透にやらせたらこの場に怪物じみた食べ物らしきものが出来上がるもの……」


「お前らなぁ……‼」


 以前に佐倉さんから聞いたことがある。

 勉強が出来る=家事も出来る才色兼備……であるとは限らない。


 そう、透には絶望的なまでに家事スキルが無い。そのため、隣の家に暮らしている佐倉さんがいつも世話を焼いていると。渚との接し方で大体想像が出来てしまうが、彼女が世話好きなのはきっとあの『彼氏あいつ』という存在が大きく関わっていたのだろうと。


 家庭科の授業での調理実習が中学時代には無かったために、こいつのそんな欠点を教えられたときは意外だった。

 教えてくれて感謝する。これでまた、こいつに反撃出来るネタが増えた。


「……まぁその話はここまでとして、さっさと作っちゃお」


「それもそうだね。佐倉さん、一緒に行きましょう?」


「オッケー! ってか渚ちゃん、その敬語まだ直らないの? もう少しこう緩やか~に話し掛けてくれてもいいのに~」


「え、えっ……? ど、努力します」


 心を許すという感覚が僕よりも乏しい渚は、未だに佐倉さんとの会話に敬語を混ぜることがある。電話だとそんなことはないっぽいけどな。ゴールデンウイーク中での会話がまさにそれだった。


 けど無理もない。

 中学の頃にさえ、まともに『友達』と呼べるような人がいなかったのだ。その辺は大目に見るしかないだろうな。とはいえ、渚も渚で変わろうと頑張ってる。……だから僕に出来るのは、彼女を影ながら支えることだろう。


 渚と佐倉さんが米をぎに行っている間に、僕と透は手洗いを済ませて野菜を切る作業に取り掛かる。使う材料は、じゃがいもに人参、豚肉に玉ねぎ。それからカレールーは粉を使用するため切る手間はない。

 だがこのほとんどがいつも家事でやっていること。

 朝ご飯から晩ご飯。更には妹のお弁当まで作らないといけないのだから、それなりの家事力を身に着けなくてはならなかった。


「……へぇ~。お前ってやっぱり家事スキル高けぇのな」


「お前に言われたくない。いいからさっさと野菜洗えよ」


「へいへい」


 透は呆れ口でそう言うと、水場で野菜を洗う作業に戻る。

 料理場に立たせるわけにはいかないが、さすがに何もやらせないとなると「お前の恥ずかしい話暴露するぞ‼」とか脅し文句を述べてくるのだ。


 本当だったら受け入れ難い言葉ではあるのだが、あの野郎の有言実行さを考えたらありえなくもない。何かしらの脅し材料があると考えるべきだろう。……本当、怖ぇ奴。

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